第82話 「決戦 太陽の時代の遺物たち」
なんか完成したので投稿します。調子が良いみたいです。
何もなかった足裏に大地の感触が蘇る。ブラックアウトしていた視界は薄暗い天井を捉えていた。
「折角、魔の力を回復させたというのにまた消費してしまったわね。でもまあ、取り敢えずは仕方がないか」
俺を背後から抱き留めていたティアナが安堵の息を吐き出す。彼女の能力で転移したのだと理解するまでに数秒の時間を要することになったが、二回目の体験と言うこともありそこまでの動揺はない。
今はそれよりか——
「ノウレッジ先生は、彼はどうすれば!」
そう、視界をくまなく周囲に巡らせても彼の姿はない。俺の記憶と認知が正しければ、ティアナは俺だけを抱きかかえて転移していた。ということはつまり、瀕死の彼をあの場所に留めてきたことになる。
「狼狽えても無駄よ。多分、もう死ぬから。——あ、今死んだわ」
ティアナの言葉と同時、足下から鈍い揺れが感じられた。続いて天井から砂埃がぱらぱらと降り注いでくる。まるでそれは何処か遠くの場所で何かが爆発したような感覚。
「どうやったのかはわからないけれども、自爆したのね。本当、食えない男だわ」
小さな地震に動じることなく、ティアナは静かに俺から離れていく。
何が起きているのか全く理解できていない俺を尻目に、彼女は転移した先の部屋の片隅へと近づいていた。
ここにきて始めて、自分が立っている場所が薄暗い四方を壁に囲まれた部屋であることに気がつく。広さは丁度、前の世界にあったコンビニくらいの大きさ。材質はコンクリートのようにも見えるが、それにしてはやけに黒っぽい。
「……もう起きてるんでしょ。いつかあんたに聞かされたとおり、緊急時の約束は守ったわよ」
ティアナが部屋の片隅で何かを蹴飛ばした。まだ暗闇に慣れてない目が徐々に蹴飛ばされたものの輪郭を掴んでいく。
果たしてそれは人影で、もぞもぞと身をよじりつつのっそりと起き上がって見せた。
「おはようございます。ティアナさん。今日この働きだけでもあなたを拾い上げて良かったと思います。本当に感謝していますよ」
なんと人影はノウレッジその人だった。え? だってあんたさっき撃たれて血を流して死にかけていたんじゃ。
割と逼迫したシリアスな状況で倒れていたんじゃ……。
「数分ぶりですねアルテミス先生。ご無事で何よりです。あなたさえ無傷ならばまだ我々に勝ち目はありますよ」
己に降り積もった埃を振り落としながら、ノウレッジは笑みを零す。撃たれて死にかけていたのが幻だったかのように、ケロッとした調子で俺に笑いかけていた。本当になんで?
「おや? アルテミス先生、頭の上に埃が乗っかっちゃってますね。少しじっとしてくださいね」
言って、彼は俺の眼前まで歩みを進めてきた。そして手で埃を振り払いつつ、ティアナには聞こえないようそっと耳打をする。
「あなたと同じですよ。本体は別の所にあったということです」
——そういうことか。俺が魔導人形を動かしているように、彼もまた、魔導人形をここで動かしていたと言うことか。ん? ということはつまり、このアルテミスの身体で死んでも本体は取り敢えず無事と言うこと? あまりにも本当の身体のように動かせるものだから、こっちも死んだら不味いのかと思い込んでいたが、実は大丈夫でしたとかいうオチか。
もう少ししっかりとヘルドマンに確認しておくべきだった。
「さて、ここはエンディミオンから少し離れた島にあるセーフティーハウスです。私はあの神もどきを封じるために、魔の力を殆ど全て利用し、活動不能になった肉体をここに隠していました。ただ、そんな私がこうして目覚めている。それはつまり、封印は破られ、偽物の肉体は滅ぼされたということになります」
「向こうのあんたは自爆したんでしょ。ここまで揺れが届くくらいだから、あいつは死んだの?」
ティアナの問いにノウレッジは残念ながら、と答える。
「多分時間稼ぎにしかならないとおもいます。あの神もどき——つまり防御機構のセンサーはおそらく破壊できたと思いますが、肝心の本体は太陽の力で殺し尽くすことができていません」
ん? あの銀色の光のやつは死んだけれども、まだ別の何かが生きているということか?
「その通りです。あれは言わば防御機構のこの世界に干渉するための肉体であり、実は本体ではないのです。もともとはあれを通じて太陽の力を流し込んで本体を破壊し尽くす算段でした。ですがそれが失敗した以上、次は本体そのものを殺しに行く必要があります」
それに、とノウレッジは付け加える。
「あいつはティアナさん、あなたを狙っていた。これは完全に想定外ですが、二代目の愚者としてあなたは認められないようです。あいつは偽物と判断したあなたを殺すため必ず追ってきます。ですからティアナさんのためにも決着はつけなければ」
ノウレッジ曰く、青の愚者が死んでその力を不当に受け継いだ者がいる、と防御機構は判断してしまったらしい。
何故ティアナがあの男の能力を使用できるのかはわからないが、防御機構からすれば到底許されざる事ということか。
「素直に言って私たちのミスです。もともとはティアナさんに青の愚者を引き継いで貰い、防御機構に青の愚者は健在だと誤認させる腹積もりだったのです。ですが死んだはずの青の愚者の存在が世界の何処かに残ってしまっていた。全て処分していたはずなのですが、漏れ落ちがあったのかもしれません。つまり二人の青の愚者が存在していると感知され、偽物と判断したティアナさんを処分しようとしている」
ごめんなさい、とノウレッジは頭を下げた。ノウレッジの謝罪を向けられたティアナは「ふん」と鼻を鳴らして口を開く。
「馬鹿にしないで。あの人を受け継ぐことに決めたのは私の意志よ。私の復讐を邪魔立てするならば神の一部であろうと許さない。私を殺しに来るというのならば受けて立ってやる」
——その瞬間、俺は自然と自分の腕にナイフを滑らしていた。
そして、血がしたたり落ちる傷口をティアナの口に押しつける。
何を、と目を見開くティアナに俺ははっきりと告げた。
「——手伝います。ですから今は魔の力を回復させてください。正直、あなたの復讐という目標には賛同しかねますが、だからといってあなたが殺されることは我慢ならない。私はそうやって、世界の理不尽にいつでも喧嘩を売ってきましたから」
馬鹿な選択だと思う。敵に何塩を送っているんだ、とも思う。
けれどもティアナは、この少女はもう何度も俺のことを救ってくれている。その恩は今この時こそ返さなければならない。
たとえ先に待っているのが凄惨な殺し合いでも、今この時はアルテミスとして力を貸したいのだ。
目を見開いていたティアナが俺を睨み付けた。瞳は雄弁に「何を生意気な」と語っているのだろう。だがそれは一瞬の出来事ですぐさま彼女は俺の血を啜り始める。
口周りを真っ赤に染め上げて、彼女は不敵に笑った。
「いいわ。精々私に尽くしなさい。けれども一つだけ約束をしなさい。破ったら殺すから。寸分の慈悲もなく殺すから」
え、この期に及んで何か怒っていらっしゃる? 何かしちゃいましたか私? 助力にすらならない(弱すぎって意味だよな?)
血に濡れた腕を掴まれる。ティアナの白い手のひらが赤く汚れる。彼女の回復した魔の力によって、傷口が凍らされた。凍傷のようになったそこからはもう血は滴り落ちていない。
ティアナのアイスブルーの瞳が、俺を真っ直ぐ貫いていた。
「深く切りすぎよ。ばか。——いい? 絶対に私より先に死ぬことは許さない。私以外に傷をつけられることも許さない。何故ならお前はこの世界唯一の私の眷属なのだから。最初で最後のそれなのだから」
——だから私が悲願を成し遂げるまで生き続けなさい。お願いよ。多分次は耐えられないから。
01/
地下遺跡に木霊したのは甲高い笛の音だった。その笛の意味を覚えていたヘインは、一切の躊躇を見せることなくイルミを小脇に抱えて駆けだしていた。
前人未踏の遺跡探索と言うことで、魔獣たちが巣くっている可能性も実は考慮されていた。その為、何か異常や危険が発見されたときは直ぐさま持ち場を放棄して本部に集合することが通達されていたのである。
笛は、緊急呼集の合図だ。
ヘインはイルミの異常も気に掛かったが、とにかく所定の集合場所へ向かうことを何よりも優先していた。
数分もせずに駆け込んだのは巨大な天幕。発掘作業に参加していた生徒や教員が集うことの出来る場所である。
「おい、どうした。何があった!」
既にそこには魔導力学科の面々に加え、他の学科の生徒たちも集合していた。それぞれ困惑の色に表情を固め、何故呼集されたのか誰も理解していなかった。ただそんな彼らの中心に立つ一人の存在——ノウレッジが魔導具である笛を手にしたまま周囲へと口を開いた。
「呼集を掛けたのは私ですよ。少し面倒くさい古代の遺物が見つかってしまったので、全員を呼び戻しました。今からあなたたちは速やかに地上に退避してください」
彼はエンディミオンに残っていたはずなのに、と魔導力学科の生徒たちは訝しむ。が、それ以外の生徒たちは比較的落ち着いた様子でノウレッジの声に耳を傾けた。
「遺物の処理は私とアルテミス先生で行うことになりました。ですからご心配なく。遺物の処理が完了し次第、再び遺跡の発掘は行われるでしょう」
ここにあるものは全てそのままで結構です。今すぐ、落ち着いて地上を目指してください。
そんな言葉の締めを受けて、バイト感覚で随伴していた殆どの生徒たちはぞろぞろと地上への入り口を目指した。緊急呼集の笛を聞いたときは、すわ何事かと肝を冷やしていたが、ノウレッジの落ち着いた声色を聞いて安堵を取り戻している。
例外となったのは魔導力学科の生徒たちと、ロマリアーナから派遣されている騎士候補の生徒たちだ。
「先生、ヘインが連れ帰ってきたイルミっちの様子が変なんです。それに先生とアルテミス先生はエンディミオンに残っていましたよね。何故今になってこちらに?」
魔導力学科を代表して声を上げたのはハンナだった。彼女は青い顔で俯いているイルミの背中をさすりながら問いかける。
さらに騎士候補の生徒たちの中から最も屈強な肉体に包まれたヴォルフガングが一歩前に歩み出た。
「アルテミス先生が残られるのなら私は残ります。我々はエンディミオンの生徒ではありますが、それ以前に騎士でもあります故」
ヴォルフガングの私情に塗れた言葉だったが、騎士候補たちはそれぞれうんうん、と首肯を返していた。彼らもまた、エンディミオンの監視を本国から命じられている以上、ここで引き下がることは難しいのだろう。
ノウレッジはまず、ハンナの方へ視線を向け口を開いた。
「残ってはいましたが、あなたたちのことが少し気になって昨日には上陸していたのですよ。直ぐに顔を見せなかったのはまあ、教師には色々ありまして。で、イルミさんですが、どのように様子がおかしいのですか?」
質問に答えたのはイルミをここまで運んできたヘインだ。
「いきなり嘔吐してからずっと震えている。それに、これを今ここで軽率に言って良いとは思わないが敢えて言わせて貰おう。こやつ、『赤の愚者がくる』と呟いていた」
ざわめきはあっという間に広がった。当たり前だ。イルミが口にしたという言葉は月の民であれば誰しも畏れを成す、禁忌の存在なのだから。
赤い伝説の吸血鬼はもはや伝説となっており、災厄の象徴そのものだ。
「——それは本当ですか。ヘインさん」
「くどい。俺がお前に嘘をついたことがあるか?」
「いえ、王族としてのプライドをお持ちのあなたならばそんなことは杞憂でしょうね。そうか、彼女はそんなことを……」
何処か独り合点した調子でノウレッジはしばし思考の海に潜った。だが数秒も経てば何事もなかったかのようにヴォルフガングたちに向き直る。
「あなたたちを生徒と見なすならば許可できないと突っぱねるべきでしょう。ですが正直なところ最終的な命令権はロマリアーナにあり、私にはない。例え学園長であっても同じ事。どうせ、退学処分をちらつかせても痛くもかゆくもないんでしょう?」
騎士候補生たちは生徒の皮をかぶった諜報員たちだ。帰属はエンディミオンでも、忠誠心はロマリアーナにある。ノウレッジは殆ど諦めた様子を滲ませながらやれやれと首を横に振った。
「いかにも。最悪、私だけでも残らせて頂きます。こうして生徒たちを退避させ始めているということは、身の危険を及ぼす何かが見つかったということ。なれば最愛の女子を残して尻を捲くって逃げるなどあり得ませんな」
「——ならヴォルフガングくん、あなただけ許可します。他の騎士候補生のみなさんも一番の実力者である彼が残るのならば文句はないのでは?」
ノウレッジの申し出に納得したのか、他の騎士たちは一歩下がった。
学園側と訣別する覚悟こそあれど、穏便に済ませることができるのならばそれに超したことはないからだ。
確かにヴォルフガングは私情まみれの男であるが、その実力は本物だ。間違いなく騎士候補生最強の男であるが故に誰からも異論はでない。
「さて、最後にイルミさん。あなたは体調のこともありますから私とともにあとから退避しましょうか。遺物の処理は正直なところアルテミス先生お一人で十分ですし、病人であるあなたは私が連れて行きますよ」
目を剥いたのは魔導力学科の生徒たちだった。暗にイルミを置いて先に帰れと言われたためだ。
確かにノウレッジが言っていることは間違っていないが、級友として引っかかりを覚える部分は多分にある。
ここですんなりとイルミを置いて立ち去ることが出来るほど、彼らはイルミを嫌っていない。いや、むしろ少しずつ積み上げてきた何かが数え切れないほどある。
「いえ、イルミの看病は俺たちでします。彼女が自力で歩けるようになったら直ぐさま地上に戻りますから少し待って貰ってもいいですか?」
アズナの言葉に、今度は双子が乗っかった。
「私たちならこの子の身体の中を流れる魔の力の様子を見ることができるから、回復のタイミングを見逃さないよ。大丈夫だと思ったら直ぐに連れて行きます」
「姉様の言うとおり。こういうときは魔眼が役に立つ」
それぞれの言葉を受けて、ノウレッジは困ったように眉尻を下げた。そして彼はさきほどよりもたっぷりと時間を掛けてから、答えを返した。
「——この天幕から、私から絶対に離れないことが条件です。本当に駄目だとなったら強制的に送還しますがね」
それがノウレッジの答えだった。
02/
「ノウレッジの奴、自分所の生徒と騎士の一人を残したみたいよ。言い訳として、騎士は政治的な理由から、魔導力学科の生徒たちは役に立つからって」
「彼らみたいな非力な生徒たちの何が役に立つんですか」
「王族崩れはロマリアーナとの関係を考えて。魔眼もちの双子は神もどきを探索するセンサー代わりに。残りの二人はオマケだけれど、切り捨てるには不自然すぎるから。最後の一人は神もどきの魔の力に当てられて動けないそうよ」
その時、俺が作業の手を止めなかったのは意地からだ。ここで俺が動揺を見せてしまえば、ティアナに正体を勘づかれる可能性がある。
「——しかし太陽の時代の遺物って便利ね。これだけ離れていても、直ぐに文字のやり取りをできるなんて。やっぱあいつ、あんな昼行灯を演じているけれど油断ならない食わせものよ」
ティアナが眼にしているのは前の世界で言うスマートフォンのような物体だ。アンテナや基地局がどうなっているかさっぱりわからないが、少なくともエンディミオンの範囲では文字のやり取りができるらしい。しかも月の民が使用している文字を送れるのだから意味不明である。
かくいう俺が作業しているのはなんと、爆薬の準備だった。遺跡に残されていた多量の——前世界で言う対地ミサイルの配線を延々とノウレッジが残していった設計図通りに弄くっているのだ。ティアナは全く英語が読めないため(当たり前だ)、俺が作業をするハメになっている。
イルミのことは正直、今からでも様子を見に行ってやりたいが、ノウレッジがついてくれている以上、もう任せるほかないだろう。
ていうか、ノウレッジ。こんなところに空軍基地からミサイルをくすねていたのか。しかもそれを分解して構造を把握しているとは、初めて愚者らしい化けものっぷりを見せつけている。他の愚者が力の怪物だとしら、彼は知の怪物だ。
「私もここには初めて転移したけれども、本当に町一つが遺っているのね。他はもっと廃墟然としていたからなんだか気味が悪いわ」
あれからティアナの能力を使って、俺とノウレッジはイルミたちのいる島に転移していた。彼曰く、ここには神もどきを迎え撃つための仕掛けを多量に用意していたらしい。まさか使うことになるとは思っていなかったようだが、事態が事態なので解禁することにしたようだ。
「よし、これでなんとかなるはずです。次は地図のこの場所へ連れて行ってください」
ノウレッジが言うには、肉体を爆弾で吹き飛ばされた神もどきが再生するまで2時間弱は余裕があるとのこと。
しかもあいつは太陽の時代の武器でなければダメージを与えられないらしく、魔の力を一切使用しないある意味でアナログな仕掛けを起動できるようにしなければならないらしい。一つの武器の準備を終えたら、別の場所に隠してある武器の準備をしに行くといくことを延々と繰り返していた。
「いいけれども、転移はあと二度が限界よ。近距離かつ座標がしっかりとしているから連発できてはいるけれども、最低限の力は残しておきたいわ」
ティアナの言葉に俺は「大丈夫です」と返す。ノウレッジから受け取った地図。そこに記されたポイントはあと一つだ。
「あいつを迎え撃つ最後の場所だそうです。ここを整備したら一度ノウレッジ先生の近くまで戻りましょう」
決戦まで残り1時間と少し。
俺は無意識のうちに、胸元の拳銃をしっかりと握りしめていた。




