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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第14話 「閑話休題。エンゲージリング=人生の墓場」

 目が覚めたら近くには誰もいなかった。

 見覚えのある風景だ。おそらく城塞都市グランディアの古城に備えられた、暫くの間イルミと二人で暮らしていた塔の一室だろう。

 傍らにはまるで爆弾を扱うかのように厳重に封を施された黄金剣が立てかけられていた。どうやらイルミかクリスのどちらかが回収しておいてくれたらしい。

 魔の力が込められた布でぐるぐる巻きにされ、挙げ句の果てには鎖帷子で締め上げられたそれをもとの状態に戻すには随分と労力が必要そうだった。

 ――いくら金色が嫌いだからってやりすぎではないのだろうか。

 よっこいせ、とベッドから立ち上がって伸びを一つ。

 ふさがった傷が少しばかり痛む。そして右半身が微妙に軽いことを思い出した。

「あー、」

 忘れていたわけではないが思い出したくもなかった変化。

 左腕で右腕を掻き抱いても、もうそこには何もない。

 ブルーブリザードの視線を、意識を反らすために切断した右腕は、当たり前だが消失したままだった。

 いつのまにか着せられていた貫頭衣の袖をまくり上げてそっと様子を確認してみる。縫合されたのかハンター特有の回復力のお陰かは知らないが、包帯に巻かれた傷口からは出血がない。

 言い様のない虚無感の所為で、折角起き上がれたというのに再びベッドに倒れ込んだ。

「くそっ」

 虚無感はそれほど長続きはしなかった。その代わりに今度は自分に対する苛立ちが湧いてきた。

 敵を過小評価し、戦力を見誤った結果がこれだ。

 当然の報いであり、命あっただけでも儲けものであることは理解できるのだが、やはり納得が出来ない部分もある。

「馬鹿じゃないのか」

 一言そう呟いたらまだまだ疲労は蓄積していたのか、泥のような眠気が襲いかかってきた。

 特に今しなければならないこともない。

 一眠りすれば少しは落ち着くだろう。

 そんな淡い期待に身を委ねながら、心地の良い意識のまどろみを迎えた。


 そういえば、いつ、どうやって、ここに運ばれたのだろうか。



 


「おや、どうやら一度起き上がって再び眠ったらしいな」

 

 アルテが横になって数分ほど、換えの包帯と食事を手にしたクリスが部屋を訪れていた。隣には様々な雑貨洋品を胸元に抱えたイルミもいる。

 倒れ込むようにベッドにうつぶせになっているアルテを見てクリスは苦笑を一つ。


「しかし右腕が無くなっているというのに随分と落ち着いているものだな」

「アルテは多分、ブルーブリザードを仕留めきれなかったことの方を後悔している」


 ぴしゃり、と言い放つイルミに気圧されるように、クリスはアルテの元に歩いて行く彼女に道を譲った。

 イルミはアルテの枕元に腰掛けると、そのまま彼の黒い髪を撫でつける。


「あのあと聖教会の方で氷の館の捜索隊を組織したんだが、人っ子一人見つからなかったよ。回収できたのは黄金剣とアルテの右腕の残骸だけだ。

 どちらも太陽の毒の汚染が酷すぎて持ち帰るのに難儀したらしいがね」


 部屋に備え付けられていた簡易テーブルに包帯と食事を置いてクリスは続ける。


「ブルーブリザードの死体も、転移式を使う少女も見つかっていない。まあ、屋敷の様子から少なくとも再起不能な程にはダメージを受けたようだが。

 今はヘルドマン様が今回の討伐依頼の成否についてその他の幹部と審議しておられる。

 期待はしてもいいんじゃないか。

 たとえ殺しきれなかったとしてもアルテのやったことは偉業に違いない。なんたって神の一角を追い詰めたのだからな」


 ただ、と少しばかり言葉を詰まらせながらクリスはアルテの右腕を取った。


「この腕をどうするか、だな。正直ハンターとしてはかなりの致命傷だ。とくに魔の力の扱いに秀でているわけでもない純粋な剣士であるアルテなら尚更に。

 魔の力を使った義手がないことはないのだが」

「アルテは魔の力を使うことが苦手どころか、全く使えない。全て太陽の毒に置き換えられている」

「ならば諦めるしかないのか……」


 重苦しい雰囲気が部屋を支配する。たとえアルテがそのような素振りを見せていなくとも、隻腕になってしまったという事実は二人の表情を曇らせた。

 どれくらいそうしていたのだろうか。

 イルミはアルテの髪を撫で続け、クリスは壁により掛かりながらその様子を静かに見守っていた。

 静寂を破ったのはドアの開閉音。


「あら、皆さんお揃いで丁度よろしいことです。審議の結果が出ましたわ。それと……出来ればそこで休んでいる御仁も起こして下さいな」


 品の良い笑みを称えた女が顔を覗かせた。

 壁により掛かっていたクリスは慌てて姿勢を正し、イルミはそのまま視線だけを投げかけた。

 ユーリッヒ・ヘルドマン。

 七色の愚者 第三階層「ブラックウィドウ」でもある彼女の登場だった。





 次に目が覚めたと思ったら人が一気に三人増えていた。三人が三人、ベッドから起き上がった俺を取り囲むようにこちらを見下ろしている。

 イルミとクリス、そしてヘルドマンだ。


「まずは無事の帰還、心よりお喜び申し上げますわ。吸血鬼ハンター、アルテよ」


 丁度正面に陣取っていたヘルドマンが頭を下げた。それに併せてこちらから見て左側にたっていたクリスも礼をする。


「では早速本題へ。――結論から申しますと、聖教会の方で実施した調査の結果ブルーブリザードの死亡は確認できませんでした」


 正直やはりか、としか感想は思いつかなかった。

 止めを指す直前、ティアナとかいう少女がブルーブリザードを連れて何処かに転移してしまった。彼女の存在を失念していたこと、そもそも完全に殺しきる実力が不足していたのだから、完全な自業自得である。

 つまり討伐依頼は完遂できずほぼ失敗だ。

 違約金の話などはマクラミンと一切交わしていないが、実際のところかなりの額を覚悟せねばなるまい。

 それだけ責任重大な依頼だったのだ。

 だが俺のそんな悲惨な内心は良い意味で裏切られることとなった。


「しかしながら現場に残されていた血痕や状況を鑑みるにブルーブリザードの活動は暫くの間困難になるでしょう。

 よって、討伐依頼は完全成功とは言えませんが、部分成功であると聖教会は判断しました。これが報奨額です。お受け取りを」


 ひらり、と羊皮紙を一枚手渡される。依頼任務を終えた後に必ず発行される報奨や状況報告を兼ねた書類のような物だ。

 ふとその書面に目を通したら、思わず心臓が飛び出しそうになった。


「…………」


 驚きの余り声一つ出て来ない。

 この世界でのパンの販売価格が大体、銅貨二枚前後。

 もといた世界なら百円しないくらいか。

 ということはつまり、パンがうん百万購入できるだけの金額だから……


 す、すうおくえん。


 え、うそ。なにこれ?

 もしかしてどっきり?

 それともわるい夢でも見ているのだろうか。


 書面に記載されていた額は普通に生きていればこの世界で人生を三度ほど繰り返すことの出来るものだった。

 もちろん吸血鬼退治でこんな額面を提示されたことは一度も無い。精々高額依頼で百万円程度だった。それが一気に数億円。

 破格を通り越して天文学的な数字である。下手をすればこのグランディアそのものの財政が傾きかねなかった。


「もちろん現物で全てを用意することは出来ませんから、聖教会から恒久的に賃金を支給することで報奨とさせて頂きます。

 他にも大概の要望は受け入れる体勢を整えました。優先的に討伐依頼をあなたに回すことやそれに伴う消耗品の補充、人員の手配なども恒久的に利用できます。

 ようするにそこに記載されている額面分、聖教会を使い倒して頂くことが出来る権利を得るということです。

 ……お望みとあらば、私自身もお好きにどうぞ」


 にやり、と笑うヘルドマンを直視することが出来ない。助けを求めるようにイルミの方を見やれば、彼女も目を見開いて固まっていた。

 クリスが何か文句を唱えるか、と期待してみるが彼女はヘルドマンの決定に異論無いのか済ました表情で突っ立ったままだ。


「というわけで早速今回の討伐で受けた傷の治療費は全て聖教会が負担しますわ。もちろん失われた右腕に関しても」


 ヘルドマンに指さされて、再び腕を無くしてしまったという事実を思い出してしまった。

 呪いの所為で感情が表に出ないことが幸いしている。もしもそういった回路が正常に作動していたのなら泣き喚いて落ち込んでいたかもしれない。

 なんとか平静を保ってヘルドマンの言葉を待つ。


「まずは義手の作成ですね。残念ながらグランディアには専門の技師がいません。だから一度魔導具の国「シュトラウトランド」に向かうか魔導教学院「エンディミオン」に出発して下さい。

 こちらから子細は手配しましょう」

「お言葉ですが――」


 ヘルドマンの提案を遮るようにクリスが声を上げた。彼女は俺の右腕をちら、と見やるとそのままヘルドマンに告げた。


「アルテは魔の力の行使が出来ません。ですから可動式の義手はほぼ使えないと見て良いでしょう」


 可動式の義手?

 これはあれか、現実世界でも研究されていた脳からの信号をキャッチして思い通りに動かすことの出来る義手のことだろうか。

 成る程、確かに魔の力を使った魔導具が一部の国で研究されているのなら、そういったものも存在するのかもしれない。

 だからこそ、魔の力を持たない異世界人の俺は使いこなすことが出来ないのか。

 なんだか持ち上げられて落とされた気分である。

 

 しかしヘルドマンは俺の落胆の先、クリスの懸念の先にいた。

 ますます笑みを深くした彼女は、俺の残された右肩から肘までを取って口を開いた。


「誰が通常の可動式の義手と告げました? 私がアルテに必要だと進言するのはそんな玩具ではありません。

 大体、ただの義手を作るのに先ほど上げた大国まで向かう必要がありませんわ。グランディアにたまたま技師が存在しないだけで、すこし大きな都市に行けば事足ります。

 アルテが吸血鬼ハンターとしての戦力を失わない唯一の方法。それはインテリジェンス式の魔導義手です」

「インテリジェンス?」

「そう、自立思考をもった高度な魔導具です。シュトラウトランドやエンディミオンで一部の技師が制作していると言われています。

 クリスも一度インテリジェンス式の魔導人形を見たことがあるでしょう? あれを義手に応用した物です」


 自立思考。ということはAIのようなものか。

 それならば俺が義手を動かさなくても、俺の考えさえ読んでくれれば擬似的な可動式義手を得ることが出来る。

 やっと見えてきた希望に俺は心躍った。


「どのみちこちらから制作依頼を出すのにしばらく時間が掛かりますし、アルテの傷も完全に癒えたわけではありません。

 細かなことはまた後日話しましょうか」


 ぱんぱん、と手を叩いたヘルドマンに連れられてクリスはさっさと退出して行ってしまった。

 最初から長話するつもりはなかったのか、随分とあっさりとしたものである。もしかしたら俺の容態のことも気を遣ってくれたのかもしれない。

 相変わらず割と無口なイルミとともに二人部屋に取り残される。

 取りあえずは三人の内誰かが持ってきてくれた食事を口にして再び身体を休めることにした。

 案外隻腕になってしまったのも、この世界ならばそれほど深刻なことではないのかもしれない。




 食事を終えてしばらく。

 外が夜とのことで、定期検診に来ていた医者に外出許可を貰った。

 とは言っても、街の方は領主からの追放命令の所為で出歩けないので、聖教会の敷地内だけである。

 ぶっちゃけもともと異世界人の俺は太陽の光など関係ないので、日中で歩いても問題はないのだが、さすがにそれの許可が下りることはないだろう。

 月の民は長時間太陽の下で活動することをかなり嫌がるので、当然と言えば当然かもしれない。


「しかしさすがに暇だな」


 聖教会の人間も忙しいのか、古城の一角にある噴水のある庭には人影が存在しない。

 イルミは少しばかり眠ると言って、そのまま俺が横になっていたベッドに潜り込んでしまった。無理矢理連れ出そうものなら機嫌を著しく損ねることは確実なので、特に反論も出来なかった。

 というわけで一人である。

 いや、一人であったというのが正しいか。

 丁度こちらから死角になっていた噴水の反対側の縁に腰掛けたヘルドマンを見つけた。


「あら」


 こちらに目敏く気が付いた彼女が手招きを一つ。

 特に断るような事情もなかったので噴水側に落ちぬよう、注意深く隣に座った。右腕を無くしてからというもの、バランスを取りづらくてかなわない。


「月を見ていました。降り注ぐ魔の力が心地よくて、よくこの時間はここにいるのです」


 天頂に輝く月は全ての月の民に癒やしを捧げる恵みの光だ。

 彼らは知っているのだろうか。月の光が元を辿れば太陽の光だということに。

 まあ、無粋な話なので口には出すことなく、いつも黙っているだけなのだけれども。


「そうえいば、先ほど部屋での忘れ物が一つ。これも報酬だと思って受け取って下さいな」


 ごそごそと懐をあさったヘルドマンが取り出したのは銀で出来た指輪だった。アクセントに埋め込まれた黒曜石らしき物がきらきらと輝いている。

 よくみればヘルドマンの左手薬指にも同じようなものがはめられていた。


「そこら中に充満した魔の力を使って発動する魔導具です。これをこうやって耳にかざせば、同じリングを付けた人間とどれだけ離れていても会話が出来る優れものですわ。

 もしも私の力が旅先で必要になるのならば、どうぞ使って下さい」


 そう言って、ヘルドマンは指輪をはめようとーーあいにく右手は存在しないので、左手を取った。

 そしてするっ、と左手の薬指に指輪をはめた。

 こちらでは左手の薬指は婚姻の証とかいう風習はないのだろうか。……ないんだろうな、ヘルドマンはもとから左手の薬指にはめていたし。


『というわけで聞こえますか。アルテ。感度良好ですか?』

 

 突然頭に話しかけられた。見ればヘルドマンが自身の指輪を耳元にかざして笑っている。

 口元は一切動いていないのに、声だけが聞こえた。


『ああ』

 

 こちらも同じような体勢になって話しかけてみた。

 本当はすげー!! と様々な感想を述べてみたのだが、こんなところでも呪いが作用するのか酷くぶっきらぼうな返答しか出来なかった。

 けれどもヘルドマンは一切気にすることなく、まるで年頃の娘のようにへらへらと続けた。


『くすくす、この指輪を通してもあなたは無口なんですね』


 ちがうんや。それは大きな誤解やで。もっと話したいことはぎょうさんあるんや。


 巫山戯て関西弁を思い浮かべてみても返答は送信されない。

 どうやら呪いは相当根深いところに張っているようである。


 月明かりの下、ヘルドマンとはしばらくの間、そうやってのんびりと過ごしていた。

 たまにはこんな平和な日々も良いと思いつつ、楽しい一時はあっという間に過ぎていく。

 これが魔導具の国「シュトラウトランド」に旅立つ二週間前の事だった。

 

これでブルーブリザード編は終了。次回からは新章になります。

どうかよろしくお願いします。

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