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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第三章 緑の愚者編
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第45話 「まだまだ友好度が足りない!」

ごめんなさい。遅くなりました。

 お役目は想像していたよりも早くに回ってきた。

 レストリアブールに蔓延っているという、連続殺人鬼の調査である。

 エリムの入団テスト紛いを受験してから三日ほど経過したある日、日が暮れた直後(月の民にとっての早朝)に呼び出しを受けたのだ。

 俺とイルミ、そしてレイチェルは暗殺教団が拠点を構える建物に滞在している。

 この建物は千年も前――つまり太陽の時代は王族が生活する王宮だったらしい。

 それがいつの間にやらこの地で活動していた暗殺者の集団――後の暗殺教団のアジトとなり、やがてはレストリアブール全域を支配するまでの大きな戦闘集団となったのだ。

 そしてその暗殺教団が信仰している対象が緑の愚者という仕組みなのである。


 おっとちょっと話が逸れた。


 まあ、とにもかくにもレストリアブールを支配している暗殺教団を支配している緑の愚者の命令には、俺たちはどうしても従う他はないということだ。

 さすがにこれだけの戦闘集団と真っ向から争って無事でいられる自信はないし、そんな危険も侵したくない。

 レストリアブールで騒ぎを起こした罰が、暗殺教団に協力する、という労役ならば進んで承るしかないのだ。


「で、貴様。此度の殺人鬼については何処まで知っている?」


 呼び出されたのはそんな教団内部に設置されている小さな会議室だった。

 エリムを含め、イシュタル、さらに数名の幹部らしき人物が円卓に陣取っていた。彼らに対面するように三つの席が設けられており、俺が真ん中、イルミが右、レイチェルが左へと腰掛けた。


「下手人が吸血鬼ということくらいだ」


 席について早々、こちらに投げかけられた質問。

 何処まで知っているのか、というものには正直に、簡潔に応えた。

 ぶっちゃけそれ以外の情報は殆ど集められていない。初日に殆ど拘束される形でここに連れてこられたのだから、仕方のないことなのだが。


「……隠し立てすると碌な事がないぞ」


 どうやら実力は認められても、発言の信用までは獲得できていないらしい。

 ドスの効いた、脅しともとれる声色でエリムが言葉を吐き捨てた。

 それでも知らないものは知らないし、けれども言い訳をするのが得策とも思えず、さてどうしたものか、と思案していると思わぬ助け船がイシュタルから飛ばされた。


「落ち着いて下さいな。エリム。真ん中のアルテは読めないけれど、左右の二人の気は読めるでしょう? あれは隠し立てをするような気ではないわ」


 とは言っても、心を読みましたよ-、という、喜んで良いのか良くないのか判断しかねる助け船だった。

 その証拠に、内心を読まれたイルミとレイチェルが少しばかり眉根を顰めている。

 しかしあれか。俺の心が読まれないのは別世界出身だからか。

 魔の力が全くといって良い程使うことの出来ない、不便な身体ではあるが、こういう時には随分と役に立つものである。

 ついこの間の、イシュタルが投げつけてきた暗器もそれで通用しなかった可能性もあるし。


「けれどアルテが本当のことを言っている確証もないわ。……本当に吸血鬼だったの? この辺りは緑の愚者様が支配しているお陰で、木っ端な吸血鬼は滅多に近寄らない。それに、エリムが見つけた死体には吸血痕が見つからなかった。あなたの首にあるような二つの傷痕がね」


 言われて、首筋にあるであろう、傷痕を手で確認する。

 三十年ほど前に刻まれた俺の傷痕。

 吸血鬼に食い破られたそこにはしっかりと牙の痕が残されている。

 吸血鬼の呪いを受け、生き延びた人間ならば皆が持っている忌み傷だ。


「……間違いない。あの腐臭、あの怪力、あの俊敏さ。吸血鬼かそれに準ずるものの特徴だ」


 吸血痕が見つからない死体だった。だから吸血鬼の仕業ではないのではないか、というイシュタルの主張は確かに筋が通っている。

 けれども、最近はサボり気味だが、これでも三十年間、毎日のように吸血鬼狩りをしておまんまを食べてきたのだ。

 あの独特の、人ならざる雰囲気を見間違えるはずがない。


「今まで何度だって殺してきた。何匹だって殺してきた。だから間違えない」


 自分なりに、誠意を込めて理由を語ったつもりだった。

 根拠に乏しくても、自身の経験を信じているから、はっきりと断言した。


 でも。

 

 それでも。


 ――みな一様に黙り込まれると、滑った感じでほんと止めて。

 せめて笑ってよ。



 /



 吸血鬼は月の世界における絶対強者である。

 さまざまな人種、種族、亜人の類いがひしめき合う夜の世界で、王者として君臨する覇者の種族だ。

 故に彼らがどのような横暴を働こうとも--殺し、犯し、奪い、嬲られようともそれに一個人で抗うことなど殆どない。

 グランディアやシュトラウトランドのような地域では聖教会という組織を立ち上げ、集団で吸血鬼という暴君に立ち向かっている。レストリアブールでは暗殺教団という戦士たちの集団が吸血鬼という災害に挑んでいる。

 個の力では到底敵うことがない故に、人々は手を取り合い、吸血鬼という暴君から身を守るのだ。

 だからこそ、エリムにとって対面に腰掛ける黒い男は異端だった。

 狂気が渦巻いていることくらい知っている。気を狂わせ、暴れ狂う激情を内面に飼っていることくらい理解している。

 けれども、その狂気の対象が、狂気を抱かせるものが吸血鬼だとすれば話は別だ。

 目の前の男--アルテが卓越した戦闘能力を有していることは今更語るまでもない。

 それでも個の力が月の民と隔絶している吸血鬼と殺し合うなど、常人の思考や行動ではない。

 例え狂人であっても己の命をそこまで軽んじることなど、あってはならないのだ。

 エリムは思う。

 戦士は、暗殺者は、恐れを知るから強いと。

 死が恐ろしいから、自分が戦えなくなることが怖いから日々研鑽し、己の技量を高めようと努力する。

 その結果が強さなのであって、遮二無二に命を投げ出し続ける日々が強さを生み出すわけではないのだ。

 だがアルテは違う。

 彼は吸血鬼との闘争に命を投げ出すことができる。

 最初は運だったのかもしれない。

 初めから強い人間など存在しないのだから、今よりももっと力量が劣っていた時代がアルテにもあるはずだ。

 一番初めは運に味方されて、幸運がいくつも積み重なって吸血鬼との闘争から生還することができたのだろう。

 常人ならばそこで天なり神なり、運命に感謝する。そして己の蛮行を悔い、二度と吸血鬼には近づかなくなるのだ。

 反省を行い学習するのである。

 けれどもアルテはその学習のプロセスが歪んでしまった。

 吸血鬼には近寄らない。関わらない。彼らを恐れ敬うという精神が欠如したまま、今日を生きてきていた。

 不幸なことに、その歪んだ精神を正してくれるような人物は彼の周りには居なかった。

 彼がなまじ実力者だからこそ、誰も彼に意見を伝えられなかった。

 狂人の狂気はそうやって醸成されていった。もはや原初の精神に立ち返ることは不可能に近い。

 その証拠にアルテは告げた。


「今まで何度だって殺してきた。何匹だって殺してきた。だから間違えない」


 彼は気が付いていない。

 まずもってその前提が間違っているということを。

 吸血鬼は何度だって殺さない。普通ならば一度だって殺さない。 

 訓練された暗殺教団の戦士であっても一生に一度相対すれば上出来だ。さらに討伐が成功すれば勇者として讃えられる。

 エリムはアルテを勇者として讃えることは出来なかった。

 余りにも理解が及ばなさすぎて、化け物を見るようにしか彼を見ることが出来なかった。

 だからこそ、彼の剣筋を好ましいと思っても、彼そのものは唾棄すべきものだと切り捨てた。

 



 /



 長い沈黙だった。

 誰一人として口を開かない静寂の中、エリムがこちらを睨み付けた。


「……貴様の言い分はよくわかった。俺は決して気に入らないが、緑の愚者様も貴様を使役することに益を感じている。ならばその剣で己の無実を証明しろ」

 

 言いたいことは言った、と言わんばかりにそれ以降、エリムが口を開くことはなかった。

 いや、以降という表現は正確ではないのかもしれない。

 何故なら本格的に会議が始まる前に、俺とイルミ、そしてレイチェルはその場から追い出されてしまったからだ。

 どうやら仲間としてではなく、ただの証人、もしくは被疑者としてあの場所に呼びつけたらしい。

 まだまだ確執は根深いようである。


「で、これからどうする? サルエレムに向かうにしろ、ここレストリアブールに滞在するにしろ、彼らの機嫌を損ねたままでは大した行動もとれない。大人しく吸血鬼探しに付き合う方が賢明だと思う」


 レイチェルの提案に俺は肯く。

 彼女の言うとおり、俺が連続殺人の下手人でないと証明するには、くだんの吸血鬼を捕まえるなり退治しなければならない。

 暗殺教団に和やかに協力を仰げるような雰囲気ではない以上、俺たちは俺たちで何かしらの策は打つべきだ。


「でも行動は制限されているし、今この場も監視されているわ。自由に街に出て探し回ることも出来ない」


 そう言って、イルミは視線を周囲に張り巡らした。

 彼女の口ぶりからすると、俺たちには四六時中監視の目がついて回っているらしい。そういえばレイチェルが言っていたな。暗殺教団の戦士は気配を隠すことに長けていると。今も何処かで俺たちの事を見張っているのだろう。

 ただ、だからと言って落ち着きなく辺りを見渡す訳にもいかない。こちらは暗殺教団に対して敵対しないことを普段からアピールしなければならないのだ。不審な行動は出来るだけ慎みたい。


 と、そんな感じてボンヤリとしていたらレイチェルがこちらを見ていることに気が付いた。

 目線が合った彼女は彼女らしい不敵な笑みを浮かべていた。それはいつぞやの、酒場で宣戦布告されたときの笑みに似ていた。


「ああ、だからこそボクたちはボクたちで出来ることをする。幸いこのアルテは吸血鬼狩りのベテランなんだろう? だったらもう一度、此度の事件が吸血鬼の仕業かどうか検証してみよう」


「どういうことだ」


 彼女は続ける。


「何、もう一度アルテが見つけた死体とやらを検分すれば良い。これまでたくさん吸血鬼を殺してきたんだろう? なら吸血鬼に殺された被害者も数多く見てきた筈だ。何かしらの痕跡がまだ残されているかもしれない。暗殺教団とは言っても、吸血鬼ハンターにはその専門性では及ばないさ。ならそこを指摘して、徐々に信頼を勝ち取っていけば良いんだ」


 ……成る程。

 確かにそれは良い考えだ。

 だがな、一つだけ君に言いたいことがある。


 別に俺は死体が好きという訳ではないんだぜ?


 


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