#11‐4
どうしてこうなった?
「はい、あーん」
状況を整理してみようと思う。
今日は文化祭初日。
朝、開会式で生徒会長挨拶を終わらせて(皆の目が微笑ましい物を見る目だったのはなんでだろう)『さて始動だ』と教室に戻って『着物+割烹着(「一の三」という刺繍入り)』という一年三組の文化祭中のユニフォーム(料理上手が多かったから和食処を模擬店としてやる)に着替えた(当然、手伝ってもらった)。
そしたら『シフトに一コマも入っていない』と言われ確認したら本当に入っていなくて、入れてもらおうと思ったら丁度そこにお姉ちゃん参上(当然、介助員同然のツバキも一緒)。
一般入場は始まってるからおかしくないけど、まだ準備中な一年三組に入り込んだお姉ちゃんは軽く自己紹介した後、『確認お願い』と出された煮物は何故か私が受け取ろうとしたらお姉ちゃんが受け取り、冒頭の『はい、あーん』に繋がった。
「ほら、口開けて」
「あ、あー…む」
お姉ちゃんが差し出すかぼちゃの煮付けが口に運ばれて散々練習させて会得させた(何度泣かせたことか)程よい甘みと塩みが口の中に広がる。
一方で周囲は『おぉ!』と歓声をあげていて、本気で恥ずかしい。
ツバキはニコニコして見守ってるだけ。後で覚えてろ。
「ん、これなら大丈夫じゃないのかな。」
評価はちゃんと言うけれど恥ずかしさに負けてちょっと俯き加減になってしまった。
………実を言えばお姉ちゃんは退院したその日からこの調子なのだ。
右手でも箸は使えるから自分で出来るのにその箸を取り上げられ『はい、あーん』と食べさせようとしてくる。
―――だから『強制帰宅』になる保健室送りはなんとしても避けたかった。
「よかった。お墨付きが出たぞー!」
「者共、開店準備急げー」
「今年の出し物コンテスト模擬店部門のトップをいただくぞォ!」
威勢よく『おー!』と返された後に皆が動き出した。
「…で、私はどうすればいいの?」
シフトに入っていなければ準備にも参加させてもらえていない私以外は。
「あ、ゆーなはその格好で校内をうろついてて。エプロン部分に『一の三』って入ってるから宣伝にもなるだろうし」
ついでと言わんばかりに『せいとかいちょう』の腕章と『利き腕負傷中』のステッカーが左腕のギプスに貼られる。
腕章があえての平仮名にちょっとイラっと来たけど暴れることが出来ないのでぐっと我慢。
「だったら、色々と案内してもらおうかしら。今度から通う学校だし、色々と見ておきたいし。」
「え?聖奏に転入してくるんですか?」
クラスの一人(確か新聞部の後藤さん)がお姉ちゃんの発言に食いついた。
「ええ。リハビリが終わったら、二年生に入る予定よ」
「リハビリ…怪我でもしてたんですか?」
また別のクラスメイト(今度は確か空手部の中島さん)が尋ねる。
「まあ、そんなところ。」
「琴音さん、そろそろ動きまわったらどうですか?こっちもそろそろ開店ですし」
このままだと質疑応答が終わらないと思った楓がそう呼びかけた。
「そうねぇ。それじゃあ、お昼くらいにまた来る事にするわね」
「お待ちしてまーす」
「それじゃあ、案内よろしくね。唯奈。ツバキ、行きましょう」
「はい」
二人に促されて教室を出る。
まだ早い時間だからそれほど人はいないけど…
『ねぇねぇねぇ!聞いた!?「ツバキ、行きましょう」って』
『なんか、本物のお嬢様って感じだよね』
『あのツバキって人は付き人さんなのかな』
『転入してきたら取材して特集を一本組まないと』
だからって、教室の中でそんなに騒ぐのはどうかと思う。
「ふふ、元気がいいわね。それじゃあ、二年生のフロアからお願い」
「わかった」
先導しようとする私だったけど、『唯奈はちっちゃいから人ごみだと見えなくなっちゃう』となんとも腹立たしくも真実を突き付けられ手をつなぐ羽目になった。当然、右手。
『ねえ、会長と手を繋いでるの誰?』
『夏休み前に居た御剣さん―――お姉さんの方に似てるよね?』
『もしかして、本人?』
早速、噂話が広がり始める様子を見せていた。
* * *
最初に行った二年生フロアでツバキと梨紗先輩がお茶のみ友達という新事実が発覚したり、編入予定と聞いて二年生が集まって来るなどのハプニングもあったりしたけど概ね問題なく進む。
続いて三年フロアや特別教室とかをざっと見て回って…
「そろそろお昼時よね」
「一年三組のお店に戻りましょうか」
「楽しみよね。唯奈ちゃんが指揮執って作り上げたんでしょ?」
「ゆーなの料理じゃないのがちょっと残念だけど」
PTAの特別企画(先日の『誤射事件』を問題視する親の集まり)の所で合流したお母さん&マナと一緒に出発点だった一年三組に戻って来てみたら…
「最後尾はこちらでーす」
「列は他クラスの邪魔になっちゃうんで窓側にお願いしまーす。」
入場整理に要員を割く必要がある状態になっていた。
周囲の噂話を拾ってみると『本物顔負け』とか『ハイレベル』とか『死者多数』とか聞こえてくる。
どうやら『仕込み』の成果が出ている様子。――最後の一つがちょっと不穏だけど。
「あ、ゆーな。」
「一回り終わったから来たけど…今じゃマズイかな」
入場整理に当たっていた遥が声をかけてきたので尋ねたところ
「あ、ちょっとまってて。」
ぱたぱた、と教室に一度戻ってゆく遥。
何故か教室から出てくる人の視線がこっちに集まってるような…
「おまたせー。こっちからどーぞ」
と、本来出口になってる側から教室に入場。
見たら、席が準備の時より一つ増設されていた。
しかも、予定にはない五人掛けの席が。
その席に案内される私たち。
「ご注文は何にしますか?」
注文と言ってもA定食とB定食の二つしかないけど。
「それじゃあ、Aを二つとBを三つ」
「かしこまりました」
にこやかに接客するクラスメイト。
「アレは?」
お母さんが教室に設置されてるモニターに映されてる映像を指さす。
あれは…
「文化祭の準備期間中の様子ですよ。」
特訓の様子、会場設営の様子、特訓で泣かされた子、上手くいって笑ってる子、おびえる私、―――!
「―――ッ!」
怯える私の次に表示されたのが、『はい、あーん』をされてる私(今朝)。
「それでは、ごゆっくりー」
さっそうと立去り調理場部分へ消えてゆく。
私は恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯くくらいしか自衛手段が無かった。
「成る程ね。これが『死者多数』の理由なのね」
「納得です」
「ふふふ」
「………」
ただ、憐れみの視線を送ってくれるマナだけが唯一の救いだった
ほどなくして届いたセットメニューだけど、私の所に箸は無く、お姉ちゃんの所に箸二膳と匙(木製)が置いてある
「はい、あーん」
利き腕絶賛負傷中の私に食べさせようとするお姉ちゃん。
右手でも何とかなるのに箸が取り上げられてるからそれすらさせてもらえない
気がつけば視線が集まっている。
私に、逃げ場などある訳なく…
「あー…」
大人しく、食べさせられるしか無かった。
お母さんもツバキも食べさせようとしてくるので本気で逃げ場が無い。
恥ずかしさで、味なんてまったく判らなかった。
『ダメな大人』を冷やかな目で眺めるマナだけが本当に心の救いだよ………
(…言えない。実はやりたいなんて絶対言えない)
…救い、だよね?
ぶすっとした顔のマナに若干の不安を覚えつつも食べ終わり、一年三組を出る
その時、今さっきの映像がモニターに表示されてホントに妙なところでのスペックの高さに溜め息をつきたかった。
* * *
お母さんと別れてから私は屋上に向かう。
施錠こそされていないけどその一つ下のフロアが関係者以外原則立ち入り禁止な生徒会フロアなので一般生徒の立ち入りが事実上の禁止になっている場所。
そこには…
「これって…魔方陣?」
「そうだよ。」
私が、文化祭を邪魔されないための用意として張った『魔除け』の陣がある。
若干のほころびがあるせいで魔術師には見えてしまうけど一般人には見えないようにちゃんと隠蔽してある。
「折角の文化祭を無粋な来客で邪魔されたくないからね」
その魔方陣に私は手を触れ…
「どうするの?」
「後夜祭で花火打ち上げる予定だから魔方陣を隠蔽し直しとこうと思って。」
お姉ちゃんに尋ねられてちょっと中断。
片手間にできるほど簡単な術式じゃないのでもう一回集中、集中…
「ふぅん………」
判ってるんだか判って無いんだか判らないお姉ちゃんは
「えい」
行き成り魔方陣に手を触れて、魔方陣を消してしまった。
「ちょっ!?」
「慌てない、慌てない」
そう言われて落ち付いてみると確かに反応はある。
ただ、認知が出来ない…『完璧な隠蔽が為された』だけ。
「私だって、これ位はね。」
そう言いながら陰りのある笑顔を向けてくるお姉ちゃん。
「さーて、文化祭を楽しみましょう」
お姉ちゃんが私の手をひいて屋上の出入り口へと向かう。
その顔にさっきの陰りはもう欠片も見えない。
「…うん。そうだね」
今度は、私が手を引く。
行き成り引っ張られてちょっと驚いた風のお姉ちゃんはこいつめ、と笑う。
「はぁ…まったくこの重度のシスコン姉妹は…」
「いいじゃん。微笑ましくて」
「ほら、ツバキ!マナ!行くよ」
なにやらぶつくさ言って言た二人を呼び私たちは再び文化祭の喧騒の中へと潜り込んでゆく。
今日くらい精一杯楽しんだっていいだろう。
なんせ、今日は祭りなのだから。
…私が噂の事をすっぽーんと忘れていろんな場所を歩きまわった結果、クラスの皆が集客し過ぎでダウンしかけるという事故があったけど…私は悪くないよね?
* * *
[おまけ]
* * *
花火が、上がる。
夜空に咲き誇る火の花を見上げて、誰ともなく歓声が上がる。
一日目の夕方に搬入・設置された花火が二日目の夜…文化祭の終了を祝って打ち上げられていた。
「綺麗だねぇ」
「そうだね」
私は生徒会室から、楓と一緒に夜空を見上げる。
「………」
「………」
ただ、『ひゅるるる』という打ち上げられる音と『ばーん』と火薬が破裂する音が電気をつけていない、薄暗い部屋に響く。
「ゆーな、さ」
「何?」
「楽しかった?」
「…それなりには。楓は、忙しかったんじゃないの?」
楽しむ暇もないくらいに…
暗にそう言ったのに気付いたのか楓は苦笑いを浮かべ
「楽しかったよ。準備とか、そういう忙しさを皆で楽しむのも―」
中々にいいもんじゃない?
そう、楓は笑う。
「そんなものかな」
「そんなもんだよ」
ああ、疲れた。
そう言いながら楓は私に寄りかかって来る。
「………楓」
「なーに?」
「本当は私じゃなくてまk「ストップ」」
『誠と見たかったんじゃないの?』
そう聞こうとしたら、遮られた。
「それは無しだよ。」
「でも―――」
言葉を継ごうとした私の口に指を当てて『しー』と止める楓。
「いいかな、唯奈くん」
妙にもったいぶって楓が言い始める。
「こうやって、女友達と見上げる花火ってもの中々に乙なものなのだよ」
「ぶっ…」
全くにあって無くて思わず吹いてしまった
「酷いなぁ」
「だって、まったく似合ってないんだもん」
くすくす、とこみあげてくる笑いを消費する事にする
恥ずかしいのか、楓は視線を窓の外の花火に移す。
「でもまあ、確かにいいものかもね」
私は、元は誠の一部だったから判る。
楓が、誠に好意を抱いていて、誠もまた楓に好意を抱いていた事を。
だから毎度毎度、楓との『必ず戻って来る』って約束を律義に守り続けてきた。
「まったく、はやく帰ってくればいいのに」
あり得ないと思う事でも、言いたくなる。
『藤谷誠が帰って来る』なんてあり得ない。
なぜなら『御剣琴音』が『藤谷誠のなれの果て』なのだから。
それでも言いたくなってしまうのは幼馴染の恋路を応援したいと思う心が有るからか。
それから、また二人で黙ってひと時の宴を見上げる。
これが終わったら生徒会は平常運転。
後片付けと対魔組織としての活動が待っているのだから。
だから、今は――――――
おっかしいなぁ…
凛々しい見た目幼女の生徒会長の筈が中身まで幼女化しつつある。
ついでに、#11-3で撃たれたのに腕のヒビだけで済んでるのは『唯奈だから』の仕様です。
あと、花火の部分で楓と唯奈だけなのは二人が抜けだしてきたから。
琴音はまだ一般入場者なので閉会後に帰宅させられました。
そもそもで、花火は二日目の夜=本文中で書かれた次の日なんですけどね