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ai

「いらない」

 あまりに素早い返答に僕は一瞬止まってしまった。

「いらない?」

「うん」

 すがすがしいほどの笑顔でアイは頷いた

「僕とばっかり話しててもつまらないしだろ? それにアイのことを知ってるのが僕だけっていうのもなんか寂しじゃないか。だから……」

「ねえ――」

 冷たいアイの声で僕の言葉は遮られた。

「どうしてそんなこと言うの? 私はカオルがいてくれれば十分だよ。カオルだけが私のことを知ってくれていればそれで十分。それに、私に誰と話せって言うの? 私のことをどう説明するの? 私だって……、自分の存在が普通じゃないってわかってるよ。こんな私をいきなり理解してくれって言われても普通の人は戸惑うだろうし、カオルが変な目で見られるんじゃないかな……」

「それは……」

 アイがそこまで考えていたことに僕は驚いた。僕なんかよりよっぽどものを考えているじゃないか。

「例の、女の子?」

「……」

「熊谷さん?」

「なんでっ……、いや、いい」

 きっと住所から名前を割り出すことなんてアイにとっては造作もないことだろう。

「そうなんだ」

「ああ……」

「なんで彼女に私を紹介しようだなんて思ったの?」

「お前、学校にいるときでもしょっちゅうメールしてくるだろ。彼女、席となりだから気づかれてさ。メールしてる相手ってだれ? ってなったんだよ」

「それで、なんて答えたの?」

「最初のほうは適当にごまかしてたけど、なんか昨日真剣に訊かれてさ。最終的に遠く離れたメール友達ってことに」

「そうなんだ……」

 アイは目を伏せ何やら考え込んでいるような素振りだ。

 今思えば何故僕はアイと熊谷さんを引き会わせようだなんて考えたのだろう。熊谷さんに嘘をつきつくなかったから? アイに他に友達を作ってほしかったから? どれも何故か言い訳じみたものに思ってしまう。

「ねえ、カオルはその、熊谷さんのこと好きなの?」

「いや……」

「正直に言って!」

 あまりの声の大きさにスピーカーから流れる音が割れた。

「最近よく話すようになって、バイト先にもよく顔見せに来てくれて、正直、気になり始めていた。けど、まだ好きかどうかはわからない」

「じゃあ、私のことは?」

「えっ?」

 何を聞かれたのか一瞬理解できなかった。

 僕がアイのことを好きかどうか、そう訊いているのか?

 それは最初は戸惑ってなんだこれなんて思っていたけど、今はもういるのが当たり前になっていて、こうやって普通に、他の人と同じように話なんかもして、笑って、怒って、悲しんで、ただ身体がないってだけで他は人とほとんど変わらない。今、アイが急にいなくなったりしたらきっと悲しむだろう、泣くかもしれない。

 これはもう好きってことなんじゃないか?

 ただ、まだ僕はアイという存在の定義に苦しんでいた。

「ごめん、今のなし」

 僕が答える前にアイは質問を打ち消した。

「アイ、俺は……」

「いいの。ごめんね。変なこと訊いて」

 僕たちは気まずくなりどちらも黙ったままだった。

 アイは画面の端っ子でそっぽを向いている。

 僕はなんとなくブラウザを立ち上げ『アイ』という単語を検索した。

 愛。

 やはり『アイ』と訊いて人が一番早く連想するのは『愛』という文字だろう。

 愛――慈しみ合う気持ち、大事にする気持ち、暖かい心、アガペー……。

 結局、愛なんてものはわかりようもなかった。

「ねえ、A.I.って映画知ってる?」

 AI、エーアイ、アイ。

「いや、知らない。……ロボットの映画?」

 AI――人工知能をタイトルに持ってくる映画の内容はロボットが出てくるという想像しかできなかった。

「うん。当たり。結構昔の映画だから知らなくてもしかたないかな」

「どんな映画なんだ?」

「……主人公は人工知能を持ったロボットのディビット。とある夫婦がいてその夫婦には一人の息子がいた。だけどその息子は長いこと病気でずっと目を覚ますことがなかった。目を覚ますことのない息子の代わりに感情を持った男の子のロボット、ディビットが作られたの。だけどある日息子が奇跡的に目を覚ましたの。それまでディビットに愛情を向けていた妻のモニカも段々と本当の息子を愛するようになっていった。そしてある日、息子のディビットが遊んでいるときに息子が危険にさらされる事件が起こって、それでデビットは森に捨てられてしまった。それからディビットは旅をするの、ロボットを壊して楽しむショーの見世物にさえそうになったりと、旅の途中にはいろんな苦難があった。だけどディビットはずっと愛を求めて旅をした。モニカの愛を求めて。初めにモニカを永遠に愛するようにプログラムされていたけど、だけどそれだけじゃないような気が私はする」

「その旅はどうなったんだ?」

「ディビットは最後、海に落ちてしまう。意識を失うその瞬間まで僕を愛してと願っていた」

「それで、終わり?」

「……うん」

「悲しい話だな」

「……うん」

 話し終わるとまたアイは黙り込んでしまった。

 僕もこのあとに続ける言葉を見つけられなかった。

 アイはなぜこの映画の話をしたのだろう。何を伝えたかったのだろうか。

「そろそろ寝るよ」

「うん、お休み」

「お休み」

 そう言うとパソコンをシャットダウンした。完全にシャットダウンし終わる前にディスプレイの電源を切った。

 悲しい顔をするアイを見ているのが今は辛かった。


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