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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第四章 紫の愚者編
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第83話 「弾幕が厚いよ! 何やってんの!」

 最後のポイントに残されていたのはどう考えてもミニガンと呼ばれるものだった。予めノウレッジから受け取っていたバッテリーを繋ぎ直すのが与えられたミッションだ。電動の回転機関砲は人間相手には完全なオーバーキルのオーパーツだが、神もどきを相手にするとなるとこれで足りるのだろうか。


「アルテミス、ノウレッジから追加の指示が届いたわ。このよくわからない武器、弾丸はタングステン弾を使えってきてる。——まったく何のことかわからないけど」


 言われて、俺はミニガンの横に積まれていた木箱を視た。確かにTUNGSTENとマーキングされたものの、FULLMETALとマーキングされたものがある。ノウレッジはこれを見越して連絡してきたのだろう。

 ていうかタングステンって。それはたぶん戦車とかに撃ち込む弾丸じゃないのか。なら神もどきにも効く気がする。


「バッテリーは+極、−極を間違えないように。弾丸を装填してから繋がないと危険。弾丸の巻き取りは自動で行われるので触らないように」


「はいはいはいはい」


 ひたすら指示通りに手を動かしていく。まさか自分がこんな凶悪兵器の整備を手がけることになるなんて夢にも思わなかった。

 コンビニであくせく働いていたときの自分が見たら何というのだろうか。

 案外目を輝かせてそうな気がしないでもないが。


「——あんたって見かけによらず器用なのね」


 弾丸をモーターで巻き上げていくミニガンを眺めていたらぽつり、とティアナが呟いた。俺は視線をそのままに「ノウレッジ先生の指示が良いんですよ」と言葉を濁す。

 が、それがどうやら良くなかったようだ。


「ええ、本当、こんな意味不明な指示を理解できるなんて、まるであんた月の民じゃないみたい。だってこれ、すべて太陽の時代の遺物について書いてあるんでしょう? こんなもの、あの紫の愚者たるノウレッジ以外には、太陽の時代を生きてきた人間にしかわからないと思わない?」


 うえっ、と妙な声が漏れた気がする。

 馬脚を出してしまったというか、俺がただ馬鹿だったというか、ティアナさんさすがの洞察力というか、とにかく不味い状況だった。

 事実、こちらを見つめるティアナの目線は厳しく、何か得体の知れないものを追求する疑念に満ちていた。

 折角一定の信頼関係が結べたと思っていたのに台無しである。

 恋愛ゲームでいったら完全に地雷の選択肢を進んでいる感じだ。

 この身体で殺されてしまっても取り敢えずなんとかなるのはノウレッジのことで実証済みだが、決戦を目の前にした今、それは大変不味いことのように思う。戦力は少しでも惜しいのに。


 そんな風に馬鹿みたいにあたふたしていたら、ティアナは特大の溜息を一つ吐きだしてみせた。その影響からか、彼女の足下がぱきぱちと音を立てて凍り付いている。

 すげえ、溜息一つでこれだけ殺意を振りまける人物がこの世界にはいるんですよ、奥さん。

 とまあ、冗談はさておきティアナは呆れたように目を細めながら口を開く。


「まあ良いわ。私があんたに全てを話してはいないように、あんたも私に黙っていることがごまんとあるのでしょう? あんたがさっきの私との約束を違えない限り、深く追求はしないでいてあげるわ。正直あんたの出自なんて心底どうでもいいし」


 うーん、助かったといえば助かったんだけれども、なんか微妙な気持ちだ。

 ここまでばっさりと切り捨てられるとなんかモヤモヤする。

 でもまあ、深く追求されないというのは大事なことだ。お互いアンタッチャブルな所には最大限配慮しつつ付き合っていくのが、長続きする人間関係の秘訣なのである。


「さあ、きりきり働きなさい。私、誰かに待たされるのが死ぬほど嫌いだから」

 

 足下まで伸びてきた冷気に飛び上がって、慌ててミニガンを操作した。丁度弾帯の巻き取りが終わったのか、発砲可能を示す緑色のランプが点灯している。

 ノウレッジの説明が間違いでなければ、これでここは準備完了なのだろう。


「終わりました。ではノウレッジ先生のところに戻りましょう」


 ティアナに転移のお願いを口にする。負担が大きく、そう何度も連発の出来ない禁術だが一応はこれで最後だ。彼女がこちらの手を握りしめた瞬間、世界が暗転する。


「ノウレッジのいる天幕の裏よ。私がでていくとややこしくなるから、あんただけ行ってなさい。私は近くで待機しているわ」


 気を利かせてくれたのか、ティアナが転移したのは学園側が用意していた天幕の裏だった。彼女としてもできる限り、学園の生徒に姿は晒したくないのだろう。俺は素直に厚意を受け取って、天幕へと歩みを進めた。


「おっと、もう終わりですか。さすがはアルテミス先生。とても優秀でいらっしゃいますね」


 出迎えたのはノウレッジと魔導力学科の生徒、そしていつか俺に告白をかましてくれやがったヴォルフガング君だ。というか君、ちょっと目が血走ってて怖いからあまりこちらを見ないでくれないかな?


「先生、イルミっちが!」


 ハンナの声を受けてそちらに視線を向ければ、簡易なベッドに寝かされたイルミの姿が飛び込んできた。直ぐにでも駆け寄りたかったが、努めて不審に見えぬようゆっくりとその側へと近づく。


「——魔の力の循環が淀んでいます。おそらくあいつの魔の力の波長を受けてあてられたのでしょう。この子の魔力量ならばありうる話です」


 ノウレッジの耳打ちを受けながらその小さな額に手を置く。熱はなく、むしろ冷たいという印象を抱いた。魔の力の何らかの作用がそうさせているのだろうか。


「魔の力の循環を安定させる薬液を飲ませましたから小一時間の辛抱です。安定させ次第、魔導力学科の生徒たちに連れて行ってもらいましょう」


 今、自分に出来ることがなにもないことが歯がゆくて仕方がない。もう長い間旅をしてきた仲間が苦しんでいるというのに、手を打てない自分が情けない。

 ——しかしながら驚異は今も確実に迫りつつある。ここで感傷に浸る暇などなく、ティアナとあいつを迎え撃つための準備を続けなければならない。


「お気持ちはわかりますが、ここは冷静に。イルミさんは必ず安全に地上へ送り届けます」


 首肯だけを返して、俺は天幕をあとにする。背後からヴォルフガングだけが追いすがろうとしていたが、ノウレッジが引き留めてくれていた。

 天幕裏には瓦礫に腰掛けたティアナが待機しており、「これが最後の転移ならありがたいけれども」とこちらに手を伸ばしてきた。


「ノウレッジから連絡よ。あいつが最初の迎撃拠点に現れるまで残300秒。これってどれくらいかはよくわからないけれど、時間はあるの? ないの?」


 ティアナの疑問に、俺は簡潔に答えた。


「君の転移くらいあっというまだよ」



01/



 イルミはまた夢を見ていた。

 今度は自分自身ではない、誰かの視点で見る夢。


 今彼女は室内にいる。豪奢な装飾品で彩られ、ぱちぱちと瞬く暖炉が暖かい部屋だ。天井から吊り下げられたシャンデリアにはやけに明るい蝋燭がいくつもぶら下がっており、それらの揺らぎが室内を幻想的に照らしていた。

 そんな貴族の邸宅のような部屋の一角、紅色の柔らかなソファーに腰掛けている人物がイルミの視点だった。 

 何か編み物でもしているのか、手の中には毛糸と出来かけの小さな手袋がある。


「お母さん、畑に綺麗な花が咲いていたの! お父さんが摘んでくれた!」


 薪が弾ける以外には音のなかった空間をかき乱すかのように、扉が跳ねるように開かれた。駆け込んできた人影は一目散にイルミの元へと向かってくる。

 足下に縋り付く小さな少女。黒い濡れ髪に、同じ色の瞳。そして白百合のような肌が眩しいよく笑う「娘」


「——それはよかったわね。お父さんはまだ畑?」


 声は自分ではない誰かのもの。けれども根底はよく似た馴染みのあるもの。

 娘は母の笑顔を受けながら、それ以上の笑みで表情を崩れさせていた。


「うん。メイドさんに休むよう声をかけられていたけれども、もう少しだけ外にいたいって。今日は月が綺麗だからって。でもお父さんは太陽の下にでても大丈夫なんでしょう? なんでわざわざいつでもお空にある月なんか見ているのかしら」


 娘の疑問に、イルミは、母は「そうね」と答えた。


「私とお父さんが出会ったその日がとても綺麗な満月だったから、もしかしたらその時のことを思い出してくれているのかも。ああ見えて、結構ロマンチストなのよ。お父さんは」


 母の言葉に、娘は「きゃー」とあからさまに上機嫌になった。そして、いつもそうしているように父と母の馴れ初めを話して貰えるようねだり始める。

 母はもう何度も話したでしょう? と苦笑するも結局はゆっくりと、噛みしめるように口を開き始めた。


「始めて出会った満月のあの日、あの大草原、世界には私とお父さんしかいないみたいだった。風が優しく吹いていて、お父さんはぼんやりと立ち尽くしていた。でもね、お父さんは私の赤い目を見てぽつりとこう言ったの。『綺麗だ』って。今思うとその時からお父さんのことが好きになったみたい」


 一拍おいてから。


「それからしばらく一緒に暮らして、まだ何もわからないお父さんに剣を教えた、何を食べて何を飲んで生きていけばいいのか教えた。やっていいこと、駄目なことも教えた。そんな中、お母さんはどんどんお父さんが好きになっていった」


 娘の黒い瞳がじっとこちらを見ている。イルミは、母は柔らかくそれを受け止めた。


「でもね、告白したのは実はお父さんからなの。私はずっと好きだったけれども、お父さんはそんなそぶり全然なくて、いつも真面目に剣を振るっているし、話しかけても必要以上に返してくれないし、おしゃべりだって全然。だからてっきり嫌われていると思っていたわ。もう殆ど諦めてたくらい」


 にへら、と自身の表情が崩れたのをイルミは感じ取る。喜びに蕩けている自分が少し恥ずかしい。


「二人でお酒を飲んで、いつの間にか寝ちゃって、目が覚めて、いや、だめだめだ。何言ってんだ私——い、いつのまにかあなたがお腹にいることがわかって、お父さんにそのことを伝えた日だった。お父さんはぎゅっ、と私の手を握ってくれて、……ごめんね、言っていることがわかりにくいかも」


 いらぬことを口走った自覚があるのか、頬が赤らんだ感覚があった。だが子どもにとっては些事なようで、娘は「はやくはやく」と続きをせがむ。


「えっとね、とにかくあなたが私たちのもとに来てくれたおかげで、お父さんと結婚することができたの。だからね、あなたは私とお父さんのこの世界で一番の宝物。あなたの名前はね、お父さんと私が初めて出会った場所にたくさん咲いていたユリから名前を取ったの」


 何か誤魔化された気がしながらも、娘は満面の笑みで母に抱きついた。

 母もしっかりと我が子を抱きしめ、絹のような指通りの髪を撫ぜる。


「——ああ、お父さんが帰ってきた。もうそこまで来ているわ」


 扉の向こうに気配を感じる。ドアノブが回された。土の匂いをさせながら、お父さんと呼ばれる存在が室内に足を踏み入れる。


 顔を見る直前。

 イルミはようやく夢から醒めた。



02/



 何処か遠くで断続的な銃声が聞こえた。それが罠として設置していたセントリーガン(固定銃座)が稼働した証だと認識したとき、俺はティアナと二人で迎撃拠点に走り出していた。


「転移は!?」


「これくらいの距離なら大丈夫です! ティアナさんは氷で足止めを! 私が奴にダメージを加えていきます!」


 ノウレッジが言うには、神もどきは太陽の時代の武器でしか傷がつかないとのこと。そして太陽の時代の武器——つまり現代兵器を操作できるのがこの場では俺だけなので、必然的にそのような役割分担となる。

 第一の迎撃拠点に駆け込んでみれば、既に弾切れを起こしたセントリーガンが停止しており、白煙の向こう側からゆっくりとこちらに人影が進もうとしている様子が見受けられた。

 つまり、セントリーガンではあいつを止めきれなかったということで、


「っ! 来るわよ!」


 ティアナが氷の壁を展開したその瞬間、紅蓮色の火炎が視界一面を埋め尽くした。何かしら爆発する物体と壁が激突した現実のみ理解することが出来る。急速に溶解していく氷の壁からは莫大な蒸気が吹き上がっていた。


「くそっ!」


 ノウレッジから預かった斜めがけカバンから最初に取り出したのはカーキ色の箱のようなもの。アンテナが一本ついており、10に満たないスイッチが並んでいる。それの一つを操作すれば、壁の向こう側でいきなり地面が爆ぜた。

 これは昔ノウレッジが敷設した、遠隔操作型の対戦車地雷の起動リモコンである。


「もう壁はもたないわ! 他に何か武器は!?」


「ここは今爆発した地雷だけです! 次の拠点に撤退します!」


 戦果を確認する間もなく、俺はティアナに飛びついていた。ティアナも最早手慣れたもので、すぐさま術式を構成し、転移を行ってくれる。最初の迎撃拠点はノウレッジたちの待機している天幕から凡そ数キロ離れた地下の門で、今度は最初の迎撃拠点から1キロも満たない距離にある広場だった。


「さっきと違ってここは壁はいりません! とにかく私の前に出ないようにして、あいつの足下を凍らせてください!」


 如何なる原理なのか、神もどきは破壊された身体を再構成させながら俺たちを追ってきている。ティアナのように転移が使えるわけではないがその移動速度は驚異的だ。多分、走ってきているのだろうがその速度が馬鹿げている。完全に未来からやってきた殺人ロボットのそれだ。


「もう追ってきた! アルテミス! 早く!」


 ティアナに急かされるまま、放棄された装甲車の車体をよじ登っていく。目的は装甲車の天蓋に備え付けられた重機関銃だ。電源なしで稼働するそれはこの遺跡群の中にあって貴重な武器である。使い方はノウレッジが予めメモを渡してくれていた。弾丸を送り込むためのスライドを引いて、引き金をひきしぼる。

 断続的に響く発砲音が周囲を支配した。

 薄らと視認できていた神もどきの影は弾丸が着弾することによって生じる土煙と、マズルブレーキが噴き出しているフラッシュに塗りつぶされて、全く確認することが出来なくなった。

 なにげに人生初の機銃掃射だが、そこには感慨も畏れもなにもなく、ただあいつを倒しきらなければならないという焦燥感だけがあった。


「——くるわよ!」

 

 何かしらの気配を察知したのか、ティアナが小さく叫んだ。彼女は神もどきの足下を凍らせようと術式を展開していたが、その合間を縫って奴がこちらに突進してくる。狙いはこちらだと判断した俺は咄嗟に装甲車の天蓋から飛び退いていた。


「成る程。随分といい眼だ」


 つい今し方まで乗り込んでいた装甲車は飴細工を潰すように車体中央から挽き潰されていた。それなりに強固な装甲で包まれていただろうに、神もどきが殴りつけただけでそれだけの破壊が実現している。本当に何処までも規格外な化け物である。


「そいつはどうも!」


 続いて俺はノウレッジから預かった別の端末を操作していた。ティアナが受け取ったものにさらにボタン類を追加したようなものだ。

 予め決めておいた通りに画面を操作すれば、周囲に打ち捨てられていた装甲車たちから一斉に銃撃が開始された。

 なけなしのバッテリーをリモート機銃たちに接続した成果である。もちろん、俺たちが狙われないように、敵味方識別のビーコンをティアナとそれぞれ懐に忍ばせている。


「ふむ、これほど重火器の歓迎を受けたのは数百年ぶりだ。太陽の時代の人間たちも同じように私を破壊しようと足搔いていた」


 弾丸が衝突する度、肉が削げ、骨は散り、内臓は焼けている。だが逆生成のビデオの如く、それら全ては片っ端から再生していき元の肉体が瞬く間に復活していた。この世界に来てから出会った生き物の中で間違いなく一番出鱈目な奴である。

 涼しげな顔をして一歩前に踏み出し、機銃たちの射線に追従されながらも彼女は口を開いた。


「——今気がついたが、お前の身体。少しばかり面白い構造をしているな。どことなく私のそれを模しているように見える。だがそこに流れている魔の力……黒のそれか?」


 多分、言葉が聞こえたのは俺だけだ。銃声の多重奏が世界から音という音をかき消している。何よりティアナはリモート機銃の弾幕に阻害されて、こちらに近づけるにいる。

 好都合と言えば好都合だが、一目で正体を看破され掛かった事実は非常に不味い。

 このままでは魔の力を提供しているだけのヘルドマンまでこいつに狙われかねないからだ。


「まああの男が加担していてもとくに問題はあるまい。速やかにお前という偽りの人形を破壊し、あちらの偽物を始末するだけだ」


 だが神もどきは特に何の感慨も抱かなかったようで、あくまでティアナ抹殺のために動いていると続けてきた。なれば俺に出来ることはただ一つ。


「悪いけどそうはさせるか! 一々上から目線でムカつくんだよお前!」


 神もどきから見て左側、俺から見て右側に横っ飛びする。もちろん、魔導人形由来の優秀な運動能力に支えられて、その飛距離は凡人のそれを凌駕している。

 ここにきて神もどきが始めて驚愕の表情を見せた。なぜならば、俺の跳んだ先はまさしく機銃掃射が行われている射線の上だったから。神もどきならばまだしも、この肉体ではただではすまない。味方識別用のビーコンを装備していても、その銃口の前に身をさらせば待っているのは蜂の巣地獄だ。

 しかしながら結実した現実は少しばかり異なったもの。


「バッカじゃないの! 一応緊急避難的に計画は練っていたけれど、本当に実行するなんて!」


 飛び退いた先にはティアナがいつの間にか転移していた。

 彼女に抱き留められた瞬間、連続で転移の術式が作動する。

 最早見慣れた世界の暗転。多分、ティアナ以外の人類で一番次元を跳躍した人間になった気がする。

 埃っぽい地面に下ろされたとき、口をついて出てきたのは乾いた笑いだった。


「いやあ、1台だけ機銃の弾を少なくしといて助かりました。もし、あいつに接近されて銃撃を受けてもそこから逃げれるように細工した甲斐があります」


 転移先は三つ目の拠点。

 逃げ出すことが出来た絡繰りは至極単純。複数あるリモート機銃の内、一機だけ装填する弾薬の数を減らしていたのだ。他のリモート機銃よりも先に弾切れになったそこが、万が一の脱出口と相成ったわけである。


 ただ代償がなかったわけではない。

 完全な弾切れを狙えれば良かったのだが、結構一かバチかで逃げ出したのもまた事実。つまりは最後の数発がまだ発射されている中を掻い潜ってきたわけで——、


「その頬の傷、約束を違えたわね。本当に殺すわよ」


 怒りを滲ませながらティアナが凄んだ。彼女の視線は真っ直ぐこちらを見ている。


「いや、その件に関しては見逃して頂けると助かります。ていうか、重機関銃の弾幕を飛び越えてこんな擦り傷一つだったことを褒めて頂きたいのですが」


 俺の軽口に彼女はますます怒気を強めた。彼女は俺の首筋に手をやり、赤い血溜まりを乱雑にすくい上げる。


「ぱっくりとひらいて血が滴り落ちているのは擦り傷とは言わないのよ。どうするのよ、痕が残ったら」


 弾丸に削り取られてた頬から流れ出る血が足下に落ちていく。ティアナはもう一度それえを手のひらに取ると、一口ですすり上げて見せた。恐らく魔の力の回復も意識しての行動だ。


「悪いけれど、いま治療している暇はないわ。あいつはまだまだ健在。私たちに残された拠点は残り三つ。ミスは許されないわよ」


 怒気は霧散こそしていないものの、彼女はいたって冷静だった。今成さなければならないことをしっかりと見据えて、アルテミスに向き直る。俺は血を滴らせたまま、「大丈夫です。ノウレッジ先生の仮説が正しければ最後の拠点で奴の肉体を破壊できるはずです」と答えていた。

 

「まあ癪だけれどあいつがそう言うのならばそうなのでしょうね。で、ここではどうやって迎えうつわけ?」


 ティアナの疑問に、俺は先ほどから使用しているリモコンを掲げて見せた。


「遺跡に残されていた大砲たちがここを標的にしています。私たちを囮にして奴を誘き出し、榴弾の雨を降らせて粉々にします」


 つまりは同じ事の繰り返し。だがノウレッジ曰くこの繰り返しが重要なのだという。懸念事項は繰り返しを行う度にこちらへのダメージも少しずつ蓄積していることだろうか。間違いなく奴はこちらの手の内を学習し始めており、少しずつ手強さが増してきている。

 

 最悪、この肉体を捨てる覚悟を決めねばならないと、ティアナに悟られないよう拳を握りしめていた。

 じくりと痛む、右脇腹のことは無視をして。

 


 03/



「——アルテの魔導人形に看過でないダメージが入りました。これひょっとすると不味いかもしれません」


 大型の騎竜にぶら下げられた荷室の中でふとヘルドマンが口を開いた。

 隣に控えていたクリスと、対面に腰掛けていたレイチェルが何事か、と目を見開く。

 そして三人とも傍らの簡易ベッドに括り付けられているアルテに視線を向ける。

 今だ眼を覚まさない男が、エンディミオンで何かしらの面倒事に巻き込まれた可能性が高いからだ。


「具体的には右頬と右脇腹です。頬の傷は流血程度で済んでいます。が、右脇腹の傷は深刻ですね。魔導具の使用で治療した痕跡が確認されていますが、傷口を無理矢理閉じただけで状態は最悪です。このまま放置すれば何れ魔導人形の活動限界が訪れるかも」


「待ってくれ。魔導人形はあくまで人形なのだろう? 四肢や頭部が破壊されない限りで問題ないのでは?」


 レイチェルの言葉に応えたのはクリスだった。


「いや、あれは言わば魂のない人間の肉体そのものだ。内臓や血管も完璧に再現されている。つまりはそこらの人と同じように重要器官が傷を負えば死亡すると言うことだ」


 クリスの説明にヘルドマンが注釈を加えた。


「あくまで仮初めの肉体ですから、向こうが死亡してもこちらのアルテは死亡しません。ただ、かなり深い濃度でアルテの意識は魔導人形に結合していますから、魔導人形での死がアルテ本体に及ぼす影響は決して無視できるものではないでしょう」


 二人の説明を受けたレイチェルは思わずもう一度、眠り続けるアルテを見た。


「どういう状況なのか、ヘルドマンからはわからないのか?」


 ヘルドマンは静かに首を横に振る。


「私はあくまで魔の力を提供しているだけに過ぎません。ですから魔導人形の魔の力の流れの変化から、凡その状況を推察することはできますが、アルテが見ている景色などは全くもって感じることができないのです。強制的にこちらのアルテを覚醒させて、呼び戻すことは出来ますが、それが向こうにどのような影響を出すのかわからない以上、最終手段と考えるべきでしょう」


 そこで、とヘルドマンはさらに続けた。


「——最悪、アルテだけならば私とともに、エンディミオンに急行する術があります。今から私と彼だけ先行して状況を確定させようと思います。あなたたち二人はこの騎竜と共にあとから追いかけてきてください」


 ヘルドマンの弁に反対したのはクリスだった。彼女はこの場にレイチェルがいることに一瞬躊躇いを覚えたが、忠言を封じ込めてはならないと意を決して訴えた。


「反対です。ヘルドマン様のお体はまだ完全回復には程遠い状況。ここでご無理をされることを見逃すことはできません。それにあと数刻で夜が明けます。純粋な吸血鬼であるあなた様がその中を行かれるなど自殺行為です」


 クリスの言にヘルドマンは「ありがとう」と笑った。だが続けて「あまり黒の愚者を舐めては駄目よ」と凄んでもみせる。


「問題ありません。数刻もあれば余裕でエンディミオンに辿り着きます。しかも回復していないのは肉体だけで、魔の力そのものは十全です。肉体など酷使せずとも、私であれば魔の力だけで活動することもできますから」


 それ以上、クリスが異を唱えることはできなかった。そこまで主が覚悟を決めているのなら、と小さく「わかりました」と息を吐き出す。


「ではレイチェル、アルテを借りていきますね」

 

 黒い影が横たわるアルテを引き寄せる。吸血鬼由来の怪力でそれを後ろから抱きかかえたヘルドマンはクリスに目配せを送った。

 クリスは最早手慣れたもので、言葉なくとも主の望みの通り荷室の入り口を解放する。

 外の凍えるような空気は如何なる術が流れているのか、入ってくることはなかった。


「——ご武運を」


「馬鹿ね。闘うと決まった訳じゃないのに」


 アルテをもう一度しっかりと抱き寄せたヘルドマンは、散歩に踏み出すかのような気軽さで荷室から外へ身を投げ出した。

 慌ててクリスが入り口に駆け寄ってみれば、黒い影で翼を成形したヘルドマンが恐るべき速度で騎竜の先へと飛んでいく姿が見える。


「滅茶苦茶だ」


「それが愚者に許された力だ。あの方たちは私たちとは違う生き物故に」


 ヘルドマンの無茶ぶりに慣れきっているのか、それとも腹を括ったのかクリスは淡々と荷室の扉を閉めた。

 アルテやレイチェルが知らないだけで、彼女も幾多の修羅場を眼にしてきているのだろう。


「でもヘルドマン様が動いてくださったということはこの状況、そう悪い方には転ばない筈だ。何せ私の主人だからな」


 あっけからんと言ってのけるクリスに、レイチェルは大きく溜息を吐きだした。

 そして対抗するかのようにこう言い放った。


「こちらの狂人も舐めてくれるな。あいつが行く先々、何もかもが焼き尽くされてしまうのだから」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 ツンデレさんのヒロインレベルが大上昇中で心配していたのですが、本来のヒロインの存在感もでてGOOD! T2な感じの疾走感がすばらしい。 ヒロインズが大集合しそうで…
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