#13.75
なんとか間に合わせましたけど、やっつけ感がぬぐいきれない…
突然だが二月十四日は日本の某所にある某私立高校は戦場であった。
……………比喩でなく、本当に。
「捕まえろ!」
「殺せェェ!!」
「畜生めっ!」
「爆発しやがれ!」
「だぁぁぁあ!しつこいぞ、お前ら!」
階下のグラウンドで繰り広げられる命がけの鬼ごっこを、唯奈は溜め息半分に眺めていた。
* * *
時は少し戻り二月初頭。
学年末試験を月末に控えたこの時期だが、幻魔の出現件数は減少、睦斗市内の戦力は向上という好条件が重なったためかなり平穏な学生生活を生徒会連合の面々も送れていた。
「で、バレンタインな訳なんですよ」
「…で、そのヴァン・アレン帯がどうしたの?」
ヴァン・アレン帯とは地球の磁場に捕らえられた陽子と電子から成る放射線帯なのだがそれは今は置いておく。
「だから、来る二月十四日。バレンタインディに生徒会でイベントを…」
遥がごり押しに近い形で提案してくるので唯奈は溜め息をつきたくなっていた。
「………今、卒業式関連の準備で忙しいって判って言ってる?」
そうなのだ。
唯奈を初めとする生徒会の面々の大半は三月半ばに予定されている卒業式の準備で割と忙しかったのだ。
ただ、遥と啓作の会計だけはPTAや教師陣との兼ね合いで割とヒマ。
故にそんな事を言っているのだが…
「そうなの?」
「言わせてもらえば、現在進行形でお仕事中なんだけど」
いっそのこと全校朝礼で『今年のバレンタインは中止です』とでも言ってやろうかと思った唯奈だが、そんなくだらないことに時間を取らせるのも悪いので考えるだけにしておく。
第一、唯奈自身にそれほど時間がある訳ではない。
「あ、そうなの?」
「卒業式まであと一ヶ月ちょっとしかないんだから。それくらい察して」
お願いだから、と唯奈はそのまま書類作業を進めていくが…
「それでもさ、土日の一日くらい空いてない?」
「…一応、週末くらいは開けてあるけど」
「じゃあさ、一つお願いがあるんだけど…」
それまでかなりの勢いで押してきていた遥が行き成りしおらしくなって『お願い』などしてきたのだから
唯奈は少し拍子抜けした。
なんせ、あの『相手が一歩引いたら二歩でてもう二歩引かせる』ような勢いから一転したのだから。
「…事と次第によるよ」
暗に『言ってみろ』と言う唯奈に遥は恥ずかしそうに言った。
「―――」
* * *
で、決戦前日。
機密保持の為に佐伯家に招かれた唯奈は目の前に広がる惨状にかなりのローテンションになっていた。
数日前の遥の『お願い』とはバレンタインの時に渡す『チョコレート菓子』の作り方を教えて欲しい、というものだった。
唯奈としては市販品だったり、市販の板チョコを湯煎で溶かして整形して固め直せばいいんじゃないのかといいたい所だが、遥としてはそれでは『不十分』らしい。
それ故に唯奈は『とりあえず勝手にやってみたら?』と手綱を完全に放した状態でやらせてみた。
その結果――
焦げ付く鍋。
焦げたチョコレートが何とも苦い匂いをまき散らし、後片付けも一苦労な状態になっている。
ひっくり返ったボウル。
中には苦労して泡立てた生クリームがなみなみとが入っていた筈だ。
床に刺さる包丁。
鍋に慌ててボウルをひっくり返し、それをなんとかしようとした時にチョコを刻むための包丁を床に落とした。
それが床に付き立っている。
つまるところの大失敗であり、『慣れないことすんじゃねぇ』と言わんばかりの惨状であった。
一応弁護しておくと遥は料理が出来ないわけでは無い。
チョコレートを使った菓子作りが初めてなだけである。
「さて、それじゃあ片づけてから第二ラウンドといきますかね」
床に刺さった包丁を抜き、ぶちまけたボウルの中身をなんとか片づけ、がちがちにこびりついた『チョコレートだったもの』をなんとか剥がす。
それだけでも唯奈は大分げんなりとした表情を浮かべていたが、遥の落ち込みようはかなりの物であった為放置はできなかった。
「とりあえず、チョコレートを使ったお菓子作り初心者な遥ならブラウニー辺りが無難かな」
本当は色々と手順があるが、ぶっちゃけると『基本的には薄力粉と砂糖を混ぜて卵とバターととかしたチョコレートを加えて焼く』というモノだ。
幸い、佐伯家にはオーブンもあるし、失敗と大量生産を前提に唯奈が用意してきたから材料も十分ある。
「はい、それじゃあ始めるよ」
落ち込んだまま、言う事通りに作業を進める遥とそんな様子を眺めつつ自身も作業を始める唯奈。
焼き始めた途端、家じゅうに甘い匂いが広がって行き無事完成したブラウニーを見たとき、落ち込んでいた遥は一気にテンション天井破り状態になっていた。
完成して粗熱がとれたブラウニーに湯煎でとかしたチョコレートをかけて完成にしておくのは、先ほどの大失態の恐怖があるからである。
ちなみに、さっきは安易に『熱を加えれば溶ける』と直火でとかそうとしたから焦げた。初心者にありがちな間違い故の失敗である。
「で、できた…」
最初の失敗で『自信?ナニそれおいしいの?』状態になっていた遥は戦々恐々としつつも完成した代物を見つめる。
「とりあえず、味見してみたら?材料的にはまだまだあるし」
「う、うん…」
唯奈に促されて遥は完成品の一つを手に取る。
思い人へのプレゼントなのだから、失敗は許されないのだ。
恐る恐る口元へと運び…
「んー、素朴でいい味だしてるんじゃないの?」
いざ、というところで突如として現れた姉 奈緒にかっ攫われた。
「姉さん!」
「唯奈ちゃん、ウチの妹が迷惑かけたわね」
「もう慣れっこです」
遥の抗議を受け流す奈緒と唯奈。
「それじゃあ、これからも面倒みてあげて」
それだけ言ってからもう一切れつまんで持ちさる奈緒。
…実は甘い匂いに空腹感を煽られてつまみ食いをしに来ただけと二人が知ったらどんな顔をするのだろうか。
「…それじゃあ、他の人にも試食してもらったら?」
「…自分で食べてみてからそうする」
『しっかり者』というイメージが根強かった二人は少し唖然としながらもつまみ食いするだけして去って行った奈緒の事を忘れることにした。
* * *
で、当日。十四日。
遥は手造りブラウニーを片手に登校したは良いが女子部生徒では男子部の下駄箱に進入できない事に気付いた。
おまけに生徒会室に行けば行ったで仕事中の誰かが居る。
唯奈と琴音はおそらく何も言わずに前者ガン無視、後者ニコニコ。
凛あたりなら冷やかしてくるだろうし、遥としては楓の前というのは中々にやり辛い。
故に男子部から生徒会室へと至る途中に居て、待ち伏せることにした。
オマケに四階の渡り廊下はこの間、『急造のツケ』が見つかって通行禁止中。
なので待ってる場所は中央ホールである。
遥のお目当ての人物、藤谷誠その人が出てきたのはそれからほどなくしてなのだが…
「裏切り者には血の制裁を!」
「それをこっちに寄越して処刑されるのと殺されて奪われるのを選ばせてやる!」
「ふふふふふ…ハァっはっはっは! 打っ叩Kill!」
男子高等部一年三組の集団により襲撃を受け逃げ回る事になった。
『リア充死ね☆ リア充死ね☆ 爆発しろ!』
オマケに周囲に居る男子のほぼ全てに近い割合そんなアブナイ歌を斉唱しながら襲撃側を応援する。
「だぁぁぁぁッッ!!」
結果として、女子は『男子は何やってるんだか』で不介入、男子は『死んでしまえ、むしろ殺してでも奪い取る』で一致団結した為に命がけの鬼ごっこが始まってしまったのだ。
それは教員にも言える事で女性教員は『高校生にもなって…』と不満顔だが騒いでるだけなのでそれより先に行ったら注意しようという程度、男性教員は『昔やったなぁ』と言わんばかりに苦笑い。
それ故に、誠はデス・レースから解放されるためには相手を全滅させるか、奪われるか、投降するか、誰かに止められるかのどれかを選ぶしかなくなってしまったのだ。
選択肢として、選ぶべきは―――
* * *
冒頭部に戻る。
「…なんか、凄い騒ぎになってるけど、大丈夫なのかな」
生徒会室からそんな様子を眺めていた楓は思わず呟くが
「あんなもん、じゃれ合いだ。じゃれ合い」
と、梨紗お手製のチョコケーキを堪能している啓作が言った。
実際、以前に衆目の面前で受け取った時は危うく殺されかけた啓作である。
それ故に生徒会室という場所を受け渡しに使うようになっているのだ。
『どちらも生徒会役員』という組み合わせ限定の裏技である。
「はぁ…でも、とーやは前に四階から磔にされたまま落されてましたよ」
「今年の一年は随分とアグレッシブだな」
楓はバレンタインで頭の中身が花畑になりつつある先輩二人を思考の範疇から切り離した。
おそらく、何言っても望む答えは帰ってこないだろうから。
「ゆーな、どう―――あれ?」
ふと気付けば、楓の隣で呆れ顔でグラウンドを眺めていた筈の唯奈の姿が消えていた。
「何処行ったんだろ………」
その答えはその直後に入った放送で判明した。
* * *
ぴんぽんぱんぽーん
突然の校内放送に野次馬がビクリ、と反応した。
『えー、生徒会より連絡します。』
唯奈の声の放送に野次馬からは『あ、生徒会長だ』とか『何の連絡?』と声が上がる。
遥の近場に居た友人は『呼び出されてるんじゃないの?』と声をかけてくる。
だが、
『ただいまより、中央棟三階、大講堂にて、バレンタインイベントとしてチョコレート菓子の配布を行います。数に限りがありますので、ご了承ください。繰り返します、――』
一斉に走り出す男子生徒。
エレベーターなどというまどろっこしい物には目もくれずに階段を駆け上がっていく一団はまるでバッファローの群れだった。
『なお、男子生徒に限りませんので―――』
今度は女子生徒の大半も走りだした。
女子にとって、『甘い物』はかなりの重要度を持つアイテムなのだ。
―――たとえ、体重計が恐怖の象徴となろうとも。
結果として、唖然とした遥、ほか数組の渡すタイミング待ちだった者だけがエントランス部分に取り残されていた。
誠は校庭のど真ん中で放置である。
「………なんだったの?」
結果的に助かった事だけははっきりと理解できた、だがそれは逆に言えばそれ以外は訳が判らなかった、という意味でもあった。
ともあれ、我を取り戻したカップルたちは受け渡しを始め、遥は校庭のど真ん中でバテる誠の元へ駆け寄った。
「だ、大丈夫!?」
「ぜぇ…ぜぇ…な、なんとか」
普段の、命がけという点はあまり変わらない幻魔との戦闘でもバテる事が殆どない誠がバテているという現状に驚きつつ、遥はほっと溜め息をついた。
ほっと溜め息をついて、自分が渡した『それ』に命がけの追いかけっこをするほどの価値があるのか、不安になった。
『それ』を手放してしまえば少なくともあの追いかけっこはすぐに終了した筈だ。
身を危険に晒す事無く切り抜けるには最上。だが、誠が何故そうしなかったのかが判らなかった。
そんな思いが顔に出ていたのか
「どうした?」
と誠の方から尋ねてきた。
何か聞きたいことでもあるのか、と言わんばかりに。
だから、聞いてみた。
「あのさ、私が言うのも何だけど…それを手放してればこんな事にならなかったんじゃないの?」
それ、といって指すのは遥自身が先ほど渡したブラウニーの包みである。
丁寧に包装されたそれは今もちゃんとその姿を無事に残している。
「折角、作ってくれたんだろ。」
肯首
唯奈に指導してもらい、手伝ってもらったとはいえ遥の手造りであることに間違いは無い。
「なら、それを誰かに渡すのは遥に対して失礼になるだろ......」
その後、誠がなにやら呟いた。
本人は遥に聞こえないように呟いたつもりなのだろうがその呟きはばっちり聞こえていた。
その内容が嬉しくて仕方ない遥は座り込む誠の手を取って無理矢理立たせ、そのまま校舎へと引っ張ってゆく。
「ちょ、遥!?」
「ほら、早く生徒会室に行かないと。仕事溜まってるんでしょ」
遥は振り返らずに答える。
振り返らないのは顔の赤さを悟らせないためなのだが、それは徒労に終わる。
なんせ、耳まで赤いのだから後ろからでも一目瞭然だ。
講堂を迂回して生徒会室まで戻った二人だったが一部始終をしっかりと見られていた事を知らされ真っ赤になって俯くしかなかった。
* * *
「へぇ、そんな事があったんだ」
「結構な騒ぎになってましたよ」
夜、高槻家にお呼ばれした和葉は楓から昼間あった騒ぎの一部始終を聞いていた。
「でも、よかったの?楓ちゃんも誠の事、好きだったんじゃないの?」
そう、心配げに尋ねてくる和葉に楓は苦笑を返す。
「ちょっと、違うんですよね。今の誠は…」
以前にも語ったが楓にとって今の誠は『自分が好きだった誠に似せられた者』でしかない。
熱をあげられるような存在ではないのだ。
「そっか。それじゃあ、楓ちゃんのお眼鏡にかなう男をまた探さなきゃね」
「スペック高かった誠が基準になると中々いなさそうですけどね」
今度は楓が苦笑
「ところで、それだけの為に呼んだの?」
「えっと、実はですね」
楓がそっとふすまを開けると隣の部屋では座布団を枕に唯奈が撃沈していた。
「今日、騒ぎを収めるためにブラウニーの配布会なんて開いちゃったから疲れ果てて寝ちゃってるんですよ」
その疲労の原因は九割八分弱が精神的疲労である。
「だから迎えに来るのも兼ねてってとこ?」
「あとは家で作ったバレンタインのを持ってってもらうためですね」
そう言ったら和葉は少々考えてから
「じゃ、泊めてもらえる?後で必要になりそうなものは持ってくるから」
翌日は平日だがあと一週間もすれば期末試験が始まるこの時期は大半の授業がテスト対策の為の自習か模試になる。
鞄の中身の交換は殆ど必要ない。
と、なれば楓としては拒否する理由も無く、親側も『たまにはゆっくり話してみたい』なんていうから問題は無いだろう。
「それじゃあ、お母さんの事説得しときます。ま、二つ返事でOK出すとは思いますけど」
「それじゃあ、お願いね」
一度、帰ってゆく和葉を見送った楓は家族に唯奈が今夜は泊る事を伝える。
大喜びで準備を始めた母親を見て、楓は苦笑いをこぼす。
翌朝唯奈が起きた時、楓の抱き枕にされていて、なおかつ格好が三毛猫のきぐるみみたいなネコ耳フード、ネコ手手袋ネコしっぽのついたものだった事、見覚えのない場所であることの数点セットで驚くことになった。
ちなみに、自分は2/14に貰う事は先ず無い部類です。
むしろ、妹と母が作るのを手伝って、それの報酬として貰った分け前を配る側…
ただし、高校時代の部活仲間とかのみ。