第18話 「魔導騎士」
翌日。
トーナメント、トーナメントとは言うが、どんな競技なのかいまいち実感が湧かなかった俺はエンリカに連れられて競技会の会場に連れてこられていた。
もちろんイルミも一緒だ。
三人して街の中心部からやや外れたところにある白塗りの建造物を見上げる。
「これがトーナメントの競技会場です。ここシュトラウトランドでは最も古い建物の一つですな」
競技会場は前の世界で言うところのローマにあるコロッセオによく似ていた。あれを白塗りにして綺麗にしたようなものか。
トーナメントは観客から支払われる観戦金で運営されているらしく、ここからでも競技場へ続く観客の列を見ることが出来る。
「案ずるよりも産むが易し。では実際に観戦してみましょうか」
ぼけっ、とイルミと二人で競技場を見上げていたらエンリカが声を掛けてきた。ちょっとした気恥ずかしさを感じながら彼女について行く。
「本来ならあの長蛇の列に並ばないといけませんが、今回は聖教会の取り計らいで特別優待券を手に入れることが出来ました」
多分それはヘルドマンが気を遣ってくれたのだろう。こちらの聖教会支部にはいろいろと便宜をはかってくれているらしい。
エンリカの言う特別優待券の効力は大きく、直ぐさま長蛇の列を尻目に競技場の中に入ることが出来た。
「大きい……」
中に入ったとたんイルミが感嘆の声を上げた。エンリカもどこか誇らしそうだった。
階段状に設置された観客席に囲まれ、円形の闘技場が整備されている。広さは前の世界のドーム球場よりも一回りほど大きい。
「ここは特別観覧席なので眺めも良い。初めての観戦にはうってつけでしょう」
エンリカの台詞を聞いて周囲を見回してみると成る程。確かに俺たち以外の観客は綺麗に着飾った金持ちや貴族然とした人物が多い。
果たしてヘルドマンや聖教会はどれくらいの資金をこの観戦のためだけに使ったのか。これはますます直接礼を告げにいく必要があるだろう。
「さあ始まりますぞ。かく言う私もトーナメントの観戦など何分久しぶりなもので楽しみで仕方ありません」
わあっ、と競技場全体を歓声が揺らした。何処か興奮したようなエンリカの様子から察するに、トーナメントはここシュトラウトランドでは俺が想像している以上に人気のある競技なのだろう。
かく言う俺も会場の熱気に当てられたのかこれから目の前で繰り広げられる闘争が楽しみで仕方が無かった。
魔導人形、つまり人形と聞いていたから割とミニマムなものを想像していたら良い意味で裏切られた。
闘技場に現れたのは全長五メートル以上はありそうな重厚な黄色の甲冑だった。ただその見た目からは想像できないほど軽やかに歩を進めている。
両手に持つ剣だけでも俺の身長以上はある。
「すごいな」
「あれが平均的な魔導人形でもっと重装備化したものから軽量化したものまであります」
「どうやって動かすんだ?」
「操縦者が乗り込んで戦います。人の形を模しているので殆どは脊髄に位置する場所に乗り込みます」
成る程、どちらかというとパワードスーツと言うより乗り込み型のロボットが近いのか。
しかし本当に異世界で生きているのだと実感させられる光景だ。もといた世界ではロボットに関する研究は盛んに行われても、人が乗り込んでましてやそれを戦わせることなんて不可能だった。
これも魔の力のお陰なのか。
『月の方角より現れますはここのところ連戦連勝! この男を止めるものは現れるのか! 戦鬼の異名を持つスタン・クロスフォード!』
何かしらの魔導具を使っているのだろう。場内アナウンスの様なものが会場に木霊する。
どうやら先ほど現れた両手剣の魔導人形を操るのは戦鬼と呼ばれているらしい。人気もかなりのものなのか、観客の興奮度合いが増したように思う。
『続きまして太陽の方角より現れるは魔導人形の戦乙女! その強さは説明不要! レイチェル・クリムゾン!』
おおっ、さっきの戦鬼も人気のようだがこちらの戦乙女とやらはさらなる人気のようだ。歓声が数割増しになったことがハッキリとわかる。
確かに遠目に見ても赤い装甲を纏った魔導人形は勇ましく、それでいて洗練された機能美を感じる。
エンリカも戦乙女のファンなのか鼻息荒く見入っていた。
『では両者位置について……トーナメント開始ィィィッ!!』
カーン、とゴングの音が甲高く響き渡る。人形と呼ぶには余りにも巨大すぎる甲冑が火花を散らしてぶつかり合った。
土埃を上げて戦鬼――スタンがレイチェルに肉薄する。レイチェルはそれを流れるような動作で迎え撃った。
二本の両手剣と一本の両手剣が撃ち合い、それぞれ反動に任せて弾かれた。
「凄い……ここまで振動が届く」
イルミの呟きの通り、二つの魔導人形が切り結ぶ度に空気の振動が競技場全体を揺るがした。
グランディアの練兵場の時のように安全対策の結界は張られているのだろうが、それでもその迫力は十分に伝わってくる。
感情の読み取りが難しいアルテですらその動きに見入っているようだった。
『今日こそ俺様の足下に跪けぇぇぇぇええ!! レイチェルゥゥゥゥゥ!!』
両手剣を振るう魔導人形が加速する。レイチェルもさすがに裁ききれなくなったのか鈍い金属音と火花を散らしながら少しづつ後退していった。
それを勝機と見たスタンがさらに踏み込む。
『ぬっ!?』
しかし快撃は長くは続かなかった。
高速で振るわれていた両手剣が突如停止する。見れば二つの剣はレイチェルが操る赤い魔導人形の左腕の装甲に深く食い込んでいた。
彼女は敢えて攻撃を受け止めることによってスタンの連続攻撃を強制的に中断させたのだ。
一瞬、スタンの判断が遅れる。
下から突き上げるようにレイチェルが剣を振るった。何とか直撃は避けたものの、スタンが操る黄色い魔導人形の前面装甲が抉り取られる。
『やるなぁ! さすがは戦乙女か!』
雄叫びを上げながらスタンは両手剣を手放した。そして素手のままレイチェルに躍りかかる。殆ど残されていない頭部装甲でヘッドバッドを繰り出した。
巨大な質量と速度を持って叩き込まれたそれは自身の頭部を引き替えにレイチェルの胸部を叩きつぶした。紫電が飛び散りレイチェルの動きが明らかに鈍る。
『まだまだぁっ!』
追撃の拳が歪んだ赤い胸部装甲に叩き込まれる。エンリカの説明が正しければその奥には操縦者が座している。
スタンはそこへ衝撃を加え、操縦者に直接ダメージを与える腹づもりだった。
一発、二発、と打撃を受ける度に胸部の原型が失われていく。そして三発目。
遂に限界を迎えたのか胸部装甲は無残にも剥がれ落ち、剥き出しの配線がそこから零れ出た。
「む、不味いですな。あれは魔導人形を動かすために埋め込まれている核がある場所。あそこを潰されるとまともに動かすことが出来なくなります」
エンリカの解説によれば操縦者が直接魔導人形を全て動かしているわけではないとのこと。
例えば歩行させるにも、そこに付随するバランス制御や速度制御の殆どは予めコアに組み込まれた式によって制御されているのだとか。
いわば第二の頭脳みたいなものだった。
「ならあれだと勝負は決定的だな。装甲も失い核が剥き出しとは、一撃でも受ければ戦闘不能になる」
やや身を乗り出しながらアルテはそう評した。あの赤い魔導人形――レイチェルは既に瀕死も同然である。
しかしながらエンリカはやんわりとそれを否定した。
「ふふん、あの戦乙女の真骨頂はまだまだですぞ。アルテ殿よ」
「? どういうことだ」
「まあ、見て下され。トーナメントは単純な魔導人形の殴り合いだけではありません。操縦者の技量が大きな比重を占める競技です。そしてその技量は操縦の技術だけではない。
当人の魔の力も大きく関係しているのです」
誇らしげにエンリカが口を開いたのと同時、世界が揺れた。
また歓声が巻き起こったのか、とアルテは当たりを見回すもそうではなかった。
本当に、世界が揺れていた。
振動の発生源は戦乙女レイチェルの操る魔導人形からだった。装甲が剥がれ落ち、剥き出しの配線が痛ましい魔導人形を中心に世界が揺れていた。
「なんだ、これは」
「皆が彼女を戦乙女と称えるのはこれが理由です!」
乱れる髪を押さえながらエンリカは闘技場を、否、赤い魔導人形を指さす。
アルテはそれに釣られて視線を魔導人形に向けた。
「……あれは翼か?」
魔導人形の背部装甲が不自然に盛り上がったかと思うと、そこから赤い粒子に覆われた一対の翼のようなものが展開され始めた。
天使の羽にも似たそれはまさしくワルキューレの翼だった。
「彼女の魔導人形は太陽の時代に制作されたある特殊な機構を搭載しています! そしてそれを扱える魔の力を彼女は行使することが出来るのです!」
赤い粒子にをまき散らしながら、先ほどとは別次元の速度でレイチェルはスタンに斬りかかった。
吸血鬼の呪いによってある程度は視力強化されているアルテですら捉えることの難しい、恐らく競技場にいる観客の殆どは瞬間移動のように見える、そんな速度だった。
勝負は一瞬だ。
スタンの黄色い魔導人形はその速度についていける筈がなく、腰から下を装甲ごと両断されていた。
宙に取り残された上半身が遅れて闘技場に落下する。
『しょっ、勝者! 戦乙女、レイチェル・クリムゾン!!!!』
アナウンスが思い出したかのように叫びを上げる。
競技場の歓声が割れんばかりに赤い魔導人形に降り注いだ。アルテてとイルミは歓喜の声色を隠さないエンリカを尻目に、二人してその光景に惚けていた。
何から何まで、全てが想像以上。
そんな感想しか湧いてこなかった。
勝利の余韻も覚めやらぬ中、闘技場に一人の男が現れた。
スタン・クロフォードが登場した月の方角のゲートから現れた彼は、一見すれば初老の紳士にしか見えない。
まず最初に魔導人形の中に取り残されたままのスタンを助け出そうと、残骸に駆けつけていたスタッフがその男に気が付いた。そして闘技場に近い者から順番にその姿を見定める。
それぞれがそれぞれ皆一応に息を呑み、言葉を失った。
誰からぽつり、と呟きを零す。
「『ホワイト・レイランサー』……」
男は白いタキシードのようなものを着込んでいた。豊かな口ひげを蓄え、白髪交じりの頭髪をオールバックに撫でつけている。
何より目を引くのはタキシードを着込んでいても一目でわかる、鍛えられた肉体のシルエットだ。
「諸君」
宣誓が競技場に木霊する。誰もが言葉を失い、突如として出現したホワイト・レイランサーの言葉に耳を傾けていた。
彼は満足そうにその様子を一望すると、その鋭い眼光で観客席の一角、普段ならば特別観覧席と呼ばれる部分を睨み付けた。
いや、正確にはそこに佇む狂人を。
「とある知人から話を聞いた。黒の愚者である『ブラック・ウィドウ』を手玉に取り、青の愚者である『ブルー・ブリザード』を殺した狂人がこのシュトラウトランドに来ていると。
……あまつさえ、この私を倒し太陽の時代の核を手に入れるつもりだそうだ」
競技場の全ての視線がその狂人に注がれる。
狂人は物怖じすること無く、上から白の愚者、ホワイト・レイランサーを見下ろしていた。
「ふん、面白い! ならば私は貴様の挑戦を受けて立とう! 狂人が何を考えているのかはしらん! だが私をその剣の錆にしたいのならば相応の覚悟を持ってここに来い! その時を楽しみにしているぞ!」
おおおっ、と競技場がどよめいた。
皆が皆、白の愚者と狂人を見比べ二人の間の因縁を邪推する。
唯一例外だったのは憮然とした様子でアルテと共にホワイト・レイランサーを見下ろすイルミと、そばでがたがたと震えるエンリカだけだった。




