#14‐4
「ふう。」
殲滅を確認した私は緊張の糸をほどくと同時に息をゆっくりと吐く。
それが合図になって合流していた聖奏・第六高の主力部隊全体の緊張を解きほぐす。
「お疲れ、ゆーな。白澄会長もお疲れ様」
「楓さんもお疲れ様。それじゃあ処理お願いしますね、御剣会長」
ちょっとばかり形式ばってはいるがそこはソレ。『時と(T)場合と(P)相手次第(O)』である。
「了解よ、白澄会長」
それに今回は出現しようとした幻魔が大物だった故に歪みの中心部も大きい。
私が出張るのもそれが理由にある。
もうひとつは、なんとなく夢の事が気になったから。
今回の歪みは、はっきりと『孔』がわかるほどの大きさがあった。
………思い切って、孔を覗き込んで見た。
「………ッ!」
そこには夢に見たままの『何かに満たされた空間』が有り、碧く輝く宝玉の如き惑星の姿が――
『―――』
「え?」
誰かに、自分の知ってる声の誰かに呟かれて『はっ』と我を取り戻した時、知らず知らずのうちに発動させていた空間の歪みを修復する術式によって孔は完全に塞がれた。
術式が終了したのを見て、楓たちがこっちにやってくる。
みんなのねぎらいの言葉も、後輩たちの様々な思いのつまった言葉も、さっきの声が気になって仕方ない私の耳には届いていたが聞き流されていた。
…あの声は、一体―――
* * *
その晩、私はまた最近の恒例となった『狭間』の夢を見ていた。
違うのは、二つの地球の距離が少しばかり近づいている事。
そして、
「………説明してもらえる?あなたは何者で、ここは何処で、何が目的なのか」
私のすぐ後ろに、例の声の主が居ること。
『―いいわよ。時間もないし、決断してもらわなきゃならないしね』
少しタメたあと、声の主は私と同じ声でそう言ってきた。
『ここは次界の狭間。螺旋と螺旋の隙間とも言える場所。』
声の主は今は私の前にいる。
ただ、光の加減のせいで顔はまだ見えない。
『私はその次界を統べる者、世界を内包する世界の管理者、そして―――』
中々大層な肩書らしい。
だんだんと、その全貌が光にさらされてゆく。
そこにいたのは、ある意味では予想通りの人物だった。
『――別の可能性で生まれ育った、御剣唯奈』
驚くほどの事じゃない。
今、私たちの世界にいる誠は別世界から流れ着いた誠を『この世界の誠』で上書きした存在なのだから、居て当然ともいえる。
「なるほど。で、何のために私に接触してきたの?」
『――気付いてるくせに』
流石、別世界とはいえ私だ。
隠し事はお互いにできそうにない。
「そっちも、黙ってようとしてる事、あるんでしょ」
「『ふっ…』」
それから、お互いに笑い合ってから本格的に話し始めた。
「大方、あのすぐ近くにあるもう“一つの地球”に関わる事なんでしょ」
『ご明察。むこうの地球のさらに向こう側でちょっとした大魔術の失敗のせいで二つの世界が重力均衡点から外れて引き合ってるのよ』
「廻りくどいことしなくていいわよ。引き合ってるのが私の今いる世界と“それ”なんでしょ」
『そ。引き合う二つの地球が互いに影響を与えあうから次元の壁もところどころゆるくなってるし小さい穴も空きやすい訳』
なるほど。道理でいくら街を『掃除』しても出ない訳だ。
「で、次界の管理者サマとやらは私に何をさせたい訳なの?」
『直接手出しのできない私の代わりに事態を解消してもらえない?』
…?
直接手出しができない?
「それってどういう事?管理者なんでしょ?」
『社長とか専務が部長とか係長の仕事をする訳にはいかないのと同じよ』
つまり、『この私』はほぼトップで実務をやってる連中の仕事を取るわけにはいかない、と。
「なるほどね。大体の事情は理解したわ」
世界の衝突は、破滅なのか融合なのか判らないが『私』にとってはそれは見逃すことのできない事態らしい。
だが、直接的な介入が出来ない為に『管理者では無い私』に変わりに介入をさせようとしている。
「そろそろ、こないだの『決断の時は近い』って言葉の真意を話してもらえない?」
それは、この間の特大幻魔を倒した後の孔を覗き込んだ時の事だ。
あの時、確かにそう言われた。
『………仮にも世界に影響を出すような大技よ。そんな事をしたらまず、世界の管理者が黙っちゃいない。』
その理屈は判る。
私たちだって、霊地管理をやっているのだから。
『だから、私は介入が完了した時点で“あなた”も“私”の一人にする。そうすれば世界の管理者程度がどうこう出来る存在じゃない。その代わりに――』
「元の世界には帰ることはできない、かしら?」
『――その通り。そのうち世界への介入をできるようになるだろうけど、それでもしばらくはかかるでしょうね』
「私が知り合いと永遠に別れるか、世界と一緒に消えてなくなるか。――確かに決断しないとね」
『別に、今すぐとは言わないわ。………あなたの世界で五月五日の日に、コレを持って孔の場所まで来て。来なければそれでいいわ。世界と運命を共にするって決断したって事だから。』
私の手の中に、栞のような短冊状の物が現れた。
『それじゃ、ね』
急に明るくなって目の前がホワイトアウトし、目を閉じる。
次に目をあけたらそこは見知った天井で、雀のさえずりと朝日が演出するゴールデンウィーク直前の月曜の朝だった。
* * *
その日、唯奈はなにやら手に持った何かを眺めながら呆けていた。
ただ、多忙な役職故にひと段落後のちょっとした燃え尽き症候群的な物ではないかと思われ、かつ学年順位が一位であることから『まあ大丈夫だろう』と教師陣も放置していた。
「ゆーな、おーい」
見かねた楓が目の前で声をかけても反応が中々帰ってこない。
というか、目の焦点がなんかズレてるような気もしないでもない。
目の前で手を振ってみてもイマイチだ。
目の前で手を叩いて、所謂『猫だまし』をしてみても反応がないのは流石に驚いた。
『心ここに在らず』
正にその極致だ。
突いたり、軽く叩いたりしても反応が無い。
目を開けたまま寝てるんだろうか、とも思ったがそれなら流石に突かれた段で気付く筈だ。
「…うーん、最期の手段(その1)を使わないとダメかな」
そう呟いて楓は唯奈の耳に息を吹きかけた
「ふっ」
「ふにゃぁッ!?」
したら、ようやく反応が帰って来た。
あまりのびっくりし具合に様子を見ていた方がびっくりするくらいに。
「よーやっと帰って来たみたいね。」
「あ…!もう授業が」
「全部終わって放課後だよ。」
「え!?」
もう放課後だという事に驚く唯奈。
本当に気付いていなかったらしい。
「ずっと上の空で、先生も諦めたみたいだったよ。」
「あっちゃー…やってしまった…」
頭を抱える唯奈。
そこで遥は本題を切りだす事にした
「何か思いつめた様子だったけど、どうかしたの?」
『相談に乗るよ、と言っても多分言わないだろうな』と二人は思っていた。
「ん、ちょっと考え事してた。」
それで、少し俯いてしまった唯奈に不思議そうな顔をする楓と遥。
「ねえ、この世界ってどう思う?」
あまり大きくない声での問。
何故そんな問が出てくるのか不思議で仕方ないが楓は答える
「色々あるけど、楽しいよ」
「うんうん」
それに遥も同意の肯首。
「そっか………」
唯奈の顔が、何かを決断したような、迷いを振り切るような目つきに変わったのを楓は感じた。
楓の胸中に、なんだか不穏な予感が募る。
「ねえ、明日皆で遊びに出ない?」
明日はゴールデンウィーク初日。
一年前は一連の大事件『魔の五連休』があったが、今年は確執のあった組織は殆どなく、技術面でもかなりの進歩を遂げている為あんな事件は起こる事は先ず無いだろう。
「せっかくの連休なんだしさ。ね!」
「う、うん」
有無を言わさずに押し切り約束を取り付ける楓。
押せば押すだけ引いていきそうな唯奈を、強引に下がらせないようにした。
「ついでにウチに泊ってく?」
「え?」
「お母さんも会いたがってたし、そうと決まれば和葉さんと琴音さんに連絡、連絡」
「え、ちょ――」
勢いに乗った楓を止めることは今の唯奈には至難の大事であり、多少の抵抗こそできたが大勢には何の影響も無かった。
唯奈の『高槻家へお泊まり』が確定したのはその三十分も経たないうちであった