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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第6話 「サブクエストの方が、メインクエストよりも難易度が高い件について」2

 珍しく昼間に睡眠をとった。快眠とは言いがたかったが、これからのイベントに必要なことなので大人しくしていた。

 というわけでこんばんわ。吸血鬼ハンターのアルテです。

 七色の愚者の一角である「ブルーブリザード」を討伐しようとしたら試験をすると告げられました。

 内容は至極簡単。聖教会の職員であるユーリッヒ・ヘルドマンと模擬戦をして勝て、というもの。

 ……簡単なのだろうか。

 彼女の実力を俺は何一つとして知らない。そもそも昨日まで存在すら知らなかった。まあ、グランディアを永久追放されていた身としては当然のことなのだけれども。

 しかしながらあそこまで啖呵を切られた以上、彼女は俺の実力を図るだけの能力はあるのだろう。

 この世界はまだまだ俺が足元にも及ばない化け物がたくさんいる。

 彼女がその一角である可能性はそれほど高くはないが、それ相応の実力者と見るべきだろう。

 未だ眠り続けるイルミの傍らで俺は「対吸血鬼用」の装備をいろいろと準備している。

 こちらの世界に飛ばされて早数十年、思えばほぼ独学でよくぞここまで来たものだ。


「んっ」


 寝返りを打ったような衣擦れとともにイルミが声を上げた。まだ寝ているのかと思いきや、振り返ったら思いっきり目が合った。

 血のような深紅色の瞳に吸い込まれそうになる。

 ここで朝の挨拶の一つでも出来たのなら円滑なコミュニケーションに成功するのだろうが、この身体は吸血鬼の呪いの所為でプチコミュ障だ。


「起きたのか」


 自分でも泣きたくなるようなぶっきらぼうなセリフが口を割いて出てくる。ああ、これなら黙っていれば良かった。

 イルミは形の良い眉を歪めた。


「いくの?」


 言葉は短くとも、何を言いたいのかは大体わかる。

 もともと「ブルーブリザード」の討伐には反対だったイルミ。もちろんテストの件を告げた後もこれ見よがしに難色を示された。

 そこまでしてまだ依頼を受けるのか、と。

 まあ一度は「ブルーブリザード」の討伐を承諾されていたので、そこを重点的に突いてやればなんとか了承は得られた。

 何よりテストされるのは俺だけらしいので、最悪こっそりと受けてしまおうか、とも考えた。


「鐘が鳴るまでまだ時間あるよ」

 

 約束の時間が鐘が五度鳴るころ。ヘルドマンに指定された時刻だ。

 月の民の感覚ではだいたい昼前くらいだろうか。現在が日が暮れたばかり、月の民でいうところの朝七時だからたしかに早い。

 俺は装備を整えた荷物を背中に背負って、イルミに向き直った。


「少し準備することがあるんだ」


 テストの条件として指定されたのは、相手を殺してはならない、という制約のみ。よって仕込みをしてはいけないなどとは一言も告げられていない。

 もしかしたら直前になって無効とされてしまうかもしれないが、やらないよりはマシだろう。

 いざとなったら屁理屈でもこねて、クリスに助けてもらおう。

 それにもともと罠を張り巡らせて吸血鬼を追い詰めるのも、俺の狩りのスタイルである。最近は費用対効果、という夢のない単語の所為で非常に下火だけれども。


「そう、なら私も手伝うから少し待って」


 そう言って、イルミは顔でも洗いに行くのか部屋からとたとたと出ていった。

 どうやらこちらの返答を聞く気はないらしい。

 だいぶん前から知っていたことだけれど、どうしてもやるせない気持ちになるのは仕方のないことなのだろうか。



 詳しくは知らされていなかった試験会場はグランディアの城壁の外にあった練兵場だった。

 もともと城壁がもう二三枚存在していた数百年前に使われていたところだという。朽ち果てた石造りの建物はまるで幽霊屋敷で、不気味なこと極まりない。

 月明かりに照らされた練兵場では聖教会の職員が遠巻きながらこちらを観察している。

 どうやらヘルドマンと俺の模擬戦はそれなりの注目を受けているようだ。

 ちなみにイルミは俺の奴隷扱いなので、テストには参加できなかった。どうやら俺単体の実力を測りたいらしい。

 クリスに連れられた彼女は、練兵場を囲い込むように作られた観客席に腰掛けている。

 観客席とこちらは聖教会が抱える結界術師が展開した結界で仕切られているとクリスから説明を受けた。


「だから遠慮しなくてもいい。いいか、少しでも躊躇したら死ぬぞ」

 

 脅し文句ではないことくらい、こちらの世界で数十年も過ごした俺はわかっている。

 仕込みも黙認された。もちろんヘルドマンには伝えないという。

 クリスは親切にも手伝おうか、と申し出てくれたが、これは俺のテストだ、と断っておいた。

 そうこうしているうちに鐘が鳴り始めた。大体一つの鐘が鳴らされるまで一分。グランディアの街に深夜の訪れを教えてくれる。

 いつも帯剣している黄金剣を抜いてその時を待った。


「お待たせしました。さて、テストを始めましょうか」


 四度目の鐘が鳴らされたとき、練兵場の向こう側からヘルドマンがゆっくりとした足取りで歩いてきた。

 昨日のゆったりとした外套姿とは打って変わって、ボディラインを強調するような皮のスーツを身に着けている。

 図らずもその扇情的な姿に思わず生唾を飲み込んだ。

 ヘルドマンはそんな俺に気を良くしたのか、薄く微笑んでさらに口を開く。


「おっと、テストの前に自己紹介を済ませましょう。昨日はユーリッヒ・ヘルドマンと名乗っただけでしたが、実は私、とある称号を皆様から頂いているんですの」


 何か嫌な予感がした。

 さっきまでしんしんと輝いていた月の光に陰りが出る。だが空を見ても月は雲になんか隠されていない。相も変わらず天頂で光を放っている。

 なんだこの影は、と目線をやればそれがヘルドマンからこちらに伸びていることに気が付いた。

 そして、魔の力をほとんど知覚できない俺ですら、それが強大な魔の力であることに気が付くまで数秒も掛からなかった。

 間違いない、膨大な魔の力が可視化されるまで現実世界に溢れているのだ。

 つまり、意味することはたった一つ。




 イルミは我が目を疑った。

 アルテに向かって伸びる魔の力が視認できているということに気がついたとき、世界の全てが止まったように感じられた。

 魔の力を第三者から視認できるほど保有しているのは、この世界にたった七人しか存在しない。

 そして黒色の、あれほどの禍々しい魔の力を行使する人物は一人しか知らない。

 アルテに対峙したヘルドマンがゆっくりと頭を垂れた。


「はじめまして。七色の愚者、第三階層、ブラック・ウィドウです。どうぞお見知りおきを」


 瞬間、練兵場に満ちている圧力が増した。アルテとヘルドマンを中心に渦巻く殺気と魔の力がさながら竜のようにのたうち回っている。

 周囲に腰掛けていた正教会のシスターや神父たちも皆一様に怯えていた。

 平静を保てているのはイルミとクリスの二人だけだった。

 五度目の鐘が鳴る。

 ゆっくりと、アルテが黄金剣を構えた。そしてヘルドマンの声が世界を支配する。


「試験開始ですわ。愚かな吸血鬼ハンター、狂人アルテよ」




 気がついたら吹っ飛ばされていた。

 何をされたのかわからない。何が起こったのかもわからない。

 魔の力だとか影だとかそんなちゃちなものじゃない。もっと恐ろしい何かだ。

 練兵場を囲むように設置された結界に打ち付けられ、肺に溜まっていた空気が吐き出される。

 ちょっとタンマと嘯く前に、目の前にはヘルドマンの美人面があった。


「おや、こんなものですか。狂人よ」


 憎々しげに笑うヘルドマンの余裕さを見て、俺は結界を足の裏で蹴った。ちょうど、こちらに向かっていたヘルドマンに組み付くような感じだ。

 ヘルドマンが纏っている黒色の魔の力が肌をちりちりと焼いてくる。

 だがそんなことはお構いなしに、彼女の下腹部へ黄金剣の柄を叩き込んだ。


「くっ!」


 手応えは残念ながらなかった。見れば下腹部に集められた魔の力で柄が止められている。

 そしてそのまま、集められた魔の力が俺とヘルドマンの間で爆発した。


「うおっ!」


 とっさに受け身を取り、着地する。ヘルドマンもその身軽やかに練兵場へと舞い降りた。どうやら彼女は溢れ出る魔の力に質量を与えて、自由に行使できるようだ。

 射程範囲はこの練兵場に於いてほぼ無限。なんともやっかいな能力である。


「成る程、第一段階は合格ですね。判断力も胆力も素晴らしいものがあります。ですがこれはどうでしょう?」


 練兵場に充満していたヘルドマンの魔の力が彼女の元へと帰ってくる。そして目まぐるしくその姿を変えたかと思うと、やがてそれは二匹の蜘蛛のような形状をとった。

 だいたい全長三メートルくらいの、超大型の蜘蛛である。


「さあ、私の可愛い子供たち。食事の時間ですわ」


 嫌らしく笑みを湛えたヘルドマンが、一度手を振り上げ、すぐに振り下ろす。合図はたったそれだけ。

 二匹の蜘蛛はまるで狩りをするかのように、俺のもとへと突進してきた。


「猪口才な!」


 左右から同時に食らいついてきた蜘蛛をバックステップでかわす。正面から減速ゼロでぶつかり合った二匹の蜘蛛は全くダメージを感じさせないままこちらに追いすがってきた。

 結界の方へ追い詰められないよう、円形の練兵場の外周をひた走る。

 どうやら、正面からヘルドマンとやり合うにはまだまだ実力が足りていないらしい。


「ほらほら、逃げ回っても埒があきませんわ」


 時折ヘルドマンの方角から弾丸のように魔の力が飛来する。何とかそれをいなしつつ少しずつヘルドマンに肉薄していく。

 だが俺の目論見はまだまだ甘かった。

 突然、足が練兵場の地面に飲み込まれた。


「っ!」


 見れば練兵場に満ちた黒い影に足が飲まれていた。どういう理屈かこの影は自由に質量をもった物体を出し入れすることが出来るらしい。

 足を取られた俺に、二匹の蜘蛛が殺到する。

 大口を開けた蜘蛛が俺の右肩と左脇腹に食らいついた。

 激痛が全身を走り、声も出ない。視界の端でヘルドマンが嗤った気がした。

 だが、俺も笑ってやった。

 この時を待っていたと格好つけては、とても言えない。

 けれども、奇しくもお膳立ては整ったのだ。

 剣を手放した俺は袖口から青白い、宝石のような石を地面に落とした。

 瞬間、世界は真っ白に塗りつぶされる。




 問題はヘルドマンの、魔の力の制御に裂くリソースだった。

 七色の愚者、それも第三階層と称されるほどの実力者だ。おそらく相当の手練れだろう。第七階層のブルーブリザードが足下にも及ばないような。

 だから俺は観察した。ヘルドマンが同時に行使する魔の力の数を数え、彼女の行動から制御限界を見極めようとした。

 二匹の蜘蛛を全く違う動きで制御し、あまつさえ魔弾を撃ってきた時は肝を冷やした。さらに設置型の罠まで制御している。

 まさに化け物。脳みそを三つくらい持っているのではないか、と思わされるような制御能力だった。

 だがそれが彼女、ヘルドマンの限界であることに気が付くことも出来た。

 先ほどまでヘルドマンは濃密すぎる黒い魔の力をその身に纏っていた。

 しかし俺が間抜けにも罠に引っかかったとき、明らかにその量が減衰していたのである。

 減衰したといっても、まだまだ可視出来るあたり相当な量の魔の力を纏っている。それでも物理的な防御に使われるような量は残されていなかった。

 これを好機と言わずして何と言うか。

 俺はあらかじめ設置していた仕込みを発動するべく、袖口から青白い石を地面に落とした。

 これは雷石といって、この世界に存在する魔導器具を動かすための動力源だ。魔導器具とは簡単に言ってしまえば電化製品。

 雷石は電池かバッテリーだ。

 表面に雷の力を宿した石が地に触れる。すると微弱ながら魔の力にも似た電気が地面に流れた。

 仕込みが、発動する。




 追い詰めた、と確信したのはヘルドマンだった。

 逃げ回っていたアルテを罠にとらえ、二匹の影で出来た蜘蛛を食らいつかせた。殺しはしない。

 だが少しばかり痛い思いはして貰おう。そんな思惑に満ちあふれた攻防だった。

 もともとアルテの能力を疑ったことなど、ヘルドマンには一度もない。

 彼の輝かしい実績も、五年前のグランディアにおける討伐事件の顛末も知っていた彼女は、今回の「ブルーブリザード」の討伐を最初から許可するつもりだった。

 ただ少しだけ、ほんの少しだけ釘を刺そうと、ここまでアルテを痛めつけた。

 彼に油断があるとは微塵も思っていない。

 それでも万が一を考えて試験を執り行った。

 しかしながらアルテはヘルドマンの予想以上だった。

 予想通り油断はなかった。

 ヘルドマンが七色の愚者の一角であることを告白しても、動揺することなくこちらに一撃を加えてきた。

 影による一撃で吹き飛ばしても、逆にこちらに向かってきた。

 肉薄されたとき、ヘルドマンの背筋を駆け上がっていったのは間違いなく悪寒だった。

 アルテが剥き出しにする純粋な殺意にあろうことか一瞬、恐怖を覚えたのだ。

 

 最高です!


 恐怖ののち、歓喜に身を震わせたヘルドマンは本気を出すことにした。

 とある事情から実力の十分の一に制限されている力を全て行使することにしたのだ。

 人間相手ならば本来あり得ないほどの厚遇。

 影で作り出した蜘蛛を二匹、アルテに向かわせた。アラクネとナクアと名付けられた二匹の蜘蛛は、イルミが行使する二匹のオオカミとは少し違う。

 イルミのオオカミは使い魔と呼ばれる実態を持つ魔の生物だが、二匹の蜘蛛はヘルドマンの魔の力によって作られた不定形の生き物なのだ。

 よって、一切の攻撃を受け付けず、ヘルドマンが死ぬか、その魔の力が尽きるまで獲物を追い続ける。

 セオリー通りに蜘蛛たちはアルテを追い立てた。

 やがて罠に掛かり身動きがとれなくなったアルテを捕食するべくその身に食らいついたのである。

 本当に肉を食らおうとは思わない。だがとても痛い思いはしてもらおう。

 ヘルドマンは蜘蛛たちにそのまま囓り続けるよう指示する。アルテが根を上げるか降参すれば蜘蛛たちを引かせるつもりで。

 だが、アルテが根を上げることは遂になかった。

 あろう事か、彼はまだ反撃を諦めていなかったのである。




 視界が防がれた。

 ヘルドマンがそのことに気が付くまで約二秒ほど掛かった。

 それはアルテという狂人を相手取るには十分すぎるほどの隙だった。

 アルテが袖口から落とした雷石。それが練兵場の地面に触れた瞬間、そこかしこから蒸気が吹き出てきた。

 それがヘルドマンの視界を防いだのである。

 ……たかだが蒸気と侮るなかれ。

 この蒸気は月の時代を生きる月の民にとって天敵とも呼べる蒸気だったのだ。



 

 成功した!

 練兵場を覆い尽くす蒸気を見て俺はほくそ笑んだ。蒸気に触れた二匹の蜘蛛が霧散する。

 俺が練兵場に施した仕込み。それはとある国で入手した魔導器具を埋めておくということだった。

 魔導器具の効果は雷石による微弱な電流が流されたとき、中に充填された液体を急速に気化させるというもの。

 中に充填した液体は純水だ。

 この世界で生きる生き物の殆どは空気中に充満した魔の力を使って視力を得ている。だから真っ暗な夜の闇でも視力を失うことはない。

 だがその視力獲得方法には弱点があった。

 魔の力は純水の中には決して存在できないのだ。つまり純水の中に浸された物体をこの世界の住人は視認することが出来ない。

 理屈は知らない。それでも経験則でそのことを知っていた俺はこれを時折武器として吸血鬼と戦っていた。

 本来なら自身の視界すら奪い、魔の力を減衰させてしまう純水の蒸気。

 しかしながら魔の力も、魔の力を使った視力も持っていない俺にとってはただの蒸気だ。

 吸血鬼どもの視界を一方的に奪ってこちらは自由に移動できる。

 これほどアドバンテージを稼げる魔導器具はなかなか存在しない。

 視力を失い、身に纏っていた魔の力すら蒸気によって霧散されたヘルドマンの動きが明らかに鈍る。

 剣を捨てていた俺は徒手で再び彼女に肉薄した。

 テストの終了、および勝利条件は知らされていない。

 ただ致命傷となり得る一撃を叩き込めば負けということはあるまい。

 拳で殴りつけようとしたが、蜘蛛に囓られた傷のせいでそれは叶わなかった。

 だから手のひらで、掌底をヘルドマンに叩き込んだ。


 瞬間、手の平に柔らかい感触が走る。

 ふにょん、と何かが歪んだ。


「っ!」


 見れば、俺はヘルドマンの豊かな左胸を鷲掴みにしていた。



 ……あれれ? もしかして目測誤った?

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