#12 ナツ編集部室の夏 IV
どこかで誰かが八月三十一日にしか宿題をやらない人がいるみたいな文章を書いていたが、普段から偉そうな口を叩く一女子として普段から君臨しているからには、せめて勉学くらいは! とさしたる大きな旅行も無いお盆には優等生並みに宿題に励んだものである。そして勉学をほったらかしにして後で血の涙を流す羽目になる運命が待ち受けているであろう他の学生を尻目に、私は残り少ない、けれどもうしろめたさも無い勝ち組の夏休みを過ごしていた。もちろんなっちゃんもその部類で、彼の場合は最初の一週間で終わらせたらしい。
8月30日。夏休みもあはれ、あと2日。
することも無いので、パソコンをつけてソリティアをやっていた。それもさして楽しいことでもなく、すぐ飽きてしまった私は何ゲーム目になるであろう新規ゲームから目を離して大きく伸びをした。昼寝もいいかな、と思っていたその時である。携帯のバイブレータが部屋に鳴り響いた。たまにしか来ないメールか……あとで見ればいいやと思っていたらなかなかバイブレータが止まらない。メールなら4回で止まるのに。ということは着信か。携帯を開いて電話に出る。
「もしもし、香坂です」
「おう香坂、急だが明日は部活だ。弁当と宿題持って部室集合」
電話の相手はなっちゃんだった。
普段だったら溜息をつくのだが、今の今まで暇つぶしにソリティアやって昼寝でもしようか考えていた身分である。忙しいとはまだ小学生で分からず屋の弟の前でも言えない。行く、と返事をして電話を切った。急にやることが増えた。
……弁当に入れる冷凍食品買って来ないと。
香坂家では休暇中は部活前2日以内に部活があることを言わないと、弁当を作ってもらえないという中途半端に厳しい制度がある。母親にスーパー行ってくると伝えて、自転車のストッパーを外して門を出た。
それにしても宿題って?
次の日、耳元で目覚まし時計が鳴っている。何故だ、今日まで夏休みのはず。最終日くらい寝かせてくれよ。それともあの馬鹿弟の仕業か? そんなことを考えつつ目覚ましを止めて二度寝した。
「そうだ、部活だった。」
飛び起きた私はそれと同時に弁当を自分で作らなければならないことにも気が付いた。冷凍庫から冷凍食品を手当たり次第取り出してレンジに放り込む。その間に弁当箱を探す。そうだ、アルミホイルも必要だった。そんな風にしてレンジとキッチンテーブルを行き来する朝。 父親、母親、弟が唖然としていた。唖然としている暇がうらやましいよ。とりあえず中身が入った弁当箱を肩下げカバンに入れて、玄関に向かう。宿題は昨日入れておいた。
「いってきますっ!」
9時からの部活なのに、校舎の時計は9時10分。夏の暑い中走ったからうだるような汗をたらしていた。部室に駆け込む。ドアを開けると目の前になっちゃん。ただでさえ走っていて心臓が激しく動いていたのに、それがクールダウンされることは先延ばしになった。
「10分オーバー。校庭5周」
は? 走って来いと? 今それ以上の距離を走ってきてフゥフゥ言ってるのに?
「冗談だ。それより……」
なっちゃんが普段しない不思議な表情を見せて、
「Yシャツが透けて、」
「うるさい!」
肩下げカバンであいつの顔面を思いっきり殴った後、部室に入って真っ先に扇風機を取って乾かすことにした。
なんで、こうも敏感な年頃の女子に向かってそんなことを言える神経がどうやったら出てくるんだろうね、まったく。などと怒っていたら隣にいるゆかりに気が付いた。ゆかりは原稿を書いて……いなかった。それ以前にパソコンを付けていない。彼女がにらめっこしているのは、化学の問題集。そう、ゆかりは血の涙を流す羽目になる、否流す羽目になっている生徒のひとりだった。さすがの私も可哀想に見えてきたが、何、宿題持ってこさせたのはまさか、
「その通り、日野の宿題を手伝うためだ。お前は化学の問題集を晒せ」
はぁ? ということは、
「まともに問題をやっていたら始業式まで部室に残ることになるだろ。宿題合宿か馬鹿野郎」
何怒っているんだか知らないけど、ゆかりの無計画な夏休みの結末にどうして付き合わなきゃいけないのよ?
「記事のネタにしてもいいだろ。とにかく他の部員の一喜一憂に付き合うのもいいもんだろう。たった3人の部活なんだし」
わけの分からない説得に乗せられてしまう私も私である。何故拒否しない。1時間後には問題集のノートを写していた。ゆかりのノートに自分の答えを。そして悪いがゆかりは自分ほど出来るわけでは無いので、ところどころ間違いを植えておく。丸つけをしながらどれが正答でどれが誤答か既に分かっていると言うのは、複雑な気分である。
そんなことをしながら時間は過ぎていく。横にいるなっちゃんはパソコンゲームをやっている。覚えていろよ。




