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#4 幸せの電話帳 IV

 自分達で立てた「学園通信編集部」の活動を始めてから早くも半月。5月、男子のYシャツに薄く汗が滲む頃になった。もちろんなっちゃんも例外ではない。部室に入ってくるなり、汗だくのなっちゃんは扇風機を付けて自分のところに固定する。こっちにも回してほしいんだけどな。



 締め切りまでもう日も少ない今週だが大イベントがある。

 体育祭だ。編集部としてもリニューアル第1号、これを特集にしない手はない。5月下旬に出す予定の6月号ではなく、その次の7月号に載せるための原稿の準備をしなくてはならなくなった。

「俺は体育祭は個人的には大大大大(中略)大大大大嫌いなんだが、学園通信としてはこれを特集にしないわけにもいかないから、それなりに真面目に取り組んでくれ」

 とかなっちゃんは言ってる。体育祭はなっちゃんのやる気が湧かない行事だということがよくわかりました。

「ここはあたしの出番だね! 任せてちょうだい!」

 そうだった、ゆかりは学園行事担当。だから今回は基本的にゆかりに任せれば……

「馬鹿いうな。特集は担当と関係無いと言ったろう。お前は写真撮れ」

 また写真? カメラロボットみたいにアホみたいに写真撮らせないでよ。文章書くから。

「学校行事に関する文章は提出された入学式の原稿を見る限り、日野の文章が合っている。特集に合う文章が書けないお前はせめてでも写真を撮れ」

 はいはい。憂鬱な気分を増加させていると、最後になっちゃんは付け足した。

「それにお前の写真の腕は編集部一だしな」



 さてさて、そうして来てしまった体育祭当日。

 今や愛用品となった編集部のデジカメと替えのメモリ等をウエストポーチに突っ込み、なっちゃんからもらった「学園通信編集部」という腕章を安全ピンで制服の袖に固定する。

 服装が服装だと、自然と取材するぞ!って感じになる。



 ……でも高校の体育祭なんてグダグダもいいとこ。見物なんて鼓笛パレードと応援合戦くらい。まあでも徒競走のゴールのところの写真とかは綺麗に見えるものだから、なるべく多く撮ってみた。各競技の詳細についての文章は本部テントでノートパソコンに向き合っているゆかりが、今作っているらしい。ゆかりはいいよなあ。本部テントは日に当たらないから涼しいんだろう、きっと。また日焼けしちゃう。なっちゃんも同じ女子に対する扱い方が違うなぁ。



 暑い中の取材を終えて、次の日から早くも原稿作りに励む。写真を取り込み、選別。今回は特集だから、ゆかりとも相談しながら。そしてゆかりの文章とあわせて完成。



「いよいよ第1号を発行することになるな」

 集まった原稿の編集も終わり、表紙も完成。あとはこれを印刷所に出して届くのを待つだけだ。でも肝心の採算は取れるの?

「基本的には大丈夫だろう。ただ出版費用が少し辛いな」

 でもまあ、なっちゃんだから大丈夫だろう。この部活を半月やってきて再確認したことがある。それは、やっぱりなっちゃんはすごいってことだ。自分が嫌いなもの――例えば入学式などは拒むけれども、それもある意味彼の信念だと思う。そのかわり、自分のやりたいことはやりたいことで貫き通す。きちんと主義が一貫している。社会に出て成功する人間かどうかはまだ分からないけれども、常人とは違った考えが彼の中でしっかりと立っているのだろう。



 そして何日かすると完成品が届いた。届いたのを聞いて部室に来たなっちゃんはニコニコしていたが、宅急便の伝票を見ると無表情になった。どうしたんだろう?

 とにかく、完成品の迫力はすごい。ためしにサンプルを手にとってみる。自分の書いた記事、載せた写真がこうも綺麗に学園通信として出版されるのに感激を感じずにはいられなかった。やっぱりこの部に入ってよかった。でも、喜ぶのはまだ早い。廃部にならないように採算を取るのはこれからだからだ。まあ、この出来栄えなら採算もなんとかなることでしょう。なっちゃんから説明があった。

「これは全てで500部だ。で値段は500円」

 え。ご、500?

 うちの学校は1クラス40人で1学年はA〜F組の6クラスの240人、それが3年までなので720人いる。それで500部、しかも突然の有料化――それも500円は少し気軽には手を伸ばしにくい。に全校はどう反応するのだろう。

「まあまだ7月号もあるから、6月の反応をまずは見てみないとなんとも言えない」

 不安は拭い去れなかったが、ここまでなっちゃんはよく頑張ってきたと思う。しっかり計画を立てたんだから失敗しないだろうし、仮に失敗しても責めることはできない。

「よし、3人で購買部に納品しにいくぞ!」

 私達の作った学園通信が、ついにお披露目である。



 1週間後。私達は部室に集まった。

 結果から言おう。売り上げとしてはいい結果とは言えなかった。赤字が売上帳に記載されたからだ。

 売れ行きはそんなに悪くない。だが、ただでさえ印刷費用が高い。並程度の売れ行きでは少し採算が合わないのだ。この少しでも赤字には違いないわけで、大きな弱点となってしまう。7月号でなっちゃんは挽回できるのだろうか。私は右に座っているなっちゃんを見た。彼でさえも疲れたような、不安そうな、何とも微妙な表情をしている。本人は本当に疲れたのだろう。何か打開策は無いのか……。

「……ま、まあ、7月号頑張ろうよ。ね? それじゃあ今日は帰るね。バイバイ」

 ゆかりはそういって帰っていった。部室に取り残された私達。

「なあ、香坂」

 なに?

「お前は文章をはじめとする内容面に問題があったと思うか」

 確かに、文章面などはどう考えても以前の学園通信より改善されたと思う。じゃあなおさらどうしたらいいのか方向性が見出せないんだよね。

「ふむ。俺もそう思うよ。内容にそこまで顧客は不満を抱いていない。やはり値段設定が少し悪かったのは一因だろう」

 顧客って……生徒の事ね? 確かに500円はちょっと手が伸ばしづらい。

「だが、500円と言う値段設定を変えるには印刷の段階から変えなければならない。そうしないとなおさら採算が取れなくなる」

 うーん。私達の先にある道は破滅? なっちゃんであってもさすがに真面目に悩んでいるところを見ると、手助けをしてあげたいと思う。とはいえ、私の専門じゃないしなぁ。



 部室の窓から射す夕日はいつになく、寂しい。

次回もお楽しみに。

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