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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第3話 「説明責任を果たしてください」

 滅茶苦茶強い吸血鬼の討伐依頼をゲットした。心躍った。イルミはとても嫌がった。

 いや、まあ、彼女の気持ちも分からないではない。一応世界最強の一角に名を連ねている吸血鬼が相手なのだからそういったこともあるだろう。

 宿の一室でイルミは「絶対に無理だ。殺されてしまう」と俺に繰り返した。

 だが俺もここで彼女に譲るわけにはいかない。何とかなけなしの勇気を振り絞って、反論を返す。

 俺とイルミ、言葉少なげな、けれども白熱した議論は夜が明ける寸前まで続いた。その間、食事も睡眠も一切とらず二人は言葉を交わし合った。

 途中、我を忘れて本物の吸血鬼を討伐することのロマンについて熱く語った。男の子なら、吸血鬼という超弩級のファンタジー存在に憧れてやまない。

 ましてや自分は吸血鬼ハンター。彼ら吸血鬼を狩ることのできる異能を保有しているのにそれを使わない手立てはない、と。

 けれども、ある程度語り尽くしたところで、俺は自分のミスに気がついた。よくよく考えれば、俺はイルミのサポートなしにまともに夜も出歩けない。(月の民のように夜目が利かない)

 なのに彼女の機嫌を損ねそうなことを自分勝手に連呼してしまった。これは見捨てられるなり、ミンチにされるなりで、何かしらの不興を買いかねない。

 ここまで来たら後の祭りだ。適当に言い訳を見繕いつつ、どうすればイルミのご機嫌を回復することができるかずっと考えた。そんな時、彼女は徐にこう言った。

「どうしてあなたはそこまで七色の愚者に執着するの?」

 俺は咄嗟にこう答えた。

「そこに吸血鬼がいるから」

 自分でもないわ、と思った。

 そこに山があるから。

 ある有名な、元の世界にいた登山家の名言だ。

 そこに吸血鬼がいるから。

 ボンクラな、ただのヘタレが自分より年も背も小さな少女にびびって、口をついて出てきた戯言だ。

 うん、全くもって意味が分からない。原文ならともかく、変に改変した俺の台詞は本当に意味のない駄文に成り下がっていた。本当ならば、俺はイルミに「七色の愚者」を討伐しようとした動機を話さなければならない。しかしながら俺は先の台詞を訂正し、本来の動機を正しく伝えることが出来なかった。

 何故なら。

 今回、七色の愚者、第七階層「ブルーブリザード」の討伐依頼を快諾した真の理由が、


 昔一回戦って、ボコボコにしたことがあるから今回も余裕だと思った。


 とは口が裂けても言えなかったのだ。



 私は反対した。

 七色の愚者の討伐に向かうと言うアルテに反対した。彼の決めたことに反抗することはとても怖かったけれど、最終的には彼のためになると自分に言い聞かせながら言葉を続けた。

「絶対に無理だ。殺されてしまう」

 七色の愚者とは神と同義。たとえ吸血鬼ハンターという、常人を超えたポテンシャルを有していても決して届かない天の頂。

 彼が強いことは誰よりも共に旅をしてきた私がよく知っている。彼の持つ異能、とある吸血鬼に刻まれた異能は特別だ。

 普通、吸血鬼ハンターが持つ異能は怪力だとか、超回復だとか、吸血鬼が持つ能力の劣化コピーであることが大半。

 でもアルテのそれは全く次元が違う。

 彼に刻まれた吸血鬼の呪い。それは魔の力をほとんど封印される代わりに、太陽の力を身に宿すというものだ。

 この能力の意味を考えたとき、私はいつも体の震えが止まらない。

 太陽の力。それは私たち月の民がもっとも忌むべき悪魔の力だ。太陽は私たちの身を焼き、肉を腐らせ、精神を崩壊させる。

 その能力を身に宿されたとき、彼は、アルテはどれほどの苦痛を味わったのだろう。おそらく筆舌に尽くしがたい痛みと絶望が襲ってきたに違いない。

 毒を宿すということは、常時その毒に身を晒すということ。彼が狂人になってしまった理由の一端はそういうこともあると思う。誰だって常時痛みと苦痛に支配されれば心を壊してしまうのだ。

 だがそれほどの代償を払っても、彼の能力はあまり余って有益だ。彼が振るう全ての力には太陽の性質が伴う。つまり彼はこの世界に生息している殆どの生物にとって天敵とも言えるのだ。

 もちろん吸血鬼も例外ではない。

 例外ではないどころか、おそらく彼の能力を一番忌避するのは吸血鬼たちだろう。

 彼らは私たち月の民の上位存在としてこの世界に君臨しているが、それと同時に私たちよりも遙かに太陽の光に弱い体を持っている。

 短時間ならば、私たち月の民にとってそれほど致命的ではない日中の空の下でも、吸血鬼たちは即座に身を焼かれ、炭に変えられていく。

 アルテが持つ能力は吸血鬼たちにとって悪夢とも呼べる力なのだ。

 しかしながら、それほどの能力を有していても「七色の愚者」と相対するならば事情が違う。

 七色の愚者は神と同義、と言った。

 それにはちゃんとした訳がある。

 彼らはあまりに魔の力の密度が高すぎるせいで、本来ならば不可視の筈の魔の力を周囲の人物が視認することが出来る。これだけでも十分異常なのだが、特筆すべきはそれぞれの魔の力が持つ固有の能力だ。

 普通、魔の力そのものには何か特別な力があるわけではない。

 魔の力がこの世界に事象を発現させようとするならば、ある程度決められた過程に沿って力が行使される必要がある。つまり魔の力はただのエネルギー源みたいなもので、そのものに何かしらの属性が付与されているわけではないのだ。

 もし火を起こしたいのならそれ相応の術式に沿って魔の力を行使しなければならない。ただ垂れ流しにしてもなんら意味はない。

 ここで例外として立ち塞がるのが七色の愚者たちだ。彼らは圧倒的な魔の力の密度を有するだけではなく、それぞれの魔の力に固有の属性を持っている。

 七色の愚者たちは私たちと違って、魔の力を周囲に垂れ流すだけで、自分が有している事象を世界に発現させることが出来るのだ。

 そんなわけだから中には太陽の毒を殆ど克服してしまった者までいる。

 まさに怪物、まさに化け物。

 これを神の領域と言わずして、なんと呼べばいいのだろう。

 人々が彼ら七人の愚者を恐れるのにはそれ相応の理由があるのだ。

 彼は、アルテはそんな神たちを相手取って戦おうとしている。たとえ彼の能力が吸血鬼に対する絶対の刃となっていても、それがどこまで愚者たちに通用するのか完全に未知数だ。

 だから私は無謀だと語った。神に挑むなど神話の英雄がすることなのだ。

 それでも彼が折れることはなかった。

 あまりにも彼が「ブルーブリザード」を討伐することに拘りを見せたので、私は気がつけばこう問うていた。

「どうしてあなたはそこまで七色の愚者に執着するの?」

 私らしからぬ、迂闊な質問だった。下手をすれば彼の逆鱗に触れかねないそんな質問だ。

 言って、しまったと思ったけれどもう後の祭りだ。ここまで来たならば毒を食わば皿まで。私はアルテの答えを待った。

 そして私は運がよかった。アルテは特に気分を害した風でもなく、むしろ少しだけ機嫌良さそうに答えを返した。

 それは予想だにしない、けれども言ってしまえば彼らしい、狂人らしい答えだった。

「そこに吸血鬼がいるから」

 私は何も言い返せなかった。

 彼が吸血鬼を追い求めることに、理由なんてないのだ。ただそこにいるから。吸血鬼がそこにいるから彼は討伐を繰り返す。

 どうして彼がそのような境地に至ったのか私は知らない。

 ただ「七色の愚者」とて彼にとっては狩りとるべき獲物に過ぎないのだ。

 私は自分の愚頓さを笑う。

 無意識のうちにアルテのことを理解していた気になっていた自分を笑う。この世界の常識で彼を計ろうと、諭そうとした私が馬鹿だったのだ。

 いいよ、アルテ。

 私はあなたについて行く。私はあなたの奴隷だから、理解者にはなれないけれども、それでもあなたと共にあることが運命だから。


 だから二人で神を殺そう。




 俺が「そこに吸血鬼がいるから」という世迷い事を口にして数十秒。イルミの沈黙が怖い。

 彼女の深紅の瞳はこちらのことを推し量るようだった。全てを見通しそうな視線は遠慮なく俺を貫いてくる。

 だがやがて、イルミの視線の中に何処か憐憫のようなものが混じり始めていることに気がついた。彼女はそのままの視線でたっぷり十数秒こちらを見つめた後、徐に口を開いた。

「いいよ。二人でブルーブリザードを殺そう」

 うわわ。

 あまりにも意味不明の発言をしたものだから、イルミの同情が心に刺さる。

 たぶん彼女は俺のことを非常に可哀想な生き物に見ているに違いない。

 そりゃそうだ。どうしてブルーブリザードを討伐したいのか、という具体的な理由を言えずに意味不明な戯言をのたまってしまったのだから。

 イルミは俺に興味を失ったのか、それともあきれ果てたのかこちらに背を向けて旅支度を始めてしまった。

 俺も何処かしらの気まずさを誤魔化すために、イルミの後を追って荷物を纏めるのであった。



 翌日、俺とイルミの二人は滞在していた田舎町(確かエステイとか言った)を旅立ち、二人して街道を歩いていた。

 本当ならばイルミの体調も考えて、夜中に出発しようとしたのだが時間の都合もあって日中の旅となった。俺はいつも通り麻のシャツとズボンという出で立ちだが、イルミはその白い肌と銀髪を隠すように目深にフード付きのローブを纏っている。そして手には彼ら月の民が明かり代わりにしている魔灯が握られている。

「・・・・・・何処までいくの?」

 今までずっと沈黙を守っていたイルミが口を開く。フードの奥から見える深紅の瞳がやけに印象的だ。

「とりあえずグランディアまで。今回の依頼の子細は聖教会の本部まで行かねば教えられないらしい」

 グランディア。昨日まで滞在していた田舎町とは違い、この世界でも有数の規模を誇る城塞都市だ。過去に何度か訪問しているが、イルミを連れてならばもしかして初めてかもしれない。

「そう」

 相変わらずイルミの反応は薄い。

 けれどもしっかりと付いてきてくれるあたり、まだまだ見捨てられてはいないのだろう。・・・・・・もしかしたら変な同情心が働いているのかもしれないけれど。

 これからの旅の日取りをつらつらと考えながら、俺とイルミはひたすらに歩き続けた。

ごめんなさい。遅れました。

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