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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第1話 「それぞれがそれぞれ勘違いしている」

 今更だけど、夜はとても寒い。

 そうぼやきたくなったのはイルミと別れて小一時間ほど立った頃だった。

 幾らこの世界に飛ばされて数十年が経過し、ハイテクノロジーな生活から離れているとはいえ、寒いものは寒い。コンビニで手軽に買えた肉まんとホットコーヒーが今更懐かしくなってきた。

 と言うわけで皆さんこんばんわ。しがない吸血鬼ハンターのアルテと言います。

 職業は今述べた通り吸血鬼ハンターです。年は五十を過ぎて少しくらい。でも吸血鬼から受けた呪いの所為で見た目は多分ぎりぎり二十代です。

 名前も本当は別にあるのだけれど、この世界の住人には発音しにくい名前らしく比較的ポピュラーなこの名前を名乗っています。日本で言う太郎みたいなそんな感じ。

 所謂異世界転移を経験して日本に帰れなくなった残念な人間であります。

 向こうでは多分馬鹿やっていた大学生でした。

 とまあ、自己紹介はこれくらいにして今何しているのかというと、近隣の村々を襲撃している吸血鬼を退治しに来ました。

 吸血鬼ハンターたるもの、悪の限りを尽くす吸血鬼を狩らずして何を狩る、と意気込んでます。

 いや、まあ、普段は雁とか狩って腹を満たしているのだけれど。

 ちなみに相方の狼使いの少女は獲物を追い立ててくる、と言って一人どこかに行ってしまいました。

 自分、吸血鬼探知スキルとか一切ないので彼女に任せっきりです。あの子、平気で化け物みたいな狼を二匹も従えてるから普通に怖い。

 まさにファンタジー。

 で、少しでも寒さを凌ごうかと煙草の火を焚いていたら遠くの方から狼の遠吠えが聞こえてきた。

 どうやらイルミが獲物を見つけたらしい。あとは彼女の使い魔である狼たちがこちらに追い立ててくるのだろう。

 いつもこんな感じだ。

 出来ればイルミ一人で処理してくれれば楽なんだけれど、あの子、俺に真面目に働いて欲しいのか絶対に獲物のとどめを刺そうとはしない。

 いや、獲物の命を絶つのはとある事情から大概彼女の役目なんだけれども、致命傷を負わせるのは何故か俺の仕事なのだ。

 つまり獲物を追い立て弱らせるのは彼女の仕事。一撃を与えて瀕死にさせるのは俺の仕事。瀕死の獲物を狼に食べさせて殺すのは彼女の仕事なのだ。

 何これ面倒くさいと思わないこともないけれど、でかい狼二匹を連れた彼女に逆らうのは怖いので何も言いません、言えません。

 とかなんとか阿呆なことを考えていたら、丘の上に獲物が逃げてきた。

 月明かりの下、ようよう眼を凝らしてみれば狼に食らい付かれたのか足を引き摺っている。

 少し可哀想と思わなくもないが、必死の形相でこちらに襲いかかってくる獲物を見てその考えは吹き飛んだ。

 手にしていた黄金剣(ただの金色の剣)で眼前に迫った獲物の両腕を切り飛ばす。こちらの世界に転移してかれこれ数十年。さすがにこれくらいの雑魚なら落ち着いて対処することも出来る。

 獲物は腕を吹き飛ばされた勢いも相まって、俺の横を転がり落ちていった。

 さらに追い打ちを掛けるように、イルミの使い魔である二匹の狼が獲物に飛びかかって食事を始めた。

 普段ならばもっと瀕死にしてから狼の餌とさせるのだが、今日はどことなく荒々しい。

 多分吹き飛んでいった獲物の動きに本能か何かを刺激されたのだろう。うん。

 日本にいた頃なら、目の前の光景を見ただけで数回リバースは余裕だが、吸血鬼から受けたもう一つの呪いのお陰でそういったことはなくなった。

 簡単に言えば内心に描いた心象が、表の体にアウトプットされにくくなっているのである。

 内心ゲロゲロと感じていても、外から見ればきっと涼しい顔をしているに違いない。

 まあ、ここで狼二匹に怯えてイルミに見捨てられる可能が限りなく低いということを考えれば、呪いというより恩恵と考えた方が良いのかもしれない。

 ふと、気がついたらイルミがいつのまにか隣に立っていた。

 今までの間抜けな考えが見透かされていないか不安になり、かなりドキドキしたが、何も言わない彼女を見て多分大丈夫だろうとこちらから話しかけてみる。

 ほら、相手の機嫌を伺うときはこちらからコミュニケーションをとらなくては。

「イルミ、お疲れさん」

 お疲れ様でした。本当にありがとう御座います。今後ともよろしくお願いします。と土下座でもして頼み込むような感情をこめても、口から出てきた台詞は上記のたった一言。

 ああ、やっぱり呪いは恩恵なんかじゃない。普通に呪いだわ。

 これでイルミの機嫌が悪かったら獲物を貪り食っている狼がこっちに襲いかかってきそう。

 助けて神様。

 とか内心喚いていたらイルミはつまらなさそうに口を開いた。

「ううん、私はただ使い魔を使って翼人を追い立てただけ。何もしていないわ」

 いやいや、追い立てただけ、ってウサギを捕まえるのとは訳が違うのだからもっと勝ち誇っても良いと思います。

 いくら雑魚といってもやっぱり人間じゃない化け物を狩るのって相当クレイジーです。

「どうやら今回も外れ。ただの吸血鬼かぶれの翼人」

 イルミの言うとおり、狼に貪り食われた哀れな獲物は吸血鬼ではなかった。そもそも満月の夜に使い魔の狼ごときに手傷を負わされるほど奴らは弱くない。

 月の時代と呼ばれるほど、夜を生きる魔が強大なご時世だ。

 中には吸血鬼のフリをして、その威光を振りかざし悪さをする魔がいても全く持って不思議ではない。

 外れを引いてしまった虚脱感を出来るだけ隠しながら、俺は再び丘を下る。

 あとは風車小屋に隠した荷物を持って町に帰るだけだ。いつの間にか狼はイルミの陰に吸い込まれて消えているし。

 どうなってんのかね、その辺りの構造は。

 とまあ、わからないことを考えても仕方がないので少しばかり早足で先を急ぐ。

 夜が明ける前に帰らないといろいろと不都合もあるし。

 うしろをとことことついて来るイルミの気配を感じながら、静寂の月明かりの下、俺は帰路へとついた。




 ぐっもーにん。おはよう、みんな。

 といっても周囲には誰もいない。太陽が昇りきって、活動が鈍ったイルミがベッドに丸まって眠っているだけだ。

 吸血鬼のフリをした翼人を狩ってから丸一日がたった。あ、今更だけど翼人ていうのは読んで字のごとく、体のどこかに翼が生えた亜人全般のことだ。今回狩ったのは蝙蝠の翼と両腕が一体化した特殊な翼人だった。

 と、翼人ついでで思い出したが、この世界の常識で一つ確認しなければならないことがある。

 俺が数十年前に転移してきたこの世界、一般的に月の時代と呼ばれる時期らしいのだけれども、(昔は太陽の時代だったらしい。ざっと1000年くらい前)昼夜の感覚が元の世界と逆転しているのだ。

 つまり何が言いたいのかというと、人々が活発に活動するのは夜で、昼間は基本的にみんな眠ってしまうのだ。

 もちろん酒場や賭博場といったアダルティなお店は昼過ぎまで営業しているが、それでも少数派である。

 まあそんな時代だから住んでいる人々や生き物もちょっと特殊だ。

 まず第一に植物は月の光で生長している。

 正確には月の光に含まれる魔の力で成長しているのだ。

 なにせ、科学という学問が少数の国でしか研究されていないので、詳しい原理はさっぱりわからない。

 だが元の世界の植物が太陽の光で光合成を行うように、この世界の植物は月の光で光合成を行っているぽいのだ。

 植物がそんな有様だから、生き物も結構な割合で夜行性である。

 もちろん人々のライフスタイルも夜を生きるように変化している。基本的に色白の人がマジョリティーで、太陽の光にはそれほど強くない。仮に日中外出するならば真っ黒なフード付きのローブが必須アイテムだし、そもそも殆ど出歩かない。

 何より彼らは夜眼が異常に利く。ぶっちゃけ明かりなしでも夜の町を全力疾走余裕みたいな。

 どうやらこれも理由があるらしく、この世界の生き物の殆どが視力の構造が特殊なのだ。

 俺のように、もとの世界の生き物は大抵太陽の光の反射で視力を確保していた。それがこの世界では夜に多く満ちると言われている魔の力で視力を確保しているのである。

 だから魔の力が弱まると言われている日中は殆ど視力が効かなくなる。どうしてもそういった環境を出歩くのならば、魔灯という魔の力を周囲に拡散させるランプのようなものを持ち歩かなければならないのだ。

 要するに多かれ、少なかれ、この世界の住人は俺たちの世界で俗に言う吸血鬼の特性を一部引き継いでいたりするのだ。プチ吸血鬼みたいな。

 他にも魔の力が多く含まれる血液が酒のように取引されていたりする。これもまんま吸血鬼である。

 で、こんな常識をつらつら並べたのは所謂自己弁護みたいなものだ。

 ほら、たとえば誰か知り合いと会う約束をしていたとする。日時はこっちに帰ってきてから一日以内。で、今は丸一日経過した昼過ぎ。

 もとの世界の常識ならばなんら問題なくても、この世界の常識ならば昨日の夜中がタイムリミットだったのだ。

 うーん、数十年この世界に暮らしていてもたまにこういった感覚のズレがあるんだよね。

 失敗失敗。

 というわけで着替えもそこそこに、寝ているイルミをほったらかして俺は昼の町に繰り出した。

 宿泊している宿の店先は既に閉店の文字が掲げられていて、通りには殆ど人影がない。昼間なのに活気がない町というのは不思議な感じがするが、これもこの世界では当たり前のこと。

 もういちいち気にしなくなった。

 俺はこの時間帯でもぎりぎり営業しているであろう酒屋に向かってひたすら走り続けた。



 彼が部屋を出て行ったことを薄目で確認した。

 詰まっていた息をやっとの思いで吐き出し、緊張していた筋肉をふにゃりと弛緩させる。

 どうやら彼は相当不機嫌だったらしく、こんな時間なのに私に何も言わず部屋から出て行ってしまった。まあ、それでも気まぐれで殺されるよりはマシだと今日も生きていられることに感謝を一つ。

 もそもそとベッドから起き上がって、乾いた喉を潤すために水差しを手に取った。


 ――吸血鬼狩りに三度連続で失敗した。

 三回とも吸血鬼を狩りに行ったら、吸血鬼を驕る偽物を退治する羽目になった。

 特に一昨日の狩りは私自身のミスもあったから、激怒した彼にいつ嬲り殺されるか内心震えが止まらなかった。

 彼は、アルテは狂気の人だから気分一つで吸血鬼やその他の亜人を殺して回っている。特に吸血鬼狩りに掛ける執念は異常ともいえた。

 いくら吸血鬼ハンターとはいえ、私たちの上位種として存在する吸血鬼を好きこのんで毎日のように殺そうとする者はいない。

 当たり前だ。

 吸血鬼ハンターというのは、吸血鬼による悪事の被害が看過出来ないレベルになって初めて動員される職種の人々だ。

 特に問題を起こさず、もしくはそれほど暴れすぎなければ吸血鬼がハンターと殺し合うことは殆どない。

 ハンターも自分の命は惜しいから協会から依頼されたり、ギルドから命令されなければ吸血鬼狩りに積極的な訳ではない。

 なのに。

 それなのに彼は、アルテは暇さえあれば吸血鬼の情報を何処からともなく仕入れてきて、準備もそこそこに吸血鬼との殺し合いに嬉々として向かう。

 もちろん私もそれについていかなければならない。

 そして、やや盲目のきらいがある彼の代わりに吸血鬼を探し出し、彼の元へ生け贄として差し出すのだ。

 一昨日、私はその過程で大きなミスをした。

 使い魔の狼を使って獲物――吸血鬼を驕った翼人を彼の元へ追い立てていた。

 多分、三回連続で外れを引いたことに焦っていたのだと思う。

 吸血鬼を殺すことに恋い焦がれている彼を三度も裏切ってしまった。私が彼の振るう剣の錆にならないためには、せめて目の前の翼人を彼が満足する形で生け贄にしなくてはならなかった。

 だけども焦りの所為か使い魔の制御を誤った。

 生きの良いまま届けようとしていたのに、使い魔が足を食いちぎったから翼人は目に見えて弱ってしまった。

 軽い目眩を覚えながら私は丘の頂上まで獲物を追い立てた。

 丘の下ではアルテが黄金色の剣を携えて待っていた。

 あの黄金色の剣は、この世界に生きる殆どの生き物にとって毒となる太陽の力が込められた魔剣だ。

 銀色とは違い、不吉の象徴とされる黄金色の刀身が月明かりを切り裂くように光り輝いている。

 翼人はその剣を見てこれ以上の逃亡を諦めたのか、それともヤケになったのかアルテに向かって無謀な突進を繰り出した。

 私はそんな翼人のことを少しだけ哀れに思いながら、ことの成り行きを黙って見届けた。

 結果は予想通り、アルテの圧勝だった。

 魔剣で切られた翼人は傷口を焼き切られる激痛を感じているのだろう。声にならない絶叫をあげて丘を転げ落ちていった。

 私たちは太陽の下を素肌をさらして歩くことは出来ない。何故なら太陽の毒に侵されて全身が焼けてしまうから。ならば直接太陽の毒を流し込まれた翼人が今感じている苦痛は想像に尽くしがたい。

 少しでも楽にしてやろうと――幸いアルテは翼人から興味を失っていたので、とどめは私が刺してやることにした。

 毒に侵されているであろう肉を使い魔を使って引きちぎり、月明かりの清浄な魔の力の元にさらしてやる。

 恐らく死ぬ直前くらいは痛みがマシになる筈だ。

 この行為が偽善であることくらいわかっているが、何もしないまま見捨てるというのも目覚めが悪い。

 これまで何度も、何度も繰り返してきた行為に今更嫌気を覚えつつ、私はアルテの隣に立った。

「イルミ、お疲れさん」

 声の調子から彼の機嫌を伺おうとしたが、やはりというべきか失敗した。彼は殆ど感情を表に表さないので、そういったことは殆ど不可能に近い。

 けれども、今この瞬間、彼の怒りをこの身にうけるわけではないということだけ理解した。

 私はこのまま話が終わるよう、無理矢理返事を返した。

「ううん、私はただ使い魔を使って翼人を追い立てただけ。何もしていないわ」

 言って、少しばかり後悔する。

 私がアルテに返した通り、私はただ狼の使い魔を使って翼人を追いかけ回しただけだ。魔剣を振るい、狩りを成功させたのはあくまでアルテである。

 そんな当然のことを私が口にしたものだから、アルテの眉尻が少しばかり不機嫌そうに動いた。

「どうやら今回も外れ。ただの吸血鬼かぶれの翼人」

 パニックになった私はあらぬことに、とんでもないことを口にしていた。ただでさえ外れの退治依頼を掴まされて苛立っているアルテに対して追い打ちを掛けるような台詞。

 今この場で、彼の魔剣が振るわれたとしてもなんら不思議ではない。

 慌てて二匹の使い魔を陰に収納し、どうやって弁解しようか必死に考える。

 けれども妙案なんか一つも思い浮かばず、絶望にも似た時間だけが過ぎていく。

 すると、彼はこんな役立たずの私に興味を失ったのか、何も言わないまま一人で丘を下っていった。

 多分、私がこれまで殺されてこなかったのは、彼にとって私という存在がとるに足らない、足下に転がる虫けらのような存在だからだろう。

 そのような扱いに、決して喜びを感じるわけではないが、命あっての物種だ。

 私はもちろん異論なんか一言も挟めず、黙って先を行くアルテについていくだけだった。

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[気になる点] あんまり変わった設定なのはちょっと
[良い点] 清く正しい勘違い物の一品。大好きです。
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