第17話 「トーナメントだよだよっ」
嫌な予感はしていた。
イルミは一気に下がった室温を感じて身震いする。
思えば自分が黄金の弾丸を撃ち出す魔導具を薦めたのが失敗だったのかもしれない。
呪われた黄金剣で吸血鬼をいたぶりながら殺すのがアルテのスタイルだ。それを否定するような魔導具を薦めてしまった時から彼の機嫌は良くなかった。
そこにきて義手が作れないという少女の告白。
アルテの心情を想像するのが何よりも恐ろしい。
「あ、あの……もともと祖父は体調が優れなく……けれどもヘルドマン様からの依頼だから、と無理を押して、け、けれども完成まで間に合わなくて……」
アルテからの圧力を感じたのか、青い顔をしたエンリカがしどろもどろに続ける。
だが彼女に言ってやりたい。それは逆効果である、と。
エンリカも自身の言い訳が意味の無いことを悟ったのか諦めたようにうなだれた。
「申し訳ありません。こうなったら私が腹を切るのでどうか他の職人たちの命だけは!」
そう叫びながらエンリカは何処から取り出したのか小刀で自分の腹を突こうとした。
傍らにいた――私とアルテをここまで案内した男が慌てて止めに掛かる。
「止めて下さい親方! そもそも先代の技量を再現できない我々が悪いのです! 親方が気を病む必要はありません!」
「お前たちを守るためには、こうするしか!」
「ですがまだ完成しないと決まったわけではありません!」
「駄目だ! あんな非現実的なプランが上手くいくわけ無いだろう!」
ドタバタと騒がしい二人を見てイルミは焦った。まずい、このままでは二人ともアルテに切り捨てられかねない、と。
グランディアで彼が過去にしでかしたことは彼女もクリスから聞かされていた。彼は自身の目的達成のためには他人に容赦しない性格だ。
その証拠にヘルドマンとの模擬試験では彼女を太陽の毒で焼き殺そうとしたのだ。
「ですが可能性はゼロではありません! そりゃあ白の愚者を倒せば義手が完成するなんて夢物語みたいなものですが!」
「おい」
それまで口を開かなかったアルテから初めて声が漏れた。ぴたり、と部屋の中の空気が凍り付く。
小刀を取り合っていたエンリカと男がひどく怯えた様子でアルテを見る。
「いま、白の愚者と言ったな?」
そのときのアルテの表情をイルミはこっそり盗み見た。
そして自分の予想とそう違えなかったことを知る。
白の愚者。
その言葉を聞いたアルテの表情は間違いなく歓喜に彩られていた。
ひっ、とエンリカと男。
どちらともなく小さな悲鳴を上げた。
「ヘルドマン殿から依頼されていた義手は使用者の思考を読み取り自立稼働するインテリジェンス式の義手です。祖父はそれの第一人者で非常に腕の立つ職人でした。
実際アルテ様に贈る義手もほぼ九割方完成しておりました」
事務室でのエンリカ切腹騒動のあと、ようやっと落ち着いた彼女は俺とイルミの前に木箱を一つ持ってきた。
中には鋼で出来ているのか、灰色に鈍く輝く義手らしきものが納められている。
確かに見たところ、完成品にしか見えない。
しかしあれだ。エンリカたちの怯えようは半端じゃなかった。
確かに七色の愚者の一柱であるヘルドマンからの依頼を反故にしようとしていたのだ。俺も同じ立場だったのならとっとと荷物をまとめて逃げ出していたかもしれない。
あれで彼女、なかなか恐ろしい女なのだ。
「しかしながら残りの一割が問題だったのです。実はこの義手、まだ核が納められておりませぬ」
ふむ、コアと言われても何のことかさっぱりだ。
だからエンリカの説明を黙って聞く。
「核というのはインテリジェンス式の魔導具には必ず必要な魂のようなもの。それら魔導具は自分である程度思考する力を持ち、使用者を手助けします。
つまりこの義手は側だけつくられた、魂のない人間のようなものですな」
成る程。つまりは可動部分は完成しているもののそれを動かすためのプログラムやプロセッサが組み込まれていない状態が目の前の義手の現状なのだ。
エンリカの口ぶりから察するにそれらを作り上げられるのは彼女の祖父だけだったのか。
「もちろん並のインテリジェンス式の義手ならば我々でも制作可能です。しかしこれはヘルドマン殿から依頼された特注品。さまざまな機構や思考を組み込んだ結果、相当に高度な核でなければまともに動かすことが不可能なのです」
「ならその事実と白の愚者はどう関係しているの?」
イルミが鋭い質問を発する。
口下手な俺に変わってこういうときの彼女はとても頼もしい。エンリカは少しばかり逡巡したあと、こう答えた。
「アルテ殿はトーナメントについてご存じか?」
トーナメント、はて何処かで聞いた覚えが……。
ああ、そうか。
昼間に食事を奢ったあの女から聞かされたシュトラウトランドで盛んな競技のことだった。
「トーナメントというのは魔導騎士を用いた競技会のことです。さまざまな種目がありますが今回重要なのはその中でも花形とされる剣闘士部門ですな」
黙り込んだままの俺を見て、トーナメントについて知らないと思ったのか、エンリカは丁寧に説明を続けた。
「魔導騎士というのは魔の力を使って動かす大きな騎士の人形です。まあ人形といっても戦争で使われることもある立派なものでここシュトラウトランドでも専門の兵科があるくらいです。
で、この騎士同士を戦わせるのが剣闘士部門とされています。
ここまで説明すればすでにお察しかもしれませんが、白の愚者はこのトーナメント、剣闘士部門でトップランカーを走っているのですよ」
ふうっ、と一息ついたエンリカがいつの間にか用意されていた茶を啜る。
紅茶とは違う、不思議な味のする茶だった。
「昔からここ、シュトラウトランドに居を構える白の愚者、通称「ホワイト・レイランサー」はその圧倒的な強さと技量で他の魔導騎士を叩き潰してきました。
その所為か、彼に挑戦する者は殆ど現れず随分と退屈するようになったのです。
そこで彼は一計を案じた」
「一計?」
疑問を口にしたイルミに向き直りながらエンリカはさらに続けた。
「そう一計です。彼は何処から持ってきたのか我々の技術では到底作り得ないような、太陽の時代に制作されたといわれるインテリジェンス式の魔導具の核を持ってきたのです。
そしてここシュトラウトランド全域に向けて宣言しました。
『我を打ち倒し者にそれを与える』と。
上手い手ですな。シュトラウトランドは魔導具の研究制作に心血を注ぐ者が非常に多い国。我々のような技術者からすればその核は喉から手が出るほど欲しい一品です。
ですから全国の技術者は腕利きの魔導騎士使いを雇い白の愚者に挑戦させた。まあ、結果は推して知るべし、ですが……」
「成る程。ならばその核を手に入れることが出来ればアルテの義手は完成する」
「その通りですイルミ殿。しかしながら相手が悪すぎます。彼は歴戦の古強者。挑戦者はそれから後を絶ちませんでしたが未だに勝利者は現れません。
それどころか再起不能になる者まで出る始末。ですからここは私の命に免じて他の職人たちをお許し下さい。祖父の不始末は私が付けます」
深々と頭を下げるエンリカがどことなく可愛そうになってきた。これはあれか、折角ヘルドマンと通信できる魔導具を持っているのだからどうにかエンリカたちを許すようにヘルドマンに口添えしてみるか。
その旨を伝えようと俺が口を開いた瞬間、横からイルミが出てきてそれを遮った。そしてあろう事かこんなことを口走った。
「問題ない。アルテは既に黒の愚者と青の愚者を下している。なら、そこに白の愚者を加えるまで」
あれ、イルミさん。
確かに白の愚者と戦いたいと思わなくはないけど、少しばかり性急すぎませんかね?
それにトーナメントとか完全に畑違いなんですがそれは。
一度宿に戻って計画を煮詰めてくると宣言し、アルテとイルミの二人は工房を後にした。
残されたエンリカと職人の男は二人して安堵のため息をつく。
「あれが『狂人アルテ』、か。凄まじい圧力だ」
「ヘルドマン様からの依頼に書かれていた通りの人物です。私なんかいつ真っ二つにされるのか気が気じゃありませんでした。実際彼はグランディアで吸血鬼討伐のため領主の子飼いの騎竜を何匹か切り捨てているようですし」
顔中に吹いた脂汗を袖で拭う男の弁にエンリカは全面的に同意した。
「それに奴隷として連れているというイルミという少女。彼女の魔の力の保有量も化け物並みだな。質はともかく量ならば愚者に近いものがあるかもしれない。それをあんな風に連れ回すとは狂人の思考は読み切れぬ」
「取りあえずは首の皮一枚繋がったと喜ぶべきでしょうね。しかしまさか、白の愚者と戦うことにあそこまで乗り気だとは」
白の愚者「ホワイト・レイランサー」はここシュトラウトランドに於いて完全に畏怖と崇拝の対象だ。単純な愚者としての恐怖に加え、卓越した魔導騎士の技量を持つ者に対する敬意も抱かせるカリスマ的存在。
そんな神に等しい一柱を倒せ、と告げられて喜び勇むのは――、
「余程の大馬鹿者か、もしくは狂人か。あのヘルドマン殿が高く評価するだけはある。お爺さまも老骨に鞭打ってここまで作り上げた甲斐はあったのだな」
机の上に鎮座する義手は言うなれば遺品のようなものだ。
未完成のまま逝ってしまった祖父に少しばかりの恨みを抱いたこともあったが、今では全く別の感情がエンリカを支配していた。
「もしかしたらあの狂人が白の愚者を下すことをお爺さまも期待していたのかもしれんな」
その日の明け方、イルミも休み始めた頃。俺は宿の一室でヘルドマンに貰った指輪に話しかけていた。
ちなみに食事を奢った女から貰った指輪は左手の中指に嵌めている。
「というわけで白の愚者と争うことになりそうだ。そいつについて何か知っていることはないか」
「あらあら、まさかそんなことになっているとは。エンリカには今度見舞いの品でも贈らないといけませんね」
見舞い(お礼参り)とかにならないといいけどな。
工房の職人たちに畏れられていることをヘルドマンは知っているのだろうか。
「我々七色の愚者はそれぞれ大して交流があるわけではありませんが、それでもそこらの一般人よりかはそれぞれの素性を知っていますわ。過去に一度だけ、愚者全員が顔を合わせたこともありますし」
「ほう、それは頼もしい」
この身に刻まれた呪いが恨めしい。そこは是非とも教えて下さいお願いします、だろうが。
だが案外懐の広いヘルドマンはとくに気に咎めることなく答えてくれた。
「彼、白の愚者「ホワイト・レイランサー」はまさに武人、といった人物でしょうか。礼節を重んじ闘争を好みます。シュトラウトランドで盛んなトーナメントは彼の気質にぴったりですね。
で、彼の能力ですが私やブルーブリザードのように分かりやすい事象変化は持ち合わせていません」
それはつまりあれか、ヘルドマンのように影を操る能力、ブルーブリザードのような冷気を操る能力は持ち合わせていないと。
「はい。その代わり可視化した白い魔の力を身に纏い、身体強化を行うことが得意です。単純な肉弾戦だけならあのスカーレットナイトとやり合うことも出来たとか。まあ、あの女はそれ以外がいろいろと規格外なので白の愚者が勝利することは億が一にもありませんが」
随分とスカーレットナイトのことを嫌いますね。
まあ過去に争って痛めつけられたらしいから、当然と言えば当然か。
「ちなみに階層は第四階層に位置づけられています。私の一つ下ですね」
「なら全盛期のヘルドマンとはどちらが強いんだ?」
シンプルな疑問としてぶつけてみた。今の彼女は十分の一に力を制限されているらしいが、全盛期のヘルドマンなら「ホワイト・レイランサー」とどれだけ戦えるのだろうか。
答えは即答だった。
「二秒で殺して見せますよ。過去の栄光の話になりますけど、正直全盛期の私を止められたのは忌々しいことにあのスカーレットナイトだけです」
何とも勇ましいことだ。
いや、けれどもヘルドマンのそれは誇張でもなんでもなくそうなんだろう。実際戦ったからこそわかる。
あの効果範囲と演算能力。その全てが今の十倍だったとすればこの世界に於ける最強の一角だったに違いない。
「話はわかりました。あなたがトーナメントに参戦できるよういろいろとこちらで準備しましょう。恐らくそちらの聖教会の支部には魔導騎士の素体も収蔵されているでしょうから、それを『ドワーフの穴』であなた専用に調整させます」
「何から何まで助かる」
本当、グランディアに滞在してからヘルドマンには世話になりっぱなしだ。
この義手の制作が上手くいったら一度訪ねて直接礼を言わなければならないだろう。
「ではまた何かございましたら連絡を下さいな。あなたに月の恩寵があらんことを」
通信が切れ、イルミの微かな寝息が耳に届いてくる。
外をちらりと見やれば朝日が昇ろうとしていた。
そういえば。
昼間に会った女のことをヘルドマンに話すことを忘れていた。
まあ、大したことでもないので別段急ぐ必要はないのだが。




