love
自分の部屋から家を飛び出していく熊谷さんを見送った。泣いているようだった。
悪いことをしたとは思う。だけどしょうがなかったんだ。
彼女が見えなくなるまで窓の外を見ていた。見えなくなるとカーテンを閉めた。
そしてパソコンを起動させた。
「おかえりー」
いつも通りの声でアイが迎えてくれた
「ただいま」
「っていっても数時間前からいたでしょ。寝てたの?」
「いや……」
「じゃあ、何してたの?」
少し目を吊り上げてアイが問う。
「熊谷さんが来てたんだ」
「えっ……」
吊り上っていたアイの目が下がり表情が翳る。
そして弱々しい声で尋ねた。
「何、してたのかな……?」
「映画見てた。ほら、この前アイが話してくれた『A.I.』って映画。借りてきたんだ」
「そうなんだ……」
聞き取れないほどか細い声でアイは言った。目を伏せ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
これをただのプログラムだなんて思えるだろうか。感情を持って、生きている。確かに肉体はない、食べることも、寝ることもできないかもしれない。それでも根本的なところは人と何ら変わりはしない。
「まったく酷いなぁ。ディビットが海に落ちたところでてっきり終わりだと思ったよ。まだ続きがあったんだな。なんで話してくれなかったんだよ」
「それは……、悲しかったから」
「悲しかった?」
「ディビットは作りもので、クローンで蘇ったモニカも作りもので……、うまく言えないけど、そんな二人が過ごしている様子はとても幸せそうだけど、とても悲しかった」
「そうか……。僕も素直にハッピーエンドとは思えなかった」
そう言った僕のほうを一瞬見てはすぐにアイは目をそらしてしまった。
アイは何か言いたそうな表情をしながらも何も言わないし、何も訊いてこない。きっと迷っているのだろう。自分がそれを聞いていいのかどうか、聞いてどうすればいいのか。
しかしアイは意を決して口を開いた。
「熊谷さんとはずいぶん仲良くなったんだね。一緒に映画を見るなんて」
「そうでもないよ」
もう口を聞くこともないかもしれない。
「ねえ、前に他の人とも話してみないかって言ったのって、この日のため? 私が『うん』っていったら今日紹介するつもりだったの?」
「いや、今日は本当に成り行きで」
僕の言葉を疑うような視線を向けた。
本当に今日、こんなことになるとは思ってもみなかった。だけど、今となってはいい区切りになったのかな。
「もしかして、二人は付き合ってるの、かな?」
アイは絞り出すようにその台詞を口にした。
「ううん。付き合ってないよ。……キスされそうになったけど」
アイは目を見開いて驚いた表情をした。
「それで、その……」
「してないよ。その後、告白された」
「……そう、なんだ」
アイはまた目を伏せ、俯いた。『どうするの?』とは訊いてくれない。いや、訊けないのだろう。
だから僕は訊かれる前に答えた。
「断わったよ」
「えっ……」
意外な言葉を耳にしたようにアイは固まった。そして「どうして?」と呟いた。
「他に好きな人がいるからって言って、断った」
「それって誰?」
「僕のメール友達でさ、遠い所に住んでいて、一度も会ったことはなくて、顔も本名も知らない。そんな設定の人」
「それって……」
「そう言ったらさ、熊谷さんは怒ったように言うんだよ。『おかしいよ』って。会ったこともないんじゃ、男か女かもわからない、全部嘘かも知れないって。うん、全くそのとおりだと思ったよ」
「……」
「なにせ、本当は人かどうかもわからない、名前なんて初めからかなったし、顔、姿だって後からできたし。メール友達よりよっぽど怪しい存在だ」
「……」
「だけど、確かに此処にいる」
「カオル……」
「僕の名前を呼んでくれて、泣いたり、笑ったり、寂しがったり、嫉妬したりしてくれる。そんな存在が確かに此処にいるんだ」
「うぅ……」
アイは泣いていた。
「触れ合ったりできないし、抱きしめてあげることもできない。だけど言葉は交わせる。心で触れ合うことはできると思うんだ」
僕は言葉をつづけた。
「最初はいきなりあらわれて、なんだコイツって思ったりしたけど。今は此処にいるのが当たり前になっていて、毎日話すのが楽しくって。いなくなったらなんて想像するだけで泣きそうになった」
僕も少し泣きそうになってきた。
「傍からみたら確かにおかしいって言われても仕方ないかもしれない。この気持ちを認めるのは辛かった、というより認めてしまっていいのかどうか迷った。それでも、気づいてしまったからもう仕方ないだろ?」
言葉を切って最後に一番言いたかった言葉を口にした。
「アイ、好きだよ」
アイは泣き顔を見られたくないとばかりに後ろを向いている。それでもスピーカーからは嗚咽の声がだだ漏れだ。
「うぅ……、私も、カオルのことが好き。愛してる。愛なんてまだよくわからないけど。たぶん、この気持ちは愛だと思う」
泣きじゃくりながらアイはそう言った。
「そうだな。うん、きっとそうだよ」
「でも、いいの? 私なんか所詮プログラムだし、どうして生まれたのかもわからない。私が見る世界なんてネットの中でしかなくて、色や形はわかるけど、匂いとか味はわからない……」
「そんなの些細な事さ。人間だって匂い、味がわからない人もいれば、目が見えない人、喋れない人もいる。何故生まれたかなんて明確な答ええおもってるやつなんかいないさ」
「でも……、それでも……」
なおも自分を否定しようとするアイに僕は画面越しにでこピンをした。
「痛い!」
そう言ってアイは顔をゆがめた。
「そうやって痛覚みたいなものもあるんだ。プログラムでも、到底人とは呼べなくても、アイは僕にとって大切な存在だよ」
「カオルぅ……」
ここで抱きしめてあげれば最高なんだけど、残念ながらそれはできない。
「科学が進んでさ、映画の『A.I.』のディビットみたいに人間とほとんど変わらないアンドロイドができて、そこにアイの人格とかインストールできたらいいのにな。そしたら触れ合えるし、一緒にどこかに出かけることもできるし」
「そうだね。ねえ、カオルが作ってよ」
アイはその言葉を何気なく言ったつもりだったんだろう。だけど僕はその言葉によって何かが動かされた。そうさ、待ってるだけじゃなくて自分で作ればいい。
「うん。そうだ、将来は科学者になるよ。そしてアイにもっと多くの世界を与えたい」
「うん、待ってる」
「それまで、色々とサポート頼むよ。いつか宿題を手伝ってくれたときみたいに」
「うん、でもちゃんと構ってね。遊んでね。もっとオセロをしたい」
「わかってる」
僕が愛したプログラム――アイは涙を流しながらも嬉しそうに画面の中で笑っていた。
最後まで読んでいただいてありがとうございます
なんとか終わりを迎えることができました^^
これからも書いていきますので応援よろしくお願いします。




