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バイト中に初めて熊谷さんに出会って以来、よく彼女は店を訪れるようになった。 

「いらしゃいま――」

 そこまで言って店に入ってきたのが熊谷さんだと気がついた。

「やあ」

 彼女は短くそう言って右手を挙げた。

「いらっしゃい」

「何してるの?」

「補充」

 そのとき、僕は商品の補充をしていた。夜の人がまばらなこの時間帯は大抵補充の作業をしていた。

「バイトって大変?」

「まあ、楽じゃないね。最初は辛かったけど、慣れてきたら普通」

 最初のころはとにかく辛いことが多かった。煙草の銘柄を言われ中々見つけられずに怒鳴られたり、お釣りを間違えたり、明らかに中学生なやつがレジに堂々と酒を持ってきて対応に困ったりと。今はもうそんな客のあしらい方も慣れたものだった。

「私もしようかな」

「いいのかよ、来年はもう受験だぞ」

「そう言えばそうだね。そういうそっちこそいいの?」

「そうだな。来年になったら少し減らそうかな」

 補充の作業が終わり手持無沙汰になった。

 時計を見ると九時五十分、バイトが終わるまで後十分だった。

「今日も十時まで」

「ああ、うん」

「そっか、じゃあ雑誌でも読んで待ってよっと」

 そう言って熊谷さんは雑誌の前へ行き、適当に取った雑誌をぺらぺらとめくり始めた。

 何しに来たのだろう、と気にしながらも口には出さなかった。

 残りの十分は廃棄物のチェックをした。

 十時を少し過ぎ同僚に挨拶をしてバイトを上がった。

 店内に熊谷さんの姿はなく、帰ったのかと思ったが彼女は店の外で待っていた。

「あ、お疲れ様」

「……食べる?」

 廃棄でもらってきたカップケーキを差し出した。

「いいの? ありがと」

 僕たちは店の前で賞味期限が残り二時間に迫ったカップケーキを食べた。

「いいなあ。こういうの貰えるんだ」

「運よく余ってればね」

「ふーん」

 空腹だったせいもあってカップケーキはすぐに食べ終わった。しかし横を見ると彼女のはまだ半分以上残っていた。またも手持無沙汰になった。

「こんな、ってほど遅くもないけど、夜に出歩いて親は心配しないの?」

「大丈夫、大丈夫。うちはほんとすぐそこだし。親は放任主義だし、それに――」

「それに?」

「恵比寿君が送ってくれるしね」

「えっ?」

「こんな夜遅くに女の子を一人で帰らす気?」

「……送るよ」

 熊谷さんの家は帰り道とは正反対だったが本当に近く、歩いて五分ほどだったので助かった。

 結局何をしに来たのだろう、と不思議に思いながら家に帰った。

「遅い!」

 パソコンを起動させるなりアイが叫んだ。

「いつもとそんなに変わらないだろ」

 仕事が多い時はもう少し遅く帰る時もあった。

「寄り道してたでしょ」

「なんでわかるんだよ?」

「携帯のGP……」

「つくづくお前は恐ろしいな……」

「何処いってたの?」

「何処って、別に……」

 別に正直に話せばいいのだが何故が僕の言葉は淀んでしまった。

「此処は何処?」

 アイがそう言うとひとりでにブラウザが立ち上がり地図が表示された。映し出されていた場所は熊谷さんの家の屋根だった。

「友達の家だよ」

「男の子?」

「そ、そうだよ……」

 何故が嘘が漏れた。

 何故隠そうとしているのか自分でもわからなかった。

「嘘でしょ」

「なっ……」

 なんでわかるんだよ。嘘発見器見たいな機能も持っているって言うのか?

「だって、普通男の子同士なら家まで送ったりしないでしょ」

「なんだよ、お前の言う普通って」

「……結局、得た知識でしかないけど。ネットにあった何百、何千の小説、映画、アニメそれらから得た情報で経験なんて一つもないけど。でも、そうなんでしょ?」

「ああ、そうだよ。送ってんだよ、女の子を。夜遅かったから……」

「なんで嘘ついたの?」

「それは……」

 わからなかった。いや、理解することを拒んでいたのかもしれない。

「まあ、いいや。ちょっと嬉しかったから」

「嬉しい?」

 嘘をつかれて嬉しいといったアイの言葉の意味がわからず思わず聞き返した。

「えっと、なんかうまく説明できないけど……。嘘をついたってことは、何かを隠そうとしたってことは、私を認めてくれたっていうか、一個人として見てくれたというか……。だって普通、機械に……ただのプログラムに嘘ついたってしかたないでしょ?」

 最初は照れ臭そうに、そして最後の『プログラム』という単語はどこか悲しそうに、アイは言った。

「そう、だな」

 なんとか絞り出した言葉はそれだけだった。

 暫くの間、僕もアイも言葉を発しなかった。

 つけっぱなしにしていたテレビの音が初めて耳に入ってきた。

 連続ドラマのようだったが続きからなのでまったく話がわからない。だけどよくある青春恋愛もののようだった。偽物のストーリーでも演じている人々は本物だった。

「ねえ、オセロしよ」

 沈黙を破ったセリフは聞きなれたそれだった。

「ああ」

 オセロは始めても会話はなく、淡々と黒と白を裏返す行為を繰り返すだけだった。

「あっ」

「あ……」

 引き分けだった。始めてだった。


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