第101話 「パパのいうことは聞きなさい!」
間違いなくそれは夢だった。
ただひたすら残酷なだけの、責め苦のような幻想。
けれどもティアナはそれを振り払うことができない。
「ティアナ! 見てください! これ、一人で倒したんですよ!」
馬鹿みたいなだらしない笑みを浮かべて女——アルテミスがこちらに駆け寄ってきていた。彼女の背後には首を飛ばされた魔獣が転がっている。気品も知性も何も感じられない、脳天気にあまりある可哀想な女の姿だった。
いつか隣にいた、いてくれた世界にたった一人だけの眷属の姿。
ティアナが唯一従僕を許した、可愛らしい阿呆な女。
「何? そんな有象無象の雑魚で私が喜ぶと思ったのかしら?」
久方ぶりの再会だというのに、口をついて出たのは辛辣なトゲのような言葉だった。ティアナは自身が口にした言葉にいたく絶望する。この幻想において彼女に自由はない。体は何かに操られたかのように勝手に動く。
本当に言いたいのはこんなことじゃない。
「あー、またそんなことを言う! 美味しいんですからね! これ! 魔の力の補充にならなくても、お腹を満たしてくれるのならばそれでいいでしょう!」
ぷりぷりと怒る彼女。けれども底なしの人の良さは隠し切れておらず、すぐにへにゃりと表情を崩していた。
ティアナはきりきりと傷む胸を押さえながらアルテミスに歩み寄る。
何度も見てきた筈なのに、少しずつ思い出すことができなくなるであろう、情けない顔。
「ならあんたが解体して調理なさい。私は手伝わないわよ」
ティアナは自分を殺したくなった。
——違う、違うんだ。こんな下らない餓鬼みたいな事を言いたかったわけじゃない。もっとお前に伝えたいことがあったんだ。
彼女の慟哭を置き去りにして、時計の針は無情にも進み続ける。
「もう、仕方がないですね。まああなたには命を救って貰った恩もありますし、今日くらいはご馳走しますよ」
やめて、と声にできなかった。ティアナはアルテミスに話しかけることができない。
体は未だに思い通りに動かすことができない。
ただ悲痛な思考だけが加速していく。
——救ってくれた恩なんて言わないで。
——私はお前を見殺しにしたの。お前が焼き尽くされるその時だって、地にへばりついて倒れ伏していた。
——それに本当の意味で命を救われたのは——、
「なんたって私のご主人様ですからね。ティアナは」
とどめだった。肉体の自由がきいていれば涙に濡れながら叫んでいただろう。
けれどもそうはならない。
刻一刻と、終わりだけが近づいてくる。
——やめろ、やめてくれ。そんな目で私を見るな。神もどきに狙われていたのを救ってくれたのはお前なんだ。お前は私の命を守るために死んでいったんだ。だから私をそんな優しい瞳で見つめないで。
「ありがとう。ティアナ」
もう耐えられなかった。ティアナの心に入った罅は今日もその深さを増していく。悲しくて悲しくて凍ってしまいそうだった。
——感謝の言葉なんて伝えないで。私の伝えたかったことをお願いだから先に聞いて欲しい。私のこの思いを、気持ちを、最後まで伝えられなかった言葉を頼むから聞いて。私の凍てついた心に光をもたらしたお前への言葉を口にさせて。
「それと、ごめんね」
突如として眼前のアルテミスの体に火が付いた。ティアナの目の前でアルテミスが燃え上がった。彼女は灼熱の業火の中心で悲しげに笑うだけだった。
——やめろやめろやめろやめろ!
ようやく肉体が解放された。自由が取り戻された。
けれどもその時は余りにも遅く、もうどうしようもないくらいにアルテミスは死にかけている。
ティアナはアルテミスを灼いていく焔を振り払おうとする。ありったけの氷を生み出しアルテミスの肉体を覆おうとする。だが氷たちは焔に触れていく側から蒸発していき、ティアナの絶望を大きくしていくだけだった。何をしても、どう足搔こうともアルテミスが燃え尽きていくのを止められない。
「アルテミス! アルテミス!」
もう形振り構えなくなったティアナがアルテミスを抱きしめた。黄金色の焔が燃え移ろうとも、ティアナはありったけの力でアルテミスにしがみ付く。
「消えないで! 死なないで! お願いだから置いていかないで! 私のそばからいなくならないで!」
初めて自分の思いを口にすることができた。だが伝えるには余りにも遅すぎた言葉。もっと早くから彼女に伝えるべきだった想い。
たった一人に抱くことができた、ティアナだけが知る愛情。
全てが遅すぎたのだ。
「もう、間に合いませんよ」
アルテミスは小さく首を横に振った。ティアナの腕からアルテミスだったものがこぼれ落ちていく。焼き尽くされた肉体は徐々に消滅していき、もう幾ばくも残されていない。
ティアナの眼前で再びアルテミスは灰へと還った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
01/
「随分とうなされていたな。もしそれが毎日続いているのだとしたら、心が砕けているのも理解できる。俺はお前を責めはすまい」
まだ日が暮れていなかった。二人してレストリアブールから少しばかり離れた岩場で見つけた洞窟で休んでいた。視線を右へと反らせれば、西日に照らされた入り口が見えている。
「——愛していたのか。お前がアルテに殺されたという人間のことを」
洞窟の壁に寄りかかって外を眺めていたエリムが口を開く。ティアナは冷たい大地に横になったまま、視線を真上に戻した。黒々とした岩の壁が何処までも続いている。
唇がいやに乾いていた。
「莫迦なこといわないで。あり得ないわ。所詮はただの眷属。私の目的は主人だった青の愚者の仇をとることよ」
エリムはただ短く「そうか」と返すだけだった。
「あんたこそ婚約者を殺されたんでしょう? いかにも武人として挑みたいみたいな格好の付け方しているけれども、本当は恨んでいるんじゃない?」
ティアナの言葉にエリムは静かに首を横に振った。
「まさか。アレも、イシュタルもきちんと弁えた戦士だった。だからこそ彼女はアルテに敗れたことを後悔などしていないだろう。俺もそのイシュタルの矜持を理解はしているつもりだ。あの二人の決着に俺の私情を挟むことこそ、彼女への最大の侮辱になる」
だが、と続ける。
「為ればこそ俺もあいつと決着がつけたいのだ。イシュタルという俺が最後まで超えることができなかった女を下して見せたあいつと雌雄を決したい。もちろん色々と思うところがあるのはもちろんだが、そんなもの、この餓えにもにた欲求の前には些事にすぎない」
——莫迦ね。男って。
——未練たらしく誰かの仇ばかり取りたがっているお前に言われたくはないな。
瞬間、ティアナは氷の槍を、エリムは木を削って即席で造られた槍をお互いの喉元に向けていた。全くの同時で行われた殺戮の一手がそれぞれの手の内にある。
「ふん、心が折れていても技能まで錆び付いたわけではないというわけか。ますます惜しい。精神さえ盤石ならばお前も一端の武人になれただろうに」
「興味ないわ。確かにあんたに頭は下げたけれども力で屈したわけでないことは理解しなさい。あんたが少しでもあの狂人に適わない可能性を感じたら、即座に殺すから」
先に槍を引いたのはエリムだった。彼は「年端もいかない女に向けるにしてはいささか無粋だった」と素っ気なく謝罪の言葉を述べる。
ティアナは何も言わないまま、槍を溶かして魔の力に変換した。そして寝転んだ体勢のまま、胸元のペンダントを強く握りしめる。
「いいや、莫迦なのは私のほうか。あんたと違って、自分が何をしたいのかよくわかっていないんだもの」
呟きに答える者は誰もいなかった。
01/
「火急の呼び出しとは珍しいですね。よもや何か良くないことでも起こりましたか?」
そこは世界の何処かだった。何処かの街の、何処かの片隅。往来する人々の数は決して少なくはなく、活気というものは確かに存在している。
しかしながら道行く人々の全てがそこにいる二人を知覚できないでいた。誰も存在を認識することができないでいた。
「——黒の愚者の封印が破れ掛かっている、と言えば事の重大性は伝わるかしら?」
相対するのはよく似た顔を持つ同士。片方はαと自認し、もう片方はアリアダストリスと自認している者達。アリアダストリスは強ばった表情を隠すこともなく、αに読み出した要件を伝え始めていた。
「成る程、確かにそれは重大ではあります。ですが、私は驚きませんよ。兆候はいくつかありました。βを倒されたときに覚醒していてもおかしくはありませんでしたし。ただ、お嬢様のことならば何れ自力で封印を食い破られるのは必然だったかと」
そっか、とアリアダストリスは声を溢す。彼女は数秒の間虚空を見つめ何かしらを思案した。αはただ主が次の言葉を発するのを静かに待つ。
「——でも私はあの子を自身の味方に加えるつもりはない。これは私だけの戦いだから」
「お嬢様があなたにその実力を示されても駄目なのですか?」
アリアダストリスの表情が曇る。αはさらに言葉を重ねた。
「以前もお伝えしましたが、もうお嬢様はあなたの記憶の中にある子供ではありません。一角の愚者として、——いえ、その枠組みすらも超えて強大な力を得ようとしている立派な吸血鬼になられようとしています。例え記憶を失っていようとも、最早庇護されているだけの存在ではないかと」
それでも駄目なものは駄目なんだ、とアリアダストリスは絞り出した。彼女は苦渋に顔を歪ませながらも、ハッキリとした口調でαに拒絶の意を伝える。
「これは私の罪であり、私の戦いだ。もう誰も巻き込まない。巻き込みたくない」
「——ならばもう一人のご自身は何故? 彼はどうして遠ざけるのですか?」
アリアダストリスが息を呑んだ。αの真っ直ぐな視線を受け止めきれずに、少しばかり目線をそらした。αは主が答えを口にするまでその場を微動だにしなかった。βやアルテに見せる表情とはまた違う、彼女の一面。
「駄目だよ、彼は。もう私は彼を見ることができない。声も聞くことができない。そんな彼を味方にすることはできないだろ?」
苦し紛れの言い訳だとαは思った。苦しみを味わっているのは事実だろうが、それに縋り付いている主を哀れだと思った。しかしながらそれを糾弾できるかと言われればそうではない。主が切り捨ててきたものの大きさを思えば、自然と口は塞がれた。
「私は黒の愚者を全力で叩き潰すよ。また挑んでくるのならば、もう一度その牙を折ってやるだけだ。あの子に力を与えたのは私の手駒にするためじゃない。一人で生きていけるようにするためだ。それに、あの子の復讐心も私がいなくなれば自然と癒えていくさ」
それは違うでしょう。
αはそう言いかけた言葉を飲み込んだ。説得されたからではない。納得したからではない。ただアリアダストリスの諦観にも似た口調に気圧されていたから。
どれだけ投げやりでも、彼女の思いの大きさに触れてしまったその瞬間に言葉は意味をなさないと判断してしまった。
だからこそそこから先の言葉は酷く事務的な色を帯びていた。
「黒の愚者の封印に関しては私が現場に赴き確認してみます。ですが、もしそれが事実ならば今更封印をかけ直すことはできません。おそらく黒の愚者があなたに挑むことはもう止められないかと」
構わない、とアリアダストリスは返す。
彼女は身を翻してαに背中を向けた。
「もう人から恨まれるのは慣れている。もう一度嫌われようが些細なことだから」
アリアダストリスが世界から消えた。ティアナの外法よりも遙かに視認が不可能なレベルで彼女はその場から消失していた。αは驚かない。何も感じない。ただ呆れたように誰も見向きもしない街の一角で、声を溢すのみ。
「嘘つき。お嬢様にも、旦那様にも未練たらたらなことを認めれば楽になれるのに」
02/
長いこと借り上げている宿の部屋の前。幾つかの扉が顔を覗かせている廊下に人影が二つ。
「——中が気になるのならば入ってくればいいんじゃないか?」
壁により掛かったレイチェルがそんなことを言った。イルミはその隣で数秒間、沈黙した。ただ彼女の瞳の動きだけは、彼女の胸の内を雄弁に物語っている。
「ヘルドマンがアルテに魔の力を流し込んで治療するのはこれで二回目だ。君が近くにいたってしくじりはしないだろう。それに彼女は存外君のことを気に入っているみたいだから無碍には扱わないさ」
出せる助け船は出した、とレイチェルは嘆息する。ここまで道筋を整備してもそこを進まないのならば、それは最早イルミの意志であると彼女は結論づけていた。
返答はたっぷり数十秒置いてからあった。
「……だって、何か込み入った事情がありそうだもの。その間にずけずけと入り込むことは難しいわ」
まあ確かにな、とレイチェルは相づちを打つ。
アルテとヘルドマンの手合わせから丸一日。決着は意外な形で成された。客観的に見ればヘルドマンの圧勝だったのだが、そんな彼女が最終的には戦意を喪失して幕切れとなったのだ。
何故ヘルドマンが戦意を喪ったのかはわからない。けれども何かしらの事情を二人は感じ取っていた。
「そういえばクリスはどこか訳見知り顔だったな。彼女は何か知っているのだろうか」
壁に預けた体重を少しばかりずらし、レイチェルがそんなことを呟く。イルミも同じ事を考えていたのか「そうかもしれない」と珍しく相づちを返していた。
「黒の愚者の古くからの従者と言うから、たぶんそれなりに事情には詳しいと思う。聞けばアルテとも私以上の付き合いみたいだし」
僅かばかりの嫉妬の色をレイチェルは見逃さない。まあそれも一途で可愛らしいところではあるが、と深くは触れはしないが。
ただ少しばかり良くない予感は感じていた。
「私、こうやって落ち着いて考えたらアルテのことで知らないことがたくさんあるのね。何だが悲しいわ」
隣に立っていたイルミが静かに腰を下ろしていく。膝を抱え始めたその姿を見てみれば彼女は長期戦に臨む構えのようだ。
レイチェルもまたその隣に腰を落ち着けた。
二人並んで廊下に吊される照明の魔導具を見上げる。
「人と人の関係なんてそんなものかもしれないな。案外、見えないことが多いけれども逆にそれが面白いのかもな」
03/
長いこと寝ていた気がする。
自分が覚醒していることに気づいた瞬間がいつかはわからない。でもすぐ隣に腰掛けているヘルドマンと目があったその瞬間、世界は急速に色と音を取り戻していったことは確実だった。
「——成る程、いつかの時のように治療してくれたのか」
「ええ、もう慣れました。それに自分でバラバラにしたものを元に戻すことくらい、そう難しいことではありません」
溜息を吐かれたのか、と一瞬思ったが今ならわかる。多分、今彼女が吐き出したのは安堵の息だ。
あれほどまで畏れ、理解を拒んでいた眼前の存在が、今この時だけはその全てが手に取るようにわかる。
そして彼女が今、言いようのない不安に押し潰されようとしていることも。
「ユーリッヒ、こっちにこい」
言葉はぶっきらぼうで雑。けれども本心は表すことができた。どれだけ呪いに蝕まれていようと、それすらも振り切って言葉を彼女に伝えるのが俺の責務なのだろう。
「……いいの?」
彼女らしくない、幼い言葉遣い。絶対的強者であり世界の支配者たる彼女が見せる、こちらを伺うような視線。その全てが懐かしかった。
全てを思い出せたわけではない。夢で見た内容なんて何一つ覚えていない。それでも自分は間違っていないと確信を持ってもう一度口を開くことができた。
この予感だけは決して外していないと断言できる。
「駄目なことなんて、ない」
瞬間、衝撃が胸を覆う。けれども心地よい重さと暖かさに包まれたそれだった。槍に貫かれた冷たさとは似ても似つかない、俺だけが感じることのできる幸せの衝撃。
遙か昔に一度手放してしまった、手にしていたはずの幸せ。
腕の中の彼女は遠慮がちにこちらを見上げていた。
「——同じ髪なんだな」
「うん、」
「前髪に癖、よく見たらあるんだな。こんなところ、似なくても良いのに」
「そんなことない、」
「ごめんな。たぶんまだまだ忘れていることがたくさんあると思う」
「それは、わたしもだよ」
声はまだ濡れていた。でもそれでいいんだと思う。こちらがもう感情を満足に表現することができない今、この子が代わりにそれを表してくれれば良い。そうしたら俺はきっと幸せだから。
「——本当に大きくなったな」
堰が壊れた。大きな大きな声だった。あの平原で聞いたのと同じ声。でも彼女は何度だって泣き叫ぶ。これまで背負ってきたものを今この時ばかりは忘れて、黒の愚者であることも忘れて、「ユリ」として声を上げる。
ここにいることを俺に伝えるように、俺に見つけて貰えるように彼女は泣くのだ。
イルミもレイチェルもたぶんこの近くで俺のことを待ってくれているのだろう。
でも今だけはこのままこの小さな背中をさすってやりたかった。
04/
「なあ、赤の愚者にまだ挑むのか。こうなった以上、別の道があると思う」
寝台の上、泣き止んだヘルドマンは俺に背中を向けて座っていた。
顔は少しばかり赤く、血のような瞳もいつも以上に赤みが強い。
ヘルドマンはそのままの体勢で、俺の言葉に返した。
「うん。私が考えていることが真実なのだとしたら、その理由を問わないといけないから。だってたぶん、あの人は私が力を示さないと何も教えてくれないと思う」
ヘルドマンの言葉にはただただ「そうか」と呟くほかない。
悲しいことに俺には彼女を力尽くで従わせるだけの腕力も知力も無い。できればそんな無謀な戦いは避けてほしいものだが、決意を既に固めている以上それを邪魔するのは違う気がするのだ。
「私たちに何かの理由があって記憶操作の術式を刻んだことが間違いない以上、あの人にも理由があったんだと思う。けれども私は正直言ってそれが気に食わない。それにまだまだ虫食いだらけのこの頭を元に戻して貰わないと気持ち悪くてしょうがないし」
虫食いだらけの記憶の下りには完全に同意だ。とはいっても俺は虫食いどころか残っている部分が少なすぎて何もコメントをすることができないのだけれど。
「——手伝おうか?」
そんな言葉が内から出てきたのはヘルドマンが部屋の片付けを始めた時だった。一度エンディミオンに戻って決戦の準備をしたい、と言い出したヘルドマンが帰郷の用意をしていたのだ。
たぶん思ったより俺が元気で安心したのもあるのだろう。
「いや、いいよ。それは」
ただ割と悩み抜いて発した言葉はあっさりと却下されてしまった。いや、まあ手合わせで惨敗を喫した以上、戦力としては論外なのは重々承知だ。しかもあの手合わせ、出力を50分の1程度に絞って手加減されていたことも聞かされているし。
「あ、別に弱いから、とか私に負けたから、とかそんなんじゃないから」
あらかたの荷物を影に仕舞い込んだヘルドマンがこちらを見下ろす。もうその窓から身を翻せば、音よりも速いスピードで彼女はエンディミオンに舞い戻ることができる。
ちなみにクリスはカラブリアでやって貰いたいことがあるそうなので置いていくとのこと。
誰の教育かは知らないが、人使いがちょっと荒すぎやしませんかね。親の顔が見てみたいわ、全く。
ヘルドマンはたっぷり数十秒、俺の間抜け面を上から眺めていた。
そしてまだ赤らんでいる白い頬をぽりぽりと掻きつつこんなことを言ってのけた。
「だって両親の喧嘩なんて、いくつになっても見たいものじゃないでしょう?」
やっとここまできました。
次回は赤対黒です