第20話 「魔導騎士起動(動くとは言っていない)」
競技場での驚異の宣戦布告から一夜。俺とイルミは再び「ドワーフの穴」を訪れていた。
あれから知ったのだが、エンリカの一族は人族とは違う炭鉱族の家系で、あんな容姿ながらすでに二十代中頃らしい。
何でも非常に成長が遅い長命な種族だとか。だとしたら彼女の祖父が老衰によって義手を未完成にしてしまったことはかなり間が悪いというか運が無かったと言える。
まあ人死の話なので口に出したりなどはしないのだけれど。
「ドワーフの穴」では初日に俺たちを案内した男が店の入り口で待ち構えていた。彼曰く今日の夕暮れ時に聖教会から俺専用の魔導人形が納品されたとのこと。
本日は前から教えられていたとおり、それの稼働テストを行う予定だ。
「おっ、お待ちしておりましたぞ」
工房に併設された整備場のようなところにエンリカはいた。競技場での一騒動のせいか青い顔をして目の下に隈をこさえていた。
間違いなく今回一番の貧乏くじを引かされているのは彼女だろう。
そのうち、おいしい食事でも食べさせてやらねばなるまい。
「稼働試験に必要な整備は全て終わりました。後はアルテ殿の魔の力の波長を読み取って魔導人形に読み込ませるだけです」
エンリカは機械油か何かに汚れた顔をタオルで拭いながらそう説明する。
げっ。やっぱりあれか。魔の力がないとこれは動かせないのか。
「待って、アルテは魔の力が使えない。だから波長はそもそも存在しないわ」
一人どうしたものかと黙り込んでいたらイルミが口を開いた。うん、昨日の一件では中々の地雷を踏み抜いてくれた彼女だが、こうして率先して現状を伝えてくれるのは非常に有り難い。エンリカは少しばかり小難しい顔をして、頭をぽりぽりと掻いた。
「むっ、この月の時代にそういった人間がいるのですな」
「アルテは特別。詳しくは話せないけど魔の力は使えない」
しかしながらこれは困ったことになった。
魔導人形を扱えなければそもそもトーナメントに参戦できず、白の愚者に挑戦すら出来ない。まさか生身の、それも隻腕で彼を下せると考えるほど奢ってもいない。
力を失ったヘルドマンにあそこまで苦戦したし、最下層のブルーブリザードでさえ片腕を犠牲にしなければ勝てなかった。
第四階層の肉弾戦最強とされる吸血鬼に生身で挑むのは無謀も良いところだろう。
「うーむ、なら奥の手、と言っては何ですが方法がないわけではないです」
「方法?」
何処か浮かない顔をしたエンリカに縋り付くように問う。こうなったら少々の無理はしても構わないから、是非とも魔導人形を操れるようにして欲しかった。
エンリカはそんな俺の真意を悟ったのか決意を固めた表情でこちらを見る。
「方法は後で説明しましょう。取りあえず今から突貫工事を行うので二時間ほどお時間を下され。それまでのあいだ、この周辺を散策でもされてはどうでしょう」
エンリカに勧められるまま、イルミと二人でシュトラウトランドの街を歩く。今日は新月なので月の光はなく、魔の力も希薄だ。
いつもは暗闇でもすいすいと先に進んでいくイルミも、今日は道端に設けられた魔灯の明かりを頼りに歩いていた。魔灯とは魔の力を周囲に振りまく照明器具のような物である。
この世界の住人は光の反射ではなく大気に漂う魔の力の動きを探知しているようなので、そういったアイテムが日常に溢れているのだ。
「アルテ、あれ」
道行く人に紛れ、ふらふらと歩いていたら突然イルミがこちらの裾を引いてきた。
何事か、と様子を伺えば彼女はとある人混みを見つめていた。
恐らく先触れ――社会情勢や流行の出来事などを伝えて回る、前の世界で言うところのマスメディアのようなものが演説を行っているのだろう。
イルミはどうやらその内容が気になるようなので、俺はイルミを連れてその人混みに近づいていく。
「さて、先日のトーナメントでは我らが戦乙女、レイチェル・クリムゾンが通算五十勝を達成した! これはここシュトラウトランド、バンデンベルク地区出身者としては初の快挙だ!」
ほう。どうやらあの赤い魔導人形を操っていた戦乙女と呼ばれる人物はこのあたりの出身らしい。ていうかここ、バンデンベルク地区ていう名前だったんだな。
あとでシュトラウトランドの地理情報も調べなければ。
まあこれでエンリカが戦乙女に熱中する理由がわかった。いわばあの魔導人形遣いはここ界隈のスターなのだ。
「しかしながらトーナメントの波乱はそれだけでは終わらない! なんとあの白の愚者『ホワイト・レイランサー』を取るに足らないと豪語するスーパールーキーが殴り込んできた!」
へえ、何処かで聞いたニュースだな。
ところでイルミさん。あなた、随分と機嫌が良さそうですね。
何か良いことでもあったんですか?
「何でもこの新人、グランディアに居を構える黒の愚者、そして青の愚者を立て続けに撃破した猛者らしい! そしてその狂人としか思えない男は次の獲物を白の愚者に定めた!」
あばばばばば。
これはやばい。昨日の競技場での騒動は完全に街全体、いや、下手したら国全体に広まってしまっている。
このままでは四面楚歌の完全アウェー体制だ。
「さあ、ここからは審判の時間だ! この狂人が見事白の愚者を撃破すると思う者はこちらの箱に賭け金を! 白の愚者が狂人を八つ裂きにすると思う者はこちらの箱に賭け金をぶち込め!」
「おいおい、そんなんじゃ賭けにならねえよ!」
あろうことかこいつら人で勝手に賭けを始めやがった。しかもほぼ全員が白の愚者勝利に投票している。彼らの気持ちはわからなくはないが、それでもどこか複雑な気持ちにさせられる。
と、ふと横をみればイルミの姿が忽然と消えていた。どこに行った、と周囲を見やれば、財布片手に賭けの列に並んでいた。
そしてこちらが止める間もなく、おそらく全額――彼女に小遣いとして渡している結構な大金を狂人勝利のボックスに投入した。
え、何やってんの?
「大丈夫、私はあの馬鹿どもとは違う。私はあなたが勝つことを知っているわ」
俺の名前が書かれた万馬券のようなものをしっかりと握りしめてイルミは笑った。
ああ、お前もあいつらと同じような大馬鹿者だよ、と言ってやる勇気は俺にはこれっぽっちもなかった。
イルミがとんでもない散財をしたのち、再び「ドワーフの穴」に俺たちは戻ってきた。
どうやら突貫工事がちょうど終了したタイミングだったらしく、エンリカと職人たちが魔導人形の足下で食事を取っていた。帰ってきた俺たちの姿を見定めた彼らは慌ててそれぞれの持ち場に駆けていく。
「では早速稼働試験を行いましょうか。とりあえずイルミ殿、これを身につけて魔導人形に乗り込んでくだされ」
そう言ってイルミが手渡されたのは前にヘルドマンが着ていた革のボディースーツのようなものだった。所々に銀で出来た丸い端子が取り付けてある。
「うん、わかった」
と、イルミが突如着ていた服を脱ぎだした。それを見たエンリカが大層慌てる。
「わーっ! イルミ殿、こちらに着替える場所が御座います!」
「……面倒くさい」
そういえば付き合いが長いせいで完全に忘れていたが、イルミは羞恥心という感情が非常に希薄だ。いや、その他の感情も別に豊かというわけではないが。
俺とその他の男性職人はそれぞれイルミとエンリカから背を向けた。
「あわわわわ! 下着は! 下着は脱がなくてもいいです!」
エンリカも大変だな-。と他人事のように惚けながら、甲高い悲鳴が夜空に消えていくのを黙って聞いていた。
まあ、たまにはこういったやりとりもいいのかもしれない。
「さて、いろいろとありましたが何とかイルミ殿には魔導人形に搭乗して貰いました。それではアルテ殿はこれをお付けください」
俺もボディースーツを手渡されるのかと思えば、その予想は見事に外れた。
エンリカがこちらによこしたのは首に巻くであろう黒色のチョーカーだ。
「これは使用者の思考をある程度読み取って他の魔導具に伝えるものでしてな、自立式ではない義手もこれを使って操作します」
成る程。これで魔導人形を操作する訳か。
「はい。本来ならば魔導人形の操作は操縦者が直接魔の力を使って行います。残念ながらアルテ殿はそれが叶いませんので、イルミ殿と協力して操作して貰います」
「協力?」
「ええ、魔導人形の操縦者というのはそれの動力源も兼任するのが普通なのですが、今回はその役目をイルミ殿に担当して貰うのです。彼女の保有する魔の力はちょっとばかし規格外ですから、不可能ではありません。これでアルテ殿は一切の魔の力を行使することなく魔導人形を操ることが出来ます」
「ルール上は問題ないのか?」
そう。確かにエンリカの言うとおりの仕組みならば俺でも魔導人形を動かすことは不可能ではない。けれどもトーナメントでは俺たちのように二人で操縦する方式は認められているのだろうか。
「恐らくは大丈夫です。トーナメントの規定ではあらかじめ決められたサイズと重量さえ守れば後はどのような方式の魔導人形でも構わないとされています。でなければ戦乙女の太陽の時代に作られた機構を搭載した魔導人形も反則になってしまいますよ」
「そんなものなのか」
エンリカの解説にとりあえず納得し、俺はチョーカーを首にはめる。そしてその場にいた工房の職人に手伝われながら魔導人形の脊髄に当たる部分に乗り込んだ。
そこには座席が一つ設置してあり、操縦桿のようなものは一切存在しなかった。このあたりはやはり現実のロボットとは違うんだな。
「いらっしゃい、アルテ」
先に乗り込んでいたイルミは俺の座席の下に設けられた小さな椅子に腰掛けていた。数本のベルトで身体を固定され、ボディスーツの銀色の端子からはいくつもの配線が伸びて魔導人形に繋がっている。
エンリカ曰く電池みたいな扱いだからこんなものなのか。
「では稼働試験を行います。イルミ殿! 魔導人形に魔の力を注ぎ込んでくだされ!」
いよいよ始動の時だ。どうしよう、ワクワクが止まらない。まさかこんな異世界に来て巨大ロボット(といっても五メートルくらいだけど)を動かす日が来るとは思わなかった。
イルミが魔の力を流したのだろう。ブォン、という駆動音と共に操縦席の周囲にさまざまなパネルが展開された。
ひどく魔法の発達した世界の癖にどことなくSFチックだ。いや、進歩しすぎた科学は魔法と変わらないというし、発達した魔法は科学と区別がつかなくなるものかもしれない。
「アルテ殿、とりあえずは前に数歩歩くイメージを思い浮かべて!」
外から聞こえてくるエンリカの指示に従い、歩行の動作をイメージする。それまで当然のように行ってきた動作だがいざイメージするとなると結構難しいな。
と、そのとき。
異常が発生した。
操縦席の周囲に展開していたパネルが一気に赤く染まったのだ。そしてバチバチっ、という何かが弾け飛ぶような音がして電源が落ちたように魔導人形が沈黙した。
すぐさま操縦席の扉が外からこじ開けられ、エンリカたちに俺とイルミは助け出される。
「どういうことだ?」
外に出てみてわかったことだが、黒と金の魔導人形は関節という関節から火花を吹き出していた。まるで何かがショートしたみたいに。
……まさか。
「ぐぬぬ。どうやらイルミ殿の魔の力が強すぎて魔導人形が耐えられなかったようですな。これはちょっと面倒なことになりました」
苦虫を噛みつぶしたように唸るエンリカを見て俺は密かに肩を落とす。
なんと。
ここまできて話が振り出しに戻ってしまったのだ。
……白の愚者を叩きつぶすどころかこのままではトーナメントへ参加すら出来ない有様だった。
本当に話が上手く進まない、今回の旅である。




