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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第六章 黄の愚者編
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第118話 「酔っ払い」

がんばるぞー。

「レイチェルは生まれた時から、魔の力よりも太陽の力の扱いに長けていました。このサルエレムでは時折、そういった子どもが生まれます。たいていの場合は特に問題もなく周囲に溶け込みながら生きていくのですがあ、彼女の場合は事情が少し違いました」

 

老婦人————レイチェルの母親であり、エバと名乗った彼女とテーブルを挟んで向かい合う。カーテンの隙間から、昇り始めた太陽の光が漏れ込んでいた。


「余りに扱うことの出来る太陽の力が大きすぎたのです。彼女に触れられた使用人は火傷し、彼女が弄った魔導具はすべからく使い物になりませんでした」


 なんか今のイメージと全然違うな。普通にイルミに触れているし、けが人を生み出した光景を見たことがない。魔導具についても手先の器用さを考えれば、興味本位で触って壊していたと言われたほうがしっくりくるくらいだ。


「それに、本人は太陽病のせいで虚弱だったと思っているようですが、事実は違います。あの子の体質はこの街で生きていくには余りにも酷すぎました」


 アルテさんも恐らくお気づきでしょう? と問いかけられる。


「ここは聖地に近すぎるせいか、魔の力の密度がその他の地域とは別格です。彼女は魔の力の抵抗力が弱かった。これが問題だったのです。滞留する魔の力に体を蝕まれ、いつ神の元へ召されてもおかしくない日々が続いていました」


 なるほど。太陽の力をメインに扱う体質のせいで、この町で生きていくのが難しかったのか。特に感受性の高いノウレッジが「酔いそうだ」というくらいだ。魔の力に対する抵抗力がなければ、ここで生きていくのは難しいのだろう。


「夫とは何度も話し合いました。夫は隊商に預けて東の地に連れて行くことを考えていました。ですが私は血縁の伝手がある修道院に頼み込んで、西に連れて行くことを訴えました」


 その後、どうなったかはもうご存知でしょう? とエバは自嘲気味に笑う。

 レイチェルはその後、いろいろあってシュトラウトランドでトーナメントにのめり込んでいったのだ。


「夫はずっと苦悩し続けていました。まだ十ほどだったレイチェルに対して『ここへは自分の足で戻ってこい』と告げたことをずっと後悔していました。中途半端な未練を与えるくらいなら、きっぱりと決別するべきだったと常に嘆いていたのです」


 だからでしょうか? とエバは小さく微笑んだ。


「あの子が帰ってきた報せを受けたとき、全ての商談を投げ出して会見の場を用意していました。今も自室でめそめそと泣き続けています。あなたにもたいそう感謝をしていましたよ。もちろん、わたくしも同じ気持ちです。本当に、本当にあの子をここまで連れてきてくれてありがとう」


 深々と頭を下げられた。そうか、根無し草と自嘲気味に笑っていたレイチェルもちゃんと帰るところはあったのだ。


「こちらは先ほど夫が空けたワインです。本当は娘と飲み交わしたいのでしょうけれど、恐らくそれは適いません。礼は致します。どうかこのワインを今からレイチェルのもとへ届けて頂けませんか?」


 老婦人が机の上に置いたのは、栓が抜かれた酒瓶だった。俺は「わかった」と二つ返事でそれを受け取る。


「では朝分遅くに失礼致しました。自室へ戻らせて頂きます。————あ、それと家人達は皆離れで休んでおります。お連れ様達も別棟でおくつろぎです。この棟にはあなたとレイチェルだけ滞在しています」


 ん?


「もちろんアルテさんもこのワインを味わって下さい。なにぶん酒精の強いものですから、うっかり孫が生まれても誰もとがめやしませんよ」


 おい、レイチェル。お前の母ちゃん、そうとうアレだぞ。



01/



「で、わざわざ持ってきてくれた訳か。ありがとう。一緒に飲もう」


 レイチェルも多分起きているだろうな、と考えていたら予想通りだった。ついでにイルミも同じ部屋で寛いでいた。たぶん、色々と理由を付けて抜け出してきたんだろうな。


「————イルミは酒を飲んだことがあるのか?」


「ないわ」


 ならやめておくか? と問うたレイチェルに対して「私ももらう」と食い気味に答えていた。もしかしたら飲酒というものに前から興味があったのかもな。

 そういえばイルミって何歳くらいの年齢なのだろう? 17とかくらいか?

 そんな聞きにくい質問にを代わりしてくれたのはレイチェルだった。


「余り幼いと体に害があるからな。どうせその姿形も実年齢の離れているんだろ? イルミはどれくらい年を重ねているんだ?」


「さあ? でも20年以上は数えているかも」


 え、そんなに? なんか月の民って、やっぱり俺と違う生き物すぎない?


「姉の血のせいかも。肉体的変化が乏しいの。ここ最近背が伸びてきたのが異常なくらい」

 

 成長期じゃなかったのね。でも確かにあったときからしばらくの間は、全く容姿変わっていなかったもんね。


「ならいいか。ほら、少しだけ口に含んで薫りを楽しみながら飲むものだ。口当たりが良いからついつい早く飲み干してしまいがちだが、そうなるとしばらく頭痛に悩まされることになるぞ」


 グラスに注がれたワインをイルミが受けとる。いわゆるワイングラスではなく、陶器製の分厚いコップだ。なんかイメージと違うけれども、まあいいか。


「アルテもほら。どうせ明日には聖地の神の塔へ向かうんだ。景気づけに一杯やるのも悪くないだろう」


 三人がそれぞれカップを持つ。二人がこちらを見てくる。これはアレか、俺に乾杯を言えというのか。難易度高くね?


「————死ぬな。それだけだ」


 もっと気の聞いたこと言わんかい。でも本音であることは間違いない。ここまで三人で長いこと旅をしてきたのだ。ユーリッヒを助けた暁にはまたこのメンバーで世界を回りたいものだ。


 二人は俺が東に行きたいと言えば、ついてきてくれるのだろうか。


「うん、アルテ、うん」


 全員で一口ワインを口にした。イルミが速攻でぶっ壊れた。

 顔を真っ赤にして、べたべたべたべたと俺に纏わり付いてきた。


「ねえ、アルテ。またちゅーしよ。ちゅー」

 

 ちょっ、おい、それはあかん!


「ふーん、ふーん、へー、ほー、ふーん」


 レイチェルの足がこちらの腹を蹴りつけてくる。格好付けて少しずつ楽しむものだ、と宣っていたくせに、いつの間にか瓶から直接ごくごくとワインを飲み始めている。いや、ダメだろそれ。


「れろ。アルテ汗掻いている? しょっぱいね。くすくす」


「ほー、ほー、ほー、へえー、そうなんだー」


 今までこの二人と酒盛りしたことがないから気が付かなかった。

 こいつら絶望的に酒癖が悪い!


「あ、れいちぇる。だめ。わたしがさき」


「ざんねん、ボクのほうがさきにすませてるから」


「たいようのちからこうかんはのーかん」


「いーもんねー、ボクたちだけのそれがあるもんねー」


 ぐりぐりとレイチェルが額をこちらのそれにこすりつけてくる。イルミはそれを押しのけようと躍起になっていた。

 思っていた酒宴と全然ちがう!



02/



 絶対二日酔いだろ、と思っていた二人はけろっとしていた。月の民マジ理不尽。俺も吸血鬼の呪い由来の回復力で何事もないといえば何事もないが、気怠さだけは体に残っている。


「————さて、出発しましょうか。今から南に進路を取り禁足地を目指します。途中、中規模の廃墟群があるのですが、そこから地下通路を通って神の塔に乗り込むことができます。こうすればロマリアーナの軍勢とかち合うことなく、内部に侵入することができるでしょう」


 マジで何でも知ってるんだな。どこでそんな情報を仕入れてくるんだ。


「アルテさん、少しよろしいですか」


 出立の打ち合わせをしていたら、こっそりとγに声を掛けられた。彼女に呼ばれてパーティーを言ったん離れると、「これからのことで相談と報告があります」と告げられた。


「本当は最後までお供をしようと考えていましたが、昨日、αから呼び出しを受けました。どうやらβを起動させる作業を手伝って貰いたいそうです」


 げ、βってあれか。レストリアブールで俺とヘルドマン二人がかりで何とか倒した、滅茶苦茶強い赤いの愚者の眷属だ。


「————懸念は最もですがご安心を。βを含めて、私たちの主である赤の愚者からは最優先である命令を受けています。今度会うときはβも含めて、敵ではないと思います」


 ただ、味方とも限りませんけれども。

  

 そう申し訳なさそうに笑って、γはふっ、と眼前から姿を消した。相変わらずの神出鬼没っぷりである。赤の愚者、すごすぎん?


「おや、γさんはもういかれましたか」

 

 ノウレッジの元に戻ったら特に驚かれる様子もなくそんなことを言われた。いや、なんでわかるのよ。


「なら私がヘルドマンを連れて行こう。私はゴリアテありきの戦力だからな。私自身の手が塞がっていても問題ないだろう」


 ぐったりとしているヘルドマンをレイチェルが背負う。

 それぞれの荷物はゴリアテの背後に括り付けられた大きめの籠に詰め込まれた。


「では最後に確認です。魔導力学科のみなさん、これからどうされますか? 成り行きでここまで来て頂きましたが、私が安全を担保できるのはここまでです。ここからエンディミオンに戻りたいと言われるのならば、帰りの手筈は整えます」


 ノウレッジが生徒達に問いかける。意外なことにその問いに真っ先に答えたのはヘインだった。


「俺は法王が何を考えてこの派兵を行っているのか確かめる義務がある。もとより一人でもついていくつもりだ」


 なんかいつも偉そうにしているな、くらいのイメージしかなかったが彼は彼なりに王族の矜持というものがあるようだ。見直したぞヘインくん。


「ヘインがついていくのなら僕たちも同行します。それにエンディミオンに籍を置く物として、聖地の中心に何があるのかは確かめない訳にはいかない」


「私もアズナと同じ考かな。それにせっかく友だちが頑張ろうとしているんだもん。役に立てるならもう少しお手伝いしたいな」


 ちらっと目線を寄越したアズナに対して、イルミは少し頬を赤らめて視線を取らした。え、なんか今の光景滅茶苦茶嬉しい。


「皆がいくなら、私もついていくよ。ねえ、お兄様」


「怖いけど、なんとかなるよね。ねえ、お姉様」


 魔眼の双子、エリーシャとカリーシャも同行を表明する。サルエレムを目指すに当たって、彼らの魔眼は大いに役立っていた。魔の力や太陽の力を視覚的に関知できる技能は非常に心強い。


「無論」


 最後にヴォルフガング。彼に関しては戦闘要員としても期待できるだろう。アルテミスの体でボコボコにしていたが、彼自身は普通に強い。


「ありがとうございます。私はあなたたちのことを決して足手纏いとは思いません。きっとそれぞれの力が必要になるときがくるでしょう」


 ではアルテさん、とノウレッジが向き直る。


「いきましょう。大丈夫、僕たち二人だけでも何とかなってきたのです。これだけの心強い方々がいれば、きっとユーリッヒは元気になりますよ」



03/



 魔獣の一撃に右腕を食いちぎられる。されどマリアは止まらない。半身のまま鉄槌を振るい、化け物共を肉塊へと変えていく。


「————神の塔周辺、状況安定しました。もう魔獣の姿は確認できません」


 聖教会とロマリアーナの合同軍は、バベルの塔の直ぐ目の前まで迫っていた。

 ただ塔が近づくにつれて、魔獣の出現頻度が急増しており、人的被害が加速度的に増えつつある。


 トンザとユズハも戦いに参加しているが、主兵力はマリアだった。

 彼女は自身の肉体の損傷も畏れぬ特攻戦術で、魔獣達を塵芥へと変えている。


「くそっ、こういうとき全体に破壊をばらまけるあの蜘蛛女がいればいいのに! 肝心な時に役に立ちませんね!」


 血まみれになった法衣を脱ぎ捨て、頭から水を被りながらマリアが毒づいた。

 ユズハとトンザが慌てて布でマリアを隠そうとするが、彼女は別に良いですよそんなもん、とほぼ全裸のままあぐらをかいて腰を下ろす。


「トンザ、ユズハ、実は狂人がかなり近くに来ています。恐らく接敵するのも時間の問題かと」


 二人に世話をさせながら、マリアが小声を漏らす。二人は何もリアクションを返すことはなかったが、耳だけはしっかりと主の声を拾おうとしていた。


「今回のこと、余りにも不思議な事が多すぎる。私は一度、狂人と接触し、ヘルドマンの現状も踏まえて情報を集めようと思います」


 二人が手を止めなかったのは強靱なる意志によるものだった。自分たちの主が、聖教会を欺いて狂人とコンタクトを取ろうとしているという事実を飲み込めたのは、ひとえに彼女のことを信じているから。


「ジョンは何かを隠している。父も何を企んでいるのかはわからない。不思議とあの狂人はそれらの目論見を知っているような気がします」


「————ですがどこで会見されますか。ここでは余りにも周囲の眼が多すぎる」


 マリアに法衣を着せながら、ユズハが問う。マリアは貫頭衣に頭を通しつつ応えた。


「左目を抉るという失態で、術式が全員にバレたのはよくなかった。もしかしたらジョンなどは私を監視しているかも。ですが、軍勢の進行をとどめない限りは何もしてこないでしょう」


 続ける。


「塔の中で狂人に近づきます。その時、お供はシャリアだけでよろしい。あなたたちは足手纏いで置いて行かれた風を装って下さい。そのままジョンの監視を願います」


 着替え終わったマリアが立ち上がり、鉄槌を拾い上げた。まだ塔まで距離があると言わんばかりに、軍勢の先を突き進んでいく。

 ふとマリアが見上げたのはようやく姿の見えてきた神の塔。


 何故ここまで近づかなければ視認できなかったのか、と疑問に思わせるほど、余りにも巨大な建造物。

 空を裂き、雲を貫くそれは、太陽の時代の墓標そのものだった。

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