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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第二章 白の愚者編
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第16話 「胸部強化月間」

 本当に、ここ数ヶ月は怒濤の日々だった。

 アルテが陽光の下に消えていった後、イルミは聖教会から紹介された宿の一室でくつろいでいた。

 備え付けのポットからお茶を注いでそこから沸き立つ湯気をぼんやり眺める。


「ほんとうに、殺したんだ」


 狂人アルテの実力を侮ったことなど一度も無い。前ほどではないにしろ、今でも彼の気まぐれで私なんかは呆気なく殺されるだろう。

 ここ「シュトラウトランド」に来る道中でも、彼は片腕だけで二人の吸血鬼もどきを狩ってみせた。

 それだけで彼の強さは嫌と言うほど見せつけられた。

 ただ――、最強と称される七色の愚者を下してしまうまでとは思わなかった。

「ブラック・ウィドウ」、黒の愚者、もしくは影の愚者と恐れられるヘルドマンが聖教会の幹部になっていることには大層驚いた。だがそんなことは些細な問題だ。

 たとえ力が減衰していても彼女の行使する魔の力は非常に強力で、並の吸血鬼ハンターであれば数秒で殺されてしまう。

 それをアルテは奇策を用いたものの、彼女を手玉にとってみせた。

「ブルーブリザード」、青の愚者、氷の愚者も片手を犠牲にするだけで討ち取ってみせた。

 死体は確認されていないが、アルテの証言とその後の調査で、少なくとも長期間の活動停止に追い込まれたことは明らかだった。

 神に等しい吸血鬼が、それも二人。


 アルテの剣の下に敗れたのだ。


「くふふ、」

 

 その事実を改めて確認したとき、背筋を駆け巡ったのは薄暗い快感だった。

 自分に首輪を付けて連れ回す主人が誇らしくて仕方ない。

 人々から畏れられ、敬われる吸血鬼を討ち取るだけの実力を持つ男に、生殺与奪権を預けていることが気持ちよくて頭が狂いそうだった。

 変な笑みが止まらない。

 人々が忌避する陽光の下で何事もないように出掛けて行ったアルテが怖くて怖くて愛おしい。


「くふふふふふ」


 イルミの、彼女のその恍惚とした表情は外歩きから帰ってきたアルテと鉢合わせするまで続けられた。




 こちらを呆れたように見つめ続けるイルミの視線から逃れたくて、一人で町歩きをすることにした。

 この世界の主たる住人である月の民は太陽の光が苦手だ。だからこそ昼間に出歩く人は珍しい。言うなれば雨の日に傘も差さずに外を歩くようなものか。

 まあ、魔の力とか、月の民とかそういった概念のないもとの世界から来た俺は、太陽の光なんて眩しい暖かいくらいの感想しか抱かないのでその例えは少しばかりずれているかもしれない。


「しかしあれだな。随分と白い街だな」


 魔導具の研究で有名な国、ここ「シュトラウトランド」は街ゆく建物の多くが白塗りの壁に覆われていた。灰色の城壁で溢れていた「グランディア」とは全く違う雰囲気で中々面白い。

「グランディア」は古城を中心に街が広がっていたが、「シュトラウトランド」のランドマークは何なのだろうか。

 白塗りの壁で挟まれた大通りをふらふらと歩きながら、俺はそんなことを考えていた。

 と、そのとき。

 背後から突然服の裾を捕まれた。反射的に右手で剣の柄に触れようとするが、残念ながらそれはかなわない。

 文字通り「無い袖は振れない」のだ。

 ただ悪意とか殺意とか、そういった負の感情は感じなかったので恐る恐る服の裾を掴んできた人物に振り返る。


「もし、そこの剣士さん。少しばかりよろしいですか」


 振り返った先にいたのは女だった。薄手のフードを被り、髪の毛は恐らく銀色か。真紅色の瞳がこちらを映している。

 どことなくイルミと似たカラーリングだな、と感想を抱いていたら女は続けた。


「実は路銀が底をついてしまって困り果てているのです。ほんのちょっとでいいのでご飯を食べさせてくれませんか。お礼は必ずいたします」


 不思議な女だった。物乞いをされているはずなのに、嫌悪感が全く都良いほど湧いてこない。むしろ同情心が膨れあがってきて今すぐにでも何かを食べさてやりたくなった。

 やっぱりあれか。美人だからか。


「ああ、まあ構わないが」


「ありがとうございます!」


 特に意識もせずに口から零れた言葉に女は喜んだ。ついでにこちらに抱きついてきた。

 どうやらここ数ヶ月は女性の豊かな胸部に恵まれている期間らしかった。




「へえ、剣士さんもこの間までグランディアにいらっしゃたのですね。奇遇です。私も旧知の友を頼ってそこにいたのですよ。まあ、友の機嫌が優れなかったのか門前払いされてしまいましたけど」


 女はよく飲みよく食べた。

 昼間でも営業している宿の食堂を探し当て、主人に結構な割高料金を掴ませて食事を用意させた。


「気分次第で門前払い?」


「まあ、私は彼女に昔非道いことをしてしまったので……。たまには会ってくれるのですが殆どは無駄骨ですね」


 魔の力が含まれているという血を少量垂らしたワインを女は傾ける。俺はどうにもそういった食文化は苦手なので普通のエールを手にしていた。

 聞けばふらふらと各地を放浪しているこの女。

 友を頼ってグランディアに訪れたのは良いが、会うまでもなく追い返されたらしい。

 果たしてそれは友人と言えるのだろうか。


「おまけに路銀目当てにシュトラウトランドに来てみても食い扶持を得ることは出来ず踏んだり蹴ったりでした」


「食い扶持というのは、ここでなにか仕事でも探しに来たのか」


「あら、ご存じないのですか。剣士さんならみんな知っていると思ったのですが。トーナメントですよ。トーナメント。その賞金を目当てにここを尋ねてきたのです」


 それから食事の礼のつもりか、それともただただ話題の一環なのか女は饒舌に語った。


「ここシュトラウトランドでは魔導騎士を使ったトーナメントが盛んで、上手くいけば莫大な賞金を稼ぐことが出来るんですよ。各地からそれに参加するために吸血鬼ハンターの人や傭兵が訪ねてくるそうですが、どうやら剣士さんは違うみたいですね」


「俺はこの腕に合う義手を探しに来たんだ」


 そう言って、肘から上がなくなった右腕を女に見せてみる。案外こういったものは見慣れているのか、女は特に声を上げることもなく目線をそちらにやった。


「あらあら、大変ですね。でもどうしてこんな?」


 ここにきて初めて返答に詰まる。さすがに七色の愚者の一柱を討ち取ろうとして腕を切断しました、とは言えなかった。

 ヘルドマンからも出来る限り吹聴しないように釘を刺されているので何とか誤魔化そうとする。

 だがその不安は杞憂と終わった。


「いえ、不躾なことを聞きましたね。折角ご飯まで食べさせて貰っているのに気分を害するようなことを申し訳ございません。」


 どう答えるべきか考えあぐねていたら女の方が勝手に引き下がった。これはこれで好都合なので何も言わずに黙っておく。


「さて、お礼というわけではございませんが、私にはここの食事代を支払うだけのお金がありません。ですから料金代わりにこれをお渡ししておきます」

 

 ごそごそと懐を漁った女が取り出したのは真紅色の指輪だった。宝石も何もない、飾りっ気皆無の指輪だが決して安物ではない、そこそこ値段の張りそうな品物だ。

 少なくともここの食事代など取るに足らないような、そんな一品だ。


「私があなたに今日の食事代をお返しするだけの余裕が出来たら、この指輪を受け取りに行きます。それまでは預かっておいてくださいな」


 テーブルの上にこつん、と指輪が置かれる。そしてそのまま席を立った彼女は次のようなことを言ってこの場から去って行った。


「あ、まだ名乗っていませんでしたね。私、アリアダストリス・A・ファンタジスタと申します。ではまた何れ。狂人アルテさん」


 何から何まで突然な女に、俺は言葉を失う。

 もともと饒舌ではないにしろ、今回ばかりはどうしようもなかった。




 あれからなにやら恍惚とした表情で紅茶の入ったカップを眺めるイルミを見つけたりして、いろいろとあったものの、別段大きなトラブルもなく一日が過ぎていった。

 シュトラウトランドに来て二日目の深夜。もとの世界でいうところのおよそ昼頃。

 ヘルドマンから貰った紹介状を片手に、俺は魔導義手の制作をしているという技師の工房を訪れていた。

 表通りには制作した魔導具を販売する店が顔を覗かせ、その裏にどうやら工房があるらしい。

 店番をしていた男に紹介状を見せると、聖教会の時と同じように、彼は裏の方へすっ飛んでいった。

 男が帰ってくるまで手持ち無沙汰なので、イルミと二人で店頭に置いてある魔導具をのんびりと物色することにした。


「これどう?」


 イルミが見せてきたのは前の世界でいうところのマスケット銃のようなものだった。一緒に置かれていた説明書きを読むと、どうやら黄金の弾頭をもつ銃弾を撃ち出す魔導具らしい。

 吸血鬼用の武器としては銀の弾丸が有名だが、相変わらずこちらの世界では金がその役目だ。

 効果は如何ほどのものかは知らないが。


「いや、こんなものを使うくらいなら剣が良い」


 説明書きに記載されていた値段にびびりながらそれっぽいことを言ってみる。

 いや、だってこんなの買ったら一回の依頼料が吹っ飛びますぜ、イルミちゃん。

 まあ、正直に高すぎて買えません、と答えようものならその場でこの少女に見切りを付けられそうなので誤魔化しておく。


「そう」


 別段残念そうでもなんでもなく、興味を失ったかのようにイルミは他の魔道具へ視線を彷徨わせる。

 昨日見た恍惚顔が嘘のような無表情ぶりが怖い。もしかして機嫌を損ねていないだろうな。

 ただイルミの提案自体は参考になった。片腕となり、義手の性能もハッキリしていない現状では飛び道具の採用も考えなければいけない。

 さすがに余り高価なものは買えないが、クロスボウや弓矢くらいは考慮する必要があるだろう。

 そんなことをつらつらと妄想していたら先ほどの男が戻ってきた。


「アルテ様とイルミ様ですね。紹介状を拝見しました。うちの親方が是非面会したいと申しておりますのでこちらへどうぞ」


 若干息を切らせた男に二人してついて行く。

 表の店の数倍はあるかという敷地の中、十数人の職人と思われる男女がそれぞれ魔導具の制作にいそしんでいた。

 その中には先ほどのマスケット銃のようなものから不思議な形状をした剣まで興味深いものが沢山あった。

 普段は寡黙なイルミも物珍しいのか、きょろきょろとあたりを見回しながら俺と男についてくる。


「ヘルドマン様には私どもも随分とお世話になっているので、その客人であるアルテ様たちにここを訪ねて頂いたこと、非常に嬉しく存じ上げます。彼女にはつい先日、指輪型の魔導具の制作も依頼されまして、皆で張り切ったものですよ」


 声色明るく告げる男を見て、改めてヘルドマンの影響力を認識する。

 確かに七色の愚者の一人である彼女に魔導具の制作を依頼されるのは名誉あることなんだろう。

 というか、俺が貰った指輪はもしかしてここで作られたのか。


「親方、二人をお連れしました」


 連れて来られたのは工房の一角にある事務室のようなところだった。

 中に通されるとそこにはカーキ色の作業着を着込んだ少女が一人腰掛けていた。


「おおっ、遠路はるばるようこそシュトラウトランドへ。私がここ魔導具製作所『ドワーフの穴』の工房長のエンリカです」


 俺たちの姿を認めるや否や少女は椅子から立ち上がり、こちらに手を差し出してきた。

 イルミと同じような風貌の少女に一瞬戸惑うが、そのままでいるのも無礼だと思いその手を握り返す。


「さて、早速ですがアルテ殿。我が『ドワーフの穴』を代表して謝罪しなければなりませぬ」


 歓迎ムードから一転、神妙な面持ちで少女、エンリカはこちらを見た。


「あなたの義手を制作していた祖父が一週間ほど前、老衰で逝きました。よって義手の制作が不可能になってしまったのです。どうか平にご容赦を」


 え?


 なんですと?

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