表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第六章 黄の愚者編
126/126

第124話 「愚者対愚者」

VG124


 木の根元には門があった。白い無機質な材質で構成された門だ。どことなくシュトラウトランドで見たモニュメントが一番見た目が近いかもしれない。


「ここが貴様の言っていた大樹の根元か。間違いないか紫の愚者よ」


 エリムが門に触れながら問う。ノウレッジは静かに頷き、皆に振り返った。


「この先は塔の上層部になります。おそらくこれまで以上に厄介な手合いが待ち構えているでしょう。ここでなら、まだ安全に引き返すことができます。皆さんはそれでも前へ進まれますか?」


問いには誰も答えなかった。ただ、拘束されたままゴリアテに運ばれるクリスだけが、低く音を発した。


「本当にここで引き返すつもりはないんだな? ここで引き返してもヘルドマン様は救われる。結果は変わらない。それでも行くのか」


 誰も即答ができない。ユーリッヒの心臓を取り返すための旅ではあるが、クリスの言っていることが本当なら、そもそもこの旅は必要がなかったということもありうるのだ。

 けれども俺は、俺は自分の娘の体の一部が奪われている現実を肯定することができない。

 取り戻せるのならば取り戻してやりたいというのが、本音である。


「————わたしはあの人が、アルテが目指すのならついていくだけよ。今は分断されているけれども、あの人はきっとまだ上を目指している。ならば最上階でまた会うために私は登るわ。神だかなんだか知らないけれど、神殺しを3回もした人だもの。今回だって問題ないわ」


 イルミが一歩進み門に手をかける。それに続いてレイチェルが言葉を繋いだ。


「ここまで共に戦ってきたんだ。今更お別れなんて水臭いだろう。クリス、お前にはお前の考えがあるのだろうが、ボクたちを頼るのはダメなのか? 確かにお前はボクたちを裏切ったのだろうが、それまで受けていた恩は偽りではない。ボクたちもヘルドマンを救いたいと考えている。きょうりょく協力はしあえないのか」


 クリスは何も言葉を発さない。魔の力を使えば空気を振動させ、彼女は口を塞がれていても発話することができる。それでも何も答えないのは、どこかしら迷いがあるからなのだろうか。


「クリスさん、あなたへの尋問は気が進みませんが、あなたは私たちの知らない何かを知っているのですね。それが沈黙の原因ですか?」


 ノウレッジの瞳が拘束されたクリスに注がれる。クリスは数秒ほどその目を見つめ返していたが、やがて観念したように告白し始めた。

 それはアルテとマリアに語ったものと同じ、二つの心臓を巡る数奇な昔話だった。



01/



 不意に目が覚めた。クリスがヘルドマンの心臓と、マリアの心臓が入れ替えられている、と口にした瞬間、もとの肉体に呼び戻されたらしい。

 場所が変わっていた。棺が並べられた部屋ではなく、青い空が見える屋外だった。

 というより、塔の外壁に備え付けられた螺旋階段を登っていることに気が付いた。

 俺は人一人を運ぶ担架のようなものに乗せられてマリアに引っ張られていた。担架の車輪は段差を登ることができるよううに、三つの車輪をくみ合わせた不思議な形をしている。


「目覚めましたか。プログラムの書き換えの用意が整いました。今からレイチェルを介してアキュリスがこれ以上体を乗り換えられないように細工をします」


 隣を進むβがそんなことを言った。


「————合流しなくても、プログラムの書き換えはできるのか?」


「あなたを通してアルテミスにアクセス、そこからさらにレイチェルに接続する形です。レイチェルは何も感じませんし、何も気がつきません。ただ細工されはじめていることにアキュリスが気が付けば、全力で妨害してくるでしょう。だからあなたは向こうでレイチェルを死ぬ気で守ってください」


 難儀なものだな、と息を吐き出す。でもやるしかない。人を守りながら戦うのは不得手だが、大切な仲間のレイチェルのためだ。一度や二度の死は甘んじて受け入れよう。


「ではもう一度あなたの意識をアルテミスに送ります。ご武運を————」


 そう言いかけてβの動きが止まった。何事か、とマリアが振り返る。

 βは空を見上げ、「まずい」と一言呟いた。


「逃げて!」


 突如として外壁に穴が空いた。そこにマリア共々ベータに蹴り込まれる。

どうした! と担架から飛び降りる寸前、まだ外にいたβを覆うように閃光が天から降り注いでいた。


「っ! βはもうダメです! アルテ! 穴から離れなさい!」


 マリアに首根っこを掴まれて塔の中へと引き摺り込まれていく。閃光の収束とともに焦げ臭い匂いが鼻をさす。

 マリアは俺を引きずったまま、「こちらの位置がバレている!」と吐き捨てるように声を出した。


「父です! あれは黄色の愚者の権能である雷鳴だ! あの人は雷を手足のように操る。βは今、雷鳴に焼き殺された! 近づばあなたもああなりますよ!」


 塔の内部は階段も何もない、よくわからないパイプラインが集合している区画だった。床にも天井にも配線やらパイプが張り巡らされており、立つことすらままならない狭い空間だった。俺とマリアは身を屈めて何とか向き合いながら言葉を投げつけ合う。


「だがここを登らないと上層にはいけない。あの雷をやり過ごす方法はないのか」


「ないから黄色の愚者なんです。赤の愚者に続いて序列二位なのはちゃんと理由があるのです!」


 序列二位。その言葉に思わず息を呑んでしまう。そうだ。すっかり忘れていたが相手は七色の愚者の上位層。赤の愚者の次に強大と謳われた愚者なのだ。愚者達はどれも圧倒無比。その第二位など、どれほどの権能を有しているのか想像がつかない。

 事実、あれほど苦戦させられたβが瞬きもする間もなく瞬殺されている。


「だからと言って、ここに座している暇はない。あの雷鳴にはなにか隙はないのか?」


 俺の問いかけにマリアは押し黙る。しかしながらそれは諦観からくる沈黙ではない。彼女なりに思考を巡らし、どうにか突破口を見つけんとする逡巡の沈黙だ。

 俺はそれをただ静かに見守る。 

 イルミ達ほどではないにしろ、彼女とはそれなりに長い付き合いだ。俺はマリアの知能を実力を信じている。彼女ならば何か策を考えてくれると信じている。

 不死のマリアは必ずや、この状況を打破してくれる。


「————もしあの子が生きているなら。私とあなたで救い出したあの子ならば」


 言って、マリアが何かしら呪詛を唱えた。マリアはそれを「あの子へ居場所を知らせるためのものです」と手短に説明する。


「父に位置が露見する危険を考えて、これまでは仕えませんでしたがもう位置がバレているのなら気にする必要はありません。私とあの子は眷属の契約を結んでいる。これはその特権の1つ」


 変化は直ぐに訪れた。視覚的変化ではない。聴覚的変化だ。


「音が近づいている。いいですね。おそらく成功しました」


 ギチギチに詰まった閉所でマリアが笑みを零した。何かが軋むような、ひしゃげるような音がこちらに近づいてくる。

 俺はマリアと二人で過去に相対した、一人の少女を思いうかべる。

 圧縮、の権能を持つ少女はいつの間にかマリアの付き人になっていた。


「思えば塔を馬鹿正直に登る必要なんてなかったんです。あの子なら塔そのものを作り替えながら登ることができる」


 直ぐ近くで金属音が爆ぜた。俺たちの直ぐ真横を走っていた配管達が飴細工のようにねじ曲げられ、強引に空間が生み出されていく。


「————おまたせしました。マリア様。呼び出しを受け、お迎えに上がりました」


 空間の向こう側から、いつか二人でおぶっていったシャリアがこちらを見ていた。



02/



 白い門を抜けた先は無機質な残骸の山だった。うず高く積み上げられたものが、人の手によって作られたものであることは理解ができる。

 事実、その場にいたティアナはエンディミオンの地下遺跡で見たものとそれらが同質のものであることに気がついていた。


「————これは太陽の時代の兵器たちですね。私が影から呼び出してくるものと同類です」


 しばらく皆が沈黙を保つ中、声を上げたのはヘルドマンだった。彼女はゴリアテの背から周囲を見渡して言葉を続ける。


「すべて今の我々では到底作りえない技術力の結晶たちです。中には木箱ほどの大きさでありながら、一発で万の軍隊を蒸発させるような爆弾もあります。迂闊に触れてはいけませんよ」


 ヘルドマンの言葉を受けて、自然と一行は身を寄せ合った。

 唯一、ノウレッジだけがパーティーから外れて、太陽の遺物たちの山へと近づいていく。


「おそらく太陽の時代の人々がこの塔に巣食う神に抗った形跡なのでしょう。彼らはきっと滅ぼされる立場の人間たちだった。滅ぼされるまいと神に反抗を続けた。けれども届かなかったものがここに集積されている」


「ノウレッジ、私に魔の力を分けることはできますか? ここにある太陽の時代の遺物を影に取り込みたいのです。これだけあれば黄色の愚者への対抗手段になるやもしれません」


 ヘルドマンの提案に猛反発したのはクリスだった。彼女はゴリアテに担がれたまま、空気を震わせて抗議した。


『なりません! 心臓を奪われたあなたがこれ以上権能を行使すれば肉体の崩壊を招きます! あなたは元を辿ればただの人間なのですよ!』

 

 黄色の愚者が不利になるから、という話ではなかった。クリスは真剣に狼狽えている。真剣にヘルドマンを案じて彼女を止めようとしていた。その一連の様子を見て、一行はクリスがヘルドマンのために動いていることを再確認する。だからこそイルミは、少なからずクリスと交流のあったイルミが問うた。


「あなた、今からでもこちらに戻ってくるつもりはないの? 私たちも黒の愚者を救うために動いている。目的が同じならば手段も選び直せないの?」


 その言葉に驚いたのはレイチェルだった。アルテと敵対するものは誰であろうと屠さってきていたのがイルミという少女だ。それが今、裏切りのクリスを赦そうとしている。彼女もまたここまでの旅路で変わってきているのかもしれないと、レイチェルは二人のやりとりを黙って見守った。


『————まさか君からそんなことを言ってもらえるなんてな。あの地下の牢獄から連れ帰った時とは別人のようだ。素直に嬉しく思うよ。でもそれではダメだ。入れ替えられた心臓のままではヘルドマン様は幸せになれない。いや、ヘルドマン様はもう持たないんだよ』


「ノウレッジ、クリスの拘束を解いてもらえませんか。私は彼女の口からの直接の言葉が欲しいのです」


 ふとヘルドマンがそう呟いた。衰弱し切った彼女はハンナやアズナたちに支えられながらクリスに向き直る。クリスは泣きそうな顔を隠そうとしないままに、ヘルドマンの弱り切った様子を直視した。


「良いのですか。彼女の声の術は大変強力だ。私ですらそれを跳ね除けることはできない。ここにいる全員が争う術を持たないのです」


「構いません。私のクリスは強かで利口ですが、義理を違える人間ではありません。さあかわいい私の使いよ、もっとあなたの考えていることを教えて?」


 ヘルドマンの微笑みにクリスはいよいよ涙した。ぼたぼたと涙を滴らせながらノウレッジが拘束を解除していく流れを受け入れていく。そしていよいよ口の拘束が外された時、溢れてきたのは言葉ではなく嗚咽だった。


「落ち着いて、大丈夫。私はいつまでもあなたの主人であり続けますよ」


「ううっ、ヘルドマンさまあ」


 やがてクリスはヘルドマンに縋りつき始めた。そして彼女は彼女だけが知りえたヘルドマンの体の秘密を語り始めていく。


「ヘルドマン様の体に入っていた心臓はもう耐用年数がありません。黄色の愚者がこのタイミングで焦って派兵を決めたのも、心臓のタイムリミットを感じ取ったからなのです。心臓が崩壊してしまえば、神の塔を誰も起動することができなくなる。そうなれば黄色の愚者の悲願である、マリア次長の不死の取り消しが叶わなくなるのです」


「心臓が崩壊すればヘルドマン様も生きていくことができません。ですから私は両者の心臓の取り替えに合意しました。マリア次長の中にある不死性がなくなった心臓をヘルドマン様へお戻しするのです。ただそうなればマリア次長の心臓がなくなります。それは私の心臓を捧げるつもりでした。それが私と黄色の愚者が取り交わした契約だったのです」


 クリスの独白を聞いて、ノウレッジは何も話さなかった。

 それ以外の面々も口を開くことができない。もしクリスが語ったことが事実であるのならば、自分たちがヘルドマンの心臓を取り戻しても無駄足に終わってしまう可能性が見えてきたからだ。


 ただ一人、ヘルドマンだけが「そういうことでしたか」と嗤った。


「クリスに命じます。私に血をよこしなさい。数分動ける分で構いません」


 言われたクリスは「はっ」として「なりません、それはいけません」と首を横に振った。


「駄目です。拒否権はありません。ノウレッジ、クリスを抑えて」


 いやだ、いやだとクリスが泣きじゃくる。彼女の異様な様子にイルミやレイチェルは目を向いた。


「おいヘルドマン、何をするつもりだ」


 レイチェルの問いかけを無視して、ヘルドマンは拘束されたクリスを吸血する。その光景を見て、一行はヘルドマンが正しい意味での吸血鬼であることを思い出していた。


「ああ、ああああ、やめて、やめて」


 クリスの体から力が抜けていく。それと入れ替わるようにヘルドマンの顔色がみるみる赤みを帯びていき、最後は自ら立ち上がるまでになった。


「ノウレッジ、5分です。5分私は黄色を止めます。その間にこの神の塔をあなたが乗っ取ってください。その後、心臓を取り戻せなくとも、私はあなた方を恨みません」


「駄目です、おやめください、ヘルドマンさまあ」


 力を失ったクリスが呻く。そんなクリスを見下ろして力を取り戻したヘルドマンは言葉を吐き捨てた。


「ここまで私のかわいいお供をコケにした奴を私は絶対に許さない。誰がクリスの心臓をくれてやるものですか」


 瞬間、太陽の時代の兵器たちがヘルドマンの影に吸い込まれていく。そしてそれらは分解、再構成され、塔の上部に向けられた数多の火砲へと作り変えられていった。


 120ミリ滑空砲

 125ミリ滑空砲

 M982エクスカリバー搭載M109 155ミリ自走榴弾砲

 アイオワ級戦艦40.6センチメートル3連装主砲

 その他小火器多数


 全ての砲門が同時に火を吹き、上部構造を吹き飛ばしていった。そして天空へと続く大穴が空いた瞬間に、ヘルドマンは障壁に全員を押し込めて、最上部へと飛び立つ。

 天空から降り注ぐ雷鳴はヘルドマンが展開した影に飲み込まれていった。



「めちゃくちゃだ! やっぱり愚者はめちゃくちゃだ!」


 アズナの叫びは幾多の轟音に飲み込まれていった。やがて一行が降り立ったのは塔の最上階、つまりは屋上である。そこが塔であることを忘れさせるほど広大な広場に人影が一つだけあった。


「————その破天荒さは母親譲りか赤の愚者の娘よ」


 いつかαとβが身につけていた認識阻害の仮面を身につけた人物がそこにいいた。声からして男のようだが、その容貌を推し量ることはできない。


「そもそもこんな終わりの見えない塔をちんたら登るのは性にあわないんですよ。飛べるのなら飛んでしまえばいいのです」


 パーティーを護るようにヘルドマンが男に歩み寄っていく。男の周囲では稲妻が迸っており、異様な緊張が世界を支配していた。


「私の提案はお前にとって悪いものではなかった筈だ」


「やかましい。クリスを生贄に捧げる案を出した時点で、お前は私の敵なんです」


「本当に母親そっくりだな。話の通じなさがそのままだ」


 ヘルドマンが陰で作られた槍を展開していく。それに合わせるように男は————黄色の愚者は稲妻をヘルドマンへと走らせ始めた。稲妻は空から落ちてきたのではない。足元の石畳から、ヘルドマンの影の縁から、世界のあらゆる境界から“湧いた”。


「5分だけ遊んであげます。精々死なないように頑張りなさい」


「人生最後の5分に付き合ってやろう。遺言があるなら今すぐ言え」


 瞬間、屋上に黒と黄色の閃光が迸った。

お待たせしました。少しずつ終わりが見えてきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ