第114話 「再会(会いたくなかった!)」
槍の一撃を黄金剣で受け止めた。サイクロプスのパイルバインカーではない。
それと同等か、もっと重たい一撃だ。
幸い、黄金剣は折れなかった。
が、俺はその場に留まることが出来ずに遙か上空へと打ち上げられる。ノウレッジは骨が折れたと言っていたが、俺もどこか折れたかもしれない。
「———凍てつけ」
眼下で声。イルミが咄嗟に炎の結界を展開したのが見えた。世界そのものの時代が退行したと錯覚させるような、切り裂くような冷気がサイクロプスを包み込む。
太陽の時代の守護者の動きが鈍った。完全に凍り付かないのは流石と言うべきか、魔の力に対する耐性が高いせいだろう。
完全な落下まで残り数秒。
イルミから貰った魔の力のポーションを1つ飲み干す。黄金剣の権能が使えない問題。
俺自身は魔の力を生成することができないが、一瞬だけなら肉体を経由して流し込むことができる。これもαから受けた呪いの恩恵。
狙いはパイルバインカー。太陽の時代の叡智の結晶ならば、同じ太陽の時代のこの力は想定していないのではないだろうか。
黄金は何よりも尊く、そして柔らかいのだ。
「おお、あの神槍を切り落とすとは……」
ノウレッジが感嘆の声を上げた。黄金剣によって切断面が金に変えられたパイルバインカーは二メートルほどの長さで切り落とされ、地面に突き刺さっていた。
両手の武器を喪失したサイクロプスがこちらを見る。
「そこの銀色の。炎の巨人の時と同じよ。ありったけの熱を叩き込みなさい」
冷気の主がイルミに冷たく命令する。圧倒的な冷気からノウレッジと自身を守っていたイルミは、炎の結界を操作。銀色の超高熱がサイクロプスに纏わり付いていった。
「これで終りね」
短時間の間に超低温と超高温にさらされたサイクロプスの装甲板が砕けていく。太陽の時代の守護者は、主なき悲しき魔導人形が崩れ落ちていった。
「随分と逃げ回ってくれたがこれで終わりか。して、これが神槍か。思っていたものと随分と違うな。だが丁度良い。投擲した槍はどうやら砕け散ったようだ」
俺が捌いた折れた槍を捨て、その男は神槍へと歩み寄っていた。不味い、義手じゃない方の手、右腕がやはり折れている。時間が経過すればくっつくだろうが、今この瞬間、こいつを片手で相手をするのは不可能だ。
しかも最悪なことに、どうしてあいつも一緒にいる? ていうかお前、レストリアブールの地下に幽閉されていたのではないのか。
「軽いな。だが固い。それでいてしなやかだ。如何なる御業か神のみぞしる、ということか。だがこれはお前を相手取るのに必要なものなのだろう」
神槍を拾い上げた浅黒い男の目線がこちらに注がれる。どうすればイルミだけ逃がすことが出来る? ノウレッジにできることは何だ? 俺の右腕はあとどれくらいで治る?
「幾久しいな。友よ。健勝だったか? と問いたいがどうやらお前、随分と弱くなったようだな。この俺を目の前にして雑念が多すぎる。少し前のお前ならば遮二無二にこちらに斬りかかっていただろう」
ずいぶんな過大評価どうも。でもこちとらもう妻帯もちなんでね、どうしても保守的にならざるをえないんだよ。
「無駄話をしている余裕はあるの? 決着をつけるなら早くして。私があの銀色のを押さえていられる時間はそう長くないわ。相性最悪だから」
男の隣の空間が歪む。世界が数瞬ブレたか、と思ったその刹那には、青としかいいようのない少女が出現した。相変わらずの反則級の力である。
これでいて元祖以上の冷気の使い手とくれば、男と併せて最悪の組み合わせだ。
「ふむ。なら神槍の性能も確かめたい。30数える間、粘ってくれ」
涼しげに言う男が槍を構えた。左手だけで、義手だけで黄金剣を構える。
『主様、何とかいなしてみせます。私の事はどうか気にされませんよう』
心なしか義手ちゃんの声も強ばっている。そりゃそうだ。だってこいつら、
エリムとティアナとかいう、俺に怨讐抱きまくっている二人組がこうして目の前で臨戦態勢なのだから。
01/
「アルテ!」
こちらに駆けだしたイルミの眼前に氷の壁が出現する。銀の火球をぶつけて溶かし尽くしても、直ぐさま次の壁が出現し、行く手を阻む。
「さて————」
言葉は1つ。エリムの姿がブレたと思えば、再び眼前に槍が迫っていた。
黄金剣をなんとか割り込ませて、槍を跳ね上げてみせるものの、片腕だから膂力がまったく足りない。
肩口を抉り取られ、左腕の根元があっというまに潰されてしまった。
『主様!』
義手が動き、次の一手を防ごうとするが肘から先でしか動きを作り出すことができない。
二手目。エリムが槍を突き出そうとして、ぴたりと動きを止めた。
「? 折れているのか。右腕が。どおりで」
ふと殺意が止んだ。見ればつまらなげにこちらを見つめるエリムと目が合った。
何となくエリムの考えていることがわかる。こいつ、俺が戦えないと分かった途端に、やる気を一気に失ったな。
「ティアナ。もういい。興ざめだ」
「は? 馬鹿なの? ちゃんと殺しなさいよ。そういう約束でしょう」
「お前はこの状態の狂人を討ち殺して、アルテミスとかいう女に顔向けができるのか?」
物騒な口喧嘩をするな。
というかどこでつるむようになったんだこの二人。考え得る限り最悪の組みあわせだ。どちらも俺に怨恨を持つ者。この二人に狙われるとなれば、ヘルドマンの心臓を取り戻す度そのものが瓦解しかねない。
「したり顔でわかった風に言うな。いいわ、私が殺すから」
ティアナがこちらに歩みを進めてくる。氷の剣を生み出し、全身に冷気を纏っている。エリムは露骨にやる気を失い、ただこちらを傍観するのみ。
どうする? 折れた右腕と抉られた左腕、これでどう戦う?
「————くそ、そんな情けない目でこちらを見ないでよ」
剣先が眼前に突きつけられる。ティアナの蒼い瞳と目が合う。不思議な感覚だ。アルテミスの時と同じく、殺されかけているというのに、その瞳に魅入ってしまう。
「なんであいつみたいな目をするのよ。あいつを殺したくせに」
剣が下ろされた。同時に氷の壁が解除され、イルミがすっ飛んできた。ずっと魔の力を行使し続けていたのか、息も絶え絶えで滝のような汗を流している。
それでも俺とティアナの間に立って、ティアナを鋭く睨み付けている。
「あんた、その狂人が大切なの?」
「愛しているわ。彼は殺させない」
赤い瞳と蒼い瞳がにらみ合う。イルミがこうして時間を稼いでくれている瞬間を無駄にはできない。何かできないかと思考を巡りに巡らす。
が、
「ノウレッジ、いつまで傍観しているつもり? あんた、私たちに言うことはないの」
こちらから視線を反らすことなく、ティアナがノウレッジに問いかけた。ノウレッジは折れた両腕に治癒の術式をかけつつ、「そうですねえ」と脳天気に笑っていた。
おい、お前ほんま一回しばくぞ。
「まあ、あまりカリカリしていても仕方がないでしょう。一回、食事にしませんか?」
は? ほんましばくぞ。お前。
02/
奇妙な時間だった。時刻は真夜中過ぎ。月の民にとっての正午だ。何故か俺とイルミ、そしてノウレッジ、エリム、ティアナの五人はたき火を囲んで座り込んでいた。
場所は、もともと劇場かなにかだったのだろう、円形の巨大な建物の屋内。石造りの床に持ってきた薪を積み上げて、鍋で肉やら野菜やらを煮込んでいる。
「堅パンですがどうぞ。スープに浸して柔らかくすると食べやすいですよ」
一人一人食事がノウレッジの手によってよそわれる。意外というか、予想通りというかエリムは「かたじけない」の頭を下げてあっさりと受け取っていた。ティアナも「ふん」と鼻を鳴らしながらも黙って受け取っている。
一方、イルミは器を受け取ることなく眼前に下ろさせた。俺もまだ両腕が死んでいるので受け取ることができず、同じように眼前の床に並べられる。
「では早速、いただきます」
「暗殺教団の神よ、今日の恵みに感謝する」
「————いただくわ」
ノウレッジとエリム、ティアナがそれぞれの挨拶でスープを口に運び始めた。何だこれ。何なんだこの時間。
というかお前らの情緒どうなってんの。さっきまで俺を殺そうとしていた奴らとは思えない。
あとノウレッジ、お前は絶対にいつかしばく。
「イルミさん、両腕が使えず食べにくそうにされているので、アルテさんを手伝ってもらえませんか」
あ、こいつそういう願いならイルミが断れないの知ってて口走りやがったな。卑怯だぞ。
「…………はい、アルテ」
スープに浸されてふやかされたパンが口元に運ばれる。エリムとティアナに視線を向けながら口に含んだが、普通に上手かった。だからこそ尚更腹立つが。
「狂人と畏れられた男が無様なものね。女の子に手伝って貰わないとろくに食事も取れないなんて」
「言ってやるな。俺の槍を受け止めて腕がもげなかっただけでも大したものだ。凡夫ならばあそこで死んでいた」
「情けないなんて思ってないから気にしないで、アルテ。私嬉しいわ。あなたの力になれて」
はい、と切り分けられた肉がスプーンによって食べさせられる。いやほんとなんだこの状況。あとイルミちゃん、順応が早すぎない? 心なしかいきいきとしてるし。
「うんうん。同じ釜の飯を食らうのはいいですね。きちんと対話するには、食事を囲むのが一番です」
「対話と言ったか。で、俺たちを食事に誘った以上、そちらにはなにか狙いがあるのだろう? 何だ、それは。話してみろ」
俺ではなくノウレッジに問いかけるあたり、俺の取扱説明書を心得ているエリムである。ま、どうせ俺はまともに喋れないしね。イルミちゃんに大人しくご飯でも食べさせて貰いますよ。
「見たところお二人はアルテさんにリベンジマッチを挑むため、ここまで来られたと見受けられます。違いますか?」
「その通りだ。ただ、こんなところで出会うとは思っていなかった。神の槍を手に入れれば、こんなところには用がないと考えていたからな。どうしてお前達がここにいる?」
「その様子だと、ロマリアーナの軍勢とは出会わなかったようですね。重畳重畳。あなたたちが先にあちらと出会わなくて本当に良かった」
「ロマリアーナの軍勢? どういうことだ?」
いつのまにかエリムとノウレッジの会話が進んでいた。ティアナは黙々と食事を続けている。前から思ってたけど、この子行儀滅茶苦茶良いな。聞いてた生い立ちだとそんなの学ぶ機会、殆どなかったろうに。青の愚者はそういう躾はしっかりとしていたのだろうか。
「黒の愚者の心臓が、黄色の愚者に奪われたのです。我々はそれを取り返すためにここまで来ました。ついでに申しますと、黒の愚者はアルテさんの実の娘です。アルテさんは父親として娘を救うためにここまできました」
おい、ヘルドマンは暗殺教団を壊滅させたんだぞ。いらんことを言って、エリムの逆鱗に触れたら————。
「…………成る程。お前の娘だったのか。あの怪物は。それならばあの強さは納得だ」
あれ? なんか思っていた反応と違う。
「つまらぬ復讐心と俺の志を一緒にするな。俺はお前に勝つためにここまで来た。槍を取りに来たのだ。十全のお前を打ち倒したとき、俺はイシュタルを超えた真の戦士になることができる。それ以外のものは全て些事だ」
「ということですよ。アルテさんが警戒されるのもわかりますが、今はいらぬ気苦労です。物事にはどんなことにも適切なタイミングがある。エリムさんと決着をつけるのは今ではありません。もちろんティアナさんともね」
話を戻しましょう。ノウレッジがそう仕切り直した。
「ロマリアーナの軍勢は禁足地の中心、サルエレムを目指しています。そこにそびえ立つバベルの塔、そこで黒の愚者の心臓を使い、偽物の神を呼び出す心づもりのようです」
「偽物の神? それって地下都市で滅ぼした奴? なぜあいつが生きている?」
確かな殺気を滲ました目でティアナがノウレッジを睨み付ける。もしかしたら彼女はアルテミスが消滅した遠因として偽物の神を見ているのかも知れない。
「生きているも何も、あれは神の投影された分身に過ぎません。本体はまた別の所にあるのです。それが禁足地の中心、サルエレムのバベルの塔なのです」
バベルの塔と言えば、傲慢な人間が神に近づくために建設した塔だっけ? なんか言葉が神によって分けられたとかうんたらかんたら。
「太陽の時代を終わらし、月の時代を作り出した神がそこで眠っています。アレを目覚めさせるには愚者の過半数以上、つまり4人分の心臓が必要になるのです。黒の愚者は4人の愚者の力を取り込んでいた。それを黄色の愚者は利用しようとしています」
γも似たような説明をしていた。彼女は何でもできるからこそ、何をするのかわからないと言っていたっけ。ひょっとしてノウレッジなら何か分かるのか?
「私も黄色の愚者の目的を知りません。というか、黄色の愚者は殆ど表立って出てこない愚者なものですから、殆ど情報がないのですよ。ただ、ロマリアーナの王族かつ、法王と呼ばれる存在の女性と子を成したことだけは知っています。もしかしたら、そのこと絡みかもしれません」
法王との子? そりゃあ大物だな。確か聖教会の大本をたどればそこに行き着くのだっけ。組織としての聖教会のトップはヘルドマンにも聞かされたことのあるジョンとかいう男だが、権威としての大本はロマリアーナの法王だ。
「ちなみにその子供とやらは、あなたのお知り合いですよ?」
は? じゃああれか? ロマリアーナの王族とか言ってたヘインがそれか。
「いえ、多分いま想像している人物は違います。貴方の顔に刻まれた術式を組んだ相手、マリア・アクダファミリアその人です」
瞬間、顔面に耐えがたい激痛が走った。
03/
「マリアさま! どうか気を確かに!」
トンザとユズハがマリアに駆け寄った。場所はロマリアーナの軍勢が設営した幕営の中。他の幹部達と囲む円卓の席だ。
突如自身の左目を抉り取ったマリアに、周囲の人間達が恐れおののいている。
「————問題ありません。術式が一瞬思わぬ挙動をしただけです」
「それってまさか」
マリアの隣に腰掛けていたジョンがトンザの言葉の続きを紡いだ。
「狂人が来ているのでしょう。予想よりも随分と早い。どうやら私たちの動きを少し早める必要がありそうですね。ねえ、クリス殿」
名を呼ばれたのは一人の女だった。聖教会のシスターの中でも、最上位に位置するもののみ着用することを許された漆黒の法衣を身に纏った彼女は、脇に写本を携えながら静かに頭を垂れる。
「望みとあらば、今から狩りにいきますが」
「まさか、聖教会最大の戦力であるあなたを遊ばせる余裕など有りませんよ。明日にはバベルの塔に侵入し、最上部を目指します。あなたは先遣隊としての使命がありますから」
ジョンの言葉を受けて、クリスが一歩引いた。左目が回復したマリアが何か言いたげに口を開きかけるが、目線を合わせようともしないクリスを見て、結局は口を噤んだ。
「なら俺がいこうか。あの狂人は必ずやこちらの障害になる。ならば早めに摘み取っておくのが吉だ」
続いて言葉を放ったのは全身を黒い甲冑で覆われた人物だった。人類最強と称されるアキュリスである。ただアキュリスに対しては別の人物が声をかけることとなった。
「よい。アレは赤の愚者を誘き出す餌になる。黒の小娘を完全に殺さなかったのは何のためかゆめゆめ忘れるなアキュリス。狂人と黒の小娘、あの親子が最後のピースである赤の愚者を釣り上げてくれるのだ。赤の愚者は神の如く聡明だ。だが、人間くさい女でもある。こちらの目論見をわかりつつも、二人のためならここに現れるだろうよ」
身につけていたのは、黄色に染め上げられた道化の仮面だった。声は壮年の男だ。円卓の一席、丁度マリアの向かい側に座るその男は、ロマリアーナの法衣に身を包み、錫杖を携えてそこに座していた。
「お父様、正気ですか? ただでさえ禁足地を踏破するという理外の行軍。まさか赤の愚者まで敵に回すとお考えなのですか」
絞り出すように問うマリアに対して、男は、————黄色の愚者はこう答えた。
「奴を皆は畏れすぎている。あれほど傲慢で不遜で、そして哀れな女など何を畏れる必要があるのだ」
黄色の愚者は、道化は、赤の愚者を、神を畏れない。
頑張ります。