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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第三章 緑の愚者編
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第42話 「異国の文化は難しい3」

次話は出来る限り早くに投稿します。

 斬りかかった感触は、巨大な岩山にぶつかったものと似ていた。

 黄金剣で組み伏せるように切りつけたものの、肉を切る滑らかさは一切無く、むしろこちらが押し負けるような錯覚を覚えた。

 アルテは一瞬だけ怪訝そうに眉を顰めるが、直ぐにその場から飛び退いて、イルミと意識を失ったままのレイチェルの元に駆け寄った。


「イルミ、レイチェルは何をされた」


「……こめかみを蹴られたわ。多分。早すぎて殆ど見えなかった」


「そうか。なら狼で自分とレイチェルの身を守れ。後は俺がやる」


 黄金剣をやや下段に構えて、緑髪の女とアルテは向き合った。

 思わぬ連戦に若干の疲労を感じているのか、やや動きは鈍い。


「そう易々と逃げられるほどエリムは優しくはない筈ですが……、どんな手品を?」


「……」


 アルテは答えない。いや、吸血鬼から受けた呪いの所為で咄嗟に答えることが出来なかっただけなのだが、周りはそうとは思わず、女の問いかけを無視したように見えた。

 さらに答えと言わんばかりに黄金剣をちらつかせたものだから、今度は女が眉を潜めた。


「これは少しばかり痛めつけて真相を問いただしてみましょうか。どうせなら緑の愚者様にその身柄を引き渡しても良いかもしれませんね」

 

 ちり、と刺すような殺気が女からアルテにぶつけられた。

 それを見たイルミが警戒心を数段階引き上げ、狼たちも低い唸り声をあげるが、アルテだけは特に表情を変えることもなかった。

 ある意味でいつも通りの狂人にイルミは若干安心し、女は不愉快そうに顔を顰める。


「泣いても謝っても、もう手加減はしてあげませんからね!」


 叫びと行動は同時。流れるような動作で、女の剣はアルテに振るわれた。

 先ほどのエリムとはまた違った、不規則に振られる剣筋はアルテがこまでの人生で初めて見る部類のものだった。

 吸血鬼の呪いで獲得した反射神経と深視力をフル動員し、剣の軌道を読む。そしてそれを脳髄に叩き込んで四肢に命令。

 致命的な傷を受ける前に出来る限り捌いていった。

 ただし無傷というわけにもいかず――エリムとの連戦も祟り、少しずつ生傷が増えていく。


「があっ!」


 普段は寡黙なアルテの口から、息と共に怒気を孕んだ声が漏れた。

 付き合いの長いイルミにしてもそんなアルテは殆ど見たことがない。ホワイト・レイランサーと間接的とは言え切り結んだときも彼は終始落ち着いていた。

 それだけ体力を消耗し、冷静さを欠いているのか――。

 戦慄を含んだ眼差しでイルミがアルテを見る。

 対するアルテは荒い息を押さえつけて言葉を吐き出した。


「何をした、お前」


 そう言って、剣を持たない左腕で目元を荒々しく拭った。霞で曇った鏡にそうするかのように。

 対する緑髪の女は飄々と語った。


「少しばかり麻痺性の毒を。……本当なら四肢が痺れきって立てる筈もないのですが、立ち眩み程度で済ますなんてどんな身体をしていますの?」


 後半は呆れ半分という形だったが、その声色は勝利の確信に塗れていた。

 彼女の流麗な剣捌きはあくまでも本命を隠すための撒き餌に過ぎなかった。本命は暗殺教団がもっとも得意とする、薬物を使った搦め手の剣だったのだ。

 アルテの身体に刻まれた生傷は、一つ一つが毒性を持ってその身体を蝕んでいく。


 追い詰められた。

 

 そう判断するには十分すぎるほど、アルテ達にとって形勢は芳しくなかった。



        /

 


 ヤバい、詰んだ。


 その言葉が口から零れなかったのはひとえに呪いのお陰だった。

 ついでに女の言う麻痺毒とやらの効きが悪いのも呪いの所為か。

 ぼんやりとした視界と思考。その全てが戦闘に必要なスキルを殺していく。


「という訳で観念なさいな。死ぬほど痛い目に遭わせるだけで、死なせはしませんよ」


 緩慢な動作で女がこちらに近づいていく。

 鉛が流れていると錯覚するほど重たい肉体だったが、出来る限りイルミを庇うように立ち回る。

 せめて彼女だけでも逃がさねば――。

 そう思い至った時、身体の一部分だけが異様に軽いように感じた。

 麻痺毒に蝕まれようのない、機械化された右腕だ。

 そうだ。この義手は本体の動きを完全に無視した軌道を描くことが出来る。

 首に巻いた黒いチョーカーに念じて、エンリカに覚えさせて貰った動きの一つを命令する。

 上手くいけば裏を掻くことが出来るかもしれない。

 淡い期待を抱いて数歩、女から遠ざかった。


「……随分と慎重なんですのね。内に渦巻く荒々しい気とあなたの行動が乖離しすぎていて厄介なことこの上ない」


 意味の分からないことをぼやきながら女が剣を構え直した。


 今だ。これだ。これが唯一の隙――!

 

 義手に打ち込んだ命令を解放する。

 倦怠感に包まれた肉体を置き去りにして義手が撥ねる。女が目を見開いた。ここまでは狙い通り。

 黄金剣の切っ先が女の喉元に突進する。

 でも届かない。

 剣がそこまで届いてくれない。

 女は目を見開きこちらに驚愕していた。それは間違いない。

 ただ、彼女の反応速度はこちらの予想を僅かに上回っていた。

 剣での迎撃、もしくは回避が間に合わないと咄嗟に判断した彼女はこちらに何かを投げつけてきた。

 数瞬だけ視線に映ったそれは恐らく暗器のようなもの。

 身体の全面、数カ所……右胸、左脇腹、左腿に突き刺さったそれはこれまでに味わったことのないような激痛を脳に伝えてくる。

 これも毒か何かを塗ってあるのか、意識を二、三度持って行かれそうになった。

 けれども義手は止まらない。

 一度命令したそれは多分、本体であるこの身の命が燃え尽きても忠実に命令を遂行する。

 なんたってあのエンリカ謹製の義手だ。ホワイト・レイランサーから受け取った餞別が組み込まれた義手だ。

 そんなちんけな理由で止まることなどあり得ない。

 黄金剣が女の頬を僅かに切り裂いた。中空に女の血が舞い、体勢に綻びを刻みつける。

 大丈夫だ。これで良い。

 剣で殺せなくても、こちらにはまだ吸血鬼の呪いを刻まれた肉体がある。

 体勢を崩した女が忌々しげにこちらを見上げた。

 だがもう遅い。繰り出された蹴りは間違いなく女の腹に食い込んだ。

 くの字に身体を折り曲げた女が吹き飛ばされる。

 ここまで空振りを続けて来た連戦だったが、ようやっと決定打を叩き込むことが出来た。


 やったぜ。



        /

 


 まさか、毒剣を受けても止まらないとは。

 口端から血を流しながら女――イシュタルは驚愕した。

 黒髪に黄金剣を持った剣士――アルテと呼ばれていた男は予想を遙かに上回る化け物のようだった。

 投げつけた暗器に塗られていた毒は暗殺教団が拷問用に用いる植物の毒だ。

 体内に入り込めば耐えがたい激痛を脳に伝え、被拷問者の精神を叩き折る代物。

 その癖、命にはなんら影響を与えないものだから中々使い勝手の良い毒だった。

 それが目の前の男――真っ黒な狂人には殆ど効いた様子が見られなかった。

 痛みに表情を歪めることがあっても、気を失うことも、その突進を止めることも出来なかった。

 内面に渦巻く狂気染みた気も含めて、これまでに見たことがない類いの人間だ。

 どれだけの憎悪をその身に孕めばそこまでの狂気を生み出せるのか、想像もつかない。

 これでは彼と交戦すると連絡を入れてきたエリムの無事も危うい。

 まだまだ刃をかわすことは難しくないダメージだが、この気がかりを背負ったままでは、今まで通りには戦うことも出来ない。

 幸いなことに狂人の方も無傷ではないようで、荒い息でこちらの様子を伺っている。

 蹴りを叩き込められた腹部をじりじりと押さえながら、イシュタルは撤退の算段を付け始めた。


「本当……忌々しい」


 半ば本音を呟いて狂人の気を反らす。

 全力で反転すれば逃げ切れるか。

 そこまで当たりを付けたとき、天は彼女に味方した。

 腹部に鈍痛を抱えていようとも、暗殺教団で鍛え上げられた聴覚まで鈍ることはない。

 彼女の耳に入ってきたのは統率の取れた多数の足音。そしてそれの先頭を行く、聞き慣れた足音。


「イシュタル! 無事か!」


 イシュタルと同じ緑髪の青年がアルテとの間に割って入る。


「逃げ出したと思ったらこんなところで狼藉を働いていたか。その首一つでは済まんぞ」


 二つの曲刀を掲げ高らかに宣言する。アルテもそれを受けて黄金剣を中段に構えたが、疲労のためか、明らかに精彩を欠いていた。


「アルテ!」


「狼を二つ。女に向けろ」


 緑髪の青年、エリムが引き連れていた取り巻き達も次々と到着し、アルテ達を囲いだした。

 イルミとレイチェルを連れてはさすがに逃げ切れないと悟ったのか、手短な指示を吐き出す。


 ちりっ、とアルテとエリムの殺気が触れ合った。

 第一ラウンドの時と同じように、互いの間合いを注視しながら円を描くように足を進める。

 アルテの金が、エリムの銀がぶれる。それと同時、イルミの狼もイシュタルに向かった。数瞬ばかりの足止めにしかならないが、その数瞬がアルテが何よりも欲した時間だ。


「「ぐっ!!」」


 互いの剣が交差し、呻き声が漏れた。連戦に次ぐ連戦でアルテの疲労はピークに達していたが、それはエリムも同じだった。

 一瞬剣を取りこぼしそうになるが、両者なんとかそれをこらえ、数歩間合いを取り合う。


 アルテが下段に、エリムが上段に構えた。

 互いに切り結ぶことを考えない、先に刃を振るった方が生き残ることの出来る構えだ。

 二人の緊張が伝染したのか、取り巻きは身動き一つ出来ず、狼を再び蹴散らしたイシュタルですらその場から動かなかった。

 イルミも不安げに瞳を揺らして様子を見守る。

 愛して止まない狂人がここまで研ぎ澄ました殺気を放っているのは初めてだった。


 ざりっ、とどちらかが砂を踏みしめた。

 それが合図なのか二人の影がぶれる。

 

 エリムが剣を振り下ろし、アルテが下から切り上げた。

 狙いは互いの首。

 その軌跡は交差の軌道を描くことなく、ただ純粋な速度のみを競っていた。


 決着が果たされる――筈だった。


「――!!」


 動きは一つ。

 剣を振るっていたアルテが驚いた猫のようにその場から飛び退いた。

 続いて剣を振り下ろしていたエリムが硬直し、膝をつく。

 イシュタルもイルミも、取り巻き達もその場に跪いた。それはまるで、誰かに全員が頭を押さえつけられたような光景だった。

 一人だけ身動きの取れたアルテが訝しげに周囲を見回した。



        /

 


 なんだこれ。

 

 突然膝を付き始めた面々を見て、思わず呟いてみた。いや、呟くなんて芸当、こんな欠陥ボディには出来ないのだけれど。

 とにもかくにも、緑髪の男、エリムから感じる嫌な感じ――殺気というのかな。を感じて思わずその場から跳び上がってしまった。

 こんなプレッシャ-、ヘルドマンやホワイト・レイランサーから感じて以来のものだ。

 と、いうことはつまり――、


 視線を殺気の元へ向ける。

 丁度俺とエリムが立っていたところから真横に数メートル離れた場所。

 目の覚めるようなエメラルドグリーンの輝きが漏れていた。それが魔の力が具現化しているのだと理解するのに、レイチェルから貰った力は必要ない。

 元から保持していた視力でそれは捉えることが出来た。

 こんな芸当が出来るのはこの世界に七人しか存在しない。

 いや、正確には二人が落命したのだから五人か。

 ただ月の時代最強と崇拝された絶対強者達のことは、時代世相に疎い俺でも知っている。

 七色の愚者、その第五階層 グリーン・ランペイジがそこにいた。


「両者、剣を収めなさい。こんなにも月が綺麗なのに、この乱痴気騒ぎ。私は嫌いです」


 ただしその容姿は緑の霧に包まれていて、はっきりと視認することが出来なかった。

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