遭遇
激しい頭痛で優綺の意識は覚醒した。
もうだいぶ意識を失っていた様だ。
「ここは…?」
立ち上がり、土を払う。
優綺は昨日寝たままここに連れられて来たので、スウェットのままだ。
肌寒いことは感じられないが、靴が無いのが痛い。
優綺は辺りをキョロキョロと見回した。
鬱蒼と木が生い茂っている。
枯れ葉のカーッペット、太陽光を遮る葉のドーム。
ここは誰が見ても明らかに森だった。
「綺麗な森だな。」
優綺はそう呟くと、スウェットのポケットに入れておいたゴムで後ろ髪を束ね、ポニーテールにした。
優綺は極度の女顔のクセに、長髪を好んでいる。
サラサラとしたこの黒長髪と、並大抵の女では敵わない程の優綺の可愛らしい女顔があれば、大抵の男は惚れてしまう。
そのせいで、優綺は男に迫られた事もたまに、いや、しばしば、いや、だいぶあったがもうそれにも慣れてしまった様だ。
何も無い森に、可憐な少女<少年>が一人。
優綺はしばらくポツンと立ち尽くしていた。
しかし、それも長く続かなかった。
「なんだこの音…?」
静寂に包まれていたさっきまでの様子が嘘の様。
木々が折れる音、獣の甲高い鳴き声、爆発する様な轟音。
音は優綺よりだいぶ遠くに位置する場所で発生しているが、それでも辺りは喧騒に包まれた。
優綺の意識が弓の弦の様に、ピン、と張り詰める。
「獣がいるのか…?それも、この騒音…狼や熊じゃ済みそうもないぞ?」
じわり、と背中を嫌な汗が伝う。
しばらくすると、優綺は大変な事に気付いた。
「まさかこの音…俺に近づいてる⁉」
その時だ。
優綺の一番近くに生えていた巨木が、根元を残し、吹き飛んでいった。
バリバリと木が破壊される暴力的な音が辺りに轟く。
あまりに突然の事で、優綺はステンと転けてしまった。
何だなんだ⁉と飛び上がる優綺。
優綺は現実を目の当たりにして、声を失った。
瞳は恐怖に揺れ、身体は自然と震えてしまう有様だ。
「なんなんだよコイツ‼」
熊型の獣が、悠々と立っている。
しかし安易に熊などと生易しく表現できないそれは、恐怖をそのまま具現化した様な風貌だ。
鮫の様にギョロリとした瞳。
熊の様な体躯に、ビッチリと隙間無く生えた真紅の鱗。
そして何よりも目を惹かれてしまうのが、その両腕に生えた爪。
鋭利な刃物の様にぎらつくその爪は、長く、その獣の体躯の半分程もある。
やはり、図体もデカく、およそ体長三メートルは下らないだろう。
そして、その化け物が今、優綺の目の前に立っている。
優綺は恐怖を原動力に、震える足を叱咤し、走り出した。
バクバクと高鳴る心臓を抑え、初めて目の当たりにした"恐怖"から逃げる、逃げる。
程無くして、辺りが再び轟音に包まれた。
あの化け物が吠えた様だ。
優綺の心臓がまた、ドクリ、と心拍数を上げた。
ーーヤツが、自分目掛けて駆けてくる…‼