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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第六章 黄の愚者編
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第119話 「絶望の塔の前奏曲」

VG119

 地下道を黙々と進む。ノウレッジが案内したのは、神の塔へと続く、送電線が束ねられたパイプラインの中だった。ただ、パイプラインと言ってもその規模が馬鹿でかい。

 メンテナンスのためなのか、資材を運ぶためなのか、中型のトラックが対向できるくらいの車道が中央にあり、その周囲の壁面を幾多のケーブルが走り回っている構造だ。照明も備え付けられているが、今はその役割を放棄している。

 ただ、一つ気になるのが————、


「非常灯が点灯している。まだこの施設は生きていますね。神の塔は稼働状態にあるのかもしれません」


「こんな長いこと寿命を保つLEDがあるのか?」


 そう。真っ暗だから魔の力を使ったランタンを用意していたのだが、不意に青白い光が足下に現れたのだ。恐らく避難口を指し示すそれは、煌々と光り輝いている。けれどもこの異変に気が付いたのは俺とノウレッジだけだった。月の民には恐らく見えていない。まあ、ノウレッジが何で視認できるかはわからないけれど。


「おそらく太陽の時代と月の時代のハイブリッド的な技術で作られたものです。この時代のものが一番性能が良く、ファンタジーな存在でもあります。これもあなたが思い描くような、電気エネルギーを光に変換するものとはまた別の原理が働いているのでしょう」


 だとしたら、ノウレッジの言った神の塔が稼働状態というのはあまり良くない報せだな。

 あの地下都市、いや地下遺跡で戦った神の眷属のようなやつがうようよいることになる。


「だからこそ我々は急がねばなりません」


 歩みを早めようとしたノウレッジ。だが彼が2、3歩前に進んだとき、不意にその足を止めてしまった。


「何かがいる。備えろ」


 エリムがサイクロプスから切り離した神槍を構える。俺も黄金剣を抜き、イルミやレイチェルの前に出た。足音の類いはまったくしないが、気配だけはそこにある。


「っ! 下がれ!」


 俺とエリムが同時にその場から飛び退いた。しかしながら目に見える異変や破壊は訪れない。ただ、俺とエリムは目を見開き、冷や汗をだらだらと垂れ流している。


「な、なに! どうしたの!?」


 状況をまだ飲み込めていないハンナが叫ぶ。ただその疑問に答える余裕はなかった。何故なら、一瞬でも気を抜くと、いつかのマリアのようにぺしゃんこに圧縮される未来が見えているからだ。


 ん? ぺしゃんこ? これ何処かで見たことがあるような気が。


「シャリア! 周囲の設備を傷つけるなとあれほど言ったでしょう!」


「傷はついておりません。空気を圧縮しただけです。ただ運が良かったのはたしか。お目当て、ここにいました」


 そうそう。この声、この声。この声の主、マリアが潰された時と全く同じ違和感なのだ。

 いや、おふざけはもうよそう。予想通りというか、予想はしていなかったというか、まさかの地下道の中にいたのは久方ぶりのマリア・アクダファミリアその人だったのである。しかもいつかの吸血鬼の呪いを人工的に刻まれてしまった少女も一緒だ。


「あなた、私と同じで私の位置が分かるようになっていたでしょう! さては術式に意識を向けるのをサボっていましたね!」


 ちっこい少女然としているが、圧力は完全に強者のそれ。そんなマリアがぷりぷりと怒りながらこちらに歩みを進めてきた。ごめん、地下道に入ってからは完全に確認怠ってたわ。


「おやおや、まさか聖教会の実質的なナンバーツーがこんなところまで。というかアルテさん、その術式のこと、完全に忘れていましたね。これはちょっと不味いですよ」


 紫の愚者であるノウレッジだが、戦闘力は完全にマリアのほうが上手だ。ここでマリアがこちらに襲いかかってくれば、混乱は避けられないとノウレッジが困ったように声を漏らす。

 ただ俺はノウレッジとは考えが違っていた。

 彼女がわざわざここに足を運んできたというのは、そう悪い兆候ではないと感じている。


「————で、そこでくたばりかけているのがヘルドマンですか。ちらっと、人類最強に敗れた話はきいていましたが、本当に負けたんですね」


 無遠慮に近づいて来た彼女が、魔導人形のゴリアテに背負われたヘルドマンの顔を覗き込む。ヘルドマンは眼を閉じたまま、小さく口を開いた。


「どうしました? 私にとどめを刺しにきましたか?」


「まさか、あなたが助かろうが助かるまいが私の知ったことではありません。ただ私はそこの狂人に用があるのです」


 全員が突然現れたマリアを警戒する中、二人はいつも通りの仲が良いのか悪いのかよくわからない掛け合いを続けていた。マリアがこちらを見たとき、全員の視線がこちらに注がれる。


「父がこの塔で良からぬ事をしようとしているのはあなたも知っているでしょう? それを私は止めようと考えています。あなたもそれに協力なさい。その過程で、馬鹿な黒の愚者の心臓を取り戻すこともできるでしょうよ」



 01/



 大所帯のパーティーにマリアとシャリアを加えながら、俺たちはさらに地下道を進んでいた。


「あなたも黄色の愚者が何をしようとしているのか知らない訳なんですね」


「ええ。父が聖教会のジョンと何かを結託して、よからぬ事を企んでいることくらいしかわかりません。そもそも私と父はそこまで交流がありませんでした。精々、母を通じて時折近況を私が報告するくらいです」


「まて、黄色の愚者のことを父と言ったな。黄色の愚者の伴侶と言えば、ロマリアーナ王国の法王だろう。ということはアレか、お前は俺の従姉妹か?」

 

 情報交換に突如としてヘインが割って入ってきた。従姉妹? と俺たちが首を傾げる中、補足をいれてくれたのはやっぱりというか何でも知っているノウレッジだった。


「ロマリアーナは王制を敷いており、王が治める国です。ですが王国の中に市国とよばれる一つの街が独立した国家があるのですよ。それを統治しているのが法王でありマリアさんのお母様でもあります。そして王と法王は大体の場合親族同士です。今はご兄妹ですね。だからヘインさんとマリアさんは従姉妹関係という訳なのです」


 へー、そうなんだ。というか色々と新情報が多すぎる。整理するとマリアは黄色の愚者を父に、法王を母に持つ高貴なる血統でヘインの従姉妹と。ヘインは法王と親戚だから、その真意を知りたくてここにやってきている。ということはつまりアレか。俺は今からマリアの父親と戦わねばならんのか。黒の愚者の父親である俺と、マリアの父親である黄色の愚者同士でやりあうとは、よくわからんことになってきたな。


「ですがマリアさんがこちらについてくれるのはかなりの僥倖でもあります。正直なところ黄色の愚者は謎多き愚者で、全くと言って良いほど表舞台に出てこないのです。私も男性であることくらいしか存じません。愚者はそれぞれ世界を揺るがしかねない異能を持っていますが、黄色の愚者はどのような力をもっているのですか?」


 ノウレッジの問いにマリアは淡々と応えた。


「私も直接見たことは殆どありません。ですが父の部下曰く、雷を操ることができるとか。単純な破壊力だけならば、赤の愚者とある程度張り合うこともできると聞いています。直接やり合うのは自殺行為だからオススメしませんよ。目的と手段を間違えないで下さい。私の目的は父を止めること、あなたたちの目的はヘルドマンの心臓を取り戻すこと。父を倒すことではありません。だからこそ、この神の塔に詳しいノウレッジと、太陽の力を操ることの出来るアルテ、あなたを頼りに来たのです」


 雷を操るとか、もう殆ど神じゃん。人の領域超えちゃってるよ。いや、吸血鬼だけれども。まったく、厄介な手合いがこの世界には多すぎる。


「さて、ここを登ると塔の下層に向かうことができます。こちらのルートはロマリアーナも聖教会も手をつけていません。早いところ、塔の中枢に向かいましょう」


 マリアの案内で辿り着いたのは巨大な地下空間だった。何のためにあるのか分からない機械がひしめき合っており、その中央をこれまた巨大な柱が上層部に向かって伸びている。目をこらせば柱には螺旋階段のようなものが組み込まれており、そこから上へと登ることが出来そうだ。

 え、あれ今から登るん?


「聖教会は外殻を登って行くのですね。賢い選択だ。こちらは正直障害が多すぎますから」


 俺たちも賢い選択やろうよ。


「いい腕試しになるだろう。ティアナ、お前だけ先に上へ転移するか?」


 腕試しはもうお腹いっぱいです。


「いやよ。少しでも魔の力は温存したいわ。しかもこれどこまで続いているのかわからないじゃない」


 ティアナの言うとおりだ。これ歩いて登るとか正気の沙汰じゃない。


「ヘルドマンはこちらに任せろ。戦闘は任せるしかないが、それ以外のことは何でもボクに任せてくれ」


 レイチェルも頼もしいこといわないで。あ、魔導力学科の子達も決意を固めた顔をしない。


「アルテ」


 イルミが声を掛けてくる。何かな、と目線をそちらにやれば彼女もまた滅多に見せない、こちらを心配したような表情で口を開いた。


「あなたのたった一人の家族、必ず救ってみせるわ」


 いや、嬉しいけれどイルミちゃんそんなキャラじゃないやん。



 02/



「おっと、クリス仕事みたいだぜ」

 

 塔の外殻は複雑な構造をしていた。上部へと繋がる自動昇降機があったと思えば、ひたすら下へと降りていく降り階段。垂直に移動できる梯子、どこにつながっているのかわからないパイプシュートといった具合に混沌としている。

 ロマリアーナと聖教会の人間たちはそんな塔の外殻をひたすらに進んでいた。


「どういうことだ。工員たちの疲労をまた声で忘れさせるのか。あまり繰り返すと死ぬぞ」


「違う違う。そんなくだらないことじゃねえ。例の狂人たちが俺たちの下まで来ている。こいつらをどうするのか考えるのがお前の仕事だ」


 言われて、クリスは歩みを止めた。意外なことに、眼前の人類最強は一人で突っ走る気はないらしい。人類最強、アキュリスもクリスの疑問を感じ取ったのか、自身の考えを口にする。


「確かに俺は狂人と刃を交わしたいと思っている。だが、後先考えず突っ走ることが愚かであることも知っているつもりだ。だからこそ、判断力に優れたお前の言うことに従おうと思う」


 こういうところが厄介なのだ、とクリスは歯噛みする。ただ武力に優れるだけならば、どうとでもやりようはある。だがこいつは、アキュリスはそうではない。どこまでも狡猾で冷静だ。熱い激情と冷徹な観察眼を併せ持つ希有な人物である。


「…………迎え撃とう。ただ、お前と私の二人でだ」


「その心は?」


「私の『声』で戦うには、味方は少なければ少ないほどいい。アルテ達を相手にして出力の調整はできない。有象無象を連れていくと狂死する奴があとをたたない」


「————その言い分だと、俺は死んでも良いみたいだけど?」


「はん、お前が死ぬものかよ」


 クリスが手にしていたネクロノミコンを開き、臨戦態勢を整える。アキュリスはその様子を見て、愉快げな声で笑った。


「なら、狂人行きの直通を用意してやるよ。ついてきな」


 瞬間、アキュリスの手にしていた大剣が振るわれる。床に幾多もの線が刻まれ、そこが綺麗に抜け落ちた。


「クリス殿!」


 随伴していた部下達が慌てた声を上げるももう手遅れだ。アキュリスとクリスは突如として出現した奈落に吸い込まれていった。



03/



 誰も来た、とは言わなかった。そんなもの全身に襲い来る圧力で言葉にするまでもない。黄金剣を抜く。俺は上から落ちてきた人類最強と切り結ぶ。


「っ! おい! お前の反射神経どうなってんだ! 完全な奇襲だったろ!」


「『宣誓! 全員動くな!』」


 アキュリスの大剣と俺の黄金剣がぶつかり火花を飛ばす。向こう側ではクリスが全員を声の魔の力で押さえつけていた。唯一効果がない俺だけがアキュリスと剣を交わしていく。


「やっぱ最高だよあんた! 赤の愚者のお気に入りは流石だねえ!」


 斬り合う中でわかってくることがある。アキュリスの剣筋がどこか見覚えがあるものだということだ。でもわからない。いつどこでこの剣筋を見たのか思い出せない。


「——————ちょっと待ってアルテ! そいつ!」


 必死にクリスの呪いを解除しようともがくイルミが声を上げた。彼女はアキュリスを視界に入れ、驚愕に顔を染めている。その様子を見てクリスが「そうか。イルミはあの時私といたな」と呟いていた。

 そしてアキュリスも愉しげな声で笑った。


「ああ、そうか。アリアダストリスの出来損ないは前の俺を知ってるのか。堅物設定の弱っちい奴だったろ? お前の狼に食い殺される感触、まだ覚えているぜ」


 何がどういうことかわからない。ただ思考を数瞬でも止めてしまえば、こちらがバラバラに切り刻まれるという現実だけは理解できる。

 七合、八合と剣閃だけが増えていく。互いに決定打を生み出せないまま、時間だけが過ぎる。


「アキュリス、余り時間がない。『分けるぞ』」


「合点承知!」


 瞬間、アキュリスが離れた。誰の所にも向かわせまい、と足を踏み出そうとする。だがそれよりも先に、クリスが叫んだ。魔の声が世界を壊す。


『宣誓! 塔よ! 分かて! 狂人を撥ねのけろ!』


 仲間達の姿が急に離れていく。こちらに手を伸ばすイルミに全く届かない。レイチェルが何かを叫んでも、もう声すら聞こえない。ヘルドマンも、アズナ達も、ノウレッジも、エリムも、そしてティアナもその姿が見えているのに、俺だけがどんどん遠ざけられていく。


「つかまりなさい!」


 だが例外が一つだけ。

 左目を血よりも赤いあかに染めたマリアがこちらに飛んできた。吹き飛ばされそうになる俺を抱きかかえ、けれども吹き飛ばされる力が余りにも強すぎて、二人してその場から強制退場させられる。


 俺とマリアは他の面々を残して、塔の下へ真っ逆さまに堕ちていった。



04/



「驚きました。クリスさん、もう塔の支配権を手に入れているとは」


 吹き飛ばされていったアルテを見て、ノウレッジが冷や汗交じりの声を絞り出す。

 クリスは「いいや」と苦笑しながら答えた。


「今のでもう魔の力は使い果たした。たった一度きりのとっておきだ。アキュリス、狂人は排除した。厄介なマリア次長を巻き添えにしたのも幸運だ。後は任せる」


 そう言って、クリスがその場に倒れ込んだ。どうやら意識そのものを失っているらしく、身動き一つする気配がない。

 アキュリスはそんなクリスを庇うように立ち、残された面々を静かに見渡した。


「さて、誰からやるか? そこの槍使い、試してみるか?」


 クリスが倒れたことで、体の制御を取り戻したエリムが立ち上がる。彼は言葉を発することもなく、ただ正面を見据えて槍を構えた。


「ティアナ、どれだけ稼げば良い?」


「随分弱気ね。でも賛成。十五秒。それで安全な座標を割り出す」


 言葉はそれだけだった。エリムの姿が消え、アキュリスの眼前で火花が散る。槍と剣がぶつかり合い、アルテの時よりもさらに高速の剣戟が世界を切り刻んでいく。


「ティアナ! アルテの所に跳んで!」


「無理よ。あの男の位置が全く分からない。塔の中心部に転移して、一度体勢を立て直すわ」


 イルミの懇願に対し、ティアナは冷静に返した。それに加えて、魔の力を少し寄越しなさい、とイルミの腰元に括り付けられていたポーションを一つ掴み取る。


「うわ、やっば。これ、常人が飲んだら即死ね。でもこれはいいわ。エリム、もう大丈夫よ」


 一際大きな火花が散ったと思いきや、ティアナの眼前にエリムが飛び込んでくる。術式の発動は一瞬だった。世界がぶれ、ノウレッジたち他のメンバー全てを巻き込んで、ティアナの転移は完成していた。


「ありがとうございます。ティアナさん、助かりました。人類最強、あれはまともに相手をしていいものではありません」


 汗を拭いながら、ノウレッジが立ち上がる。彼は転移後の周囲を見渡すと、静かにこう呟いた。


「神の塔の最深部、そこに我々は辿り着いた。ここを登り切れば、私たちの目的は達成されるでしょう」


 そこは無機質な塔の外見からは想像できない、自然溢れる森林だった。

 上を見上げれば月の民にとっては猛毒の青い空が広がり、その遙か果てまでに、世界を貫かんばかりの巨木がそびえ立っている。


「ご安心を、仮初めの日光です。あの巨木は概念的なもの。あの麓に辿り着けば自ずと最上部まで向かうことができます」


 余りにも現実離れした光景に、エリムを含め誰も声を上げることが出来なかった。

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