#2 幸せの電話帳 II
高校生活が始まって半月が過ぎ、4月も後半戦。
私はいつも通りなっちゃんと通学していた。
「そういえば、今日体験部活なんだよね。本当に楽しみだなあ」
どんな部活があるのかあまり知らないから、なおさらだ。するとなっちゃんは
「ふん」
と不機嫌そうな返事をした。
まさかあんた、また部活入らないつもり?
「入る入らない以前に、体験部活という制度が気に入らない。今ある部活で満足してください、ってことだろう。もっと生徒のクリエイティブな面を押してやったりしないのかこの高校は。部活くらい自分達でやる気ある奴達に作らせればいいだろう。そうすれば幽霊部員だって少なくなるはずだ。そもそも部活動に参加しなきゃいいんだからな」
部活でも作る気?
「そんな面倒なこたあ、しないよ。よっぽどやる気満々でない限りはな」
「おっはよー、リン。今日体験部活だね!」
教室に着くと、私同様みんなもはしゃいでいる。人生で一度しか無い高校生活、こういう風に思い切りはしゃがなきゃ!
終礼のチャイムが鳴り、体験部活がスタートする。教室が喧噪に包まれていく中、なっちゃんだけさっさと帰ってしまった。
寂しいとか、あいつは思わないのかな。
友達2人と私は部活をいろいろ回っていくことにした。運動系には入るつもりは基本的には無いんだけど、友達を連れているので希望があったときは一応付いていってみていた。もちろん私の希望の部活も友達は一緒に付いてきてくれた。
そうこうしているうちに、体験部活は終わった。ただ、
なんか、ほのぼのした雰囲気の部活が無かった気がする。みんな頑張っているのはいいんだけど雰囲気がなんだかピリピリしている。
「そう? 別にあんなもんだと思うよ?」
友達2人にもそう言われてしまった。
次の日。少し昨日の体験部活が、なっちゃんの言った通りあまりいい結果をくれなかったため、私は少し憂鬱だった。
そのことを話したらてっきり「だから、言ったろ馬鹿」とかで終わらせられるもんだと思ってた。でもなっちゃんの反応は違った。
「部活、作ればいいじゃないか」
あながち反対でもなかった。無かったら作ればいい。その通りだ。だけど、部活をいきなり立てることなんか不可能で、確か同好会から作って何年かして実績を残さないといけないんじゃなかったっけ。そんなの待ってたら自分はこの学校からとうにいなくなっているだろうし、私一人じゃ――いや仮に、仮になっちゃんが手伝ってくれても2人じゃ部活とは言えないわ。あと一人か二人はいないと。
「ふーむ。それは確かに問題だな」
朝のホームルーム。今思えば、これがなっちゃんに火を付けたんだった。
その日柳田先生は5枚ほどプリントを配っていた。最後に、
「それでは学園通信を配ります」
そういって学園通信が配られた。なんだかいかにも教師が作っているような一般的な新聞のような冊子だ。とりあえず印刷所に頼んであるので製本はしっかりしていて、これが無料と考えればまあ文句は言えないね、と言ったところかしら。
もちろん内容はさして面白いものでもなく、とりあえず暇つぶしにつまらなそうに見ている生徒が何人かいるだけで、熱心に読んでいる生徒は誰一人として――いた。
なっちゃんだけが一人、真剣にページをめくっていた。その熱心な目に私はもう一度学園通信を見てみるが、さっき見た内容のままで別に面白くとも何とも無い。どうしたんだろう。そう思って聞いて見ると、
「これはチャンスだ」
いきなりなんですか、君は。と学園ドラマで校長が驚くシーンじゃないけど、訳が分からなかった。そんなことを思っている間になっちゃんは席を立って、廊下を走っていった。1限のチャイムが鳴る。授業始まるよ? あ、戻ってきた。
放課後、なっちゃんの動きが気になったので探してみると、担任の先生に言い寄っていた。
「この学園通信は誰が作っているんですか」
「10年程前までは部活だったんだけど、今は教頭先生を始めとする先生方が作ってらっしゃるの」
「何で生徒に対する学園通信を生徒たちが作らないんですか。小学校じゃあるまいし」
「そんなこと言ったって……」
先生困っちゃってるよ。それくらいにしてあげなよ。
そんなことを思っているとまた、なっちゃんを見失いそうになった。待ってよ。
次は職員室だった。
「失礼します」
と言ってなっちゃんは入っていく。職員室の真ん中の通路の突き当たりに教頭の席はある。理事長と校長は別室。真ん中の通路を堂々となっちゃんは歩き、教頭の前に立つ。
「……なんですか、いきなり」
そうだよね、私もそう思う。
「教頭先生は学園通信をお作りになっているんですよね? 何でですか」
「それは部員が0となり、学園の中でも意義のある広報誌を作っていた部活だったから、教員達が力を捧げることにしたのだ」
「それでは」
一度言葉を切った。なっちゃんは次に何を言うのだろう。
「やる気のある生徒が出てくれば、すぐ部活として明け渡すんですね?」
「ああ、そのつもりだよ」
「じゃあ、明け渡してください」
「え」
展開早いよ、なっちゃん。教頭ついていけてないよ。
「お、お前一人の意思では何ともならん。もっと人を集めろ」
「人など後からでも構いません。学園通信編集部を通常の生徒課外活動に戻していただきたい」
そうだったんだ。だから、だからなっちゃんはあんなに熱心に学園通信を……。
「お前な」
「それともう二つ。部室・予算は現在のままでお願いします」
「待てといっているだろう」
「その代わり、学園通信は有料化し購買部での販売体制を整えましょう。利益は……そうですね、そのまま学園通信編集部の予算とする。そうすれば学校側の印刷費用も抑えられます」
「待てと言ってるだろう!」
キレた。
「お前は順序を無視しすぎている! 何が有料化だ! 生徒に対する情報媒体を有料化してどうする! そんなんで損害が出たらどうするんだ」
「本当に欲しい情報媒体だったら、顧客は少しくらいの金を出して買いますよ」
「うるさい! うるさい!」
「まあまあ」
そこに入ってきたのは、穏やかそうなおじいさん。
「り、理事長!」
そう言ったきり、教頭は黙った。理事長? このおじいさんが?
「奈津君といったな」
「はい」
「なかなか面白いことを言うね。生徒が見る学園通信くらい生徒が作ってもいいんじゃないかと」
「そうです」
「君の言っていることはわかるよ。ただ最後のビジネス的なことは、難しいな」
「じゃあ、こうしましょう」
「ん」
「一学期中に黒字を出せなかったら解散。これでどうですか。それまで試験運用という形にしましょう。もし利益がなかった場合は廃部。というより教頭先生に実権を戻すことにしましょう。利益が出たら編集部を課外活動として認めてもらいたい」
堂々としたなっちゃんの要求。理事長先生もうーむ、とうなった。これは、いけるかも。
「じゃあ、その条件ならいいんじゃないですか、教頭先生。生徒達ももう子供ではありません。学園通信が面白く豊富な内容になり、学園生徒の手に回るようになっても悪いことではないでしょう。彼も大きな決意を持っているみたいですし、どうですか?」
「……まあ、理事長先生がそうおっしゃるならいいですが、だが! お前わかっているな! 赤字が出たら即解散だぞ!」
「結構です。自信が無ければこんな生意気なことぬかしませんよ」
そういって編集部室の鍵を受け取ると、なっちゃんは教室に戻った。
気づいたら、私だけ残されていた。いけない、いけない。すると、
「香坂さん」
理事長先生に声かけられちゃった。あいつと同類じゃないんだけど。
「いえいえ。ところで、お二人の関係は?」
「幼馴染です」
「そうですか、そうですか。まあ、彼はああいう風にいつも堂々としていますが、寂しいとかそういう気持ちがないわけでは無さそうです。職員室は出ましたが、きっと職員室の前であなたを待っているんじゃないですか。支えあってくださいね」
にこりと優しい笑みをくれた。失礼します、と礼して職員室を出ると確かになっちゃんが待っていた。鍵を持ったまま。
「あれ? 部室行ってなかったの?」
「待ってやったんだよ、感謝しろ」
そういっていつもの堂々とした歩き方で部室へと向かっていった。
なっちゃんの着想力はやっぱりすごいと思う。彼は学園通信を生徒の手に取り戻し、有料でも充実した学園通信を作ろうとしている。学園通信編集部。体験部活後の春の日、また一つ部活が生まれた。彼は「作れば?」と人に言ったが、やる気が出て作ってしまったのだ。
私も、部室に入ろうかな。
次回もお楽しみに。




