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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第4話 「狂人襲来」

 城塞都市グランディア。その昔、それこそ千年前の太陽の時代からここには都市が築かれているという。

 歴史あるこの都市は中心部に古城を一つ据え、その外周に何十もの城壁が築かれた要塞都市としての性格も持っている。過去に謳われた詩歌にもたびたび登場し、この大陸での知名度も高い。

 で、そんな都市にたどり着いた俺とイルミの二人は一番外周に位置する城壁の外で立ち尽くしていた。

 正確に言うと、完全武装の騎士たち数人に囲まれて拘束されていた。


「またのこのこと我らがグランディアにやってきた理由をお聞かせ頂こうか。”狂人アルテ”よ」


 騎士たちは銀色のフルプレートで武装していた。その中でも特別豪奢な装飾を施された騎士が俺の前に立った。

 騎士たちを纏める地位にあることが容易に想像できるであろう彼は腰にぶら下げた剣を抜き、俺の鼻先にそれを突きつけた。


「答えろ」


 さらに語気を強めて騎士は問う。というかこれは最早脅迫だ。

 イルミなんか殺意満タンの視線で周囲を睨み付けている。ほらほら皆さん、彼女を怒らしたら不味いですよ。彼女はなんたって自身の陰に大きな狼を二匹飼っているんでね。

 と、冗談はさておき。

 剣を突きつけられ、俺たち二人が身動きをとれなくなったのは理由がある。

 それは今から五年ほど前。

 俺はとある事情からイルミと分かれて、一人このグランディアを訪れていた。そして城塞都市の中心部、古城の中にある吸血鬼ハンターを統括する協会、聖教会から依頼を一つ受けた。

 何でも都市に無差別殺人を繰り返す吸血鬼が侵入したらしい。

 これ幸いと踏んだ俺は喜んで依頼を了承。吸血鬼の討伐に乗り出したのだが、何分これほどの大都市で討伐依頼を受けるというのは初めてのことだった。

 で、その結果。

 死人は出なかったものの、多数の重要建築物を破壊。騎士の詰め所に繋がれていた騎竜を数匹ばかり真っ二つにしてしまった。

 もちろん街の人間、とくにグランディアの統治をしている領主からは大目玉を食らい、処刑の憂き目に遭いそうになった。

 聖教会が口添えをしてくれて、何とかグランディアからの永久追放という処分に減刑はされたものの、それはもうとんでもない騒ぎだった。

 いやー、今回は聖教会に呼ばれたようなものだから追放令も解除されていると思ったのだけれども認識が甘かったか。

 失敗したね。これは。



「答えろ」


 再び騎士が語気を強める。フルプレートの甲冑の向こう側から鋭い視線がアルテに向けられる。その事実はアルテを含め、周囲の人物全てに認識されていた。

 だがアルテに剣を向ける騎士の、体の小さな震えに気づいたものはいなかった。

 いや、正確にはこの場にいる騎士たち全てが大なり小なり震えを感じているのだが、それぞれそのことを認識出来ていなかったのだ。

 彼らが感じているのは生き物としてもっとも原始的な感情、恐怖。

 狂人と呼ばれ、五年前にグランディアをたった一人で破壊し尽くしたアルテに恐れを抱かずにはいられなかったのだ。

 彼らが今こうしてアルテたちに相対できているのは偏に使命感の賜。

 破壊され倒壊した重要建築物、無残に殺された相棒とも言える騎竜の死体。悪夢という以外に例えようがない光景を繰り返してはならない。そういった感情が彼らの足を支えていた。

 無限にも似た時間が過ぎていく。

 充満した殺意に吐き気を覚えそうな空間を破ったのはアルテの声だった。


「俺がグランディアを訪れた理由。簡単だ。愚者を、七色の愚者を殺しに来た」


 淡々とアルテが言葉を告げる。

 同時に騎士の頬を嫌な汗が流れた。

 彼は感じる。目の前の男は五年前から何も変わっていない。

 この男はやはり災禍だ。そこにいるだけで周囲の人、モノを壊していく狂人だ。

 殺さなくては。

 騎士は剣を振りかぶりアルテの首筋に狙いを定めた。こちらに殺気を向け続けていた少女が少しだけ動く。

 しかし剣が狂人に振るわれることはなかった。また少女の陰から飛び出した二匹の巨大な狼が、騎士たちの喉を食い破ることもなかった。

 一喝が空から降ってきた。


「双方剣を納めよ!」


 声はよく通る。と同時、剣を抜き放っていた騎士たちが強制的に地面にひれ伏した。まるで上から押さえつけられた犬のように。

 陰から狼を呼び出した少女、イルミも騎士たちほどではないにしろ片膝をついていた。

 無事なのは剣を向けられ、今ここで処刑されようとしていたアルテだけだ。

 アルテが視線を上に向ける。すると月明かりを遮るように中型の、馬よりも二回りほど大きい騎竜がそこにいた。

 いや、正確には騎竜に搭乗している人物に視線をやった。


「……久しぶりだな。クリス」


 アルテの呼びかけに騎乗の人物は騎竜から飛び降りることで答える。

「ああ、久しぶりだ。狂人アルテよ」

 騎乗の人物は女だった。それもとびきり美しい女だった。黒い外套に身を包み同じ色の長い髪が靡いている。にやりと口角をつり上げて笑う様子も様になっていて、嫌らしさは微塵もなかった。

 女の名はクリス・E・テトラボルト。

 吸血鬼ハンターを統括する聖教会のシスターだった。



「すまんな。君の追放令解除も特例中の特例で、このような処置をしなければいかなんだ」


 俺は街の中を歩いていた。

 両の手に枷を付けられ、剣は没収され、騎士団に囲まれて囚人のような出で立ちで歩いていた。

 いや、まあ、五年前に暴れた俺が悪いんだろうけど、呼び出していおいてこれはあんまりだと思うんだ。


「まあ、君にはこんな枷、あってないようなものだろうけどな。それでも街の人々は幾分か安心する。こらえてくれ。あとそこの少女、ご主人様が拘束されて腹立たしいのはわかるが、そう殺気立つな。アルテを拘束した意味がなくなってしまう。ほらみろ、周囲の人々が怯えてしまうではないか」


 見ればイルミがものすごい形相でクリスを睨んでいた。美少女が美女にガンを飛ばす。

 これはこれで結構おもしろい光景だと思うのだけれど、どうですか? 騎士団の皆さん。あ、それどころじゃないですかごめんなさい。

 周囲をキョロキョロと見渡したら俺が騎士たちに睨まれたので、慌てて視線を真正面に反らす。

 すると一団の先頭を歩いていたクリスが足を止めていた。

 ちなみに彼女は乗ってきていた騎竜を城壁の外に置き去りにしてきた。話を聞けば放っておいても自分で騎竜舎に戻るそうだ。

 そんなクリスは何処か誇らしげに、何かを自慢するように口を開く。


「さて、ようこそというべきかな。吸血鬼ハンターアルテよ。我々聖教会は君を歓迎しよう」


 こちらに振り返ったクリスが指さした先、荘厳な古城がこちらを見下ろしていた。

 これがこのあたり一帯を治める領主の館であり、吸血鬼ハンターたちの総本山、聖教会が位置しているグランディアのランドマークだ。

 久方ぶりに訪れた古城は、俺が壊したときそのままの姿で残っていた。

 ごめん。



 狂人が来たと、聖教会に勤める同僚たちが騒いでいるのを聞いた。

 話を詳しく聞けば、彼はグランディアの外周壁に設けられた検問に引っかかり拘束されているらしい。

 これは不味いと私は騎竜舎に走った。本来ならば聖教会の職員が先んじてアルテを迎えに行き、目立たぬよう馬車か何かに押し込めて聖教会に連れ込もうとしたのだ。

 まさかこんなに早くに聖教会を訪れるとは。

 彼の吸血鬼討伐に掛ける情熱を甘く見ていたようだ。

 私は蹴破るようにして騎竜舎の扉を開け、中の竜の手綱を握った。一際大きな騎竜は一声嘶いたあと、外に向かって開かれた降下台から飛び立つ。

 大型の騎竜ならば数分でたどり着けるような距離にグランディアを囲む城壁の外周は存在する。

 その一角でなにやら騒がしい一団を見つけた。どうやらアルテたちのようだ。

 上空からアプローチを掛けようと、一団の真上に位置どる。すると、騎士団の一人がアルテに向かって剣を振り上げているのが見えた。 

 駄目だ、と直感で悟った私は声に魔の力を乗せて”飛ばした”

 これが私が持つ異能。聖教会のシスターでありながら吸血鬼ハンターとしての能力を持つ私の異能だ。

 私は言葉に魔の力を乗せることができる。そしてその言葉の意味によって対象をある程度自由に操作できるのだ。

 私の異能を受けた騎士たちが地にひれ伏した。どうやら乗せた魔の力の量が多かったらしく、それに押しつぶされた形になったようだ。

 本来なら硬直させるだけで済ますつもりが、隣にいた少女まで効力を及ぼしていた。

 そして当然とも言うべきか、一団の渦中にいたアルテは平然としている。やはり彼は相当油断のならない相手のようだ。

 この光景を見る限り、私が騎士団たちを止めたのは正解だった。

 咄嗟に使い魔を召喚しようとした少女も中々の実力者だが、アルテは頭一つどころか五つくらいは抜きんでている。

 おそらくあのまま剣を振るっていればこの場にいた騎士団の全てが、五年前の真っ二つにされた騎竜たちと同じような運命を辿っていただろう。

 自分の判断に満足しつつ、私は騎竜を降下させようとした。すると騎竜はその場に滞空したまま一向に降りようとしない。

 もしや騎竜はアルテに怯えているのか、と気がついたとき下から声が聞こえた。


「……久しぶりだな。クリス」


 狂人から掛けられた再会を喜ぶ言葉。

 一刹那、悪寒が背筋を駆け上る。しかしここで物怖じしてはいけないと思った。

 私は吸血鬼ではない。彼の同僚だ、と己に言い聞かせながら何とか言葉を絞り出す。


「ああ、久しぶりだ。狂人アルテよ」


 狂人、と罵られて彼が怒らないことは知っている。彼はそれほど自分の扱いに執着するわけではないのだ。

 それでも上から見下ろすという非礼を続けられるほど、私は図太くもないのですぐさま地上に降りようとしない騎竜から飛び降りた。

 月明かりの下、互いの視線が交差する。

 彼の黒い瞳は夜空に広がる黒と同じ色をしていた。

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