#12‐1
更新です。
地震から一週間、被災された方も被災されなくても影響を受けている方も、そのどちらでも無い方も、少しでも楽しんで、心の余裕の材料にしていただければ幸いです。
…ただ、ちょっと内容はダークだったりするかも
文化祭から一週間後
『御剣琴音です。一年の御剣唯奈の姉で夏休み前には唯奈の名前を騙って二週間ほどお世話になってました。てへ。あ、ちなみに妹を行かせて大丈夫なのか見極めるためだったんでそこのところ間違えないように』
ちなみに『てへ』は本当に言った事だったりする。
そんな『迷演説』を全校生徒の前でぶちかました姉さんだが学校生活には順調に馴染んで行った。
………中等部も含む後輩たちに慕われる『お姉さま』として、また同じく三年生や同級生である二年生とは『妹(分)を溺愛する同士』として。
そして魔術師としての適性もかなりの物(まあ、元が私と同じく『世界の理』に触れた誠だから当然と言えば当然)なのであっさりと生徒会の役員に加入。
と、いうか会長の私が反対票を投じても副会長以下誰も反対しないから通さざるを得ない。
これは民主主義的決定法に負けたのであって『毎日一の三の教室に遊びに来る』という強迫文句に負けたわけではない。
無いったらない。
呼び方を『お姉ちゃん』から『姉さん』に、『お母さん』から『母さん』に変えたのも甘やかそうとする家族対策ではなくてちょっとした心変わりだから邪推しないように。
だけど、そんな身内の悩み事はどっかに放り投げておいて私は今、もっと重要な案件で悩んでいた。
「さて、この件はどうしたものか」
そう、遂にやられてしまったのだ。
執行部の部隊が例の特務隊によって『追いはぎ』に遭ってしまったのだ。
奪われたのは対魔術加工のされたコートが八着、防御呪符三枚、対魔刻印を付加した弾丸を撃つために改造したモデルガン八丁と弾。
攻撃符はその直前に出現していた幻魔討滅の際に使いきっていたから向こうの手には渡っていない。
以前の執行部が使っていた実銃(市は黙認)だといざという時に危ないから銃刀法に引っ掛からないようにして必ず鞄に入れて持ち歩くように通達したから
たとえ引っ張られても『サバイバルゲーム部の部員です』で通る(実際、警察はそれで通してくれる)ようにしたんだけどな…
「遂に、って感じがするけど対策がなぁ…」
別に、呪符は奪われた処で一回しか使えないだろうし既に協会もそう言うのが有るというのは知っている。
対魔刻印弾や改造モデルガンもそれなりの知識が有れば作れてしまうので問題ではない。
問題なのは対魔加工され結界への侵入が可能になるコートだ。
今までは結界破壊用のパイルバンカーで結界を殴ってる間に結界を張り足して破られる前に撤収という方法が使えたけどこれからは結界の中にそのまま入ってこられてしまう。
まあ、幻魔相手にあの連中が勝てるとは思えないけど副業(本業が別)な私たちと本業がアレな連中だとどうしても初動が向こうの方が早くなってしまう場合がある。
その場合は連中を助けなきゃならないので余計な手間。オマケに記憶操作もしておかないとならないし…
今のところはツバキとその手下の毛玉のおかげでごく少数ケースではあるけど。
「とりあえずは警察に盗難の届け出かなぁ…」
『自衛隊員らしき集団に脅されてモデルガンと弾、あと着てたコート奪われました』
うん、なんというか酷い。自衛隊が単なる窃盗集団と化してる。
それに、学校に戻る途中でやられたというのだから…
「あと、執行部は出動停止にしないと、学校の前で張られて芋づるでやられちゃうだろうし…」
執行部が単独で作り上げたとはいえ魔術的要素が含まれた対魔加工に自衛隊の連中が気付かない限り向こうは執行部の装備を狙い続けるだろうし…
「ああもう、文化祭終わってようやく通常営業になったって言うのに…」
ホント、叩きつぶしてやりたい。
撃たれた怨みも、ついでに晴らしたいし
いっそ呪殺でもしてやろうか…と黒い考えが頭に浮かんできた。
でも、そこまでのキツイ呪いをかけるにはそれなりな触媒が無いと出来ないんだよなぁ…
「あ、なんかゆーなが黒い事考えてる」
「あの子、すぐ顔にでるわよね」
「素直でいいじゃないですか」
「そこ、うるさい」
考えが完全に読まれている(そんなに顔に出てるのかな)事に恥ずかしさと驚きを感じつつそれを隠して注意する。
いくら相手が姉さんと楓と遥であっても、生徒会を統括する会長として。――決して照れ隠しなんかでは無い。
「…絶対に照れ隠しですよね」
「それ以外の取り方出来る?」
「はっきり言って無理です」
「ああ、もう!」
考え込んでいた書類を机の上に置き、ちょっときつめに怒ろうかとしたその時…
「睦斗市役所付近に空間の歪みが発生。結界展開の準備…」
姉さんの机(かつては誠の席だった場所)の毛玉が声をあげた。
それと同時に姉さんも楓も遥も目つきが変わる。
「市役所付近っていうと…」
「第三高校と第一高校の管轄です」
姉さんが楓に尋ね、答えを聞いてちょっとホッとした様子になる。
「西睦斗駅付近に空間の歪みが発生。規模は通常の三分の一以下。」
「えっ!?」
突然の事で訳が判らないような声が上がった。
「結界は!?」
そんな中、私は別の事に意識が廻る
「現場到着まで三分必要」
「判った。私が行くわ。情報の整理と各校への警戒の呼び掛け、よろしく」
複数体が出てくる事が今までに無かったかと言えば無かった訳じゃない。
ただ、複数個所に出てきたことが無かっただけ。
「ちょ、ちょっと!」
遥が生徒会室から飛び出そうとする私を呼びとめてきた
「西睦斗駅っていうと連中の目と鼻の先…一刻を争うし執行部が出るとまた追いはぎに遭いかねないでしょ」
「それはそうだけど…」
「それに、このあたりで出現された時の事も考えて。ここを空き家にする訳にはいかないでしょ」
「…わかった。」
「姉さん、いざとなったら指揮をお願い。」
「ええ」
それから私は支部襲撃の時と同じように空間を切って繋いで、現場へと跳んだ。
左腕のヒビを完治させて初の出動だから多少慣らしも必要だろうし、ちょっとばかり慎重に行かないとね………
* * *
結果として、第三高校と第一高校の連合部隊は出現した幻魔を掃討した。
一方で私は―
「何も無かった?」
ツバキの使い魔からのオペレートで現場に到着した時には、既に歪みは消えていた。
「ええ。幻魔が出現した形跡もないし…こっち側に出てこようとして諦めたのか、出来なかったのか…」
そのどちらにしろ、『何も起こっていなかった』というのが正解なのだ。
「ただ…」
「ただ?」
姉さんが繰り返してくる。
私が疑問というか、不思議に思う事…それは
「転移して通常の空間に戻る時に人影とすれ違った気がするんだよね」
「すれ違った?そんな事、あり得るの?」
遥が首をかしげる。
「ごく近い位相を通れば見えるかもしれないけど…詳しいところはさっぱり。私も『魔法が使える』と言っても完全に理解してる訳じゃないからね」
感覚的に『身体が覚えている』とでも言えばいいのだろうか。
「とにかく、この件は要調査。歪みが発生したらなるべく現場に行ってみるわ。…流石に、この作業は私しかできないからね。」
「その分、通常業務は私や楓や琴音さんで代行ってこと?」
「そういう事。まあ、私じゃないとダメな部分はちゃんとやるけどね」
そう言いつつも頭の中のコルクボードには新たな問題点のメモが追加される。
今、現実問題として切迫するのは『自衛隊対策』と『すれ違った影』。
自衛隊の方、殲滅で終わらせられれば楽なんだけどなぁ…
とはいえ、出来ないことをいつまでもぐだぐだ言い続けるのも私らしくないのでさっさと思考を切り替える努力をしよう。
何かいい方法………
何かいい方法………
何かいい方法………
「やっぱり殲滅が一番…でもなぁ…」
切り替えると言いつつ、結局同じループに戻って来た私だった。