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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第三章 緑の愚者編
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第39話 「レストリアブール」

 連絡が来た。

 死の連絡だ。

 レストリアブールに向かう騎竜の中継地、ちょっとした小さな街で宿を取っていたら突然指が震えだした。

 正確には左手薬指に嵌めた黒い指輪が震えていた。

 ……完全に失念していた。

 これはグランディアでヘルドマンから連絡用として渡された指輪だ。シュトラウトランドに滞在していた後編は中々繋がらなかったので、存在そのものを忘れていた。

 というより、いまさら連絡を取るのが少しばかり恐ろしくて忘れていた振りをしていたのだ。

 絶対怒られる。

 それどころか、聖協会に楯突いたお前を絶対殺すマンことヘルドマンに地の果てまで追い詰められるかも。

 たとえ実力を十分の一に制限されていても七色の愚者の一人だ。その恐ろしさは身に刻まれている。

 今となっては懐かしくもある携帯電話のバイブレーションのように、左手の指輪が震えている。

 幸いなのはレイチェルとイルミが買い物に出かけているということだろうか。

 指名手配されている俺に変わって旅に必要な物資を揃えてくれているのだ。

 応答するべきか無視するべきか。

 十秒ほど指輪をじっくりと見つめて熟慮した。

 ……最悪冤罪であることを訴えて出頭すれば許してもらえるだろうか。

 いや、それでもクリスを傷つけたりシュトラウトランドの聖協会を破壊したことは事実なのだ。問答無用で斬首すらありうる。

 こうなったら徹底抗戦だ。土下座でもなんでもして許しを請おう。

 それでも許してもらえなければイルミとレイチェルを連れてレストリアブールまで逃げ切るのだ。そしてそこから先の適当な街を見つけて永住してしまえばいい。

 七色の愚者に関してはほとぼりが冷めてから考えよう。いや、そもそも赤の愚者を討伐しろと告げたのはヘルドマンなのだから、そのヘルドマンから逃げるのならばそもそも無効なのだろうか。

 だがここまで来て全てをなかったことにすることも出来ないし……、

 考えが纏まらないまま、指輪を眼前に掲げた。応答の方法は簡単だ。震えている指輪に話しかけるだけでいい。

 それだけでこの世でもっともおっかない女性に連絡は繋がってしまう。


「……アルテだ」


 もう少し言い訳を練るべきだったか、と後悔するももう遅い。ラインは通じた。指輪の向こうにヘルドマン特有の何処か冷たさを感じる気配がする。


「驚きました。まさか素直に応答されるとは。てっきりもう指輪は捨てたものかと。ほとんどダメ元でしたのに」


 意外なことにヘルドマンの第一声は驚愕だった。

 もっと罵倒されるのかと思っていたから、これは意外だった。


「シュトラウトランドでのあなたの戦いぶりは伺いましたよ。随分と大立ち回りをされたそうで」


 驚き半分、呆れが半分といったところだろうか。どことなくいつもの彼女らしくない声色でつらつらと言葉を並べ始めた。

 相槌くらい打てればもっと円滑にコミュニケーションを交わすことが出来るのだろうが、あいにくこの身体はそこまで高性能ではない。

 ヘルドマンの声に耳を傾けるのが精一杯だった。


「まあ無事に逃げおおせたようで何よりです。あの不死ノスフェラトゥのマリアもいたのでしょう。大金星といったところですね。私のクリスも壊さずに見逃してくれたようで百点満点をあげてもいいくらいです」


 おっ、と思わず指輪を見る。

 どうやら旗色が悪くはなさそうだ。どこと無く上機嫌なヘルドマンの声色がそれを物語っている。


「どこに向かったは敢えて聞きません。ですがあなたのことですから次の獲物を狙いにいっているのでしょうね」


 ぎくっ、と思わず背筋を伸ばす。どうやら彼女はこちらの行動パターンを凡そのところで把握しているようだ。

 緑の愚者を次の獲物に定めたというのは誤解であるものの、その勢力圏に向かっていることは確かだ。

 けれども、それを迂闊に肯定するわけにはいかない。ヘルドマンがそこまで敵対していないとはいっても、無条件に味方だとは限らないだろう。

 イルミとレイチェルの安全が掛かっている分、より慎重に行動するべきだ。


「こちらは聖協会の上層部があなたの身柄を探しまわっているところです。まさかとは思いますが暫くの間、寄りつかないほうがいいでしょう」


 ヘルドマンの言葉に違和感を覚える。

 彼女は暫くの間、聖協会の勢力圏に寄りつくなと警告している。言い換えれば、永久にそこから離れる必要がないと告げているのと同義ではないのだろうか。

 果たしてその疑問はすぐに氷解した。ヘルドマンが続ける。


「一年です。一年待っていただければあなたの指名手配を解除してみせますよ。……もしもそれが成せずとも、最悪身柄が拘束されるような状況は打破して見せます」


 これは予想外の言葉だった。確かにヘルドマンのネームバリューと影響力ならばそれは決して不可能なことではないだろう。

 だが俺が聖協会の領域で暴れたことは紛れもない事実だ。そこまでヘルドマンがこちらに肩入れしてくれる理由がどうしても思いつかなかった。

 手短に述べることが出来た言葉はまさしくそれに関する問いだ。


「なぜそこまで味方する?」


 いつもどおりの無愛想でも、ヘルドマンは気を悪くした素振りすら見せない。

 それどころか指輪の向こうからひとつ、笑みを零したような息遣いが聞き取れた。


「それに関しては随分前に申し上げましたよ。もう忘れてしまったのですか?」


 若干非難染みた、それ以上に親愛を感じさせる声色。


「――お慕いしております。それだけではあなたの味方でいてはいけませんか」


 いつかどこかで聞いた台詞だ。

 だがこれを文字通り愛の告白と取ることは出来ない。グランディアで模擬戦とはいえヘルドマンと刃を交わした。

 その時彼女から告げられた、この世界における俺の成すべきこと。

 スカーレット・ナイトを討つことを期待した、彼女なりのエールだ。胸を揉みしだいてしまった俺が、ヘルドマンに対して取れる唯一の責任のとり方。

 もしも俺がスカーレット・ナイトの討伐を諦めれば、かの黒の愚者の矛先はこちらに向くだろう。

 言い換えてしまえば、それを目標として行動している限り彼女は心強い味方となる。


「そうか。一年後の成果に期待する」


 本当はご温情ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。と五体投地で応じるべきなのだろうが、やはり肉体は応えてくれない。

 言葉だけ捉えれば随分と威圧的であり、人に物事を頼むような態度でないことくらい明らかだ。

 けれどもそこはさすが愚者と言ったところか。俺のような矮小な人間であっても大らかに接してくれる。


「ええ、期待は裏切りません。約束しますよ」


 あとは二三言、他愛もない会話を楽しんだ。

 最後にへルドマンとお互いに何か状況に進展があれば報告しあう、ということで落ち着いた。

 もちろんクリスに謝っておいてくれ、という言伝も頼んでおく。コミュニーケーションスキル皆無の体質からやっとそれだけは絞り出せたのだ。

 きちんと伝わっていることを願うばかりである。


「では旅の無事と成果をお祈りしておきます。たまにはそちらからも連絡を下さいね」


 指輪から気配が喪失する。

 いつもの黒い指輪に戻ったそれを幾ばくか眺めた。

 左手の薬指に備え付けられたそれの隣、中指にはいつか銀髪の女から貰った赤い指輪もある。

 そういえばこの女とはついぞ会えず仕舞いだった。いつか食事代を返済すると宣っておきながら、シュトラウトランドではあれから影も形もなかった。

 友人と会えずに門前払いを食らった、という事情は聞いていたがそれからの話は全く聞いていない。

 月の民らしい白い肌を持ち、美しい銀髪赤目だった彼女は確かアリアダストリスとかいった名前だった。

 どこかイルミに似た雰囲気もあるあの女が寄越したこの指輪、結構な値打ちものに見えるが果たして取りに来る機会は訪れるのだろうか。

 迂闊に売りさばくことも出来ないそれを少々厄介に思いながらも、もう一度位なら共に食事をしてみたいとも考える。

 

 記憶が正しければ、門前払いをしてきた友人はグランディアにいると言っていた。

 もしかしたらヘルドマンかクリスに心当たりが有るかもしれない。

 次に連絡が取れてみたら聞いてみようか。

 そうつらつらと考えていたら控えめなノックが部屋に響き渡る。

 そっと傍らに立てかけていた黄金剣を手にとった。

 声が扉の向こうから投げかけられる。


「山」


 くぐもった女の声だ。


「川」


 こちらも短い言葉を返す。油の切れた耳障りな音を残して扉がゆっくりと開けられた。


「街に聖協会の職員は見かけなかった。騎竜の便は定刻通りだ。荷物をまとめたら出発しよう」


 互いに合言葉を交わしたあと、部屋に入ってきたのはレイチェルとイルミ、そして朱い魔導人形だった。

 魔導人形はその姿を誤魔化すためにフルプレートの鎧と大きなローブをかけて誤魔化してある。

 これならば巨人族の大男に見えなくもなかった。これは前に立ち寄った小さな村で何とか見繕った戦利品だ。

 レイチェルの最大戦力である朱い魔導人形だがいささか目立ちすぎるきらいがあった。それを半ば無理矢理解決させたのがこの全身鎧である。


「アルテ、これ」


 イルミが懐をゴソゴソと漁った。そしてリンゴにも似た果物をこちらに渡してくる。

 何事か、と視線で問いかけてみればイルミは暫く押し黙った後、簡潔にこう言った。


「風邪に効くって」


 先日、くしゃみ一つで大層心配されたことを思い出す。あの時の気遣いをイルミはまだ残していたのだ。

 しゃくり、と噛みしめれば水気のある果汁が喉を潤す。久しぶりに食べた果物が体に染み入った。

 彼女の心遣いが本当に有り難い。


「……ありがとう」


 何度も口内で詰まりながらも、何とか礼を告げることが出来た。

 はたり、とイルミの動きが止まった。

 赤い双眸を驚愕で見開く。

 俺の礼なぞ全く期待していなかったような反応に、少しばかり悲しくなる。

 これも何も、全部吸血鬼の呪いが悪いのだ。こいつの所為でどれだけ辛い思いをしてきたか。


「ね、ねえ、アルテっ。一つだけ聞いてもいい?」


 硬直から再起動したイルミが珍しく声を上ずらせた。なんだ、と続きを促せば彼女は遠慮がちに言葉を吐いた。


「わ、私。あなたの旅に付いて行きたい。いいかしら」


 今度は俺が驚いた。てっきりこちらのことを思ってイルミは自分に付いてきてくれていると思っていたから、彼女の言葉は意外だった。

 俺の許可なんて当然必要ない。

 それどころか、正式に頭を下げて旅の同行を願おうか考えていたところだ。

 イルミの力にはこれまで随分と助けられてきた。彼女がいなければ、この世界の何処かで無残な屍を晒していた可能性すらある。

 相変わらず二匹の狼は怖く、いまいち何を考えているのかわからない不思議な少女だが、ここでその縁を捨てられるほど淡白な付き合いでは無いはずだ。

 だからここははっきりとさせなければならない。

 吸血鬼の呪いなどただの言い訳だ。俺は自身の言葉を彼女に伝える必要がある。


「俺にはお前が必要だ。ついてこい。いつまでも」


 ――ごめんなさい、リテイクいけます?



     /



 脳が沸騰した。

 少なくともイルミはそう感じた。 

 アルテの黒い瞳がこちらを見下ろしている。間違いなくそこには自分が映っている。

 

 幸せだ。もう死んでもいいくらい幸せだ。


 ずっとずっと不安だった。

 シュトラウトランドからここまで、成り行きのようにアルテに付き従っていたが、いつお前はいらないと告げられるかずっと心配だった。

 独断でアルテに魔の力を注ぎ込んだことも、その過程でキスしたこともいつ責め立てられるがずっとやきもきしていた。

 激昂したアルテに殺されるならまだいい。

 だがお前はいらないと関心を失われ、捨てられることだけはどうしても耐えられなかった。

 眠れない夜が幾ばくか続き、買い出しを共にしたレイチェルにも心配された。

 そんなにもアルテの考えが気になるのならば直接問いただせばいい。

 毎日のようにレイチェルはそう嘯いた。

 そのたびにイルミは悪態をついてレイチェルを邪険に扱った。


 そんなことできるわけがない。

 あの人は私に興味が無いのかもしれない。

 ただの道具の私がそんなことを聞いてはいけない。


 口は饒舌で残酷だ。

 イルミの吐き出した言葉はレイチェルではなく、イルミ自身を傷つけていった。

 否定の言葉を吐き出すたびにそれが真実味を帯びてきて、イルミの世界に刃を突き立てていく。

 苦し紛れに果物を土産にしたのも、レイチェルにほとんど無理矢理押し付けられたようなものだ。

 渡す決心がつくまで宿に近づくことすら出来ず、ぐるぐると道草ばかり食っていた。

 そんな彼女に業を煮やしたレイチェルはこれも無理矢理ひっ捕まえて宿に連れ帰った。無下もなく合言葉を告げるレイチェルにイルミは絶望する。

 

 ダメだ、まだ心の準備ができていない。


 何度喚いてもレイチェルは取り合ってくれず、宿の扉をあっさりと開けてしまった。

 中にいたアルテは黄金剣を持っていた。抜身のそれは彼の最大にして最優の武装だ。

 自分に向けられているわけではないことくらい頭で理解していても、それがアルテの攻撃性の象徴に見えて足が竦んだ。

 イルミはアルテに殺されても構わないとしているが、実のところ彼から悪感情を向けられることを極端に恐れていた。

 本人はそれにまだ気がついていない。 


 レイチェルがこちらを見ている。顎で仕切りに早く渡せ、と催促してくる。

 イルミは震える手で果物を手にとった。

 

「アルテ、これ」


 口調はひどく硬い。

 その緊張をアルテに悟られたくなくて、すぐさま続けた。


「風邪に効くって」


 レイチェルから聞いた効用をそのまま注げる。イルミの予想に反してあっさりと果物を受け取ってみせたアルテはそれをしげしげと眺めたあと、一つ口に含んだ。

 月の民らしくない控えめな犬歯が一瞬だけ顔を覗かせて、イルミの鼓動がちょっと速くなる。

 しゃくしゃくと、果物を咀嚼する音だけが室内に響いた。

 アルテが再びイルミを見る。

 すぐには口を開かない。無言で黒い眼差しがイルミを捉える。

 無限にも等しい時間。

 イルミは逃げ出したくなった。


「……ありがとう」


 だからアルテの声が音としてイルミの耳に届いた時、彼女は咄嗟に反応を返すことが出来なかった。

 もちろん言葉の意味も理解などしていない。


 ARIGATO――はて、どこの国の言葉だろうか。やはりアルテの国の言葉だろうか。だとしたらやはり東方系の――、


 そこまでつらつらと考えて、アルテの言葉が「ありがとう」だと知った時、イルミの堰は崩された。

 目を限界まで見開いて体が硬直して、あっという間に体温が急上昇して希望の萌芽が芽吹いて、



    /



 取りあえずは一段落だろうか。

 アルテに以前よりも増してベッタリとくっつくイルミをみてレイチェルはそう考えた。

 こうしてアルテの傍らにイルミが寄り添う光景はそう珍しいものではない。この町に至るまでもイルミは殆どアルテの傍に控えていた。

 それでもイルミの表情はいつもどこか憂いを帯びていて、飼い主の御機嫌を伺う気弱な犬そのものだった。

 その姿を見かねたレイチェルはどうにかこうにかして、イルミにアルテの真意を問い質させたのである。

 シュトラウトランドの屋外でイルミに告げた「アルテは君に優しい」という言葉の言質を取る形で。 

 事実、アルテはイルミに対して「いつまでもついてこい」と力強い応答をした。これがイルミに気を許している証拠でなければ、何が親愛なのかとレイチェルは一人苦笑する。


「さて、残りの道のりは僅かだ。数日のうちにレストリアブールへ辿り着こう」


 朱い魔導人形「ゴリアテ」を操作し、旅に必要な大きな荷物を背負わせる。

 イルミの魔の力は既に充填されており、「ゴリアテ」は力強く挙動を続けた。

 アルテも剥き身の黃金剣を布で目隠しして、即席の鞘としている。

 宿の支払いを済ませ、木製の古ぼけた扉を開ければ久方ぶりの満月が顔を覗かせていた。

 この世界の全ての月の民に恩寵を与える、生命の証だ。

 即席のパーティーだがここまではすこぶる順調だ。慣れない異国の環境にも三人は持ち前の強靭な体力で着々と適応している。

 ここまでは万事上手くいっている。

 けれども、少しばかりの不安は確実にあった。

 それはパーティーのリーダと言っても過言ではないアルテのことだ。

 レイチェルは彼に警告した。緑の愚者をその獲物に定めた時、お前はこの世界からの居場所を失うと。

 アルテのその警告に対する返事はまだ聞かされていない。

 彼は肯定も否定もせず、ただレストリアブールに向かうことだけを良しとした。


 アルテが何故吸血鬼に執着するのか、レイチェルは理由を知らない。

 イルミは知っているのかもしれないが、それを聞き出すにはまだまだ時間も信頼も足りていないだろう。

 もしも。

 アルテが緑の愚者と敵対し、いよいよこの世界から追い立てられることになったとすれば。

 その時自分はアルテの隣に立っているのだろうか。

 アルテの緑の愚者に対するスタンスと並び立つ形で抱えるレイチェルの不安。

 恩寵の月はそんなレイチェルに何も答えを寄越さない。

 ただ、傍らで粛々と歩を進める狂人がいつかは答えてくれるのだろうか。

 そんな複雑な思いを抱きながら、レイチェルは朱い魔導人形を引き連れてアルテの後ろをついていった。

 


    /



 その後の旅は拍子抜けするくらい順調に進んだ。

 聖協会の追手らしい追手もなく、高温で乾燥した南部の砂漠地帯の気候にも、俺を含めて三人共が直ぐに順応した。

 懸念していた旅の活動資金も、イルミがシュトラウトランドで稼いできた博打の当たり金で賄うことが出来た。

 再三、こちらの都合にその金を費やして良いのかとイルミには問うてみたが、彼女は一向に構わないと真顔で応えるだけだった。

 いつかはその優しさに対してしっかりと報いなければならないと思う。


「さて、あれがレストリアブールだ」

 

 幾ばくかは聞き慣れてきたレイチェルの明るい声に思考が引き戻される。ぐらぐらと先ほどまで感じていた揺れが収まった。

 それが自分たちの座り込んだ騎竜便専用の荷籠を背負った騎竜が着陸したからだ、と理解するまで少しの時を要する。

 荷籠から顔を覗かせれば遮るものは何もない月明かりが世界に満ちあふれていた。砂の海がきらきらと輝いて本当の海のように見える。

 そう、騎竜便を降りた先はまだまだ砂漠が広がっていた。どうやら街の仲に直接乗り付けるような構造にはなっていないらしい。

 けれども街道らしきものはしっかりと整備されていて、やや向こうに見えている都市までそれは続いていた。


「……大きいわ」


 続いて荷籠から降りたイルミが感嘆の声を上げた。それはレストリアブールという都市の大きさに圧倒された彼女なりの感想なのだろう。

 正直、前の世界で東京や大阪の都市群を見てきた俺としてはそこまでの感動を抱くことはないが、それでもイルミの気持ちは十分に理解できた。


「ここから見えるあの円形の屋根を持った建物、あれが暗殺教団の本部だ。あそこに緑の愚者がいるとされている」


 ゴリアテに荷物を背負わせたレイチェルが最後に姿を現した。

 このパーティーでただ一人レストリアブールへの来訪歴がある彼女は随分と落ち着いた様子で感想を述べた。


「さてあまりここでぶらぶらしていても仕方ない。拠点となる宿も探さなければならないし、とっとと向かおう。都市を囲む城塞門の通行手形は生憎持っていないが、いくらか番兵に握らせれば問題はなかった筈だ」

 

 互いに顔を見合わせ静かに足を進める。

 埋もれる砂地に時折足を縺れさせながらも、三人は確実に目的地へと向かっていった。

 

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