第23話 「漆黒の魔導騎士」
その魔導人形は全てを塗りつぶしていく影のような漆黒と、全てを焼き尽くす太陽のような忌まわしき黄金で彩られている。
手にした剣もまた黄金色でよく映えよく切れた。
動きは素早く、他の魔導人形の追従を許さない速度と馬力を誇る。
トーナメントの会場に疾風のように現れたそれは畏怖と侮蔑を持ってこう讃えられた。
太陽の化身と。
闘争の合図が鳴らされ、漆黒の魔導人形は恐るべきスピードで相対する敵に肉薄した。
一瞬反応が遅れた敵――灰色の魔導人形は何とか両腕で本体への一撃を防ごうとする。だがそれはムダだと言わんばかりに黄金剣が振られる。
まるでバターを切り分けるかのように、灰色の魔導人形は突き出した両腕ごと本体を袈裟懸けに切られ、真っ二つとなった。
静寂は少し。
直ぐさま試合終了を告げる鐘と、様子を見守っていた多数の観客の罵声が闘技場を支配する。
漆黒の魔導人形はそれらは何処吹く風なのか、指したる興味も見せないままに競技場から去って行った。
空き瓶やゴミが絶え間なく競技場に投げ込まれ、主催者たちが慌ててそれを諫めようとしている。
誰もがみな、漆黒の魔導人形を嫌っていた。
荒れに荒れる競技場の様子を他の観客とは少し違った様子で眺める人物が二人だけ存在している。
エンリカとクリスその人であった。
エンリカとクリスは二人して競技場の一角に座していた。
そして超大な黄金剣によって両断された灰色の魔導人形へ哀れみの声を上げる。
「開幕一閃……。これは興業として全く成り立っておりませんな」
「それでもアルテの嫌われようは凄いな。ブーイングが五月蠅すぎてアナウンスも何も聞こえないぞ」
飛び交うゴミを目線で追いながらクリスは感心の声を漏らした。
ここでのアルテの嫌われようはもしかしたらグランディアにいた騎士たちと並ぶか、それ以上かもしれないと評する。
「……以外と暢気ですな。アルテ殿とは随分と親しく話されていたので親友か何かだと思っていたのですが」
エンリカの何処か勘ぐるような視線を受け流すかのようにクリスは笑った。
「さあどうだろうな。付き合いはかなりのものだが、あの狂人が心を開く人間などこの世には存在しないよ。ヘルドマン様ですら大層悩んでいた」
「そうは見えませんけどなぁ……」
実際、クリスがこちらに来てからのアルテは、それまでよりか上機嫌のようにエンリカは見えていた。
ただそれに比例するかのようにイルミの不機嫌度合いが増しているのが彼女にとって大きな心労となっている。
「ビジネスライク、というやつさ。――ところで一つ疑問なのだがアルテの魔導人形は太陽の時代の特別製だからあれほどまでに圧倒的なのか?」
クリスが指さしたその先、袈裟懸けに切られた灰色の魔導人形の残骸が転がっている。
「ふーむ、それに関してなのですが、出力に関しては間違いなく通常の魔導人形より上です。もともと許容できる魔の力の閾値が高い太陽の時代製の魔導人形ですが、イルミ殿の膨大な魔の力はそれを限界近くまで注ぎ込んでいます。
よって馬力と速度に関しては下手をすれば白の愚者の魔導人形と並んでいるかもしれませんな」
「なら今まで魔導人形操作をしたことのないアルテの技量は余り関係がないのか」
「いえいえとんでもありません。いくら魔導人形の性能が卓越していても、それを操る者がヘボだと全く意味がありませんよ。このトーナメントに参加しているのは吸血鬼ハンターや各地の傭兵が多数です。
何故なら彼らは闘う、といった行為に対する技量をある程度兼ね備えているからです。動きをイメージすれば魔導人形はその通りに動きますが、そのイメージの力は普段から闘い慣れているものと、そうでないものに隔絶した壁があります」
エンリカの説明が正しければ、漆黒の魔導人形はイルミの膨大な魔の力に支えられた高スペックと、五十年もの間吸血鬼相手に戦い続けてきたアルテの戦闘能力が合わさった化け物ということになる。
クリスは成る程、と両断された灰色の魔導人形に同情した。
「この様子なら、白の愚者への挑戦権が手に入る通算三十勝までは二ヶ月も掛からんでしょうな。その頃には今のブーイングも少しばかり歓声に変わっているでしょう。
何だかんだ言って、みんな強いものに憧れるのです」
「はは、それこそどうだろうな。あの狂人にとってトーナメントでちやほやされることなど至極どうでもいいだろう。奴は白の愚者の首しか見えていないのさ」
観客からのブーイングが怖くて、そそくさと闘技場を去る。
シュトラウトランドにやってきてから二ヶ月とちょっと、やっとこさトーナメントに満足に参加できる状況が整った。
当初は魔導人形の起動が出来なかったり、それをぶっ壊したりして躓いてばかりいた道のりだが、いざ起動に成功すればそこからは順調だった。
まず魔導人形の動きをイメージするという操作方法は非常に単純で、二週間ほど練習すれば完璧とはいかないまでもおよその戦闘機動を描くことは出来るようになった。
殆ど忘れていた感覚だが、前の世界にあったゲームセンターのロボットゲームの操縦感がそれに近いか。
この世界の人間は生身での戦闘動作と魔導人形の戦闘動作のギャップに苦労するらしいが、ロボットという概念をはじめから持っていた俺はすんなりとそれに馴染むことが出来た。
コントローラーのボタン全てを駆使しても足りないと揶揄される家庭用ロボットゲームもあったのだから、イメージだけで動かせるのは随分とイージーなものだ。
それにイルミの膨大な魔力に裏打ちされた高スペックな機体もそれを後押ししている。
二代目とも言うべきこの魔導人形は殆どのパーツを太陽の時代に製作された特別製だ。
さすがは科学の力が発展していた太陽の時代というべきか、近未来的なデザインで非常に気に入っている。
残念ながらコックピット周りは前の魔導人形から移植したらしく、若干レトロなものだが、大して気にはならなかった。
「やあ、狂人。今日も鮮烈な戦いぶりだな。主催者もゴミの掃除に苦労すると嘆いていたさ」
ぼんやりと現状整理していたらいつの間にか選手控え室まで来ていた。その前ではこの前酒場で出くわした赤い一団がたむろしている。
隣に控えていたイルミが警戒して一歩前に出ようとするが、それを抑えて俺は彼女――レイチェル・クリムゾンに言葉を返した。
只でさえ皆に嫌われているのに、これ以上の敵は増やしたくないのである。
「ああ。随分と順調だ」
「っ、そうか。ならボクがその障害になってあげようかな?」
にやり、と不適に笑うレイチェルが若干怖い。
あれから彼女の試合を何度か目にしているが、その実力は人気だけの人物ではないことを存分に教えてくれた。
ただの噛ませ犬だったな、と思っていた黄色い魔導人形のスタンもあれでいてかなり善戦していたほうだったのだ。
「あなたなんか障害になりすらしないわ」
突然の声にぎょっとしてイルミを見る。彼女は無い胸を若干反らしながら鼻を鳴らして嘯いていた。
ちょっとイルミさん、折角レイチェルとは仲良くなれそうなんだから、邪魔しないでくれますかね。
恐る恐る赤い集団に目をやれば殺気だった目でこちらを見ていた。だが先頭に立っていたレイチェルは子供の戯れ言だと思ったのか、それとも彼女が寛大なのかさらっと受け流してくれる。
「そうか。ならそう認められるように努力してみるさ。ではまたそのうち、出来ればあの闘技場で会おう。狂人よ」
ぞろぞろと赤い集団を連れ立ってレイチェルはその場を去って行く。
ああ、本当に良かった。
こんなところで新しい敵は作りたくないのだ。
「気にくわないわ。あの女」
ぽつり、と毒を吐くイルミさんもなんだか怖い。
これはいよいよ、白の愚者に挑む前に観客や選手の誰かに刺されてデッドエンドな未来が現実味を帯びてきたのかもしれなかった。
闘技場へと続く廊下を歩きながら、レイチェルは先ほどの狂人の言葉を思い出していた。
「順調とは、ここにいる選手たちも随分と舐められているな……」
狂人の目的がトーナメントで名を上げることではなく、白の愚者へ挑戦することというのは彼が参戦したときから知っていた事実である。
だがそれまでトーナメントでしのぎを削ってきた一人としては面白くないのもまた事実だった。
「だがあそこまで圧倒的ならそれもまたやむなしか」
開幕から速度と一撃の重さに全てを置いた圧倒的な破壊力。それは今までのトーナメントでは中々ない戦法だった。
まず第一に、あれほどまでの瞬間的な速度を成し遂げられる魔導人形は殆ど存在しない。もしも仮にそれが用意できたとしても、まともに動かすには莫大な量の魔の力が必要だ。
それをあの狂人は、大切なパートナーであるはずの少女を魔の力を吐き出す装置にすることによって解決している。
観客たちが彼に罵声を投げつけるのも、それが一つの原因であることは間違いないだろう。
二つ目はアルテの技量だった。
ごく普通の人間が思い抱く魔導人形というのは、それほど早く動き回れる代物ではない。
だから速度を出そうと無理からに操縦しても、イメージが追いつかずまともに動かすことが出来ないのだ。
そのため、そういったイメージを抱くことの出来るレイチェルや一部の魔導人形の操縦者は尊敬され、また人気が集まる。
だがぽっと出の筈のアルテはそれを易々と達成していた。それもレイチェルですらまともに思い描けるかどうか危うい速度と機動を伴って。
闘技場や酒場で宣言した、白の愚者を討つというのは、決して口だけではない、狂人にとってはごく当たり前の目標だったのだ。
「まあ、ボクも負けてはいないさ」
赤の魔導人形に搭乗し、レイチェルは自分を支える職人や仲間にそう伝えた。
闘技場に彼女が躍り出た瞬間、先ほどの漆黒の魔導人形とは正反対の歓声と応援の声が闘技場に降り注いでいる。
彼女が再び白の愚者に挑戦するには通算六十勝を達成しなければならない。
現在は五十七勝。
それはそう遠くない未来の話だ。
レイチェル・クリムゾン。
彼女は今日もその栄光と目標のため、赤の魔導人形を操り続ける。




