#14‐2
「…異常に小さい規模の幻魔しか出現しない歪みの多発、ねぇ」
「質より量ってところなのか…」
「発生場所が散らばるとキツイな」
新生徒会長の顔合わせを兼ねた会合の場は早速裏の側面に突入していた。
会長陣の顔ぶれは第三の藤堂会長はそのまま、第四と第六、それに執行部は世代交代が起こった。
…とはいえ、第六高の新会長は白澄さんだし、執行部の新総長は前々から何かと表舞台に出てきていた飯島という名前の二年生。
唯一第四高だけは管轄の関係であんまり面識のない元副会長(三年)だけど。
「現段階で二週間の間に発生した歪みが二十七件。数日に一度、まとめて数か所で発生。ただし―」
「出てくるのはゴブリン程度の小物が少数、でしょ」
やれやれ、と言わんばかりの白澄さん。
彼女も大量発生したゴブリンの相手をした事が有る方だから件数の増加はやや楽観視している様子。
「問題は、何が原因で『質より量』、『数より回数』に変わったのか。」
一度に一か所で大量発生させずに、分散させて少数を何か所にも出す。
それが意味するのは一体何なのか。
「何らかの原因で歪みが小さくなってる可能性は?」
白澄さんの指摘。
「確かに、歪みその物はそれなりに大きくても発生源は小さいってケースはあったわね。けど…問題はその『原因』の方でしょ」
地震とかの地殻変動が起こって地脈の変化が起こった訳でもないし、そもそもで断層によって寸断された結果が今の睦斗の霊地化である。
「うーむ、幻魔の出現する時の歪みのメカニズムが判れば少しは考えようもあるのだが…」
藤堂会長がポツリ、と呟いて私たちは目を丸くした。
「そんな判り切った事―――」
第四高の会長(まだ名前覚えてない)が言おうとして、私はすっかり失念していた事に気がついた。
「そうか。そっちの切り口があった!」
「何か気付いたの?」
突然声をあげた私に、第四の会長は目を丸くして、白澄さんは興味津々に尋ねてきた。
「幻魔って今までは大物が出てくる前に前座としてゴブリンとかが出てきて、先に歪みを潰せない限りザコの後には必ずそれなりに力を持つ個体が現れてきたでしょ」
「そうね。最近は歪みの解消の方が早い事が有るけど」
「それって、それなりに力がある個体のみができる、『こっちへの干渉』をしようとするから歪みが出来るって仮説の根拠にならない?」
それに、過去にこちら側から干渉しようとして幻魔の大量発生を誘発した一件もある。
それは、十分に理由になり得ると私は思う。
「…だとすれば、だ。仮に今の仮説が正しいとしたら考えられる事は二つ。」
藤堂会長が説明を始める。
「一つ目はこちら側とあちら側の境界があいまいになって力の弱い個体でも突破できるようになっている。」
確かに、その可能性は否定できない。
否定できないけれど…
「その場合、今までみたいにザコばっかり湧く事と歪みの発生源が小さい事に説明がつかないんじゃないですか?」
私が思った通りの事を白澄さんが尋ねてくれた。
「だから、二つ目だ。」
まあ、待て。と言わんばかりに一本だけ伸ばしていた指に、もう一本を加え
「何者かが、こちら側からあちら側に干渉しようとしている。今の所その干渉の規模が小さいから俺たちの監視をくぐり抜けられているし幻魔もごく力の弱い個体しか出てこない」
部屋がしん、と沈黙と息を飲む音に支配された。
カチカチと時計の音だけが妙に大きく響く。
「………」
「一度、大掃除しないと拙いかもしれないわね」
「そうね」
その数日後、警察や自衛隊をも巻き込んだ監視網が構築される事になったが、手掛かりは全くと言っていいほど見つからなかった。
* * *
気がつけば月末を迎えていた。
新入生三人も数度のごく小規模な幻魔討滅戦に参加し少しづつ戦闘経験を積み、それぞれにあった装備や戦法を編み出しつつあったりしたが、依然として『孔の空く原因』は発見できずにいた。
四月一杯で起こった歪みの件数は約二十余。
異常な数ながら、出現する幻魔の大半がゴブリンでしかないという、量と質がまったく伴わない物ばかり。
お陰で『幻魔狩りは楽』という認識を持ちつつある新入りの伸びてきた鼻をへし折らなきゃならなくなったりもした。
それはともかく、幻魔の襲来は最早毎週のお約束と化してきた感が有り、
「東睦斗三丁目に歪み発生」
今日もまた、お約束通りの襲撃が…
「東睦斗三丁目に歪み発生」
「東睦斗二丁目に歪み発生」
「東睦斗三丁目に歪み発生」
「東睦斗三丁目に歪み発生」
「東睦斗三丁目に歪み発生」
お約束通りと思いきや、同じエリアに複数発生という前に例のない事態が起こっていた。
しかも一件一件の規模こそ小さい物の密集しているせいで歪みと歪みが接触して繋がっている。
「どういう事?」
「判らないってば」
「楓、遥。押し問答してる暇あったら出動準備!」
私は深呼吸をしてから集まった役員全員が跳ぶ為のゲートを開く。
「一年坊主共も慌てず急げ!」
誠の発破も有り、一年生はドタバタと出動準備を始める。
「行くよ!」
ゲートの先は久々に見るゴブリンの海だった。
それに今回は範囲が広いからここにいるのが全てではないハズ。
「な、なんなの!?この数」
「勝てるのか!?」
「むしろ、逃げ切れるか?」
その状況に早くも弱腰な悲鳴をあげる三人。
けど、私たちからすればこの程度は『慣れっこ』だ。
「姉さんは三人をお願い。」
「ええ、任されたわ」
「楓、遥、やるよ」
「りょーかい」
「それじゃ、『先輩の本気』を見せてやりましょか」
私は五、六十ほどの魔力弾を精製する。
楓は巨大な焔球を発生させる。
遥も多量の魔力を手元に集める。
私たちが攻撃態勢に入った事で隠蔽が解除されゴブリンの群れがこっちに群がり始めるけど
「もう遅い」
楓の焔弾と遥の雷撃に群れが半壊、まばらに残った残存も私の魔力弾によって一匹ずつ確実に打ち抜かれて消滅してゆく。
「こいつも持ってけっ」
誠が改造した呪符から極大の砲撃を放って残りを掃討。
それで知覚できる範囲にいるゴブリンは壊滅。
一年生たちはそんな私たちに唖然としていた。
「次、行くよ」
複数の歪みが合体して出来上がったこの巨大な歪みの何処が中心点なのか判らないが、とにかく今はそれを探すしかない。
三人もそれぞれ落ち付いたらしく、冨坂さんと秋山くんの二人は魔術行使を補助する、術式の織り込まれた手袋を、藤村くんは触媒となる素材が使われたリボルバー式の拳銃を手に握りこむ。
そんな三人に刀を抜刀した誠と私同様にいくつかの魔力球を待機状態で用意する姉さんが付き、私と楓と遥で強行偵察と殲滅戦を繰り返す。
ま、繰り返すと言っても見敵必滅を繰り返すだけの単純作業なんだけど。
ゴブリンの群れを解体し続けること三十分。
いつもならとっくに殲滅が終わってもおかしくない時間が経っているけど、今回は範囲が広いせいで時間がかかる。
故に、
「二手に別れましょ。誠と遥、あと一年生三人はここから北側を、私と姉さんと楓で南側を。いい?」
戦力を分散させて効率の向上を図る。
とはいえ、私、楓、遥の三人で数百単位のゴブリンを狩れるので分けても問題はそれほどない。
たとえ本命の幻魔が出てきたとしても、勝てないまでも負けない戦いならいくらでもできる。
「何かあったらすぐに連絡してよ」
「行くぞ、一年坊主共」
互いにそう信じているから、二人は文句も反論もせずに一年三人を引き連れて北側へと進む。
私たちは南側へ。
それから数百単位のゴブリンが集まった群れを壊滅させること数度、
位相変位結界で覆われた歪みの中で一段と歪み具合が大きい場所が発生した。
………本当に久々な、大物の出現の前兆だった。
しかも、複数。
「正直、勘弁して欲しいなぁ………」
おまけにアクリル板やガラス板に皹が入った時のような『ピシッ』という何とも破滅的な響きの音が結界の中に時折響くのがかなり怖い。
「なんて、言ってる場合じゃないか」
けれども、私たちはやるしかない。
たとえどんな状況であっても、幻魔は討滅しなくてはならない。
でないと、数刻先に『大惨事』が待っている。
私も、久しぶりに魔力を物質化して刀を一振り作り出す。
姉さんも同様に武器を作りだし、楓も炎を剣状に形成する。
「さて、大物狩りを始めますか。」
それから二十分かけて大物―本命の幻魔を追討し、強敵だった最後の一匹は遥と合流後、全員の一斉射を浴びせかけて倒し、その日の歪みは解消されていった。
おそらく、私たちの誰か一人でもかけていたら、倒せなかったかもしれない。
そう思うと、妙な戦力の充実具合が不気味に思えて仕方なかった。