realize
同級生の女の子と肩を並べて自室のベッドの上にいる。男子ならだれもが心躍るシチュエーションだろう。
確かに僕の鼓動はいつもより早まっていた。しかしその高鳴りは高揚によるものとは少し違っていた。何せ脇の下に嫌な冷や汗まで書いてきたのだから。
そんな僕の状態などお構いなしで映画は進んでいく。
アイにあらすじを聞いていたのでストーリーはすらすらと頭に入ってくる。
ようやく、主人公のロボット、ディビットが登場した。
その時横に置いていた携帯が小さく震えた。
熊谷さんに気付かれないように一瞬で手で携帯を抑えつけた。どうやら熊谷さんは映画に集中していて気付かなかったようだ。
目線はテレビの画面に向けたまま手探りで携帯を操作しアプリを起動させた。
『おかえりー、どうしたの? パソコン付けてよー』
もちろんそんなことができる状況ではない。
悪いと思いながらそのメッセージを放置した。
『もしかして寝ちゃった?』
そういうことにしておこう。幸いにも携帯はベッドの上だ。
映画は息子が奇跡的に回復し、目を覚ました場面だった。
ディビットは息子にからかわれたり、ちょっかいを出されたりしていたが、それでも生活は順調だった。
しかしある日、アイが言っていたように事件が起こった。
故意ではないにせよディビットが息子を家のプールに落とし、溺れさしてしまったのだ。
人に害をなしたとあってはディビットを企業に返さなければならなかった。
しかしモニカはディビットにまだ愛着があり、愛していた。
スクラップにされるのは忍びなく思い、ある日モニカはディビットを連れて森へ行きそこへ置き去りにした。人間に見つからないように、他のロボットと一緒に生きていくようにと言い残して。
「なんか、悲しいお話だね」
「うん」
ディビットはそこから旅をした。
途中に出会ったセクサロイドのジョーと共に。
ディビットは以前にモニカに聞かされたピノキオの話を思い出し、青い妖精を見つければ自分も同じように人間に成れると信じた。
ディビットとジョーは青い妖精を探し各地を回った。途中企業の人間に何度も追い回されながらも。
結末もアイの言った通り、ディビットは海に落ちてしまった。
しかしそこには探し求めていた青い妖精がいた。
所詮それは人が作った張りぼてでしかなかったがディビットはこれで人間に成れる。またモニカに愛してもらえると思った。
しかしそれはかなわずディビットは静かに眠りについたのだ。
ふと横を見ると熊谷さんは少し涙ぐんでいるようだった。
確かに悲しい結末った。
後はエンドロールが流れるのをただまっていたが、映画はまだ続くようだった。これはアイに聞かされていなかったので少し驚いた。
エピローグは二千年も後の世界の話だった。
その世界は氷におおわれ人類は既に絶滅していた。人類に代わりその世界で活動していたのはディビットと同じアンドロイド達だった。
そのアンドロイド達によってデイビットは発見され意識を取り戻した。
意識を取り戻したディビットはそのアンドロイド達にモニカを生き返らせてほしいと願った。
ディビットの所持していたモニカの髪の毛のおかげでクローン技術により生き変えさせることは可能だと告げられた。しかしクローンはたった一日しか生命を維持できないとも告げられた。
それでもいいとディビットは願った。
モニカは蘇り、ディビットはその一日中ずっとモニカと過ごした。
そこにいるのはモニカとディビットだけ。モニカの愛を一身に受けてその一日を過ごした。
映画は終わり、今度こそエンドロールが流れ始めた。
「一応、ハッピーエンドかな?」
そう言った熊谷さんの瞳からは涙は消えうせ、若干の笑みが浮かんでいた。
「そうだね」
とは口では言ったが、ハッピーエンドなのかどうかは釈然としなかった。
いくら大好きなモニカと最後に一日過ごせたと言ってもそのモニカは所詮クローン、本当に愛が欲しかったモニカではない。モニカは目が覚めない息子の代わりにディビットを、ディビットはもういないモニカの代わりにクローンのモニカを。彼女らが愛を注ぎ、愛を求めたのは所詮まがい物で本物ではない。ただの自己満足の愛だ。
「ああ面白かった。この映画をお勧めしてくれたメール友達に感謝だね」
「うん。面白かったって言っておくよ」
すぐそこにその本人がいるとは思っていないだろう。
「ねえ……」
エンドロールが終わり、画面たタイトルに戻っていた。
「ん?」
振り向くと熊谷さんは涙とは違う潤いを含んだ瞳でこちらを見ていた。
そしてそっと顔を近づけてきた。
「な、何?」
そう言って僕は顔をそむけた。
「ごめん、いきなり……。私、恵比寿君のこと好きだよ」
確証はないが、そんな気がしていた。しかし言葉にされたらされたで僕は驚いた。
彼女の告白に僕は、
「ありがとう」
と小さく答えることしかできなかった。
「私じゃ、だめかな?」
たっぷり十秒は間をおいただろう。
その間僕は、驚いていた、戸惑っていた、迷っていた、考えていた。
しかし考えがまとまる前に、まるで決まり切っていたかのように次のセリフが口から出た。
「ごめん……」
僕の言葉で彼女の顔は少し曇った。
「そっか……。私達、結構気があってると思ったのにな。理由は教えてくれないの?」
「それは……」
逡巡の後僕は言った。
「好きな人が、いるから」
「好きな人って誰? 同じクラス?」
僕は首を横に振った。
「同じ学校?」
また、僕は首を横に振った。
「違う学校に通ってる元同級生とか?」
三度目、僕は首を横に振った。
「じゃあ……、例の携帯の友達」
僕の否定も肯定もせず押し黙ったままだった。しかし無言は肯定と同じだった。
「そうなんだ……」
熊谷さんは俯き、表情がうかがえない。
「どうして? だって会ったこともないんでしょ?」
「それは……」
「会ったことも、話したこともなくて、メールだけなんでしょ? 文章なんかじゃ本当のことはわからないじゃない。年齢も、性別だって」
「……」
僕は言い返すことができずただ押し黙ったままだった。
「そんな曖昧な存在に私は負けたの? 嘘か本当かもわからないそんな存在を本当に信じてるの? 本当に好きだって言えるの?」
「ああ、好きだ」
なんとか絞り出した言葉は力なくか細かった。
「おかしいよそんなの!」
顔を上げた熊谷さんの目じりには大粒の涙が浮かんでいた。
「ごめん……」
「もう何も言わないで……」
そう言い残し熊谷さんは部屋から駈け出して行った。
後に残ったのは喪失感、虚脱感、そして背徳感、だけど後悔はなかった。




