朝、学校へ向かうべく、眠い目をこすりながら自転車をこいでいた。
顔を洗うために鏡を見たらかすかにくまができていた。これの原因は全てアイのせいだ。
昨夜は遅くまでオセロに付き合わされた。結果はまたも僕の全勝。いや、あまりにも勝てないアイが可哀そうになり一回だけ手を抜いて負けたことがったが、どうやら手を抜いたことがばれたらしく「みじめになるから真剣にやって!」などと怒られた。
なんでわかったんだろ?
初めの頃よりはまだましになったが、それでもまだ僕に勝つには及ばなかった。
いい加減オセロも飽きて違うゲームをしようと提案するが、「もう一回……」と最後は泣き声になりながらも言うのだった。
深夜の三時を回りさすがにもうやめようと言うが聞き入れられず、最後にディスプレイ右下の時計を見たのが三時四十分、それからは記憶がない。
気づくと机に突っ伏したまま朝を迎えていた。おかげで首やら肩が痛い。
最悪のコンディションのまま学校に到着。
ホームルームまで約十分。寝よう。そう思い座席に着くとすぐに机に突っ伏した。
もちろんまともに寝られるわけもなく、眠りは浅い。白と黒のリバーシブルの円盤が地面いっぱいに並べられ僕はただそれを目的もなく裏返していく。いつまでたってもきりがない。白は黒に、黒は白に裏返す。そんな夢を見た気がした。
「ん……」
体をつつかれて意識を取り戻す。
「先生、きたよ」
親切にも起こしてくれたのは隣の席の熊谷さんだった。
「ああ、ありがと」
「目の下にくまできてるよ。寝てないの?」
「ちょっと、ゲームに夢中になりすぎてね」
担任教師が来て、ホームルームが始まった。
出席を取り、新聞に取り上げられていた事件について何やら話していた気がするが僕はまだ寝ぼけていた。やがて一限目の授業の先生と入れ替り、休む間もなく授業が始まった。
授業中何度も意識を失いかけた、その都度深く深呼吸を繰り返し意識を保った。
別段僕は真面目というわけではなかった。むしろ不真面目なほうだ。校則で禁止されている携帯電話はいつもポケットに忍ばせているし、同じく禁止されているアルバイトもしている。だがまあ、これぐらいは皆していることだ。
普通なら授業中眠くなったら多少は申し訳なく思っても構わず寝る。大抵の教師は見て見ぬふりをしてくれる。ただこの教師の授業での居眠りは少々面倒なことになる。そんな教師が数人いるのだ。そしてこの日の授業はその面倒な教師の授業で固められている。
よって居眠りはしないほうがよい。
その点を皆理解していてどんな不真面目な奴でも一応は授業に取り組んでいるふりをしている。
そんなわけで僕も寝るわけにはいかない。時にペンで自分の腕をさしては必至で耐えしのいだ。
そしてようやく昼休みが訪れた。
購買で菓子パンと飲み物を買って教室に戻る。
寝不足であまり食欲はないが朝も食べれなかったため無理やり喉に流し込んだ。
「ん?」
ポケットの携帯が震えた。
こんな時間に来るメールなんてどうせ迷惑メールだろうと思っていた。しかし届いたメールを開いて困惑した。
『助けて』
タイトルはなく本文にこれだけ。
差出人のアドレスは――自分のパソコンのアドレスだった。
そして、さらにメールが届いた。
『なんか、熱い』
自分のパソコンから送られたメール。心当たりは一つしかなかった。
「アイ――」
僕は勢いよく席から立ち上がった。
「どうしたの。急に?」
隣で弁当を食べていた熊谷さんが驚いた様子で僕を見る。
「いや、ちょっと……、急に腹痛が」
たどたどしい言い訳を残して僕は教室を去った。
駐輪場まで走り、そこから全力でペダルを漕いだ。
なぜか嫌な予感しかしなかった。
疲れや眠気はいつのまにか忘れていた。
息を切らし、汗を滴らせながらなんとか家に着いた。
自分の部屋に入り第一に気付いた異変が焦げ臭い匂い、そして充満する煙。
「うわっ」
あまりの事態に一瞬思考が停止した。
だがすぐにこの煙の元を探す。
「これか……」
原因はパソコン、ディスプレイ、スピーカーなどのプラグを繋いでいる電源タップ。ひどいことにタップにさらいタップが刺さっている。いわゆるたこ足配線状態だった。
小さな火が起こっている。
急いでベッドからタオルケットを取り寄せ火に向かってはたいた。
数封はたき続けてようやく火はおさまった。
僕は暫くその場に呆然と座り込んでいた。そして大事にならずに済んだことに安堵した。
多少落ち着いたところで窓を全開にして換気をした。
タップはなんとか原形を留めてはいるが黒こげだった。
タップはパソコンのすぐ近くにあったので、パソコンのケースも少し焦げている。壊れていないかが非常に心配だった。
「そうだ、アイ!」
すぐさまパソコンを起動させブレインウェーブを装着する。
パソコンは異常なく起動してくれた。
「アイ、聴こえるか? アイ?」
「聴こえるよー」
すぐさま返答があった。
安心して一気に体の力が抜けた。
「……あのメールはお前か?」
わかりきってはいるが一応尋ねた。
「うん。なんか急に熱くなってきたから怖くなって……」
「熱いとかもわかるのか……。まあ、なんにしても助かったよ。危うく火事を起こすとこだった」
「何があったの?」
「……たこ足配線で軽いぼやがな」
「まったく、どうせ埃っぽいところとかに置いてあったんでしょう」
「はい……」
「もうすこしで焼け死ぬとこだったよまったく」
「やっぱり、パソコンがいかれたらやばいのか? お前?」
「そうだよ、私はここにいるだから」
「そうか、ごめんな」
「こ、今度から気をつけてね」
「ああ」
ひと段落したら急激な眠気が襲ってきた。
ベッドに上る気力もなく僕はその場で眠り込んだ。