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she

朝七時耳元で鳴り響く目覚ましを止めた。

 その瞬間を見計らったように次は携帯が一瞬、メッセージの受信を告げた。

『おはようー』

 携帯のディスプレイの上のほうに小さくそう表示されていた。もちろんアイだった。

 主に携帯電話での気軽なメッセージをやり取りするアプリ『LIME』を開き、

『おはよう、行ってくる』

 と返信してから、着替え、顔を洗い、朝食を食べ、家を出た。

 あまり芳しくない天気だった。バスで行こうかどうか迷ったが僕はいつも通り自転車にまたがった。

 しかし無情にも雨は降りだした。

 鞄の中に折り畳み傘があったがまだ小ぶりだったのでそのまま学校まで止まることなく自転車を漕ぎ続けた。 

「あーあ……」

 もう少しで学校に着くというところで本降りになり前進ずぶ濡れだった。濡れたままだと気持ち悪いので上だけ体育のジャージに着替えた。

「うわ、びしょびしょだね」

「びしょびしょだ」

 僕とは相反して熊谷さんは涼しい顔をしていて、濡れた様子はない。

「こんな雨の中自転車で来たの?」

「出るときはまだこんなでもなかったんだよ」

「ふーん、ご愁傷さま」

 いたわる様子はなく笑いながら彼女は言った。

 鞄の水気をタオルで拭っていると携帯が震えた。

『雨降ってたいだけど、大丈夫?』

 ふっと、笑みがこぼれた。

『びしょ濡れだよ。今度は天気予報の能力でも身につけてくれー』

 すぐに返信が来た。

『難しそうだけど、頑張ってみる……』

『冗談だよ』

 アメダスにでも修行に出かけるアイの様子が想像できて自然と笑みがこぼれた。

「ねえ」

 熊谷さんが少し真剣な顔付けでこちらを見ていた。

「うん?」

「そのメールの相手って誰?」

「友達だって」

「この学校?」

「いや……、違う」

「女の子?」

「うん、そう、かな……」

 というより人ですらないのでどうしても歯切れはあるくなった。

「じゃあ――」

 熊谷さんの質問はまだ続きそうだったが運よく先生がきてくれて彼女の言葉はそこで止まった。

 きっと、正直に話しても理解されないだろう。というより信じられないだろう。メール相手はいきなりパソコンに現れた喋る謎のプログラムですなんて。

 そして、なんとか信じてもらえたとして、その得体のしれないプログラムと仲良くメールを交わしたり、オセロをして遊んでる僕は他人からみてどうだろう。きっとあまりい視線は受けないだろう。僕自身、そんな奴がいたら奇異の視線を向けるだろう。

 放課後。

「恵比寿君。ちょっといい?」

「ごめん、今日はちょっと急ぐから」

「バイト?」

「うん、じゃあ」

 熊谷さんから逃げるように教室を出た。

 雨でぬれて気持ち悪かったから一度帰ってシャワーを浴びたかったし、ジャージのままバイトに行くわけにはいかなかった、なんて自分に言い訳した。

 別にそれほどシャワーを浴びたいわけでもなかったし、店のロッカーに代えのズボンは何着か置いてあった。

 要するに逃げたのだ、先送りにしたと言ってもいい。明日になれば忘れていてくれる、なんて楽観的な考えはしないが、少し考える時間が欲しかった。

 何を?

 アイのことをどう説明するか? 

 いや、嘘をつくかどうかだ。

 バイトが終わる十時まであと数分、熊谷さんはいつもみたいに姿を現さなかった。さすがに今日はもうこないだろうと思っていた。

 しかし、バイトが終わり、店を出たところに彼女はいた。

「あ、お疲れ様」

 燃えるごみのごみ箱に背中を預けた熊谷さんはまだ制服のままだった。

「いつからいたの?」

「一時間ぐらい前から、かな」

「なんで……」

 その問いには彼女は答えず、問いで返した。

「ねえ、訊いてもいいかな?」

「いい、けど」

「今付き合ってる子とかって、いる?」

 先ほどから彼女の眼は僕を見ようとはせず、あさっての方向を向いている。

「いや、いないけど」

「そうなんだ。じゃあ、メールの女の子とはどういう関係?」

「ただの、友達だよ」

 その時携帯が、微かに震えたが僕は気づかないふりをした。

 しかし彼女は気づいたように、視線を僕の右ポケットに向けた。

「ただの友達の割にはしょっちゅうメールしてるよね」

 メールじゃなくてチャットみたいなものだよ、なんて答えは彼女は求めていないだろう。

「まあ、ね」

 だから僕はこう答えることしかできなかった。

「一緒に遊んだりしてるの?」

「いや……、うん。遊んだと言えば、遊んだかも」

 ただしネットで、しかもオセロだけ。

 熊谷さんの言う遊んだとは実際に会って遊んだということだろう。アイとは会っていると言っていいのかどうか曖昧なところだ。だからどうしても曖昧な答え方になってしまった。

「えっと、どういうこと」

「……その、ネットで知り合ったんだ。だから実際には会ったことはない」

「あ、そうなんだ。会ったことはないんだ?」

 そこ得初めて彼女の瞳は僕をとらえた。

「うん」

「ふーん、そっか……」

 彼女は一人で納得したように何度もうなずいて見せた。

「ごめんね、バイト終わりで疲れているとこ呼びとめちゃって・今日はもう帰るね」

「ああ、うん。……送って行こうか?」

「ううん。今日はいいや。ありがとう、じゃあね」

 そう言うと熊谷さんは走ってその場から去って行った。

 身体を逆に向け僕も家路についた。

「おかえりー」

 アイは今日もハイテンションで帰りを出迎えてくれた。

「ああ、ただいま」

「今日はまっすぐ帰ってきたね。偉い偉い」

「監視するなよ」

「まあまあ」

 アイは何故か照れ臭そうに笑った。

「……なあアイ」

 なるべく平静を装って僕は尋ねた。

「うん?」

「僕以外の友達とかって欲しくない?」

「いらない」

 それは間髪いれずの即答だった。


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