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#8 ナツ編集部室の夏 II

 台風はどこへ消えた? なんていうベストセラーを書きたくなるようなきれいな晴れ空だった。また私は気象予報士を信じられなくなった。



 当の私やなっちゃんは行きたくないのに、私の親やなっちゃんの親は行かせたがっている。こんなに文句なしの晴れではサボる理由を考えるのにもそれなりの体力を使う。……完敗だ。

「ほらー、リン仕度しなさーい。遅れるんじゃないの?」

 母親がせかすせかす。行きたくなさそうなのが分からないのかな。

 さてそろそろ仕度しないと……中学からいい服が減っちゃったからな。



「えーっと、日野さん、リンちゃんも来たね。じゃあ行こうか」

「出発!」

 私となっちゃんの元気を1とすると、なっちゃんは500くらいじゃないかな。



 私達はなっちゃんのお父さんの車に乗る。なっちゃんの両親、編集部3人で行くことになる。

なっちゃんが真ん中で、左に私、右にゆかり。伊豆まで車でそのまま行くので、そうそう無いトークタイムとなるのだが……。

「いやー、合宿も無事晴天晴天! 感謝感激アメアラレだね! やっぱり期末で採点ミスをきちんと先生に報告した行いが返ってきたのかな!」

 本当に元気ですね。隣のなっちゃんはげんなりしている。真ん中は辛いね。

「元気だね、日野さんは」

 そんなことを言ってなっちゃんのお父さんが釣り糸をたらすもんだから、2人の間で会話が成立する。私はというと、お母さんと話していた。

「この間はごめんね。入学式なんてサボるとは思わなかったから」

「いえいえ。このバカだからそんなことだろうと予想はできていましたから」

「リンちゃんにいつもお世話になっちゃってるし、もうこのままお嫁さんになってもらいましょうか、ねぇお父さん」

「そりゃ、いつでも大歓迎だよ。庄平は俺に似て面倒くさがりやだから、リンちゃんみたいなのが付いてないとダメだ」

「何それ、私ってリンちゃんみたいに可愛いってこと?」

「はっはっは」

 何言ってんだか。そう思って右を見ると、なっちゃんは疲れているのか寝ていた。良かった。



 車は私達を運んで伊豆へ向かう。なっちゃんのお父さんが途中の道で窓を開けてくれたのだが、それはそれは普段体験することのできないような強い、磯の香り。

「ここらへんは海も山も揃っている理想郷だからね。海の幸でも晩御飯は食べよう」

 伊豆は慣れているとはいえ、美味しい物があると聞けば飛びつかない手はない。心の中がうきうきする。

「あー、いい匂いだ」

 いつのまにか隣のなっちゃんは起きていた。

「こりゃー、絶景だね! リンもいっぱい写真撮っておきな」

 ゆかりにそう言われて思い出した。カメラを持ってきていたんだった。カバンからいそいそと取り出すと、窓際という地の利を生かしてたくさん撮った。



 編集部に入ってよかったことの一つに、写真の良さに目覚めたということがある。私の誕生日は7月なのだが、今年の誕生日は思い切ってカメラを買ってもらった。この年頃になって欲しい物をねだることが無くなったのだが、何年ぶりかに父親にカメラをねだってみたら、

「え? カメラか? そうかそうか、買ってやろう」

 と嬉しそうに返してくれ、買ってくれた。父親にとって娘からお願いをされるというのは、いつになっても嬉しいことなのだろうか。その日の父は若返ったようにも見えた。



 メモリを交換しないと、と思っているうちに奈津家の別荘に着いた。時間はまだ11:30。

「とーちゃーく!」

 なんでゆかりが言うのかな。

「さ、降りてまずは伸びでもしたらどうだい」

 なっちゃんのお父さんに開けてもらい、車から出る。なっちゃんもまどろみながら出てきた。ってまた寝てたのかよ。

「睡眠は貯蔵物だからな。貯めておける時に貯めておかないと」

 だからって小テスト中に貯めるのは良くないと思う。



 簡単な昼食を近くで食べた後、3人は海で遊ぶことにした。といってもやる気なのはゆかりだけ。私となっちゃんはパラソルもないビニールシートの上でのんびりしていた。

「ひゃっほー」

 奇怪な掛け声とともにゆかりは海へと飛び出して行った。彼女は海でも死なないんじゃないか、と思う。

「まったく、日野の元気をもらいたいくらいだ」

 なっちゃんは呆れている。あんただってたくさん寝てたじゃない。

「ふん」

 返事に困ったらすぐそれでごまかす。

 それにしてもまぶしい太陽の下。みんながキャーキャー言っている海は夏ならではの物だろう。砂の城を作るわけにもいかず、何かをしようと思っていたら、

「海の家、行ってくる。何食いたい」

「うーんと、いちごのカキ氷」

「わかった。すぐ戻ってくる」

 なっちゃんはそう言って海の家へと行ってしまった。



 近くだし、一緒に行ってみたい気もするが、ゆかりのためにビニールシートに誰かはいなくてはならない。何故にこんなにもどかしいのか。ただ海の家に行っているだけ。帰って来ないわけがないし、すぐ帰ってくる。でも何故か辛かった。そんなことを思っているうちになっちゃんが帰ってきた。すごい時間をかけて帰ってきたように感じる。

「ほい、いちごミルク」

「遅い」

 何でだろう。カキ氷を受け取って、少しぶっきらぼうな返事をしてしまった。

「何怒ってんだよ。5分もかからなかったぞ」

 それは本当だろう。でも何だか辛い気持ちは消えなかった。それから私となっちゃんは無言でカキ氷を食べた。



 それからゆかりもすぐ戻ってきた。ゆかりもカキ氷が食べたいと言うので、買ってきてやろうとなっちゃんが言ったが、それを振り切って私はゆかりの分のカキ氷を買ってきた。もうあんな長く待たされるのは御免だったからだ。ゆかりの分をさっさと買って戻ってきた。ゆかりは別荘への帰り道食べながら歩いていた。そして、不思議な空白の時間が流れる。



「どうだい、楽しかったかい」

 別荘へ帰ると、なっちゃんの両親が迎えてくれた。

「楽しかったです!」

 ゆかりは誰よりも先に答えた。

「元気だなぁ」

 なっちゃんのお父さんもこう素直に反応されると嬉しそうだった。世界中の父親はこう娘に弱いのだろうか。それがたとえ他人の娘だったとしても。

「今晩はバーベーキューにしようと思うんだ。まあ、せっかく合宿に来たわけだし夜は楽しみがいろいろあるだろう。だから晩御飯は早めに済ませることにするから」

「お心遣いありがとうございます」

 ゆかりの裏を行くわけではないが、私は普段の付き合いの分礼儀正しく。

「じゃあ、買出し手伝ってくれるかな。女の子二人で」

 なるべく自然にそう言ってなっちゃんのお父さんは準備を始めた。やっぱり娘に弱いんだ。なっちゃんは一人っ子だからかな。



 奈津家の別荘は海・山も近いけれど、買い物の便もそこまで悪くなかった。往復10分くらいの道のり、でも話をしているとそんなに長くも感じない。

「ねえ、リン」

 帰り道、なっちゃんのお父さんだけ前を歩いている中小さい声でゆかりに声をかけられた。

「なに?」

「さっきは何怒ってたの」

 その声はゆかりとは思えないほど、穏やかな声だった。

 でも私自身何を怒っているかわからない。

「そう……」

 それ以上ゆかりは何も言わなかった。

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