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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第一章 青の愚者編
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第12話 「氷の愚者」4

 開幕ぶっぱ気持ちいれす。あうあうあー。



 声と共に飛来した氷の刃は、物語のお約束を完全崩壊させるような、本気の一撃だった。

 放射状に放たれたそれはどうあがいても回避不能。

 だから無闇に動こうとはせず、その場で黄金剣を躊躇うことなく振り抜いた。


「ぐっ!」


 身体の中心に集まる弱点へのダメージは防いだものの、剣圧で防ぎきることの出来なかった刃が四肢を傷つけていく。

 ただ幸か不幸か、この場を支配する冷気によって傷口は瞬く間に凍り付いていった。最小限の出血で済んだことに、内心安堵する。

 いや、ボス戦でいきなり奇襲とか前例がなさ過ぎて、戸惑うばかりです。


「ふん、目障りなほどしぶといな。貴様は。懐かしさすら覚える自分に反吐がでる」


 カツーン、と氷の床を踏みしめる足音が一つ。

 白い冷気の靄の向こう、青みがかった軽鎧に身を包んだ美青年がこちらに近づいてくる。


「氷の支配者と自負する私が、灼熱に苛まれるという屈辱でしかないこの傷。万死に値するぞ、狂人アルテよ」


 美青年は右腕で左肩口から腹までを握りしめるように撫でた。

 そこは確か遠い昔に撫で切りにした、古傷のある場所。


「さあ闘争の始まりだ。その骸を晒してこの灼熱を冷まそうぞ!!」


 間違いなかった。

 遂に再会した旧敵。向こうからしたら仇敵。

 七色の愚者、第七下位層 ブルーブリザードと再び相まみえるときが来たのだ。




 先手を取ったのはアルテだった。

 奇襲のお返しと言わんばかりに宣誓を上げたブルーブリザードに対して真っ直ぐ突っ込む。

 そして過去にそうしたように、徒手で立ち尽くすブルーブリザードの左肩から腹に向かって剣を振り下ろした。

 だが手応えはない。

 いや、正確には肉を断つ手応えがなかった。

 振り下ろした剣は突如として出現した氷の壁が完全に防いでいる。青白い透明な壁の向こう側で、美青年がほくそ笑んだ。


「死ね」


 氷の壁が素早く形状を変え、一つの大きな槍となる。さらにそれは超至近距離でアルテに射出された。


「くおっ!」


 直撃すれば胴体が上下に分断されかねないほどの豪槍を、黄金剣の刀身で受け止める。半ば賭けのような防御だったが、床が摩擦力の低い氷の床であったことが幸いだった。

 踏みとどまることが出来なかったアルテは綺麗にはじき飛ばされ、逆にそれが槍の射線上から彼を遠ざけた。


「さすがは我を下した狂人よ! これでも足りぬと言うのか!」


 そんなアルテの様子を見て喜色を深めたブルーブリザードは空中に大小十以上にもなる氷の刃を出現させた。 

 出会い頭にアルテを襲ったあの刃である。

 殆ど壁と言っても良い密度の高い段幕がアルテを襲った。


「っ! っ!」


 はじき飛ばされた影響で片膝をついていたアルテは剣を床に突き立てて、その影に身を隠した。

 だが身体の大部分は露出したままであり、容赦なく氷の刃が身を削いでいく。

 激痛に顔を歪め、苦悶の声を上げた。


「心地よい! 実に心地よいぞ!」


 青白い世界に広がるアルテの赤い血を見て、吸血鬼でもあるブルーブリザードが興奮したように繰り返す。

 これが殺し合いの場でなければ、すぐさまその血を啜りそうな、そんな調子だった。

 しかしながらブルーブリザードの興奮をよそにアルテの思考は至って冷静だった。


 大丈夫、まだ回復力が勝っている。


 吸血鬼の呪いを受けた肉体というのは非常に頑丈で死ににくい、それは単純な肉体強度もさることながら、常人離れした回復力の恩得でもある。

 ちょっとした傷ならばものの五分で完治してしまうような肉体だ。

 たとえ常人ならば行動不能になるような傷を受けても、致命傷でなければ回復の見込みはある。

 そしてアルテはその回復量が吸血鬼ハンターの中でもかなり高い部類に位置していた。

 これは彼に呪いを刻みつけた吸血鬼の実力に比例しているといっても良かった。


 四肢からの出血がほんの一瞬止まる。

 その隙を見て、何より興奮したブルーブリザードの油断を見て、アルテは懐から小さな筒のような物を取り出す。

 それは対吸血鬼用の目くらまし。七色の愚者の一柱でもあるヘルドマンすら欺いた秘密兵器。

 丁度アルテとブルーブリザードの間に投げられたそれは、アルテの予想を裏切ることなく真っ白な蒸気を世界にまき散らした。

 と、同時。

 足の瞬発力を取り戻したアルテが剣を下段に構えてブルーブリザードに突進する。


 しかしーー、


「無駄だ。狂人よ。私には見えるぞ」


 

 白い蒸気の中、アルテの動きが止まった。

 否、強制的に止められた。

 ぎりり、と両の手で首が絞められる。

 うっすらと晴れた蒸気の中、アルテが見たのはこちらの首を両手で掴みとった、ブルーブリザードの姿だった。


「いぎっ!」


 非力な美青年の姿をしていても、全ての吸血鬼の頂点に立つ存在であるブルーブリザード。その筋力はただの人と比べることすらおこがましいものだ。

 易々とアルテの身体は持ち上げられ、両足が地面から離れていく。

 黄金剣が手から離れ、氷の地面に突き刺さった。

 そしてその時になって、アルテはブルーブリザードの変化に気がついた。

 それは過去に相対したときと比べた上での変化。


「おま、え……!!」


 周囲に満ちた冷気の所為で確かに視認性は低かった。だがここまで近づかなければ気が付くことが出来なかった自分が愚かしい。

 間近で見たブルーブリザードの顔。

 それは本来あるはずの物が存在しない、異形の顔だった。


「目を、目を潰したのか!」


 そう、ブルーブリザードの両の瞳は開かれていなかった。

 正確には、あるはずの眼球が存在しない、二つの伽藍洞がアルテを見ていたのだ。


「ああ、そうだ。お前に姑息な目くらましをされ、私は敗北した。あれは筆舌に尽くしがたい屈辱だったよ。

 だから私はあの場で役に立たなかった目を潰したのだ。

 そしたらどうだ? 視力を有していた時よりも、遙かに世界が見えるようになったのだ!

 貴様ら下等生物の体温が見えるようになったお陰でな!」


 そう、ブルーブリザードは最初から魔の力による視力を放棄していたのだ。

 彼は氷を、魔の力を介して物体の温度を操作することに秀でた能力を有している。

 それはつまり、周囲に存在する物体の温度を感知すると言うことに優れていると同義だ。

 言うなれば蛇のように、サーモグラフィーを介してアルテの位置を把握していたのだ。

 よってアルテの純水の水蒸気による目くらましは一切の効果を持たなかった。


「さあ、聞かせておくれ狂人よ! お前の断末魔をなあ!」


 周囲に張り巡らされた氷の壁に向かってアルテは軽々と放り投げられた。

 そしてそれを突き破って隣のフロアまで吹き飛ばされる。何処からかブルーブリザードの笑い声が木霊し、アルテの現状を喜んだ。

 胡乱な意識の中、アルテは自身が油断し、傲慢になっていたことを初めて知った。




 この世界に於ける自分のルーツについて、少しだけ考えてみたことがある。

 自分が異世界から来た人間であるというのは、記憶の中で今もなお存在し続ける原風景からして明らかだ。

 こちらの世界では到底お目にかかれないような天まで届く摩天楼に、蛇のように地を這いずる電車。ビルの合間から見える空には鳥の代わりに飛行機が飛び、人々は電波という見えない糸で繋がっている。

 本当に気が付いたら、としか言い表せないような突然の出来事だった。

 気が付いたらこちらの世界にいて、気が付いたら吸血鬼に襲われて、気が付いたら呪いを受けていた。

 当初は己が境遇を憂い、途方に暮れることもあった。

 だが吸血鬼に対する狩人という光が全てを照らしてくれた。

 異世界で生きていく確固たる目標が生まれたのだ。

 それに縋り付いた俺はただ我武者羅に身体を鍛えた。

 その結果、並の吸血鬼どころか、七色の愚者を二人下すまでに成長することが出来たのだ。

 けれども、もしかしたらそれがいけなかったのかもしれない。

 認めよう。悔しいが認めよう。

 ヘルドマンに勝利したその日から、天狗になっていた自分を認めよう。

 ブルーブリザードに負けるはずがない。昔、圧勝したのだから今回も勝つはずだと慢心していた己を恥じよう。

 ずるずると、無様に氷の床を這いずり回りながら何とか起き上がる。

 こちらに放り投げられたときか、右腕が有り得ない方向に折れていた。これはさすがに自己治癒出来ない。

 カツーン、と再び聞き覚えのある足音が聞こえた。どうやらブルーブリザードがこちらのフロアに向かってきているらしい。

 氷の壁を突き破ったお陰か、また空気中には細かな氷の粒子が舞っていた。お陰で視界はすこぶる悪い。

 武器は、黄金剣はもといたフロアに取り落としてきた。

 これはもう駄目か。

 絶体絶命ともいえる危機に、諦めにも似た感情が沸いてくる。

 仕方があるまい。敵を侮っていた自分が悪いのだ。所謂年貢の納め時なのかもしれない。


「ごめん、ヘルドマン。約束は果たせない」


 視界を防がれていることを良いことに、乳房を鷲掴みにしてしまった彼女への謝罪が口を突いた。

 たしかヘルドマンは、スカーレットナイトを討伐して、その責任を取れと要求してきたのだった。

 ふと、アルテの脳裏を何かが掠めた。

 そうだ、ヘルドマンに形だけでも勝利した理由。それは彼女の視界を奪い、一瞬だけでも隙を生み出したからだった。

 だがブルーブリザードにはあの時の仕掛けが通用しなかった。

 それは彼がさながら蛇のように、獲物の体温によって視界を得るよう進化したからだ。

 アルテの脳内で事象がパズルのように組み合わさっていく。吸血鬼ハンターとしての彼と、前世で、異世界で生きていた普通の人間としての知識がピースだ。

 足下にはブルーブリザードが作り出したブレード状の氷にも似た破片が転がっている。

 材料はある。

 後は度胸と気合いだけだ。

 アルテは思い出していた。

 それは何処かの放送局で放映されていたであろう動物のバラエティ番組。

 温水の入った風船を、獲物のネズミと間違えて攻撃してしまう蛇のVTR。

 破片を手に取り、折れてしまった右腕に押し当てる。

 未練や恐れは当然ある。だが命あっての物種。

 生き残ってこそ後悔も出来ると、迷いを振り切るように歯を食いしばった。


 そして、吸血鬼ハンターとして手に入れた怪力を持って、肘から先を無理矢理切断した。




 

 何かがアルテから飛んできた。

 遂に自棄になったかと、失望混じりにブルーブリザードは第三の視力でそれを視る。


「むっ?」


 ブルーブリザードの足が止まった。

 何故なら飛来したそれは明らかな熱を帯びた、正体不明の物体だったからだ。

 過去に小細工を弄され、不意を突かれ、撫で切りにされた経験が災いする。素早く氷で出来た一本の槍を形成し、その正体不明の物体を貫いた。

 たとえそれが何かしらの魔導具だったとしても、効果範囲には含まれないような距離で。

 しかし、その一瞬が命取りだった。




 アルテは吸血鬼ハンターとして、決して実力が劣っているわけではなかった。

 むしろ、ほんの一刹那でも相手の隙を突ければ、そのまま七色の愚者ですら下してしまうような瞬発力と思い切りの良さを兼ね備えている。

 そしてそれは今回も遺憾なく発揮された。

 ブルーブリザードが感じたのは腹に感じる熱。

 それが自身の血であることに気が付くまで数秒も掛からない。


「ごふっ」


 彼は視る。いつの間にか懐に出現した熱源。それは今し方まで追い詰めていたはずの、狂人アルテだった。

 アルテの手にした氷の刃が、軽鎧の隙間を縫って、腹に突き刺さっていた。


「やっぱり、視認から認識までブランクがあるな。お前は物体の熱を感知して視界を得ているが、それがどういった物であるのかまで認識するには時間が掛かる。

 お前にぶん投げたのは、ただの腕だよ」


 ごりっ、と刃が抉り込まれる。

 口内に溢れ出た血の所為で、ブルーブリザードは声を発することが出来なかった。


「これでやっと、お前を殺せる」

次回でブルーブリザード編は終わりです。

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