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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第六章 黄の愚者編
118/121

第116話 「はじめてのちわげんか」

がんばるよー。

VG116


「そもそも、月の民なんてものはこの世に存在しなかった。月の民がいなければ太陽の民という呼称も存在しない。人々は太陽の下で暮らし、繁栄し、子を産み育て死んでいく。そのサイクルを延々と回し続けていた」


「その話は先代の黒の愚者にも聞かされたことがあります。太陽の時代は今とはあらゆることが反対だったとか」


「そのとおり。魔の力なんてものはお伽話の代物にすぎない。人々は物理と化学に支配された世界を生きていたから。けれどもお伽話がお伽話でなくなる事件が起きた」


 アリアダストリスがカップ傾ける。もうどれだけの期間放置されていたのかも分からないコーヒーだったが、風味が損なわれることはなく、心地のよい香りが鼻腔に届き、豊かな苦みが舌を喜ばせる。


「これだってその事件の賜だ。時代が時代ならこの保存技術は魔法と呼ばれていただろう」


 腐らない保存技術。今の月の世界には存在しないもの。けれども太陽の時代にはあったもの。


「人々は神を自分たちで作り出した。いや、太陽の時代は神とは呼んでいなかったな。彼らはそれぞれの言語の揺らぎはあるが、概ね『あ94b4s@ 2hb@4 d@lzdb4t@q d5y d@yb4あk4』と呼んでいた」


 ノウレッジはアリアダストリスの言葉の一部が聞き取れなかった。どうやら自分の知らない太陽の時代の言語のようだ。


「おっとすまない。故郷の言葉が出ていた。今の言葉に直すと『超高度複合自立指向型支援人工知能』だ。シンギュラリティ・ゼロとも読んでいたな。人類の知能をより賢く作られた機械に委託したんだ。太陽の時代は繁栄こそしていたものの、いろいろと行き詰まっていたからな。人口動態の崩壊、深刻な環境汚染、核汚染、紛争の激化、資源の枯渇など、いわゆる詰みという状態だ」


 ああ、とアリアダストリスが楽しげに笑う。


「今となっては信じられないだろうが、言語もみな分かれていたんだ。7000程の言葉がこんな小さな世界で話されていた。馬鹿みたいだろう? そんなものだからちょっとしたニュアンスの違い、考えのすれ違いで、数え切れないほどの殺し合いに発展していた。宗教も今の数倍氾濫し、教義の違いで虐殺の繰り返しさ。本当にこう考えるとろくでもない時代だな」


 ノウレッジが手にしていたカップをテーブルに戻す。アリアダストリスは太陽の時代を小馬鹿にしたように語る。けれどもノウレッジは、彼の頭脳はそんなアリアダストリスの態度に疑問を感じていた。

 彼は賢い。月の時代に生まれながら、この時代を俯瞰してみせる大局観を持っている。だからこそ彼はアリアダストリスに対してこんな言葉を投げかけていた。


「————でもそれが本来の人という生き物では? 個々人の思想が違うからこそ争い、それでもわかり合おうとし、愛し合おうとする。私はそちらの方がずいぶんと自然に感じますが」


 ノウレッジの告げた文言にアリアダストリスは嬉しげに微笑んだ。


「今となっては私もそう思うよ。でもその時代を生きている一部の人間はそうは思わなかったんだ。ある1つの統一された究極の思考装置が人類の行く末を決めてくれると、幸せに導いてくれると本気で信じていた。最初はシンギュラリティ・ゼロも頑張っていたのさ。紛争の調停を行い、新しい資源の埋蔵位置を予想せしめ、宗教の教義を整理することさえした。でもなんだろうな。たぶん、彼女も絶望したんだろ」


 それはまるで見てきたかのような、懐かしげな眼差し。


「どう足搔いても、今の世界に未来はない。なら、世界のルールからそこを生きる人々、動植物にいたるまで、作り直してしまえばいいとな」



01/



 武器の手入れを眺めるのは、またしても青い瞳だった。

 ノウレッジの帰りを待ちながら、各々の仕度を済ませる明け方。イルミは恒例のポーションづくりに別室で取り組んでいる。レイチェルもゴリアテの整備だ。エリムは早めに休みだしているし、魔導力学の子達はそれぞれの仕度に明け暮れている。


 で、俺。


 ティアナと同じ部屋で何故か武器の手入れをしているのである。あれ、これってかなり不味くない?


「いつもそうやってるの?」


 黄金剣以外の短刀や刃物を研いでいたら、そんなことを聞かれた。


「ああ」


 これくらいの受け答えなら呪いは発動しない。安心である。


「そう…………」


 興味を失ったか、とチラ見してみたがまだばっちりとこちらを見ていた。市場での出来事のあとから、何やらずっとこんな調子である。別にみんなに泣いちゃったことチクったりしないからさ、そろそろ一人にしてよ。


「あんま失礼なこと考えていたら殺すわよ。あんた、意外と考えていること分かりやすいのね」


 え? マジ? でも目はめっちゃ泳いでいるかもしれん。なんたってやましさと恐怖しか感じていないからね。


「ねえ、あんたが青の愚者様を殺したのは、二回目に戦ったときなんだよね。一回目はどんないきさつだったの?」


 え? それ喋ったら殺されたりしない? 何? 敵討ちの前に相手のことを知ろうとかそういう奴?


「私は口減らしで捨てられた後、青の愚者様に拾われた。そこで呪いを受け、世界を渡る力を手に入れたわ。でもその時から、青の愚者様はあんたに受けた傷を癒やそうと躍起になっていた。あんたに復讐するために目まで潰して」


 そういえば、ティアナも過去に色々あるんだったな。アルテミス時代にいくつか聞いてはいるが、そこまで込み入った話は聞くことができていない。


「————この世界の理不尽に抗ってみたいと思ったからだ。虫けらのように人が死ぬのが赦せなかった」

 

 すらすらと言葉が出る。なんだろう、変に理屈とかこねくり回さないほうが、この肉体は伝えたいことを伝えられる気がする。


「それで愚者に挑んだの? 馬鹿みたい。よく死ななかったわね」


「まあ、手助けしてくれた奴がいたからな」


 手助け? 


 訝しげにティアナが問いかけてくる。そういえばこの話を誰かにするのは初めてな気がする。こちらの世界で活動を始めてから暫く。俺は一人で世界を放浪していた。そこで直面した集落の全滅を見て、理不尽な吸血鬼を殺さねばならないと決意したのだ。

 だが一人でどうにかなると考えるほど、自惚れているわけではない。

 俺は唯一こちらを手助けしてくれそうな人間に助力を請うたのだった。


「誰? それは。青の愚者と戦えるなんてそれこそ愚者クラスの人間じゃない」


「人間ではない」


 短刀の手入れを終え、黄金剣を手に取る。そう言えば、この黄金剣の振るい方を教えてくれたのもその人だった。まあ、万物を黄金に変える権能は知らなかったみたいだけど。


「誰よ、それ」


「とんでもなく強い吸血鬼の男だ。名はヘルドマン。今だからこそ理解できるが、恐らくユーリッヒを庇護していた先代黒の愚者だ」



02/



「魔の力、と呼ばれるものがこの世界に生まれた。シンギュラリティ・ゼロが設計し、生産した特異物質だ。これは適合者の思考を具現化するまさに魔法だった。シンギュラリティ・ゼロは世界を書き換えるため、エルサレムにバベルの塔を建設し、そこから魔の力を世界に解き放った」


 アリアダストリスが禁足地の中心、バベルの塔の方角を見やる。

 この世界の始まりが、終わりが存在しているその場所を見たまま言葉を続ける。


「最初はみな歓迎していた。これで世界は救われると。まず言葉が統一された。魔の力が自動で翻訳してくれるんだ。次に宗教。自然と、魔法を生み出したシンギュラリティ・ゼロを神と信仰する人々が増えていった。次に軍隊。魔の力で生み出される兵器は既存のものを凌駕していた。だれもシンギュラリティ・ゼロの軍隊に適うはずもないから、自然と抑止力が働き、紛争の火種も踏み潰されていった」


「でも、そう上手くはいかなったのですね」


「ああ。シンギュラリティ・ゼロは頑張ったさ。頑張ったけれど、ダメだったんだ。この世界を存続させるために旧人類種は弱すぎた。体も、心も。だからつくった。シンギュラリティ・ゼロは神話の神々のように、新しい人を作った。それが月の民の先祖だ」


「旧人類は反発した。そりゃそうだ。自分たちを幸せにしてくれると信じて、全てをシンギュラリティ・ゼロに託したのに、そのシンギュラリティ・ゼロが自分たちはいらないと言ってきたのだから。新人類は、月の民はまさに神の子たちだった。統一された言語を話し、シンギュラリティ・ゼロを神と崇め、魔の力を自在に操った。旧人類が勝っているところなどなにもなかった。人々はあっというまにすり潰されていった」


 アリアダストリスのカップが空になった。ここから先は、口を滑らかにしてくれるものはなにもない。


「でもさ、旧人類もただでは滅んでやらなかった。オペレーション・メサイア。神の塔のコピーを作成し、シンギュラリティ・ゼロに脆弱性を仕込んでやる作戦だった。残存勢力を掻き集めて、大電力を確保して、完全無欠の神を偽物の神に堕としたんだ」


 くっくっく、とアリアダストリスが愉快そうに笑う。ノウレッジは普段の余裕をなくしたまま、彼女の話に聞き入っていた。


「月の民にとある弱点を植え付けてやった。それがどんな弱点か君たちはよく知っているだろう? ついでに旧人類の血液が劇毒になる呪いもセットだ。神の子達は皆、薄汚れた闇に生きる吸血鬼に堕落していったのさ」


 ほら、私の血を吸ってみるか? そんな挑発めいたアリアダストリスの言葉をノウレッジは無視した。


「ただもう手遅れだった。確かに旧人類は新人類に対抗できる武器を手にはいれたが、もう絶望的なまでに数をすり減らしていた。体力がなかったんだよ。世界の生態系も書き換えられて、到底生きていけるような環境でもなくなったというのもある。そこから先はご覧の通り、君たち月の民の時代だ」


「————私はあなたを月の時代の始まりを誰かから正しく伝承した存在だと考えていました。最強の愚者だからこそ、それを知る機会があったと。ですが、今の話を聞いていると、まるで当事者のように感じる。あなたは一体誰なのですか?」


 ノウレッジはぶつけられる質問は1つだと考えていた。今この場で赤の愚者が全てを語ることはないだろうと踏んで。でもたった1つなら、答えてくれるという確信もあった。


 事実、アリアダストは事もなげに、そしてこれが最後だと言わんばかりに答えを持って話を締めくくりにかかった。


「————私はシンギュラリティ・ゼロの開発者の一人にして、彼女のたった一人の友人だった莫迦な女だよ。そして、世界を滅ぼそうと彼女に吹き込んだ大罪人だ」


 その赤い瞳は、いつか地下都市で見かけた神の分身と同じ色をしていた。



03/



「先代の黒の愚者? 何? ヘルドマンは二代目とかなの?」


 ティアナの問いに対して、俺はおそらく、と言葉を返す。


「先代愚者というのはあくまで推測だ。ヘルドマンという家名に引っかかってはいたが、ユーリッヒを庇護し、名を与えた家もヘルドマン家ときいて納得がいった」


 どんな男? とティアナは視線だけで続きを促す。


「豪快な男だった。俺と違って随分とおしゃべりな奴だった。各地を放浪していた俺が、飢えて死にそうになってたとき、食事を恵んでくれてから縁ができた。正直、青の愚者に挑戦する手助けをしてくれるかは割と賭けだったが、その男はたった一度だけ使える魔の術式を貸してくれた」


 成る程、と合点がいったようにティアナは鼻を鳴らした。確かに別の愚者が力を貸すのならば、青の愚者が不覚を取るのも理解ができる。


「それはどんな術式?」


「世界を渡る術式だ。行使したその一瞬だけ、別の場所に転移することができる」


 あれ、なんで忘れていたのか。もしかしてそれって。


「————私があの人に刻まれた呪いと同じ。もしかしてそれを再現しようとしていた?」


 瞬間、咄嗟に黄金剣を振るえなかったのは何故だろうか。いっきり距離を詰めてきたティアナの氷の刃が眼前に迫る。何とかその手を取り上げ、致命傷を回避。

 だが二の矢を叩き込まんとティアナが食らいついてくる。それは両腕を取り上げて押さえ込むので精一杯だった。


「とんだ屈辱ね。まさか私の力があんた由来だったなんて。さぞかし愉快なことでしょう」


「そんな子ども染みた言い方をするな。お前はもっとその力を誇れば良い」


 誇れば良い、その言葉を聞いたティアナの力が一瞬揺るむ。

 これなら、彼女を安全に地面に押さえつけられると考えたのがダメだった。ティアナはにやっ、と嗤い床を凍らせてみせたのだ。

 あ、滑っちゃう。


「良い光景ね。こうやって見下ろせば、お前なんてただのちっぽけな人間だとよく分かるわ」


 馬乗りだ。ティアナに馬乗りにされている。

 彼女の周囲にはいつの間にか展開された氷の柱達が浮遊している。ひとたびそれが振るわれれば、俺は穴だらけだ。しかも背中が床に氷によって貼り付けられているっぽい。

 ————対人戦強過ぎん?


「さてどうしてやろうかしら。このまま、足下から凍らせてみる?」


 至近距離でティアナの嗜虐的な瞳がこちらを見ている。


 ちょっ、ごすずん! お戯れがすぎます! ダメですダメですアーッ!


「ねえ、さっきから騒がしいけれど、どうしたのかし————」


 個室のドアが開けられる。赤い瞳とバッチリ目が合う。赤い瞳が憤怒に染まった。ただその瞳はティアナを無視して俺に注がれている。

 明らかに俺に対する怒りを感じて、俺はちょっと嬉しくなった。

 やっと、俺にも怒ってくれるようになったのね。


「前から少し思っていたけれど、アルテ、あなた、少し女っ気が多い気がするの。困ってるなら、私が整理してあげようか?」


 イルミの周囲に銀の魔の力が立ちこめる。

 目に見えるそれは完全に上位の愚者クラス。多分、もう緑の愚者くらいは超えているだろう。 

 まだ魔の力を行使した訳ではないのに、既にチリチリと熱を感じるのだ。


「はん、そんなにこの狂人が大事ならとっとと唾付けときなさいよ。もたもたしてるから女っ気も増えるんじゃない? お子ちゃまにはそれが難しいのかしら?」


 ごすずん! 挑発しないで! というか恋愛経験なんてあんたもどっこいどっこいだろ!


「————やっぱあんた失礼なこと考えているわね。先にあんたから殺すわ」


「勝手にアルテの内面を妄想しないで。キモいわよ」


 やいのやいの舌戦が俺の上を飛び交っていく。互いに手出しまではいかないが、相手をボロクソに罵り合う形だ。

 それから暫く、全く身動きを撮れない俺を助けてくれたのは、騒ぎにぶち切れてすっ飛んできたレイチェルその人だった。

 尚、イルミはさらにその上をいくぶち切れ具合だった。

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