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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第二章 白の愚者編
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第22話 「Deutsches Heer」

 ぼんやりと、イルミと二人して工房で働く職人たちを眺める。

 黒の魔導人形がイルミの膨大な魔力によって破壊されてから実に五日ほどの時間が経過していた。

 酒場でのレイチェルとのよくわからない邂逅のあと、宿に戻ってみれば顔を真っ青にしたイルミに謝罪を受けた。

 俺の姿を見定めたイルミは真っ先にこう言った。


「お願いだから私を見捨てないで下さい」


 面食らったのはこっちだ。確かに魔導人形をイルミが壊したのは事実だ。

 だがそれもこれも、俺が魔導人形を満足に動かせない体質だったせいだ。

 イルミには魔導人形の動力源という無礼極まりない扱いを強いているし、何よりこうやってトーナメント参加に四苦八苦するハメになったのも、俺が無茶をして隻腕になってしまったのが直接の原因である。

 だから感謝こそすれ、非難の気持ちなどこれっぽっちも抱いていない。

 むしろ彼女から俺の不甲斐なさを糾弾されてもいいくらいだ。

 今にも泣き出しそうなイルミを何とかせねばと思い、俺は不器用ながら、呪いに抗うように必死に言葉を吐き出した。


「見捨てなどしない。イルミは俺に必要だ」


 彼女の細い肩を掴んで、決して視線をそらさないようにそう言い放った。

 何だかんだいってイルミとは長い間を共に旅してきた仲間なのだ。彼女に対する恐れが完全に払拭したとは言えないがそれでも仲間としては完全に信頼している。

 俺の言葉を聞いたイルミは少しばかり両の瞳を涙に濡らして声を絞り出す。


「ありがとう……」


 久方ぶりに見た彼女の笑みは思わずこちらがドキりとするくらいには綺麗だった。

 こういう時だけは内面の感情が外面に出にくい呪いを刻まれていて良かったと感じる。

 まあ、なにはともあれ。

 彼女が俺に対して抱いてた誤解は恐らくぬぐい去れたと思う。もっと言葉を尽くせ、とか手紙でも送れ、とかヘルドマン辺りには叱られるかもしれないが、現時点での俺の出来ることはやった。

 ……ちなみに手紙に関しては諸事情から俺には書くことは出来ない。これは俺に刻まれた吸血鬼の呪いの事情でもあるのだが、今は置いておこう。



 話を戻す。

 こうして俺とイルミの間に生じた不幸な誤解は見事に霧散したわけだが、それで弊害が何もないわけではなかったのだ。


「ねえ、アルテ。あれは何を作っているのかしら」


「さあな。魔導具の知識は必要最低限しか持ち合わせていない。後でエンリカにでも聞けばどうだ」


 超至近距離で紡がれる鈴のような声。

 出来る限り変な反応してしまわないよう、努めて冷静に俺は返答する。

 ちらっと、目線だけで隣を見ればぴったりと俺に密着するイルミがいた。

 彼女はどことなく上機嫌で、正直質問の内容に関してはどうでもよさそうだった。


 そう。

 イルミとの誤解が解けてからの四日間。

 彼女は片時も俺から離れようとはしなくなったのだ。

 どういった風の吹き回しかはわからないし、本人に直接問いただす度胸など俺にはなかった。

 折角改善した仲を壊すような可能性があることには極力手を出したくない。

 そんなヘタレ根性はこちらの世界で五十年近く生きていてもまだまだ健在だ。


「本日も随分と中が宜しいですな」


 苦笑交じりの声が背後から掛けられる。イルミと二人で振り返ればそこにはドデカいスパナを手にしたエンリカが立っていた。

 彼女もイルミの変化には興味があるのか、時折こうして声を掛けてくる。

 だが今日はただの世間話とは勝手が違うようだ。

 苦笑から一転、エンリカは至極真面目な顔つきでこう言った。


「アルテ殿。客人ですぞ。あと、ヘルドマン殿に追加で頼んでいた代物も今到着しました」





「久しぶりだな。アルテ。あれから三ヶ月くらいか」


 ドワーフの穴の一角にある魔導人形の整備場にその人物はいた。

 長い黒髪と非常に整った顔たちを携え、和やかに笑う聖教会のシスター、クリス・E・テトラボルトだ。

 半ばヘルドマンの秘書のような仕事をしている彼女は、俺の助っ人のためにここシュトラウトランドまで来てくれたのだ。

 どうして彼女がこちらに来ているのかというと、話はイルミと和解した翌日。四日前まで遡る。



 魔導人形稼働の目処が暗礁に乗り上げてしまっている真っ最中。

 にっちもさっちも行かなくなった俺はヘルドマンに助けを求めていた。


「成る程。彼女の魔の力が大きすぎて魔導人形を壊してしまったのですか」


 左手薬指に嵌めた指輪にここ最近の状況を報告した。すると忙しいながらも時間を作ってくれた彼女は応答を返してくれる。


「しかし不思議なものですね。白の愚者ほどの魔の力を注いでも魔導人形は壊れていません。彼女の魔の力がそこまで大きいものだとは思いませんが……」


 ヘルドマンの疑問に俺は直ぐさま答えた。


「俺もそれが気になってエンリカに聞いてみたんだが、何でも白の愚者の魔導人形は太陽の時代に制作されたものらしい」


「……太陽の時代、ですか?」


 若干の沈黙の後、ヘルドマンは再び問うてくる。

 彼女は太陽の時代に何かしら思うところでもあるのだろうか。


「太陽の時代に制作された魔導人形と今の魔導人形はそれ自体の強度が段違いなんだと。だから白の愚者が魔導人形に魔の力を注ぎ込んでも耐えられる」


 太陽の時代は素材の強度一つとっても今とは比べものにならない程頑丈なモノが多いとエンリカは言っていた。

 完全なロストテクノロジーがどうやらその時代には存在していたようだ。


「ふむ。その理論で行けば彼女の魔の力でも太陽の時代製の魔導人形なら或いは、という訳ですか。ところで注ぎ込む魔の力を制限することは?」


「もちろん試してみたが相当辛いみたいだな。溢れ出る水を無理矢理堰き止めている感じと本人は言っていた」


 イルミの方もいろいろと努力を続けてくれている。時折暇を見ては魔導人形に注ぎ込む魔の力を制限する練習をしているようだ。


「前途多難ですね。取りあえず話を整理すると、太陽の時代に制作された魔導人形でなければあなたたちは満足に動かすことが出来ないということですか」


「そういうことになるな」


 果たしてどうしたものか、と俺は頭を抱える。やはりイルミが注ぎ込む魔の力を制御しきるまで待つしかないのだろうか。

 だがヘルドマンは俺の想像以上に出来る御仁だった。

 彼女は少しばかり逡巡したあと、頼もしいことにこう言ってくれた。


「わかりました。確約できるかわかりませんが、魔導教国エンディミオンにいる知り合いにちょっとしたツテがあるのでそちらに問い合わせてみます。

 もしも太陽の時代に制作された魔導人形とやらがあったのならクリスを使いに出してそちらに届けさせますわ」


 行動では示せなかったが、その時の俺はヘルドマンに五体投地で感謝を表してやりたかった。

 それくらい、彼女にはグランディアから世話になりっぱなしである。最早ブルーブリザードの討伐報酬はいらないと言えるほどには。


「本当に助かる。――無事義手が完成した暁には必ずそちらに礼を言いに行く」


「あら、嬉しいことを言って下さるんですね。期待してお待ちしておりますわ」


 

 というわけで、連絡を待つこと暫く。

 何とか新しい魔導人形入手の報を聞いた俺は、その時を今か今かと待ちわびていた。


「しかし随分と早かったな。まだ連絡が届いてから三日と立っていないぞ」


「貨物輸送用の騎竜に乗ってきたんだ。まあ、先にグランディアへ竜は帰してしまったから帰りは徒歩か馬車だけどな」


 そういえば彼女、騎竜の操りに長けていたのだったか。声を使った魔の力を行使という便利な異能以外にもいろいろと才能に溢れている人物である。


「他にもちょっと野暮用があるんでな。しばらくの間はこちらに滞在しているよ」


 まあ聖教会もいろいろと忙しいみたいだしな。俺みたいに各地を放浪している吸血鬼ハンターとは違ってクリスも多忙なのだろう。


「積もる話は食事と一緒にしよう。ここの人間が我々に用意してくれたらしい。ご相伴にあずかろうじゃないか」


 クリスの誘いに乗って俺とイルミは整備場を後にする。

 エンリカによれば新しい魔導人形の整備には丸一日以上掛かるそうだからそれまでクリスと暇を潰すのも悪くないかもしれない。

 イルミにとっても良い気分転換になるだろうしな。




 アルテたちが去った後、工房にいた職人たちは新しく運び込まれた魔導人形に早速取り付いていた。

 彼らにとっても太陽の時代に制作された魔導人形は非常に珍しいモノで、こうして弄くり回す機会を今か今かと待ちわびていたのだ。

 エンリカももちろんそのうちの一人だ。


「一度装甲はバラして内燃機関の様子をチェックしろ。出来れば前の魔導人形の副動力炉を移植したい。あれはイルミ殿の魔の力の調子に合わせてあるからな」


 テキパキと指示を飛ばしていくエンリカ自身も、手にした工具で魔導人形の装甲を引きはがしていく。

 こちらは前の魔導人形とは違って薄暗い緑色で塗装されていた。

 やがて全て引き剥がされた装甲は部位事にまとめられ、シートを敷かれた地面に並べられていく。

 その内の一つ。

 魔導人形の肩の装甲には複数の文字からなる文章がペイントされていた。

 エンリカたちはそれが何と読むのか全くわからなかったが、太陽の時代に制作された製品では日常茶飯事なので特に気にもとめない。

 だがもしも、アルテがその場にいたのなら意味はわからずとも心当たりはあると驚いたに違いない。


『Deutsches Heer』


 その文字列は工房の職人の一人が手にした黒色の塗料で綺麗さっぱりと塗りつぶされていく。

 こうして、アルテがその文字列を確認する機会は当面の間失われることとなった。


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