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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第四章 紫の愚者編
81/121

第79話 「偽りだらけの愚か者たち」

大体これで6割程話が進みました。少しずつ畳んでいきます。

「あるじさま、主さま。お疲れでしょうがそろそろ起床されたほうが良いかと愚考します」


 誰かが体を揺すっている。気だるさを感じながら身を起こすと、肩の上に乗っかっていた絹のような黒髪がするりと落ちていった。

 

「……ああ、こっちの体に戻ったのか。いや、正確には飛んで来たのか」


 んんっ、と伸びをすればメイドの形をした魔導人形であるヘンリエッタ――義手に温められたタオルで顔を拭かれた。

 吸血鬼の姉妹との激闘からはや二日、俺はエンディミオンへの帰島? を果たしていた。お腹をズタボロにされて休んでいたヘルドマンも、さすが吸血鬼と言うべきか1日経てば座って政務をこなせるまでに回復していた。本当にとことん敵に回したくないタフさである。

 で、ヘルドマンが魔導人形への魔の力の送信ができるようになったものだから、こうして俺はエンディミオンのアルテミスちゃんボディへ意識を飛ばすことに成功していた。

 

「本部から連絡があって直ぐとは、やはりヘルドマン様の仕事の速さは畏れいる。三日ぶりだな狂人よ。そうしていれば小娘のような美しい出で立ちだが、確かな闘争を楽しんで来たようだな。笑い顔が溢れているぞ」


 声のした方へ視線を向けると、そこではジェームズがソファーに深く腰掛けていた。無精髭の神父は吸血鬼姉妹の襲撃の知らせを聞いて、動かなくなったアルテミスボディを見張ってくれていたようだ。仕事のできる有能な男である。

 ていうか笑みが溢れているってそれは勘違いですから。無事アルテミスボディに意識を移せたことを喜んでいただけだから。なにせ、こちらにもやらなければならないことはごまんとあるのである。

 

「お前が向こうで戦っている間、アルテミスは体調不良で伏せていると周囲には伝えておいた。精々病み上がりを演じることだな」


 言ってジェームズは早々に立ち上がって部屋をあとにしていった。紅茶を淹れたヘンリエッタが一杯勧めても「結構だ」と何処かに消えていく。

 

「――まああいつも忙しいんだろ」


 久しぶりに義手の淹れてくれた紅茶を傾けながら、部屋に置きっ放しになっていたスケジュール帳を開く。都合二コマ休講した計算だが、これってどこかで振替たりできるのだろうか。

 

「いかん、いかん。思考が完全にセンセイのそれだ。早い所紫の愚者のことを調べないと。ていうか紫の愚者を見つけたとしてもどうしたらいいんだ? イルミはそれなりに強くなったし、俺は元の体が回復したしなんか意味あるのか?」


 俺のくだらない独り言にヘンリエッタは茶菓子を用意しながら律儀に答えてくれた。

 

「でしたら打倒赤の愚者のための力添えをお願いするのはどうでしょう。主様は黒の愚者とそういう契約をしたと聞き及んでいますが」


 うーん、やっぱりそうなるのか。

 かなり昔の話に感じるが、あの約束はまだ有効なんだろうな。きっと。

 でも眷属であれだけの強さだ。下手すればヘルドマンは殺されていたのかもしれないのに、俺に本丸をどうこうできる力なんてないと思うんだけれど。

 

「取り敢えずはまだお身体も馴染んでいませんし、今日1日はゆっくりと休みましょう。明日からのことはそれからでも遅くないはずです」


 命のやり取りをしたあとからすれば、気持ちの悪いほどゆったりとした時間だが、不思議と違和感なく俺はソファーの上で寛ぐことができていた。



01/



 やはりあれはどこかが狂っているのだとジェームズは結論づけた。

 

 レストリアブールで赤の愚者の眷属と、黒の愚者であるヘルドマンが殺し合ったことは既にあらゆる伝手から聞かされていた。もちろんアルテがとどめを刺したことも含めて。

 だからこそアルテという怪物に対して畏れを抱かずにはいられない。

 

「普通、眷属と言えども赤の愚者だぞ。なぜ刃を向けることができる」


 月の民にとって赤の愚者は特別な意味を持つ怪物だ。神にも等しい七色の愚者の頂点、六人の他の愚者がまとめて挑んでも叶うことのない世界規模の天災。

 序列第3位のヘルドマンならば挑むことはできるかもしれない。だが不敬とは知りつつもヘルドマンに勝ち目がないことも理解していた。眷属相手に重傷を負わされたと聞いても、驚きはなかった。むしろそれだけで討ち取ることができたことを奇跡にすら感じる。

 なのによりによって、あの狂人は眷属の一人を殺したと言うではないか。

 

「――ダメだ。俺にはあいつと同じ部屋にいることが恐ろしい。少しは人間味があるのかと思っていたが、ただここで獲物を見つけるため皮を被っているだけだった」


 気を許しかけていた自分を戒めながら、ジェームズはエンディミオンの学舎から離れていく。やはり青の愚者を殺せると笑っていた頃から何も変わっていないと震えながら。



02/



 翌日になった。講義の時間になった。誰もこなかった。

 

 え? いや、なんで?

 

「あ、アルテミス先生! ここにいらっしゃいましたか。まだお部屋で休まれているのかと思いましたから驚きましたよ。もう体調は回復されたんですね」


 教壇の上でさめざめと泣いていたらいつのまにかノウレッジが教室の中に入ってきていた。どういうことか、と問うてみればノウレッジが少し困ったように答えた。


「それが我々が調査していたのと別の遺跡が発見されたんですよ。ここエンディミオンから少し離れたところに島があるのはご存知ですか?」


 そういえばここに来た時に見た地図にそんな感じのものが書いてあった気がする。ここエンディミオンが三角形の形をした島だとすればそれの西側にある小さな小さな島だ。

 

「細々と調査は続けられていたんですけれど、ついに地下への入り口を掘り当てたみたいで、本格的な調査が一昨日から始まったんです。学園から報奨金がでるということで、魔導力学科はじめ、沢山の生徒が発掘作業やそのサポートに行っています」


 つまりはあれか。俺がレストリアブールで暴れている間に、こっちでは臨時の課外授業みたいなものが組まれたのか。で、こっちの学舎にはほとんど人が残っていないから講義も無人というわけか。よかった集団ボイコットとかじゃなくて。

 

「――あれ、でもなんでノウレッジ先生がこっちに残っているんです? あなたならいの一番にそっちに向かってそうなのに」


 二人して人気のない廊下を歩く途中、俺は疑問に思ったことを口にしていた。あれだけ生き生きと遺跡調査をしていたノウレッジがこっちで留守番をしているのは何処か不自然に感じる。

 ノウレッジは「お恥ずかしい話ですが」と前置きしつつ、周辺に人影がないことをしっかりと確認して答えた。

 

「ロマリアーナですよ。実は出元は言えないんですけれど、今回の新発見でこちらの目が少なくなった時を狙って、学舎下の遺跡をロマリアーナが接収しようとしているという情報があったんです。ですから私はその見張りですね」


 なるほど、そんな事情が、と納得しかけたが「ん?」と俺は何か引っかかるものを感じた。そしてその疑念を口にしていいものかと一応迷いはしたが、ここで黙っていては仕方がないと失礼を承知でノウレッジに問いかける。

 

「いや、ロマリアーナに対する牽制で残っても、ノウレッジ先生であの屈強な軍隊に勝てるんですか?」

 

 何度かロマリアーナの兵士たちとは関わっているが、到底一個人でどうこうなるような存在でないことくらい、俺でも理解できる。俺だって一人で彼ら全員の相手なんて不可能だし。

 ノウレッジは「あはは」と頬をかきながら笑った。


「んー、これでも一応紫の愚者、パープル・ノウレッジの称号を拝命しているので牽制くらいにはなるんですよ。ロマリアーナで過ごしている黄色の愚者くんとは旧知の仲ですし、僕がここにいたら早々無理はしないと思います」


 え? ぱーどぅん?



03/



 今まで黙っていてごめんなさい。実はあなたがあなたでないことも最初から知っていたんですよ。


 場所はノウレッジの執務室。いつか振舞ってもらったコーヒーを片手に二人で向き合う。剣は持ってきていない。あるのはいざという時の護身用にスカートの下に忍ばせた短剣が一本。

 

「一応これでも最古参の愚者なんですけどね。あとから愚者になった子たちが強すぎて影が薄いんです」


 さらりと重要情報を口にされて俺は完全に思考を停止させてしまう。え、え、ちょっとまってノウレッジ先生。私馬鹿なので話についていけておりません。

 でもそこは紫の愚者と言えどもノウレッジ先生。人当たりの良い人格は偽りではなかったのか柔和な笑顔のまま解説を続けてくれた。


「実は七色の愚者というのは赤の愚者を除いて自然発生したものではないんですよ。なるべくしてなったといいますか、神の気まぐれといいますか、あ、でも黒の愚者はちょっと特殊だったり」


 前言撤回。優しさに満ち溢れているけれども、それ以上に知性に満ち溢れていて全く理解が追いつかない。ということはつまり、赤と黒の愚者以外は人為的に愚者になったということなのか?

 

「たぶんあなたが考えられている通りであっています。愚者はよく神にも等しいと言いますが、この言葉は随分と的を得ているんですよね。愚者は神としてこの世界を維持するために作られた吸血鬼ですから。月の民が生きていくために必要なキーパーソンなんです」


 ん? だとしたら青、白、緑が誰かさんに関わって死亡している現状は駄目なのでは? 世界を維持する神が三人もいなくなっている。

 

「ええ、非常にまずいですよ。あと一人、誰か死ねば世界は異常をカバーしきれなくなって我々の想像もつかない事態に突入すると考えられます」


 ええー、青はともかくとして白と緑を死なせちゃったからシュトラウトランドとレストリアブールで出禁喰らっちゃったぜ、とか呑気に考えている場合じゃなかった。でも何故愚者の死で世界がまずいの? 何か彼らがしているようには見えなかったけれども。

 

「あなたの考えられている通り、愚者が直接的に世界をどうこうしているわけではありません。むしろ愚者はその役割を自覚していないでしょう。彼らはいわば門番であって、それ以上でもそれ以下でもないですから。つまり、この世界の秩序というかルールの崩壊を察知するためのセンサーとして愚者はあるわけなんです」


 げっ、だとしたらそのセンサーが既に三つ失われていると。

 

「はい。おそらく過半数を超える四つ目のセンサーが破壊された時、この世界の創造神のような存在が動き始められると考えることができます」


 なんかだらだら1日休んでいたら、意図せずして世界の秘密に触れてしまったような気がする。たぶんこの話って普通に考えていたら知ったらまずい話だよね。


「で、ここから本題なんですけれど、私がこの話をあなたにしたのには訳があります。七色の愚者が世界のルールを監視するセンサーの役割を果たしているのだとしたら、それに催促されて異常を排除しようとする防御機構もまた存在しているんですよ。あなたにはこの防御機構を破壊してもらいたい」


 んん?

 

「でもそれって四人目の愚者を殺さなければいいわけですよね」


 ここにきて初めてまともに応答ができた気がする。世界のルールとやらを守るための仕組みを壊すくらいなら、そもそも世界のルールを壊さなければ良いと思ったからだ。

 だがノウレッジは困ったように笑ってみせた。

 

「まあそうなんですけれど、三人が死亡していることがそもそも異常事態で、創造神が動く前段階のシステムが既に稼働を始めているんです。私が魔の力のほとんど全てを注ぎ込んでなんとか封印を維持しているのですが、もうそろそろ限界というか」


 だからほら、私からは魔の力を感じないでしょ、と彼は戯ける。

 

「過去に黒の愚者に協力したのも同じ理由でした。あの時は赤の愚者が他の愚者を殺そうとしたので、準じる実力を持つ黒の愚者を支援したのです。彼女は両親の仇を討ちたい、という利害の一致もありましたし。まあ、結果は完敗でしたが赤の愚者にある誓約を植え付けることに成功しました」


 それもさらっと言われたけれど、かなりの重大情報な気がする。だってヘルドマンは絶対に赤の愚者と戦った詳細について語ってくれないんだもん。


「もしかしてそれって他の愚者を殺してはならないとかそんな感じの?」


「もっとあやふやなものですけどね。『赤の愚者は他の愚者を負かすことはできない』 殺してはならないとは縛れなかったのです。ですからあなたに敗北した白の愚者は誓約の保護から外れてしまい、のちに赤の愚者に殺されています。バグというかプログラムの隙間を突っつかれたので完全に想定外でした」


 おいおいおい、白の愚者の殺害犯が意外な形で判明したのだけれど。本当に新事実ばかりで脳みそがオーバーヒートしそうだ。

 

「――理由は不明ですが赤の愚者はどうしても他の愚者を殺さなければならない理由があるようです。彼女に掛けられた誓約がどこまで持続できるかも未知数ですし、我々は早急に手を打たなければなりません。ですが赤の愚者を討伐する馬鹿らしさは語るまでもないでしょう。だって彼女、文字通りの最強ですから。この星の生き物すべてが束になっても絶対に勝てません」


 ようするにあれか。これ以上愚者が殺されたら世界がやばいけれど、世界で一番ヤバい奴が愚者を殺そうとしている。ならば次善の策として世界をやばくするナニカを破壊して少しでも現状をマシにしようということか。


「ご明察です。最善手が不可能なので次善手を打つ訳です。たぶん愚者が殺されるのは止められないから、殺されても大丈夫なように頑張る訳ですね。その一つがあなたに破壊してもらいたい防御機構なのです。これを破壊しておけばあと一人殺されてもなんとか世界は維持できます」


 無茶苦茶な論理だが、それしか方法がないこともなんとなく理解できた。どうせ毒を食らうならば、少しでも症状がマシな方を食おうという魂胆なのだろう。

 けれどもその防御機構とやらは俺みたいなチンケな存在にどうこうできるものなのか? 赤の愚者の眷属ですらヘルドマンが重傷を負うまでサポートしてくれなければ倒せなかったというのに。

 

「実は防御機構は私たち月の民には破壊できないようになっているのです。物理的なダメージは太陽の力がなければ加えられません。ですからアルテ、あなたの力が必要なのです。本来の地球由来の血を持つ、あなたの力が」

 

 ノウレッジの瞳がこちらを見ていた。淡い青紫の虹彩と目が合う。

 ただ彼は今この瞬間、ここにいるアルテミスではなく、遠く離れたアルテを見ていた。

 

 

 04/

 

 

 夜。

 見渡す限りの全てが砂で覆い尽くされてしまった世界の中心でαは一人それを待っていた。

 βに投げ飛ばされた後、残された吸血鬼としての残滓をフル稼働させてなんとか生きたまま着地した彼女は、粉々に砕け散った足でできた赤い花の中心に横たわっている。

 ただ眼差しははっきりと生命力を携え、青白い月をしっかりと見ていた。

 彼女は知っていたのだ。それがそちらの方角からやってくることに。

 

「アラートが鳴ったから何事か、と思ったけれどそうかあの子、殺されたのか」


 予想は見事的中する。月を背景に跳躍してきた人影は音もなくαの頭の横に立っていた。視線だけをそちらに巡らせたαは「ええ、」と短く首肯を返す。


「狂人と黒の愚者の二人にやられたそうです。三人の吸血鬼の心臓を食み、半覚醒状態の黒の愚者――いいえお嬢様相手には分が悪かったかと」


 月明かりが跳躍してきた人影を照らす。流れるような銀の髪を夜風にたなびかせた赤の愚者アリアダストリスは「そうか」と瞳を伏せた。

 

「――順調だと思いますよ。最上のプランがどうなるかわからない今、中の下策でも進めていく価値はあると思います。神の塔の、デウスエクスマキナ・オルタナティブは駄目だったんですよね」


 硬いアリアダストリスの表情を見て、αは察したように言葉を続けた。彼女は自身の主人が空振りに終わってしまったことを知っていた。

 

「起動はしたけれども、それ以上が駄目だった。やっぱりオリジナルの、太陽の時代を生きた肉体がなければマスターとして認識されないらしい。あれのバックアップなしで私は神と戦う必要がある」


「なればこそ、お嬢様を充てにされればと思います。あの子は半覚醒とはいえあなたの現し身であるβを下してみせた。このまま覚醒を続ければ必ずやあなたの見込む戦力になるでしょう」


 αの提案にアリアダストリスは小さく首を横に振った。

 そして悲しげに、物憂げに口を開く。

 

「駄目だよ、それは。あの子の父を殺したのは私だ。その業を背負っている限り私はあの子をこちら側には引き込めない。愚者の心臓を与えて覚醒に近づけているのも、世界の終わりのその時に生きていけるように、という老婆心だ」


 いいえ、それは親心ですよ。

 

 喉まで出かかった言葉をαはぐっと飲み込んだ。現し身だからこそ理解することのできる主人の葛藤を彼女は痛いほど感じている。

 少しばかりの沈黙が二人を支配する。

 夜の砂漠には音がなく、会話がなければ訪れるのは静寂のみ。強いて言えば遥か上空を流れていく大気の音だけが二人に降り注いでいた。


「――さて、そろそろβを蘇らせてあげようか。この肉体はもう用済みといえば用済みだからβにあげるよ。エンディミオン近くに一体残してあるからこれからはそれをメインに使う」


 アリアダストリスの提案にαは「少し待ってください」と口を挟んだ。

 

「βが焼け朽ちる寸前、あの子の感情が私とリンクしていました。あの子はお嬢様の成長を大層喜びながら死んでいったのです。ですから今ばかりはその余韻に浸らせてあげてください。あれほど喜んでいた彼女は久方ぶりですから」


 αの言葉に、アリアダストリスは気を悪くした風もなく「そっか」と笑った。


「私の中の激情を固めて作ったあの子でもきちんと最期は笑えたのか。ならそれは大事にしなきゃ」


 言って、αの両足に手を伸ばす。彼女が少しばかり――とは言っても月の民の認知できる最大出力以上の魔の力が注ぎ込まれていく。花を咲かせていた両足はものの数秒でもとの状態へと戻されていた。

 

「ありがとうございます。――ところで話は変わりますけれど、聖教会の長がやはり『あれ』を持っていました。特にご命令がなければもう一度奪還に動こうと思うんですけれどどうしましょう?」


 ふらふらと立ち上がりながらαが問う。

 アリアダストリスはしばし逡巡したあと答えた。

 

「聖教会の遺物に関しては一旦保留しよう。たしかにあれを何も知らない人間に弄くり回されるのは癪だが、あそこに魂はない。いわば肉の抜け殻にそこまで執着しなくてもいいよ。君たちがそこまで怒ってくれたのは嬉しいけど」


 言葉はそこまで。αがふと目を離した瞬間には最初から誰もいなかったかのように人影は綺麗さっぱり消失していた。相変わらずのフットワークの軽さだと、αは呆れ混じりのため息を吐き出す。

 一人になれば再び彼女の耳へと大気のうねりの音が聞こえてくる。

 こんなにも風景は凪いでいるというのに、この星はいつだって呼吸を続けている。それは太陽の時代であろうと月の時代であろうと同じこと。


「さて歩きましょうか」


 動くようになった両の足でαは最初の一歩を踏み出す。

 踏みしめた先から砂の粒が流れ、足跡を一つづつ背後へと刻んでいく。

 

 彼女の行く先には無限にも思える砂の大地が広がっていた。

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