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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第二章 白の愚者編
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第26話 「レイチェル・クリムゾン」

 右腕を潰された。


 肩に取り付けられた装甲を両手剣で叩きつぶされた。幸いだったのは魔導人形の装甲が想像以上に強固だったことだ。

 これが並の魔導人形のものだったのなら、今まで自分たちがそうしてきたように真っ二つに寸断されていただろう。

 周囲を取り囲むコンソール代わりのパネルは真っ赤に染まっている。イルミの魔の力の出力に魔導人形が耐えられなかった時以来の色だ。


「イルミ、無事か?」


 足下に座しているイルミに問いかける。彼女は荒い息を吐きながらも頭部を僅かに上下させて答えた。


「魔の、力を、剣がぶち当たる瞬間に、装甲に流し込んだ。一時的に、接続が切れているだけ。大丈夫、すぐに回復してみせる」


 そうか、頼む――と返そうとして言葉が間に合わなかった。

 赤の魔導人形がこちらに連撃を叩き込んできたのである。直ぐさま魔導人形を操作し、残された左腕でそれらの斬撃を受け止める。

 だが間に合わない。

 幾つかは上手いこと受け流せても、幾つかの斬撃は確実に魔導人形の装甲を切り裂いてきた。


 外野の歓声が木霊する中、鈍い打撃音と衝撃音が操縦席を揺らしていた。


「アルテ、右腕は諦める。少しだけ時間を頂戴――」


 イルミが呻くような声を上げた。

 俺は答える暇などなかった。視線を、勘を、今までの経験で蓄積されてきた経験値を駆使してレイチェルの斬撃の軌道を読むのに精一杯だった。

 彼女の攻撃は素直そのものだが速度と正確さが段違いだ。

 結果的に受け流しきれない刃が魔導人形を切り裂いていく。

 遂にコンソールから警告音が鳴り響いた。

 これはエンリカから聞かされていた音だ。無理な回避とダメージが祟って魔導人形の駆動部が悲鳴を上げているのだ。


 一瞬、左膝部分の反応が遅れた。その部位から火花が飛び散り、こちらの魔導人形がやや左に傾く。

 支えるものは何もない。

 好機と見た赤の魔導人形が剣を振り上げた。

 狙いは魔導人形の弱点とも言える胸部装甲――コアだ。


「くそっ――!」


 間に黄金剣をねじ込み、振り下ろされる剣を受け止めようとする。

 しかし寸でのところで間に合いそうにない。

 よりによって左膝がやられたのが痛かった。バランスの関係からかコンマ数秒こちらの魔導人形の反応が遅れている。




 状況を察した観客たちが悲鳴に似た歓声を上げた。

 振り下ろされる剣の擦過音が競技場に響く。

 誰もが赤の魔導人形の勝利を確信する。

 そしてそれは決して違えることのない必然の未来――、の筈、だった。




「――!」


 驚いたのは俺か観客か、それともレイチェルか。

 何かを無理矢理切断したような、耳を突き刺す金属音が剣の擦過音を塗りつぶす。だがそれは漆黒の魔導人形の胸部装甲が砕かれた音ではなかった。

 競技場に赤の魔導人形の両手剣が突き刺さった。

 それはこちらの背後。

 赤の魔導人形の右腕は両手剣を握ったままだった。

 鮮血のように吹き出す火花がこちらの魔導人形を汚した。


 そう。赤の魔導人形の右腕が両手剣ごと切断され、漆黒の魔導人形の背後に吹き飛ばされたのだ。


 おおっ!


 観客の響めきをどこか遠い世界の出来事のように感じながら俺は周囲を見回した。

 最初に見つけたのは相変わらず荒い息を吐き出しつつ。

 ボディースーツに包まれた右腕を正面に突き出すイルミの姿だった。

 その姿勢には見覚えがある。

 彼女が使い魔の狼を召喚するときの体勢だ。


 まさか……


 不意を突かれた赤の魔導人形が素早く後退した。そしてその開いた距離に表れるのは二つの巨影。

 唸りを上げながら赤の魔導人形を睨み付けるのはイルミの使い魔である狼たちだった。

 恐らく彼らが赤の魔導人形の右腕を食いちぎったのだろう。

 と、そのとき。

 イルミの召喚した狼たちが普段の数倍の体躯を誇っていることに気が付いた。

 これはどういうことか、という疑問が湧いてきたときイルミが先制して答えた。


「いつもよりかなり多めの魔の力を食べさせた。これなら魔導人形を相手にしても戦えるわ」


 え、そういうものなんですか?


 今初めて告げられる衝撃の事実に言葉が出て来ない。いや。もとから出て来ないか。

 と、それはさておき。

 突然出現した狼を警戒しているのか赤の魔導人形はかなりの距離をおいてこちらと相対していた。

 これはチャンスと言わんばかりに魔導人形の体勢を立て直す。レイチェルから受けたダメージは決して無視できるものではないが、それでもまだまだ戦える。

 オマケにイルミの活躍が功を奏しあちらは主武装を失っていた。

 勝てる――いや、これは勝ちにいかねばならない状況だ。

 俺はイメージを形成する。

 今まで何度も想像してきた神速で敵機を切り裂く己の姿だ。

 漆黒の魔導人形の駆動部が軋み、あたかもアスリートが跳躍する直前のように、全身のバネに力を込めた。

 イルミも俺の真意を理解しているのか、注ぎ込む魔の力を増やしてくれる。


「さあ、レイチェル・クリムゾン、第二ラウンドだ!」


 瞬間。

 爆発音と共に俺は赤の魔導人形に突進した。

 世界が全てこちらに遅れを取り、吸血鬼の呪いで発達した視力だけが正しい光景を教えてくれる。

 赤の魔導人形は副武装である短剣を取り出し迎撃の構えを取った。

 だが遅い。黄金剣が彼女を袈裟懸けに切り裂こうと振り下ろされる。

 それはまさしく黄金の軌道。

 俺が最も得意とする剣の扱い方。

 これで今まで幾多の吸血鬼を切り捨ててきた――青の愚者すらその例外ではなかった一撃。

 

 レイチェルがこちらに止めを刺そうとしたときとは違う、異質な悲鳴が降り注ぐ。

 それでも手は緩めない。緩められない。

 俺の勝利の揺るぎようがない、正しい必殺技。

 剣が赤い装甲に到達する。

 手の平に肉を切り裂くような感触を幻想する。

 後はただ、

 剣の重さに身を任せて肉と骨ごと真っ二つにするだけ。


 なのに――。


 俺はミスを犯した。

 イルミの、エンリカの、クリスの、そして自分の期待を裏切りかねないミスを犯した。

 この時の俺は目前の勝利に目がくらんだ大馬鹿者だった。

 

 俺が見たのは黄金剣によって切り裂かれた装甲から火花を散らす赤い魔導人形ではない。

 視界一面を支配したのは、世界を彩る赤い粒子だった。

 それは彼女の背中から生える赤い羽根だった。  

 



   /



 それは丁度四日前の出来事だった。

 噴水広場で出くわした人影。それは遡ることさらに三日。

 競技場で声高に宣戦布告してきた赤の魔導人形遣い、レイチェル・クリムゾンだった。

 

 レイチェルは薄手のローブを身に纏い、呆れ顔でこちらを見ていた。


「……君は随分と大馬鹿ものなのか、それとも身体が頑丈なのかその両方なのか?」


 噴水に腰掛けた彼女がそのまま問うてくる。

 まさかこんな時間帯――真っ昼間に出会うとは思ってもいなかったので、咄嗟に言葉が出て来なかった。

 どうしたものか、と焦りを覚えたときレイチェルはこちらの返答を聞かないまま続けた。


「それとも、ボクと同じ太陽病なのかい?」


 すっと、レイチェルが立ち上がる。

 そして呆然としている俺の眼前まで歩いてくると徐にローブを結わえていた紐を解いた。

 音もなくローブが地面に落ち、半袖のシャツを身に纏ったレイチェルが現れる。

 あれ? 月の民って太陽の光が苦手だからローブは手放せないんじゃなかったっけ?


「うん? これを見てもそう驚かないのか? ならボクと同じ病気なのかい、君は」


 足下に落ちたローブを拾い上げてレイチェルは首をかしげる。

 いやいや、疑問に思うことが多すぎて反応できないだけですわ。


「まあここで立ち話もあれだ。一度バンデンベルク地区にあるボクの家に来なよ。お茶くらいは振る舞ってやるさ」


 さてどうしたものか、と考えていたらレイチェルに腕を引かれた。

 たまたまそれが義手を付けていた右腕だったため、引っこ抜けた義手を見てレイチェルが大層驚いたのはまた別の話。




 レイチェルの自宅はトーナメントのスーパースターらしからぬ随分と簡素なものだった。

 共同の、二階建てのアパートみたいなところに住んでいるようだった。

 ほど良い狭さの部屋の作りに何となく懐かしさを覚えてしまう。


「賞金はほとんど魔導人形の修繕費やスタッフの給与に使っているからな。この通り、割と貧乏暮らしだよ」


 ちなみに俺の魔導人形の修繕費は聖教会が負担してくれている。これでも相当額、ブルーブリザード討伐の賞金が残っているというから驚きだ。

 とまあそれぞれの財布の事情は置いておいて、先にテーブルに着いていたレイチェルの向かい側に腰掛ける。

 彼女は置かれていたポットからカップに紅茶らしきものを注いでくれた。


「さて、いきなり本題なんだが君はボクと同じ太陽病なのか?」


 再びレイチェルから同じ質問を受ける。

 太陽病。聞いたことのない病気だ。

 だから俺は正直に心当たりがないと答えた。


「なんだ。太陽病そのものを知らないのか。まあ、それほど有名な病気でもないしな。わかった。なら少しばかり昔話をしよう」


 湯気が立つカップを手に取りレイチェルがこちらを見た。


「ボクは生まれつき身体がさほど強くなくてね。両親も原因が分からずじまいで随分と苦労をしたらしい。

 だがそのうち、とある医者を名乗る男が病床にいるボクを診断した。そして彼はこう告げたんだ。

 『この娘は太陽の毒に犯されている』とね」


 太陽の毒。確か月の民が太陽の光をそう呼んでいた気がする。

 彼らにとって太陽の光――恐らく紫外線は皮膚を痛める毒の筈だ。


「けれど不思議なことにボクの皮膚は焼けることなく、自分で自慢するのもあれだけどかなり色白だった。

 身体も健康とまではいかないけれど、命に関わるような大病を患ったこともない。精々熱が出て時たま寝込むくらいさ」


 黙ってレイチェルの言葉の続きを待つ。


「そしてその医者はこう言った。この娘は太陽の力と親和性があると」


 かたん、と何かの音がする。見ればレイチェルがカップをテーブルに置いた音だった。

 彼女は少しだけこちらに身を乗り出しているようだった。


「そこからは地獄だったよ。両親はボクを忌み子扱いして、修道院に捨てた。公的にはボクはバンデンベルク出身になっているけれどあれは嘘だ。

 もともとはここから随分と南にあるサルエレムという砂漠の街の出身なんだ! 自分たちから忌み子が生まれた事実を認めたくなくて、はるばるこんな遠い場所まで捨てに来たんだ!」


 言葉の後半はレイチェルの興奮の所為か、こちらに叩きつけられるようなものだった。

 沈黙を保つ俺を見て、彼女は正気に戻ったのか「すまない」と零した。


「この街のとある工房でホコリを被っている魔導人形を見つけられたことは、ボクにとって幸いだった。太陽の時代に制作されたそれは誰もろくに動かせなかった。

 プロテクト……? というものが掛かっているらしい。君たちみたいな純粋な月の民には動かせないようにね。でも太陽の力もどきを扱えるボクはそれを動かせた。

 ――そこからは皆が知っているレイチェル・クリムゾンさ。

 トーナメントのスーパースターで、白の愚者に挑んで無様に敗北しても、再び挑もうとしているけなげな戦乙女ワルキューレのレイチェルだ。

 クリムゾンはボクが自分自身で付けた名だ。親から捨てられたボクはもとの名を名乗る資格がないからね……」


 慰めの言葉は見つからなかったし、仮に見つけられても多分何も言えなかったに違いない。

 彼女の言う『資格』に込められた重さというものが、こちらにのし掛かってきている。


「不思議なものだな。この前――、直接出会う前は君の事をぶん殴ってやろうと画策していたのに、いざ実物を見ていると皆が言うような極悪非道に君は見えないんだ。

 だからかな。スタッフの一部にしか話したことのない身より話をぺらぺらと語ってしまった。

 ……いや、これは言い訳だな。正直に話そう。ボクは君はボクと同じ太陽病であることを期待してこの話をしたんだ。

 君は自覚がないかもしれないけれど、太陽の下であれだけ歩き回れるのは異常なことなんだよ。この世界では忌み子として嫌われる最たる要素だ」


 俺は迷った。

 正直に――レイチェルがそうやって語ってくれたように、別の世界から来た人間であることを話すべきかと。

 魔の力なんて存在しない、現代科学に支配された別の世界からやってきたんだ、と。

 そこには太陽の光が溢れていて誰もが皆、レイチェルや俺のように生活しているんだ、と。


「そういえばこんな話を知っているか? これは太陽の時代に伝えられた神話らしいんだがな、とある男が太陽に憧れてロウで出来た羽を作ったらしいんだ。

 そしてそれで空を飛び、太陽を目指した。結果は――、太陽の毒によって蠟ごと男は焼かれ、最後は墜落死した。

 はは、皮肉が効いているじゃないか。

 太陽の所為で親に捨てられたボクが手にしたのは、赤い、ロウで出来た翼なんだ」


 決心が、ついた。

 悲しげに笑うレイチェルを見た瞬間、決心がついた。

 口下手でも呪いでも、何でも良い。

 ただありのままの事実をレイチェルに話してみようと思った。

 悪いようにはならない――そんな幻想めいた淡い期待を抱いて。  

 紅茶を飲んだはずなのに、唇がやけに乾いている。

 口を開く。

 頭痛がした。

 首筋に鋭い痛みが走る。

 咄嗟に手をやってみれば赤い血がついていた。

 思い出す。

 そこがどういう意味を、いや、忌みを持った場所なのかと。

 この世界にきた最初の原風景。

 俺の首に牙を突き立てる、あの吸血鬼のことを思い出す。


 ああ、これだ。

 

 これが俺に刻まれた――吸血鬼の呪いの姿だった。


 視界が傾き、驚愕に目を開くレイチェルが見えた。咄嗟にテーブルの端を掴もうとして、握力が足りなかった。

 そのまま重力に身を任せて俺は床に身体を叩きつけられる。

 最後に見えたのはこちらに駆け寄るレイチェルの姿。

 全身を蝕んでいく痛みと吐き気にウンザリしながら、俺は意識を手放した。

 



 レイチェルによれば、俺が意識を取り戻したのはそれから一時間ほど経ってからだったらしい。

 ベッドに寝かされた俺はレイチェルの膝の上で目を覚ました。


「初めて見たな。吸血鬼の呪いの制約というものを。基本呪いは役に立つものが多いと聞いていたが、その代償に何かしら制約を付けられることもあるそうだな。

 意識を失い激痛に悩まされる制約となると、君が受けた呪いの効果は素晴らしく強力らしい。

 それだけの呪いを刻むことの出来る大層高名な吸血鬼に血を吸われて生きながらえているとは……さすがと言うべきかご愁傷様というべきか判断しかねるな。

 まあ、何はともあれ――」


 その時の微笑みは意識を失う直前に見た悲しい笑みとは違う、とても柔らかいものだった。



「目が覚めて良かったよ」




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