助っ人
「うわっ‼」
優綺の頭の少し上を、轟音をたてて爪が通り過ぎていく。
堅固な巨木がまるでバターの様に切れた。恐ろしい程の斬れ味だ。
しかしそれにゾッとさせる暇も無く、獣は雨霰の様に、優綺に爪を振り落とす。
爪が当たる寸での所で、優綺は木々に飛び移った。
元より運動神経のある優綺にとって、木登りは容易だ。
優綺は機動力では到底敵わないと直感し、空中戦を選んだのだ。
最も、優綺の勝機は0だが。
「なんだよこの化け物っ…‼猪狩先生いつかぶっ飛ばしてやる…‼」
毒づいたその時、獣は大きく口を開け、優綺を真っ直ぐ捕捉していた。
口内が鈍く、光っている。
優綺は、まさか、と思いつつ、別の木の枝に飛び移る準備をした。
「まさかアイツ、ビームでも射つんじゃないだろうな?」
獣の口内の光が最大になった瞬間、優綺のいた木の枝が力無く、吹っ飛んでいった。
あまりの風圧に、着地失敗で地面に叩きつけられた優綺。
衝撃に呻いたが、意識は手放さなかった。
優綺の目の前に聳え立つ、名前も分からない大獣。
それは、しめた、と言わんばかりに、爪を舐めていた。
万事休すとはまさにこの事。
流石に優綺はこの時ばかりは自分の運命を呪った。
訳も分からないまま、異世界に強制的に飛ばされ、着いてみればこの有様だ。
当然と言えば、それは当然。
理不尽極まりないこの状況で、優綺が理解できるただ一つの事。
それは、自分は死んでしまうんだ、という真っ黒な事実。
優綺の頬を涙が伝った。
ポロポロと零れるそれは、生きたい、と切に願う感情の塊。
そして、無慈悲にも天高く振り上げられた、その剛腕。
優綺は、ゆっくりと目を閉じ、この世に別れの言葉を告げた。
「アトランティスの豪槍‼」
思いがけなかった、第三者の登場。
獣がけたたましい音と共に、吹き飛んでいった。