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ヴァンパイア/ジェネシス(勘違い)  作者: H&K
第六章 黄の愚者編
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第111話 「あいつもしっかりと重い女」

「ルマセイユからでたこの船は南東に進み、ケイプロス島という島に着岸する予定です。ここでは巨人族という種族が都市国家をつくっており、幸いエンディミオンは彼らと友好的な関係を結んでいますから薪水の補給など頼ることができるでしょう」


 船の中に備え付けられた会議室でノウレッジと俺、イルミ、レイチェル、そしてγが地図海図を囲んで今後の打ち合わせを行っていた。もう今更驚いたりはしないが、海図からは朧気ながらも地中海の形を見受けることができる。ならばこれから向かう島は前の世界で言うところのキプロス島あたりか。


「——巨人族か。聞けばゴリアテと同じくらいの体躯らしいな。しかも外敵に対して非常に排他的と聞く。大丈夫なのが?」


 世界を放浪した経験らか、非常に博識なレイチェルが疑念を呈した。ノウレッジは柔和な笑みを崩すことなく丁寧に言葉を返す。


「ご心配なく。エンディミオンから技術提供を行った故の友好関係です。ビジネスで生まれた繋がりは、ビジネスが続く限り強固なものです。今回はある『土産』も用意していますしね」


「——あの島の巨人達はそうあるべきと神が定義したことによって生まれた亜人です。あなたたち人類の生存権に吸血鬼や翼人がいるように、この島の周囲にはかくあれがし、という怪物がひしめいています。ゆめゆめ油断なきよう、紫の愚者よ」


 γの言葉に「流石に説得力が違いますね」とノウレッジが苦笑を漏らした。彼は徐にこちらに向き直ると、イルミに悟られないよう言葉を選びながら口を開いた。


「ヒュドラ、という巨蛇も観測されたことがあります。ヨルムンガンドと我々が呼ぶ怪物の亜種です。他にもカルキノスと呼ばれる巨大な多脚の怪物も討伐されたことがあります。ですがそれらは全てケイプロス島の北側にある諸島群で観測されたもの。ケイプロス島は高度な文明を維持していますので、それらの驚異と対等に渡り合うことが出来ている。今回はそんな彼らが味方ならずとも敵対はしていないので、礼を尽くせばそう良くない事態にはならないでしょう」


 ならこいつは表にでるべきじゃないな、とレイチェルが目線だけこちらにじろり、と寄越して見せた。ショックなのはイルミちゃんまで「うんうん」と首を縦に振っていることである。いや、確かにそうかもしれないけどさ。


「ただ気楽に旅程を進められるのはそこまでです。それから先は、そんな神話の怪物を相手取っている種族ですら踏み込むことを躊躇する禁足地が東側に広がっています。ケイプロス島にこの船と船員は置いていくつもりです。皆さんは禁足地についてどれだけの知識をお持ちでしょうか?」

 

 ノウレッジの視線がぐるっ、と会議室を一周した。やはりと言うべきかγとレイチェルは特に反応を見せなかった。γはともかく、レイチェルもその禁足地が生まれ故郷となれば知っていて当然かもしれない。つまり全く予備知識を持ち得ていないのは俺とイルミだけだ。


「——禁足地は太陽の毒が大地から漏れ出している忌み地とされています。そしてその伝承は真実です。なんてことのない地面の一部から太陽の毒が湧き出ています。もちろんそれらに触れると我々月の民は数刻と持つことなく焼け死ぬでしょうね」


 成る程。原理こそさっぱりだが、ようするに毒ガスが湧き出てる危険地帯みたいなものか。でも俺やレイチェルはそういった環境でも活動が出来るので大した障害にはならないかもしれない。


「そして少数ではありますがそんな死の大地でも人の生存が確認されています。ただ聖教会ともエンディミオンともその他、西側の勢力とは全く繋がりがなく、友好的なのか敵対的なのかも不明と言わざるをえないのが現状です。して、我々が目指そうとしているのはそんな人々が聖地とあがめる『サルエレム』という場所があります」


 たしかレイチェルの生まれ故郷だ。聖教会もそこを聖地として認めていたのだっけ。


「ええ。この世界で凡そ文明らしきものを作り出している集団皆がそこを聖地と定めています。何故ならそこはこの世界の全てが発生した場所——いわゆる「ポイント・ゼロ」と呼ばれる地点だからです」


 アルテさん、とノウレッジがこちらを見た。彼の瞳はアルテミスとして活動していた時と同じように、何かしら「同志」を見ているようだった。彼は今、志を同じくする人間として言葉を紡ごうとしている。


「太陽の時代を終わらせた全ての現況がそこにあるのです。本来ならば赤の愚者でなければ操作し得ない、『それ』を黄色の愚者は黒の愚者の心臓を使うことで起動しようとしている。あくまで私の推測ではありますが、今回の茶番劇はおそらくそんな流れなのでしょう」


 同僚時代のよしみなのか、言葉は自然と出た。


「黄色の愚者はそこで何をしようとしている? 何ができる?」


 薄々、太陽の時代が最早何でもありきのおっかなびっくり時代であることは理解している。その時代はまさしく人類が万能、それこそ神に等しい力を手に入れていたのだろう。そんな神の力を使って、黄色の愚者は何を成そうとしているのか気にはなっていた。


「何ができる? といわれれば何でもできるとお答えします。出来ないことを探す方が難しい。なればこそ、何がしたいのかわからないというのが本音です」


 ノウレッジの言葉にγが補足を付け加えた。


「ですがそれは赤の愚者と敵対関係になってでも成したいことであることは間違いないでしょう。赤の愚者の権脳はクリスがイルミリアストリアスに干渉したことによって、今だ封印されています。彼女はいまだこの世界で動くことが出来ないでいる。ですがそれも長くは続きません。直に全力で赤の愚者が黄色の愚者を討とうとするはずです」


 ん? イルミに干渉されたから赤の愚者が動けない? どういうことだ? 二人が姉妹関係にあるのは最早周知の事実だが、それが何か関係しているのか。


「その疑問については私から説明します」


 γの赤い瞳が俺とイルミに向けられた。


「まず赤の愚者ですが、彼女もまた世界中に眠っている彼女の分身に乗り移りながら活動をしていました。オリジナルも何処かに眠っているそうですが、私たちはその所在を知りません。で、今回はクリスによってその乗り移りシステムにロックが掛けられてしまいました。本来強固な防壁によって外部からの干渉を防いでいたのですが、イルミリアストリアスという強い血縁関係にある存在が踏み台として使われたのです。言わば防壁がイルミリアストリアスを赤の愚者のオリジナルと誤認したことによって起きた障害です」


 なんかとんでもない事実をさらっと告げられた気がする。無敵の赤の愚者は俺がアルテミスでやっていたようなことをずっと続けていて、それが世界中に隠されていると。なんか聞けば聞くほど無茶苦茶な存在だな。


「ただクリスによるロックは所詮時間稼ぎ。星そのものを支配する怪物である赤の愚者を押さえ込み続けることはできません。直にサルエレムで覚醒した個体が黄色の愚者を殺しに掛かるでしょう」


「ならば赤の愚者の覚醒を我々が待つのはいけないのか? サルエレム——禁足地で黄色の愚者と抗争するよりも赤の愚者が黄色を討つのを待った方がリスクが低くないか? ヘルドマンの母親である彼女なら、心臓を取り返してくれる可能性も高いだろうに」


 他力本願の極みだが、レイチェルの提案が間違っているとは俺は思わなかった。何せ序列第2位の黄色の愚者だ。俺なんかが挑みかかっても、ヘルドマンにすら勝てなかった実力では鏖殺されるのがオチだろう。だからといって諦めるわけではないが、少しでも今はヘルドマンの生存の可能性が高い選択肢を選びたい。


「それは私も考えていました。ですが今回ばかりは少し話がややこしく——γ、今からアルテにする話しについてあなたは聞かなかったフリができますか?」


「いいえ、恐らくセーフティーが起動して貴方に襲いかかるでしょう。ですがこの肉体は通常の人間の出力に抑えられています。私の首でも刎ねれば、それも関係なくなります」


 ノウレッジとγが急に恐ろしい会話を始めた。何々? 本当に怖いよう。そんなカンタンに首を刎ねるとか言わないで。


「私はあなたも大事な旅の仲間だと思っています。それは勘弁願いたいですね。——アルテさん、彼女を羽交い締めにして下さい。絶対に、何があっても拘束を解かないように」


 珍しく真剣な瞳をしたノウレッジの言葉を受けて、γを背後からそっと羽交い締めにした。するとγはこちらに振り返ることなく、「遠慮しないで下さい。死ぬ気で暴れますよ、私」と言ってきた。ならば、と敵対者にするよう、締め上げるように全身で拘束する。


「おい、イルミ。そう殺気立つな。話がもっとややこしくなる」


「ノウレッジ先生、早く話を終わらせなさい」


 氷のようなイルミちゃんの声を皮切りにノウレッジが口を開き始めた。ただ言葉は慎重に選んでいるようで、普段の饒舌な彼らしかない、少したどたどしい口調だった。


「実は赤の愚者はある呪いを自身に掛けているのです。それはアルテ、あなたと相互に認識が出来なくなるという呪いです」


 腕の中のγがノウレッジに掴みかかろうとしていた。牙を剥き出しにして、食い殺さんばかりに唸っている。もしこれがβのような馬鹿力を有した個体ならば、今頃俺はノウレッジごとバラバラにされていただろう。

 拘束を一段と強めて続きを促す。


「呪いが生まれた理由は流石にまだ言えません。γの狂乱だけでは澄まないでしょうから。ですが、この相互認識できないという呪いは恐らく世界で最も解呪が困難で強制力が強いものであることはお伝えできます。効果範囲は文字通りこの世界全てであり、効果の内容も複雑かつ怪奇なものです。今私が畏れているのは、仮に赤の愚者がヘルドマンの心臓を取り戻したとしたら、呪いによって黒の愚者があなたを認識できなくなる可能性があることです。何故なら赤の愚者が黄色の愚者を討つと、心臓の全ての所有権は赤の愚者に移ります。するとその心臓は間接的に赤の愚者のものとなり、それを埋め込まれた黒の愚者が呪いによって赤の愚者と誤認され、効果範囲に含まれる可能性が高いのです」


 だが、それでヘルドマンが、ユリが助かるのなら——。


「アルテさん、駄目ですよ。それは。ユリがそれを望むと思いますか? 喜ぶと思いますか? それに赤の愚者も自身が強硬策にでることは最終手段と考えていると思います。その証拠に、とっくの昔にクリスの妨害なんか食い破れる筈なのに、まだ動いていない。恐らく彼女もまだ迷っているのでしょう。γを通じてこちらの動向を探っているのかもしれませんね」


 いつの間にかγがぐったりとしていた。ノウレッジ曰く、赤の愚者の機密に関することを口にしようとすれば、その眷属達が殺しに来るようにシステムが出来上がっているらしい。ならこれからノウレッジはγに命を狙われ続けるのか? と問えば「今からそうならないように彼女に術を掛けます。なに、赤の愚者なんかよりも私の方がそういった小細工は上手なんです。何せ彼女、基本的に壊すことしか出来ませんから」と笑っていた。頼もしすぎる。


「というわけで今後の方針がおよそ決まりましたね。ケイプロス島に上陸後、我々だけでサルエレムを目指します。そこから先は、黄色の愚者の勢力と交戦することになるでしょう。微力ながらお付き合いさせて頂きますよ」


 ノウレッジの柔和な笑みが、解散の合図だった。



01/



「そういえば先生、魔導力学科の面々はどうする?」


 意識を失い、ノウレッジから何かしらの術式を刻まれているγを挟んで、俺は腰掛けていた。イルミとレイチェルはそれぞれ休息のため、女性に宛がわれた船室に帰って行った。


「うーん、本音を告げればケイプロス島に置いていきたいのですが、ヘインくんとエリーシャ、カリーシャさんは連れていかざるをえないんですよねえ」

 

 何故? と視線を向ければノウレッジは困ったように語り始めた。


「ヘインくんはロマリアーナの勢力と関わったときの、政治的な橋渡しとして必要になるでしょう。エリーシャさんとカリーシャさんはその魔眼が禁足地を踏破するのに必要不可欠になります」


 そういえばサルエレム周辺では、太陽の毒が吹き出しているポイントがあるのだっけか。なら例え微量でもそういった魔の力に類するものの流れを見ることのできる双子は必要不可欠なのか。


「となれば、アズナくんやハンナさんをハブにするわけにはいかないでしょうね。一応、プランとしてはサルエレムのどこかに拠点を設置して、そこで待機して貰うのが上策だと考えています」


 まあそうなるか。だが黄色の勢力との交戦が目に見えている以上、不安は尽きることがない。一応、教員として面倒を見てきた子どもたちでもある。今回の厄介事にはできるだけ関わらせたくないと思う。


「慰めになるかはわかりませんが、今回ばかりは私も本気の本気です。黄色の愚者にも関わることですが、今回の事件、大変嫌な予感がするのです。私は自分自身に幾つもの枷を掛けて人間社会で過ごしてきたのですが、もうそのくびきにこだわっている場合ではないでしょう。紫の愚者、パープル・ノウレッジとしてあなたに力をお貸ししますよ」


 それならば文字通り百人力だな。愚者が味方につくことほど心強いものは中々ない。

 ノウレッジ先生の戦闘力は未知数ではあるが、少なくとも俺なんかよりかはずっとずっと強いだろう。


「さて、術式はこれでおしまいです。私は経過を観察しますので少し残ります。あなたはもう休んだ方が良いでしょう。日の出と共にケイプロス島に到着するはずです。あなたに太陽の光は関係ないでしょうが、睡眠不足は全ての不幸を招きかねませんからね」


 言われて、部屋を追い出された。船員達も休み始めているのか、当直の人員以外、姿が見えなくなっている。

 本音を言えば、もう少し話し込みたかったがここはノウレッジの言うとおりにしたほうが良さそうだ。


 さて、夢見はどうなることやら。



02/



「先遣隊、サルエレム外苑の集落に辿り着きました。人的損耗はありませんが、騎竜が五騎、太陽の毒に当てられて焼け死にました」


 どこまでも乾いた大地。夜の月明かりに照らされて広がる世界は血のような赤色をしていた。移動用の騎竜にまたがったマリアは、部下であるユズハから報告を静かに受けていた。


「——思ったより騎竜の損耗が多い。足りなくなることはないでしょうが、兵站の輸送に支障を来すギリギリのラインまで来ています。長はなんと?」


 隣で騎竜の手綱を握っていたトンザがマリアを仰ぎ見た。彼女は小さく溜息を一つ吐きだし、暗に良い状況ではないことを部下達に示した。そして数秒の逡巡のうち、騎竜の脇腹をかかとで小突いて歩みを進める。


「ただ、前進あるのみです。先遣隊に追いつきますよ。日の出までに拠点を設置しましょう。後ろの本体への連絡は日が昇ってからで構いません」


 サルエレムを目指す聖教会とロマリアーナの連合軍。その先鋒を任されているのが、聖教会の実質的なトップとなりつつあるマリアだった。彼女は入念な偵察を繰り返しながら、少しずつ太陽の毒に塗れた禁足地を進みづけている。


「しかしロマリアーナの新装備——防護服、でしたか。これは効果覿面ですな。これがなければとっくの昔に我々は灰に変えられていたでしょう」


 トンザが褒めるのは、それぞれが纏っている真っ白な貫頭衣だった。如何なる技術が込められているのか、地に滞留する太陽の毒をある程度無効化する能力がある。


「直射日光には耐えきれませんけどね。故に過信は禁物です。我々はただ堅実に聖地を目指すのみ。そこにギャンブルも都合の良い展望も必要ありませんから」


 ふと彼女は西の方角に目を向けた。少しばかり遠くの方に、真っ黒な海が見える。砂漠を横断しながら、海を見つめるのは何とも不思議な体験だったが、彼女はしばらくの間、ずっとそちらを見ていた。


「なるほど。海から来ますか。果たして間に合いますか? 私たちを止められますか? 今回ばかりは相手が悪すぎますよ?」


 呟きが二人の従者に届く。だが二人は何も言わない。ただ黙々と主の乗る騎竜を護衛し続ける。


「むっ。先遣隊の一部が残っています。マリア様、術式は閉じていて下さいね」


 トンザの言葉にマリアは「さて、何のことやら」とおちゃらけて見せた。

 そして彼女はそっと左目に手を当て、祈るように空を見上げた。



 ほんとうに、ほんとうにまっているから

やっと話が動き出す

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