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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第二章 白の愚者編
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第19話 「狂人、軽やかに宣戦布告し完全アウェーとなる」

 気が付いたら白の愚者から宣戦布告されていた件。

 え? 

 いや、なにこれ。

 ていうか知人て誰よ? ヘルドマンか? いや、昨日の今日で彼女が裏切るとは考えられないし考えたくない。そもそも青の愚者を倒したことを吹聴するな、と釘を刺してきたのは彼女だ。

 なら一体誰が……。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 まずはこの衆人環視の状況を何とかしなければ。

 先ほどまで魔導人形のトーナメントに熱狂していた全ての観衆の視線を感じる。こんな大勢に見つめられた経験なんて前の世界を通しても幾分初めてなので、引きつった笑いが零れた。


「ほう。その不敵な笑み。私は嫌いではないぞ」


 ちゃうねん、これは表情筋が言うこと聞いてくれへんだけやねん。

 もちろんそんな内心の声は外部の肉体へ届くことはない。

 吸血鬼の呪いによって感情が吐露できなくなってしまったこの身体がとても憎らしい。


「は、早く謝って下され……この雰囲気、かなり不味いですぞ……」


 そばでがたがたと震えていたエンリカがこちらに縋り付いてくる。

 確かにホワイト・レイランサーのにらみ合いを続けるこの状況は非常によろしくない。何分彼はこの人気競技のトップランカーであり、愚者の一人でもある。

 そのカリスマ性と人気は想像するだに堅くない。

 そんな吸血鬼に正々堂々と喧嘩を売りつけてしまうと、シュトラウトランドにおける安寧の日々は砂上の楼閣の一歩手前だ。

 エンリカの言い分をくみ取り、取りあえず場を納めようと口を開き掛けたとき、イルミが一歩前に出てきた。

 どうやら口下手な俺に変わって弁解をしてくれるらしい。

 さすが、頼りになるときはとことん頼りになるちびっ子だ。


 だが、俺のそんな淡い期待は裏切られることとなる。もちろん悪い意味で。


「私の主人である狂人はお前たち吸血鬼を滅ぼすために生きている。お前も例外ではない。精々今のうちにその栄光を噛みしめろ」


 パードゥン? え、イルミさん?


「盲目的に愚者共を崇拝するお前たちも同罪だ。お前たちもやがては私の主人に平伏すことになるだろう」


 淡々と続けるイルミの声量はそれほど大きくはない。だがホワイト・レイランサーの登場によって言葉を失った観客たちの耳には良く届いた。

 もちろんホワイト・レイランサー本人にも。

 ああ、終わった。

 もっと俺は穏やかに彼に挑戦したかった。さっきのスタンやレイチェルみたいに観客の声援を一心に受けてあの古強者と剣を交えたかった。

 ちょっとは憧れたのだ。妄想していたのだ。

 格好いい二つ名を付けられて女の子にちやほやされて、ライバルと健闘を讃え合って、最後に白の愚者に挑戦する未来を。


「ふっ、ふざけるな!」


 観客の誰がが罵声を飛ばした。

 それを皮切りに四方八方からブーイングが浴びせられる。挙げ句の果てには競技場の外で販売されていた飲み物の容器やゴミがこちらに投げつけられた。

 まあ、こうなるよね……。


「……目障り」


 その光景を見たイルミがぼそり、と呟いた。

 声量が小さすぎて殆ど聞き取れないようなそんな呟きだ。

 だが俺は知っている。彼女は怒り出すと只でさえ少ない口数がさらに少なくなるのだ。

 俺には全く知覚できないが、彼女の体内ではその莫大な魔の力が暴れ回っているのだろう。魔の力をある程度感じることの出来るエンリカが涙目でその場から逃げ出した。

 あ、これは駄目だ。


「やめろ、イルミ」


 制止は間に合わない。彼女の影から二匹の狼が生えてきた。久しぶりに見る彼女の使い魔である。

 血に飢えた四つの黄色い目が周囲を見回す。

 二匹は低く唸った直後、競技場全体を揺るがす大音量で咆哮を上げた。

 地獄の底から沸き上がるような獣の雄叫びは観客の恐慌を作り出すには十分すぎた。かく言う俺もその光景が怖すぎてその場から一歩も動くことが出来ない。

 我先にと、罵声とゴミを投げつけてきた観客が逃げ出していく。

 狼がそれらを追いかけないのは、ぎりぎりイルミの理性が勝っているからだろうか。

 直ぐさま誰もいなくなった競技場で、エンリカのすすり泣きと白の愚者を威嚇する狼の吐息が取り残された。


「中々面白い奴隷を飼っているな。狂人よ、貴様とまみえるその日が来ることを心待ちにしているぞ」


 やがて用は済んだと言わんばかりにホワイト・レイランサーも闘技場から去って行く。

 もちろんそれを止める意味も、力も俺には備わっていない。

 イルミとエンリカ、そして俺の三人だけが残された競技場は伽藍洞で不気味なくらい静かだった。



 こうして――。

 シュトラウトランドに於ける俺のスーパーヒールとしての競技生活が華麗に幕を開けるのだった。

 まだトーナメントデビューすらしていないのに、鮮烈な殴り込みである。

 

 ……何でやねん。




 その後、エンリカと分かれて何とか宿に戻った俺は、イルミと別れて聖教会のシュトラウトランドの支部に来ていた。

 イルミを連れてこなかったのはこれ以上全方位に喧嘩を売って欲しくなかったからである。

 まあ、聖教会にもトーナメントのファンは多いだろうから、焼け石に水かもしれないが。

 恐る恐る聖教会の門をくぐってみると、まだ先ほどの騒ぎは届いていないのか、前に訪ねてきたときとは変わらない雰囲気がそこにはあった。


「いらっしゃいませ。ヘルドマン様から言伝は受けています。こちらでトーナメント用の魔導人形を用意させて頂きました」


 受付のシスターに案内され聖教会の敷地の一角に向かう。

 するとそこには複数の魔灯に照らされた、観賞用の騎士甲冑のごとく鎮座する魔導人形があった。

 見た目は競技場で見たもの色以外はにそっくりだ。


「ヘルドマン様のご要望により、既に『ドワーフの穴』の職人たちを呼び寄せ、ある程度の整備は行っています。後はアルテ様のご希望に沿って調整していくだけです」


 魔導人形のカラーリングはヘルドマンが用意したからなのか、彼女の魔の力ような漆黒だった。

 そこへ所々の装甲が金色で塗装されたアクセントが加わる。これはあれか。俺の黄金剣に合わせてくれたのか。

 金色は割と好きな色なので俄然やる気が湧いてくる。


「少し眺めていてもいいか」


 自分の魔導人形というアイテムに心奪われた俺は聖教会のシスターにそう伝える。要するにしばらくペタペタと愛でたいから退席してくれ、ということだ。

 シスターにその真意は伝わったのか、「わかりました」と一言告げた後彼女は何処かに立ち去った。

 さて、これで人目を憚らずにこのアイテムを鑑賞することが出来る。

 一目散に魔導人形に近づいた俺は真下からその威容を見上げてみた。


「でかいな」


 競技場の上から見下ろしていたときからその巨大さは理解していたつもりだったが、下から見上げるとその傾向はより顕著だ。

 成る程。確かにこれならば専用の兵科が用意され、戦争に使われるのも理解が出来る。

 おそらく前の世界でいうところの戦車のような扱いなのだろう。

 電撃戦などの概念はこの世界にあるのだろうか。

 

「それにしても、こいつを操るのが楽しみだな」


 競技場では散々な目に合ったが、内から湧き上がっている興奮は隠しようがない。魔導人形のそばをぐるぐると回りながらしばらくの間鑑賞に浸る。

 と、そこで俺の脳裏にとある疑問が浮かび上がってきた。

 そういえば。

 全くといっていいほど魔の力が使えない俺だけど、魔導人形を操ることは出来るのだろうか。


 

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 アルテが自身の魔導人形に夢中な現在から遡ること十日前。

 グランディアの古城の一室に黒の愚者、「ブラックウィドウ」のヘルドマンはいた。丁度アルテたちがグランディアを出発して四日経過した頃である。

 普段の雑務をこなしながら、更けていく夜と月を背後に彼女は執務机についていた。

 彼女の静寂を破ったのはノックの音だ。


「入りなさい」


 クリスが訪ねてきたのだろう。そう判断したヘルドマンは目にしていた書類から目を離すことなくそう告げた。

 キィ、と扉が開かれる。蝶番の音がやけに響き渡った。

 そこでヘルドマンは違和感に気が付く。確かに入室の許可は下した。だがクリスは一言詫びや礼を唱えながら入室してくる筈だ。

 なら、誰が入ってきた?

 真紅の瞳が訪問者に向けられる。そして、自分と同じ瞳の色をした女を見つけた。


「やあ、久しぶりだな。黒の愚者。いや、今はユーリッヒと言えばいいのか?」


 足下にまで届かんばかりの長い流麗な銀髪。あどけなさと妖艶さを兼ね備えた危なげな顔立ち。

 ――瞳と同じ色をした滲み出る魔の力。

 真紅の夜と讃えられる、スカーレットナイトがそこにいた。


「っ!」


 迎撃は刹那の時だった。全くの予備動作なしでヘルドマンの影から黒槍が打ち出される。

 それは寸分違わずにスカーレットナイトの胸を貫いた。

 だが、


「諦めろ。お前たちでは私には勝てない。もう三十年前の出来事を忘れたのか。ユーリッヒ」


 胸を貫かれたはずのスカーレットナイトは一切の動揺を見せることなく、落ち着いた調子でそう嘯いた。そして傷口が開くのもお構いなしにヘルドマンへ近づいていく。

 彼女は若干の嘲笑を織り交ぜながらヘルドマンに微笑んだ。


「いや、全ては覚えていないな。お前も、彼も」


「黙れ!」


 叫びと共にさらなる黒槍が打ち出される。それらは全てスカーレットナイトに吸い込まれていった。

 一本、二本、と出来の悪いオブジェのように黒槍がスカーレットナイトに生えていく。それでも赤の愚者は、この世界最強と謳われる吸血鬼は止まらなかった。

 遂にヘルドマンの下へスカーレットナイトがたどり着く。


「これは土産だ。あの狂人が仕留めそこなった出来損ないのだよ」


 ぼとり、とスカーレットナイトの血に混じって何かが執務机の上に置かれる。

 ヘルドマンはそれから視線が外せなくなった。

 そう。スカーレットナイトが持ってきたのは赤黒い人間の心臓だったのだ。

 口ぶりからしておそらくブルーブリザードのものだ。


「用事はまだあるんだが、お前の方はまだまともに取り合ってくれなさそうだな。しかしこの黒槍を使えば狂人に負けることもなかったんじゃないか? やっぱ手加減したのか」


 自身に突き刺さった黒槍の一つを撫でながらスカーレットナイトはヘルドマンに向き直った。


「っ! お前が彼を狂人と呼ぶなぁ!」


 スカーレットナイトが唱えた二度目の狂人というワード。それがヘルドマンの怒りに火を点けた。

 彼女の叫びと共に黒槍がスカーレットナイトを塗りつぶしていく。荒れ狂う黒の暴風は執務室を破壊しながら赤の愚者を切り刻んでいった。

 だがスカーレットナイトは微笑みを崩すことなくまともに取り合わない。

 それどころか人が友人に別れを告げるような口調でこう言った。


「じゃあな、ユーリッヒ。次会うときは少しでもまともな話し合いが出来ることを期待しているよ」


 言葉はそれだけ。

 それだけを残してスカーレットナイトは突如その場から消えた。後に残されたのは無残に破壊された執務室と机に置かれた心臓、そして息を切らせて椅子から崩れ落ちるヘルドマンだった。十分の一に制限された力の中で、魔の力をここまで連続使用したのは彼女にとって初めてのことだった。

 ヘルドマンは自身の左胸を押さえながら床に座り込む。

 窓から差し込む月の光が、彼女の黒い影を照らしていた。

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