#2‐4
俺は着地の衝撃を地面に手をついて殺し、そのまま防壁を展開させた。
勢いよくぶつかって来た人形は壁の表面を壊し、まだ壁として整形していない魔力に突っ込んで消滅していった。
…本当にギリギリだった。
佐伯会長にコンの背中から突き落とされ、防衛線を作る執行部の前に着地した時本気で死ぬかと思った。
壁の展開が間に合ったのも、軟着陸できたのも本当に幸運だ。
「さて、人間塹壕役を全うしますかね」
「君はっ!?」
背後から驚いたような声が上がる。
「聖奏学園生徒会の藤谷です。救援に来ました。……壁役やるんで反撃の準備お願いします」
俺には『下がってろ』とは言えなかった。
俺たちが来るまでの数十分間、これといって目立った被害を出さずに抑え込んでいたのも彼らなのだから。
「救護は負傷者の回収!戦闘班は壁の内側でいつでも出れるようにして!」
背後からよく通る指令が飛ぶ。
「佐伯奈緒ッ…」
「ほら、絡んでる暇あるならそっちの連中も立て直させなさいよ。このままだと、『術師連合』が手柄全部かっ攫うわよ」
「言われなくとも!」
ざわめく背後。
壁の向こう側では楓やマナ、梨紗先輩を始めとした術師連合の戦闘班が人形との乱戦を繰り広げていた。
一部の動ける、怪我の少ない処理執行部員も後衛組の術師と一緒になって援護射撃を行っていた。
一撃一撃が銃弾とは比べ物にならない威力を持つ魔術師たちは圧倒的だった。
数人で一組になり、人形を次々と駆逐してゆく。
それでも執行部員たちも負けておらず、数人で集中砲火をかけて一体一体を丁寧に潰してゆく。
一番遠くでは梨紗先輩の率いるチーム(楓とマナがチーム員だ)が本命に襲いかかるところだった。
楓の焔が道化師の周辺に控えていた人形を焼き払い、梨紗先輩とマナが一気に飛びかかる。
到底よけきれるものではなく、腹を貫通される道化師。
これではお終いか。
そう思ったがかなりの距離があったのにニヤリ、と腹を貫かれた道化師の顔が歪んだ笑いを浮かべたのが見えた。
不意に道化師を中心に広がる黒い魔方陣。
慌てて離れる楓たちはギリギリで魔方陣が発する黒い光から逃げ切る。
「な、何ごとだ!?」
黒い光が消えるとそこには黒い闇の塊があった。
背筋に『ぞくり』と悪寒が走る。
ぎょろり、と紅い目が開く。
生理的嫌悪を呼ぶ、異形。
理解の範疇の外側にいる、化け物。
『ソレ』は獲物を求めるかのように触手を伸ばす。
「みんな、撤退―ッぐ」
「梨紗先ぱ――ッ」
一番近い場所に居た楓と梨紗先輩の首に、触手状に伸びてきた闇が絡みつき、締め上げてきた。
「リサ、カエちゃん!」
マナが二人を助けに触手の切断を試みるがマナをめがけて伸びてくる触手の対応で手いっぱいになる。
二人が苦しさに耐えかねて意識を失いそうになった時、ずしゃっ、と音をたてて闇が散らされた。
二人を拘束する触手が半ばから消し飛び解放される。
「けほっ…」
二人は苦しそうな表情を浮かべながらも先に逃げた面々の援護を受けながら下がってゆく。
「ヒスイ!」
『すいません、マスター…もう、限界みたいです…』
すぐ背後で、そんなやり取りが聞こえた。
振り向くと翡翠色の女性(ヒスイというらしい)が燐光を散らしてその姿を薄くしていくところだった。
マナから聞いたことだが知っている。
精霊の死とは光となって消える事であると。
彼女は身を挺して二人を助けてくれたのだ。
燐光が消える直前、ちらり、と彼女がこちらを見た気がするが今は気にしない。
どうせ、消滅寸前の精霊が大量に憑りついている俺がすぐそばに居るのだ。完全消滅せずにそのうち復活できる。
ふと、気が逸れていたことに気付いて壁の向こう側に視線を戻すとこちらもピンチになっていた。
触手は魔方陣から数メートルのところまでしか伸びてきていないが先の部分から闇色の魔力弾を打ち出してきていた。
それをなんとか迎撃しているが、前衛組はかなりの出血を強いられていた。
せめて、障害物があれば…
そう思い立ったと同時、閃いた。
障害物なら作れるじゃないか。
今、展開してる魔力防壁だってつきつめれば魔力で作られた壁だ。
それをいくつも展開できれば十分。
障壁の遠隔発生の最大記録は今のところ十五センチ先。
数メートル以上離れての展開は今までできないでいたが…挑戦する価値はある。
「すぅ…はぁ…」
大きく息を吸い、ゆっくりとはく
一週間の火あぶり拷問の防御で判ったのは、俺の『魔術』はイメージが重要だということだ。
イメージという鋳型に魔力を注いでやり、俺の魔術は発動する。
なら、俺が出来ると信じて『イメージ』をすれば行けるのではないか。
……………
イメージするのは壁。
モノリスでも厚切り羊羹でも構わないが、とにかく壁だ。
それを今展開している前衛組の前に。
銀色のモノリスが立つ校庭を強くイメージし地面に魔力を流す。
「ッ!?――藤谷くん?」
佐伯会長の慌てた声。
集中の為に閉じていた瞼を開くと銀色の壁が校庭に何本もつきたてられていた。
目前に展開してあった壁もところどころに通り道のある障害物に変わっている。
「できた?」
大量の魔力を消費したのは解るが流れ出る魔力がまったく感じられない
まるで、『魔力で編まれた壁』を作り出し自立させてしまったみたいに。
試しに壁に触るとそれはすでに実体のある物質のようだった。
…今ならば、初めての幻魔討滅のときの大太刀が作れるのではないだろうか。
そう思って、あの大太刀をイメージし魔力を流し込む。
カチャ…
手に重さのある何かが握りこまれる感触。
手に握られていたのはまるで本物のような太刀だった。
全てが銀光で出来た太刀は驚くほど手に馴染む。
「なんだかなぁ」
そう呟きたくなる。
魔力で編んで物質化したと思われる壁は魔力弾をはじいている。
と、言う事は俺が作り出した『モノ』は魔力と物質の両方の属性を持っているのではないだろうか。
試してみる価値はある。
太刀が効かなければ至近距離から残る魔力をそのまま叩きつけて吹き飛ばせばいい。
やるとしますか。
覚悟を決めて俺は走り出す。
目指すは、闇の塊。
「とーや!?」
俺の展開した壁の一枚では楓がもたれかかって苦しそうな表情を浮かべていた。
「とーや、キッチリ決めてきてよ」
壁を通り過ぎるとき、そう声が聞こえた。
「…任せとけって」
強がりでも、希望的観測でもなくそんな返事が出た。
「みんな、援護して!」
梨紗先輩の声。
触手が俺に襲いかかるが壁を盾にした状態での魔力弾や銃弾に阻まれてはじかれる。
それをくぐり抜けた触手は俺が刀で切りはらう。
案の定、魔力で編まれた刀は闇を切り裂いた。
一気に迫り俺は闇の塊の二つの紅い目の間に刀をつきたてる。
手ごたえは無いが、確かに刺さっていた。
「さて…吹き飛べッ!」
イメージという型に込められた魔力にさらに魔力を継ぎ足す。
結果として起こるのは、型の破壊と中身の暴発だ。
刺さった刀が銀光に還元され、闇を内側から食い荒らす。
『闇が銀色の光に呑まれてく…』
そんな誰かの呟きが聞こえた。
といっても、俺は自身が引き起こした魔力の暴発を防壁で防ぐのに手いっぱいになっているが
数秒後、光の暴力に耐え抜いた壁を『風船から空気を抜くイメージ』で消滅させると闇が居た場所にはズタズタにされた道化師の残骸が塵と消えていくところだった。
それに連動してか、数体残っていた人形も塵に還ってゆく。
誰もが固唾をのんで塵と消えてゆくのを見守り、最後の一欠片が消え去った時、誰からともなく歓声があがった。
その歓声が引き金となり、緊張の糸がぷつりと切れた俺は急激な睡魔に襲われた。
おそらく、魔力の過剰放出が原因…
落ち行く意識が記憶する最後の光景は楓とマナを先頭に駆け寄って来る聖奏生徒会のみんなだった。
* * *
目を覚ました時、そこは入学からまだ一月弱しか経ってないのに何度もお世話になっている聖奏学園の保健室だった。
「あ、目ぇ醒めた?」
マナが顔を覗きこんでくる。
当然のことながら無傷だ。
「ちょっと待ってて。いまナオたちを呼んでくるから。カエちゃんは隣ね」
保健室から出てゆくマナ。
『隣ね』と言われてみると俺が寝かされている右端のベッドの隣の隣には楓が寝かされていた。
さらにその奥には夏元先輩の姿もある。
二人とも目立った怪我はないが疲労の色が見えていた。
「………さて、アンタが完全には消滅してないって、あの会長さんに何時伝えるかね」
呟きながら見上げると困った様な表情を浮かべる精霊の残滓が一柱。
その少し後、楓が目を覚ますのと会長たちが保健室に現れるのはほぼ同時で、両方から『何故あんな真似が出来たのか』と問い詰められることになった。
………『イメージという鋳型に魔力を流し込んで固定しただけ』としか言えないがそれを聞いた会長は『あり得ない』と呟いた。
これにて第二話終了です。
第三話は………プロットは完成済みなんですけどね。
まだ、文章化が………
ついでに、大学が7日から始まるのでそのあたりからスカイタートル(試作型)並、もしくはそれ以下の更新速度になると思われます。