第122話 「馬鹿対最強(ただし見た目は全く同じものとする)」
何故自身が人類最強と呼ばれるようになったのか。
それは「全ての人類を庇護する」という使命を神から賜ったときからだと、アキュリスは考えている。
月の民を滅ぼそうとする有象無象が溢れるこの世界で、ひ弱な彼らを救い守護できる立場にあるからこそ、アキュリスは人類最強なのだ。
ロマリアーナに付き従うのも、聖教会の総本山を抱え、人類一統率が取れている軍隊を保持する故のこと。
アキュリスにとって黄色の愚者の悲願などどうでもよいことで、ただただひたすらに人々の脅威となる存在を討ち滅ぼすだけのこと。
だからこそ、強者との死合いは心が躍る。
強者と命のやり取りをしているその瞬間こそ、アキュリスがもっとも生を実感できる時であり、また人類の守護者としての自尊心が満たされていくのだ。
特にアリアダストリスに連なる者達を相手にしているときが最高である。かつて月の時代を滅ぼそうとし、今も神に隠れてこそこそと動き回る鼠の眷属達を血祭りにあげるときが、アキュリスにとって至福の時なのである。
「ちっ! さすがにはやいな!」
エリムがアキュリスの斬撃を何とかはじき返す。だが追撃にでるだけの余力はない。
二人が刃を交わし始めてはや十合ほど。
両者の実力は拮抗してはいたが、スタミナに絶対的な差が生じていた。エリムも又卓越した戦士ではあったが、息一つ乱すことのないまま長時間戦い続けることはできない。それは人類として生まれた者の宿命であり、彼がまっとうな生命体であることの証左だった。
対するアキュリスは呼吸を止めているのか、というほど息の乱れがない。甲冑の下ではもしかしたら汗1つ流していないのでは、とエリムは冷や汗を零した。
「————どういうカラクリだ。お前、本当に人間か?」
「人間だとも。人類最強の人類だ」
巫山戯た言葉だ、とエリムは構えを整えた。あと何合刃を交わすことができるか、己の握力に問いかける。ティアナはクリスを押さえ続けている都合上、援軍として当てにすることができない。
ノウレッジかイルミがここに辿り着くことが出来れば幾分かマシだが、ヒュドラを殺し尽くすのためにあの二人は必要な戦力だ。早々にこちらに来られるとヒュドラとアキュリスの二正面作戦という最悪のパターンもあり得る。
「はあ、————」
深く息を吐き出す。アキュリスまでの道筋が脳に投影される。一歩踏み出し、加速。
槍のリーチを活かし、アキュリスの頭部を穿つ。
弾かれる。
想定内。槍の中程に持ち替えて次は柄で殴打。肩に入るが、恐らくわざと受け止めたのだろう。甲冑の向こう側でにやりと嗤われた気がした。
「おっと、捕まえたぞ」
続いて穂先を叩き込もうとした刹那、そんな声が聞こえた。見れば殴打に使った柄がアキュリスに握り込まれている。高速の円運動を見切って掴み取ったのか、とエリムは驚愕した。
ただ彼の判断も速い。直ぐさま槍を手放し、できうる限り距離を取る。
「甘い! 槍を使えてこその人類最強だ!」
エリムのバックステップを嘲笑うかのような速度で槍が投擲される。エリムの眼前に切っ先が見える。不味い、これはちょくげき————————、
「どりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
情けなさ半分、やけくそ半分の怒声が周囲に響き渡った。
エリムに投擲された槍の機動が変わる。突如としてエリムの前に出現した何かが、槍を弾き飛ばしていた。
「いってええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!! マリア! 腕治して! 今すぐ!」
エリムの槍を弾いた衝撃か、そいつの腕は腕の形を失っていた。踏みつけられたビスケットのようになっていた骨が再生していく。それすらも痛みを伴うのか、エリムの眼前に現れた人物は涙目でエリムに振り返った。
「予備の武器!」
見ればそいつは鉄で出来た棒を持っていた。まさかそれでアキュリスの一撃を弾き飛ばしたのか、と驚愕するが、エリムは思考よりも先に緊急用に持ち歩いていた小さめの剣を投げ渡した。
そいつは長い黒髪を翻し、アキュリスへと突撃する。
「うちの娘に好き放題しやがって!!! お前だけはぶち殺す!」
虚を突かれたアキュリスの反応が一瞬遅れる。一撃目は受け止めるが、二撃目の回し蹴りは肩に直撃する。エリムの殴打でダメージが入っていたのか、甲冑の肩部分が砕け散り、アキュリスの腕がだらり、と垂れ下がった。
「エリム! 叩き込め!」
落下してきた槍を受け止め、エリムが跳ぶ、ほぼ阿吽の呼吸だった。どこを狙えば良いのか打ち合わせなしでもわかる。エリムの狙いを察したアキュリスが身を捻ろうとする。だがそいつは————黒髪の女がアキュリスの足を絡め取り、その場に拘束して見せた。
「くおっ!」
初めてアキュリスが苦悶の声をあげた。槍の刺突により吹き飛んだ腕がはるか後方に落ちていく。隻腕となったアキュリスは自身をここまで追い詰めた勇者二人に獰猛に嗤った。
「まじかよ! お前もそれを使えるのか! 滅茶苦茶だな狂人よ!」
アキュリスが見下ろすのは足に組み付いている莫迦な女。
そう、アルテの操るアルテミスだった。
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「————あんた、なんでこんなに弱いの? もっと強いはずでしょう?」
密林の一角、否、氷で出来た爆心地でクリスが膝をついている。対するティアナは腕を組み、文字通り涼しい顔でそれを見下ろしている。
「はは、耳を凍らせるのは反則だろう。いくら愚者になって体が頑丈だからって随分と無茶をするな」
クリスが忌々しそうに見つめるのはティアナの両耳だ。彼女は耳そのものを自身で凍結させ、外界の音を全て遮断していた。
「? あ、そっか。耳を使えなくしてるからあんたが何言っているのかよくわからなかった。えーと口の動き的に反則だ、とかいったのかしら。あんたの声の力は、正確には他者に対する絶対的な暗示。それを声を媒介にして植え付けているだけ。魂とかに干渉する術式だと、こんな子供だまし通用しなかったでしょうけど、どうやら有効だったみたいね」
「くそ、愚者クラスの吸血鬼どもは本当に無茶苦茶だ。森そのものを凍結させるなんて、お前、先代よりも強いな」
「つ、よ、い、な。 うん、まあ先代様はもう私に勝てないでしょうね。私、あの狂人意外に負けるつもりはさらさらないし」
ティアナが腕を振るう。クリスの両腕と両足が凍結され、その場に固定された。呼吸器を塞がなかったのはまだ尋問する価値があると判断しているからなのか。
「さて、エリムの方は終わったかしら」
ティアナがアキュリスとエリムが死合っているであろう方角に目を向ける。いつのまにかこちらまで響いていた剣戟が止んでいる。どうやら何かしらの決着はついたのだろう。
「? だれ? もう一人いる」
このままクリスごと転移しようか、としていたティアナの動きが止まる。彼女はアキュリスとエリム以外の存在について何となく感知していた。
「————そうか。そういうことか。さすがアリアダストリス。抜け目がないな。ティアナとかいったか、行け。お前はあちらに行くべきだ」
こちらに振り返ったティアナにクリスが口の動きで言葉を伝える。ティアナはそれに訝しみながらも、不思議と逆らう気が湧いてこなかった。
「私の事が気がかりならトドメを刺していけば良い。どのみち私が死のうが生きようが、ヘルドマン様は救われるんだ。今は昔馴染みの義理で動いているだけに過ぎない。だがお前は違う。お前はまだまだ知らなければならないことがたくさんある」
「なに? 随分と知った風に言うのね。私と貴方は今日が初対面なんだけれど」
「それはそうだが、私はお前のことを知っていたさ。おっかないが、頼りになる主人ができたとあいつは喜んでいたからな」
主人————その言葉を聞いて、ティアナは無意識のうちに転移の力を発動していた。
座標は、エリムが戦っていたその場所に。
02/
耳を凍らせているからか、転移直後にティアナは思わずふらついた。
それを自然を受け止める奴がいる。
氷の術式を解除し、耳を解凍していく。
その間に眼前に広がる光景を見る。エリムがサルエレムで手に入れた神槍が見えた。それは人類最強のアキュリスの胸から生えている。
アキュリスは力なく腕を垂らし、跪くように地面に縫い付けられていた。
片腕はなく、全身は剣によってズタボロに切り刻まれている。
血潮が周囲に飛び散る凄惨な光景だったが、ティアナは素直にそれを綺麗だと思った。
続いてエリム。
彼は荒い息を吐きながら、けれども自分の足で立っていた。
大きな負傷はない。細かな切り傷はあるものの、歴戦の戦士である彼にとって何一つ問題になることはないだろう。
ではだれが自分を受け止めているのか。
耳の解凍が終わった。
凍っていた世界に、ようやく音が戻った。
最初に聞こえてきたのが————馬鹿の声だった。
「ご主人! ご主人! しっかり! クリスはどうなった!? イルミは!? レイチェルは!? みんなは!?」
阿呆の顔がこちらを覗き込んでくる。
鳶色の瞳に黒い髪。言葉の一つ一つが軽く、馬鹿で間抜けで愛おしい。
自分は死んだのだろうか、と体を抱きしめる。
そうだ、きっとそうだ。余裕をかましてクリスを始末したと思っていたが、きっと知らないうちにクリスに敗れて殺されたのだろう。
狂人に復讐できなかったのは業腹だが、どうせ近いうちに野垂れ死ぬと考えていた身の上だ。死んだことは割とどうでも良い。
でもコイツがあの世でまだ迷っているのが腹立たしい。
またこちらの手を患わせるのだろうか。散々面倒を見てやったくせにあっさりと死んだ馬鹿な眷属をまた護ってやらねばならないのだろうか。
「ああ、ああ」
何か文句を言ってやろうとして、でも意味のある言葉は出てこなかった。声帯を凍らせた覚えはないのに、憎まれ口も文句も何一つ出てこない。
久しぶりに凍っていない涙がでた。
馬鹿の自分より少し小さな体を抱きしめ、強く強く力を込める。
ティアナ! ティアナ! ご主人! と喚く馬鹿を無視して、その温もりを確かめて、もう手放すものかと、絞め殺す勢いで力を込め続ける。
「ああああああああああ! ご主人! 潰れる! また死ぬ! 愚者の力で締められると内臓が飛び出る!」
力は緩めない。
けれども馬鹿の、アルテミスの耳元で言葉だけは優しく囁いた。
「おかえりなさい」
03/
「————すげえな、俺をちゃんと殺したのは黒の愚者に続いて二人目だ」
アルテミスが剣を握り直す。ティアナも眼光を強めてそちらを見た。エリムは徒手ではあったが、既に臨戦態勢を整えている。
「ヘルドマンから聞いていたが本当に復活するんだな。どういうカラクリだ。お前もマリアのように再生するのか」
いつの間にかアキュリスが何事もなかったかのように立っている。彼の足下に転がる神槍を見れば、墓標のように貫かれていたのは幻なのではないか、と錯覚させられた。
だがあれが幻でないことはこの場にいる三人が見ていた光景によって証明されている。
間違いなくアキュリスは一度死に、その身を地に縫い付けられていたのだ。
「再生ねえ、それならどれだけよかったか。ま、俺をここまで親子揃って追い詰めたんだ。ネタばらししてやるよ。ほら、これを見ろよ」
言って、アキュリスが事も無げに甲冑の頭部を脱ぎ捨てる。言葉を失ったのはその場にいた全員だった。エリムですら息を呑み、ティアナは完全に固まってしまっている。
ただ俺だけが、それの仕組みをよく知っている俺だけが、どこか合点のいったように言葉を絞り出していた。
「あの棺の中身の1つがお前ということか。なら、幾ら殺しても乗り換え先が無数にあるというわけだな」
その通り、とアキュリスが嗤う。
彼は————否、彼女はアルテミスと寸分違わぬ顔の造形で、獰猛に顔を歪めて嗤った。
「もとの肉体はとっくの昔に朽ち果てたがな。神は俺の肉体のスペアをそれこそ無限のようにつくりだした。この肉体が滅びようと、何度だってアバターは切り替わる。俺ですらいつ死ねるのか検討がつかん。いつか殺し尽くしてくれる強者を期待しているんだがな。1つ殺してくれた奴ですら、お前と黒の愚者くらいだ」
アキュリスが再び剣を構える。それと同時、姿がかき消えた。逃げたわけではない。俺は咄嗟にエリムから受け取った剣を眼前に構えた。
鈍い火花と、こちらの剣の刃が砕けていく音が響き渡る。
「いつもの黄金剣がなければやりにくそうだな! 俺の剣を貸してやろうか!」
「これも良いものだ! お前を殺すくらいならこれで事足りる!」
二合、三合と剣戟を交わしていく。
だが少しずつこちらが押し込まれていく。同じ肉体の筈なのに、戦闘経験の差か、それとも他の要因かアキュリス有利に状況が傾いていくのを感じた。
「加勢する!」
徒手でもエリムは十分強いことくらい知っている。だが人類最強を相手取るには少し足りない。どれだけ二人で剣戟を叩き込んでも、一度目のようにアキュリスを追い詰めるには至らない。
「ああもう! なんでこの馬鹿と同じ顔をしているのよ!」
苛立ち交じりにティアナが氷柱を打ちだした。これで3対1。数の面では圧倒的有利に立つことが出来た。しかしながら、先ほどよりもこちらが押されているような気がする。いや、気のせいではない。
さっきまで通用していた攻撃が、ことごとくアキュリスに弾かれている。
「おっと悪いな。学習能力だけは人一倍なんだ。もう同じやり方は通用しない。違う殺し方を考えてくれ」
アキュリスの蹴りが腹に突き刺さる。自分の体がボールになったのか、と錯覚するほどの速度で弾き飛ばされてしまった。マリアの魔の力で増強されている回復力がなければ即死だっただろう。
「アルテミス!」
こちらを振り返ってしまったティアナにアキュリスが迫る。その一撃はエリムが何とか寸前でいなしてくれたが、同じような幸運がそう何度も続くとは考えることができなかった。
「ティアナ! 私に構うな! あいつを氷漬けにしろ!」
腹部の回復がまだ追いつかない。というかこれ殆どちぎれているだろ。マリアの回復力を間借りしているが、これを治せるとか本当に彼女は規格外だ。ただ今はもう少し速度が欲しい。早く戦線に復帰せねば二人が危ない。
「————っ!」
迷いを振りほどくかのようにティアナが権能を行使する。周囲の温度が一瞬にして零を下回り、世界の凍結が急速に進んでいく。
「おっと、このアバターはここまでか。俺としてはもう少し続けたかったが、クリスのこともある。いいさ、次は塔の最上階で会おう」
凍り付きながらアキュリスは上機嫌に笑みを零し続けた。これでも殺せないとなると、コイツをどうにかする方法は果たしてあるのだろうか?
「じゃあな、狂人と槍使い、そして氷の姫よ。次会うときはどちらか死ねると良いな」
アキュリスが完全に凍結した。だがもうそこには魂は存在していない。次の肉体に乗り移り、この塔のどこかで目覚めているのだろう。
「————くそ、思った以上に魔の力を消耗した。もう暫くは転移できないわよ」
「構わん。ところでだ、どうしてそんな愉快なことになっている、戦友よ。全てを教えて貰おうか」
エリムが膝をつく俺の所へと歩み寄ってきた。そういえば勢いで飛び込んではみたものの、この肉体の事などティアナにどう説明するか全く考えていなかった。
やべえ、まじで殺されるかもしれん。
「は? あんた何言って」
ティアナが困惑の言葉を漏らす。と、同時。俺の全身から急速に力が抜けていく感覚があった。
アルテミスとしての肉体の再生はもう完了している。ならばアバターの死ではない。
あ、これってもしかして。
意識がアルテミスの肉体から元の肉体に引き戻される。
そして気が付けば、マリアの膝に頭を乗せたまま、横たわっている自分の肉体を感じた。
アルテミスではない、アルテとしての俺の肉体だ。
「申し訳ありません。魔の力が枯渇してきました。再生の力を使いすぎましたね。向こうはなんとかなりましたか?」
額に汗を浮かべたマリアがこちらを覗き込んでいる。
俺は何かを答えようとして、問題の全てをほったらかしにしてきたことに気が付いて、マリアと同じような冷や汗を全身に掻くことになった。
本当にどうしよう?
とりあえず書き溜めはここまで。お疲れ様でした




