#11 アツアツ甲子園! II
昨日早く寝たこととあいまって、私は割と朝早く目を覚ました。でも早いと思ったのは自分の中の感覚だけであって、他の二人はもうすでに起きていた。外の景色だけではどこにいるのか分からないので、なっちゃんに聞いてみる。
「もう大阪だ。兵庫に着くのも時間として遠くない」
夜行列車はずいぶんノロノロと走っているな、と思った。夜行列車としては当たり前なのだろうが、普段乗っている在来線と変わらない速度で遠くの兵庫まで行くのは不思議な気分だった。
西宮市に到着。早速練習を始める野球部たち。私達はその波にまぎれて、選手一人ひとりの詳しいデータを収集していた。
「いいか、まずは選手の詳しいデータをつかむ。スポーツ新聞が人気の理由は、スポーツに関するデータが何よりも豊富だからだ。今回スポーツを特集にする俺らもこれにならうんだ」
西宮に着いたときになっちゃんにそう命令されたように、私たちは練習中の選手達・監督からお話を聞かせてもらった。いい監督という噂は私も本当だと思うほど、人柄はいい方だった。私達の取材にももうすぐ本番だから、などと言わずにしっかり受け答えてくださった。それどころか、
「文化部も忙しくて大変そうですね。頑張ってください」
という励ましの言葉をにっこりとした微笑みと一緒にいただいた。なっちゃんもこの人を見習ってアメとムチを使い分けて欲しいものだ。とはいえそれも覚悟の上で自分から入ったのだけれど。
そんなこんなで高校野球選手権大会が開幕することになった。開幕初日から快晴! うーん、気持ちいい。
初日から七麦学園野球部は対戦である。相手は聖ハーモニカ学院高校。変な名前! ははっ! と笑ってやりたい気が脳内をよぎるが、考えてみれば七麦学園なんて舌噛みそうな名前も笑おうと思えば笑えるのでこらえた。どちらも甲子園初出場校で、お互いの高3は最後の鼻舞台を飾ろうと必死だろう。しかしこの試合でどちらかはもう二度と甲子園に立つことはできなくなる。
……プレイボール。
傍観者である私でもうちの学校がそれなりに強い野球部になったのはよくわかる。守備はソツなくこなせているし、攻撃もそれなりに積極的だがかといって選球眼がダメでやみくもに攻撃をするわけでもない。
だがここは甲子園、それは聖ハーモニカ学院も同じだった。しかし、聖ハーモニカ学院は外野フライが割と多かった。敵側のスタンドから「あー……」という溜息まじりの歓声が聞こえているうちに、その小さなバッティングの実力の差は5点差として出た。7対2で勝った。次の試合は2日後、どうにかもう2日ここに残れるようになったようだ。
「勝利のコメントをお願いします、監督っ!」
と本当にいそうな新聞記者の役回りをしていたのはゆかりだった。監督も私のとき以上に持ち前の元気を振りまいて選手達をも喜ばせている。やっぱり明るい方がモテるのだろうか。かといってこんな私が急に明るくなっても……などと思いつつ隣に相変わらずの無表情でつっ立っているなっちゃんを見上げる。するとジャストタイミングでこっちに顔を向けてきた。
「ここからが勝負だな。準決勝まで行くか、2回戦で負けるか」
ああ、あの賭けね。確かにこれからが勝負。まあ、ここで負けたらお互いノーマネーになって恨みっこなしの無難な結果になったと思うが、私達2人の賭博で野球部全員を振り回せるほど運命は甘くない。
宿に帰ってからノートパソコンを起動、試合の状況を頭が覚えているうちに文章に起こしておく。もっと詳しい流れはなっちゃんがテレビをDVD録画したやつを遠征終了後に持ってくるので、その時の部活で加えるつもり。
2回戦。対戦校は永崎工業高校。見るからにマッチョ揃いだ。……で、何故に監督が女性? 美人の監督だと選手は俄然やる気になるのだろうか、何だかいやらしい。これなら負けるかもなどと野球部の皆さんに対して不謹慎にあたることを考えつつ、プレイボール。
……バットの振りが重い。タイミングがうまく合っていなかった。ある意味1回戦よりも快勝。というわけで10対4で勝利。同時に私の負けも確定した。おい美人、どういうことだ。
「勝利のコメントをお願いします、監督っ!」
こっちの女も頑張ってるけど……。次は2日後の準決勝。自分の負けが決まると帰りたくなるのは負け犬の遠吠えだろうか。
「まだ勝ちかどうかは分からん。俺は準決勝で負けると予想したからな。決勝に進んだら負けだ」
そんな励ましなんだかどうなんだか分からないコメントを言われても嬉しくないが、まだチャンスはあるということなのかな? うーん。
準決勝。相手校は平峰高校。負け確実……私もね。なぜなら平峰高校は去年の優勝校だからだ。いくらなんでも新参者がしゃしゃり出てきて勝てるものでは無い……と思ったらそうでもなかった。
9対9。乱打戦は延長10回を迎えていた。とりあえず野球部の遠征に付き合っているという身の上、
「行けー! 行けー! な・な・む・ぎ! 強いぞ強いぞな・な・む・ぎ!」
と皆と同じように応援するが、編集部3人の中で純粋に本気で応援しているのはおそらくゆかりだけだろう。なっちゃんもこの試合で勝ってもらっては困るのだ。ほらその証拠にいつもの不機嫌顔がさらに不機嫌に見える。おい、顔に出すぎだぞ。
とその時、金属バットにボールが勢いよく当たる爽快な音が球場全体に響いた。ホームラン、そして塁を走り去っていったのは平峯高校の生徒。
こうして野球部の夏は終わった。そしてなっちゃんの思いは甲子園に届いた。
「残念でしたね監督。今年の敗因と来年に向けてのコメントを」
ゆかりもただ明るいというわけではなく、心なしか声が心配そうである。なるほどこういう気配りをせずにズバズバ言うから私はモテないのか、くそったれなどと考えつつ隣のなっちゃんを見る。するとまたジャストタイミングでこっちを見る。
「500円で何が買える」
聞かれているようだ。ジュース何本かとかじゃない?
と言うと黙った。そして手を出す。何500円今出せって? 汚いな。
「勝負は勝負」
敗者の意見が優先されるケースはごく少ないってね。私は観念して財布から500円玉を取り出して、なっちゃんの手に渡した。渡してすぐ手を引く。なんだか恥ずかしいから。
「ちょっとそこいらに出てくる。すぐ戻ってくるから」
そう言って応援席から去った。懸命に取材をするゆかりと、さっきすぐ引っ込めた手を握る自分が残された。
結果から言うと、なっちゃんは缶ジュースを4本買ってきた。4本。もちろん3人で飲めば1つ余ることにゆかりも私も飲みながら気がつき、目がふと合う。一気飲みして空き缶入れに自分の缶を投げ捨てたなっちゃんの目がようやく問題の、残り1本に向かう。
「……」
「……」
「……」
沈黙。そしてようやくまとまったようだ。なっちゃんが口を開ける。
「日野、試合後の取材ご苦労だった。残り1本やる。俺はもう腹いっぱいだ」
そういってゆかりに手渡した。ゆかりはそれを受け取ったが、しばらくして言った。
「あ、あたしもお腹いっぱいなんだ! だから、リン! リンにあげるよ!」
ジュースは今度は私の手に渡った。 嬉しくないわけではないが、私もお腹いっぱいだ。
「じゃあ、いい」
そう答えるとゆかりの時とは逆にあっさりと私の手から奪って、苦しそうに一気飲みした。なっちゃんもお腹いっぱいだったのだろうか。それとも。
次の日の帰りの夜行。逆に私とゆかりが起きていて、なっちゃんがぐっすり眠っていた。
「あたし、別にお腹いっぱいじゃなかったんだけどね、あれはあたしのジュースじゃなかったから」
前振りもなく突然ゆかりが私の目を見て行った。真剣な目で。
あのジュースは誰のジュースだったんだろう。残り1本のジュースはまだ心の中で飲みきれていない。
「アツアツ甲子園!」
少し夏に編集部を活躍させてみようと思ったのに、コイバナになってしまいました。だから行き当たりばったりは良くないのに。
次回「ナツ編集部室の夏」の続きです。




