#11‐3
「唯奈が撃たれた!?」
その知らせを貰った時、琴音は思わず駆け出そうとしてバランスを崩して倒れそうになった。
「ああっ!琴音さん、無理しちゃダメです。まだ歩くのがやっとなのに…」
ツバキが支えに入って倒れるのは間逃れ、手を借りて直立状態に戻る。
「一体何処の誰に、何が起こって!?」
興奮状態の琴音。
「左腕で命に別状はないみたい。詳しいことは聞いてないけど相手は自衛隊だったみたい。ほら、この間来た」
知らせに来たマナが説明するが琴音にいったいどれだけが理解できているのだろうか不安が残る。
「とにかく、落ち着いてください」
「冷静よ!」
それでツバキは理解した。
確かに冷静なんだろう。きっと『冷静に怒り狂っている』のだと。
「今、和葉さんがお見舞いに行く準備をしてますから。琴音さんも、ね」
そう言われて怒りの炎はようやく鎮火間際にまで弱まった。
ただ、ここで重要なのは『弱まった』だけで何かきっかけが有れば再燃する事があり得るという点だ。
「ほら、着替えましょう。どんな服がいいですかね」
なんとか話を逸らして『お見舞いに行く』方向へと向かわせてなんとか怒りを鎮静化させようとするツバキだが内心『この特上シスコン』と毒づく。
「何か言った?」
「いえ、なにも」
シラを切ったけど、内心冷や汗ダラダラだった。
「琴音ちゃん、お見舞い行くけど来る?」
そう和葉が言いに来た時には琴音だけでなくツバキとマナも出かける用意が終わっていた。
* * *
「…結局、上に握りつぶされたって事ですか」
私は病室のベッドの上で吉川会長をはじめとする連合首脳陣と一緒に赤城警部からの連絡を聞いていた。
「残念ながら、ね。今回の件は『実弾訓練中に誤って入りこんだ子供を誤射した』という風に処理されるそうよ」
赤城警部の顔は苦虫をかみつぶしたかのような渋面だった。
立件しようと取り調べを始めようとした矢先の『捜査中止、即時釈放』命令だった。
「おまけに、この件で処罰されたのは無関係なのが判っている部隊長一人。実行犯はそのまま繰り上げで部隊長就任」
うわぁ…と声が上がる。
「表沙汰にしちゃったから怪我を魔術で治す訳行かないし…」
「何というか、撃たれ損?」
はぁ…と誰からともなく溜め息が漏れる。
「とりあえず、これからも対自衛隊の備えは十分に―――」
その時、『バン』と盛大な音を立てて病室のドアが開けられた。
その音にびっくりして皆してその方向に視線を向ける。
現れたのは
「誰?」
「お姉ちゃん?」
「琴音さん」
現在絶賛リハビリ中でやっと歩けるようになってきた琴音お姉ちゃんでした。
「ああもう!無理に走ろうとしないでくださいよ!」
その後にリハビリに付き添っていたツバキも慌ててやって来る。
誰だか知っている私と楓と遥以外の面々はみんなして「ぽかーん」。
そんな中でお姉ちゃんは私のベッドの所までツバキに支えられながらやって来て…
ぎゅっ
「あ―――」
私を抱く手が震えていた。
「あらあら、みなさんお揃いで」
更にお母さんとマナ。
「ええと、こちらの方は?」
「ええと…」
有沢会長に尋ねられてどう説明するべきか…と戸惑う楓。
「私は御剣唯奈の保護者の遠野和葉です。向こうは唯奈の姉の御剣琴音」
「ついでに言うと和葉さんは藤谷くんの実の母で学生時代は聖奏学園で生徒会長を――」
自己紹介を始めたお母さん。
楓の捕捉も加わって『ああ、なるほど』と納得の声が上がる。
「――心配したんだから…」
耳元で震えるような声。
しっかりと抱かれてるから顔は見えないけどきっと泣いてると思う。
「琴音さん、歩くのがやっとなのに走ろうとしたんですよ」
うらみがましく言うツバキだけど、それほどまで心配して駆け付けてくれた事が私にとっては嬉しい。
「心配してくれたのは嬉しいけど、無理しちゃだめだよ」
ツバキの『言ってやってくれ』と言わんばかりの視線に負けて私は言う。
『無理するな』と。
「無理して走ろうとして、転んで怪我でもされちゃったら…」
「唯奈の性格なら間違いなく自分を責めるんじゃないの?」
マナの合いの手も入り包囲網が完成。
「…そうだね」
ツバキの顔がお姉ちゃんのその一言を聞いてやれやれ、と言わんばかりの顔になる。
「えーと、三人とも説明聞くからちょっと中断してもらえる?」
「あ、はい」
「あ、皆さんは解散で構わないです。報復は絶対にさせないでくださいね」
会長たちには用件は大体伝え終わったので(私が動けるようになるまでは第六の吉川会長に総指揮はお願いしたし)一度解散にしてもらい、お母さん達が赤城警部から事の顛末の説明を聞き始める。
その結論が…
「よし、滅ぼそう」
By琴音お姉ちゃん
「だからそれはダメだってば」
「補助なしじゃまともに歩けない人が無理言わないでくださいよ」
「シスコンもここまでくれば逆に凄いね」
私とツバキとマナは即座にツッコミを入れる。
そんな中で一人黙っていたお母さんだけど…
「ダメよ、琴音ちゃん。」
やっぱり止めに………
「その連中は私たちがPTAで騒ぎにして袋叩きにするんだから」
PTA、Parent-Teacher Association、各学校における保護者と教師から成る会合。
実質的には親が学校に文句を言うための組織。
「協力、してもらえますよね。赤城さん」
「ええ。」
どうやら赤城警部(=赤城晶の母)とウチのお母さんはどこかで接点があった様子。
「あとはOB会の方にも話を持っていかないと。さてさて、何処の阿呆か知らないけど、喧嘩売った相手がちょっと悪すぎたわねぇ」
うふふふふ、ははははは、と笑うお母さんに私たちは
「相手、詰んだね」
「うん。コレは詰みだよ」
「逃げ場、残って無いだろうね」
「ご愁傷様」
『ああ、怖い怖い』と棒読みで言わんばかりに黒い笑いをこぼす親たちを眺める。
「そういえば、退院はいつになりそう」
「もうすぐ。二、三日で退院できるって。」
「文化祭、近いですよね」
「うん。でも左腕にヒビ入ってるからギプス付きで退院になりそうなんだ」
「大変だね」
そんな会話をするのも、どこの悪の組織の幹部だよと言いたくなるくらいの親たちから目をそむけたいから。
みんなから、なんて言われるかなぁ…
* * *
文化祭前日のホームルームが終われば授業は無く全部会場準備に当てられている。
そんな日のホームルームで担任が突然
「えっと、ここ二、三日欠席してる御剣さんですが…入院していたそうです」
とんでもない事を言いだした。
楓と遥はその事情を知っているのであまり騒がないが周囲のクラスメイト達はざわめき始める。
『ええっ!?』という驚愕の声はもちろん、『お見舞い行かないとね』とか『なんで今ごろ!』という声も混じっている。
「先日の自衛隊の誤射事件、あれで撃たれたのが御剣さんだそうです。」
その瞬間、クラスが凍りついたように楓は思えた。
「さ、幸いながら命に別条はなくて―」
その雰囲気に押されてちょっと噛んだ先生の続きの言葉に皆の表情が和らぎ…
「―今日も学校に来てますけど、絶対!絶対に無理させないでくださいよ」
「え!?」
丁度そのタイミングで教室のドアがノックされ入って来たのが…
「保健室に書類出してたので遅れました」
左腕をギプスで固められたままの唯奈だった。
クラスメイト達は、楓と遥も含めて思わず
「無理せず休め!」
声を合わせて、言っていた。
見事な団結力である。
「と、とにかく、明日から文化祭が始まるので準備をしっかりとやりましょう。」
「はーい」
「御剣さんは絶対に何もさせないように!何かあったらすぐに取り押さえて保健室に連行してください。いいですね!」
ちなみに、『保健室送り』というのは『早退させる』と同意義である。
「はいっ!」
まるで『ここは軍隊か』と思うほどの返事に唯奈はバツの悪そうな顔になったがその後
『何かやることない?』
『保健室』
『!?(びくっ)』
というループを何度も繰り返して、今までとは違う一面を見せてクラスの皆を愉しませてくれた。
ちなみに唯奈は生徒会室への逃亡も試みたが生徒会室その他の施設は施錠されており侵入出来ずに楓と遥によって教室へ『そんなに保健室に行きたいの?』という問いかけをされながら連れ戻された。
なお、そのビクビクしている姿を見て多くの生徒が『なにこのかわいい生き物』と呟き、写真部が撮影した『怯えるちびっ娘会長』の写真はかなりの速度かつ高額で流通した。
「シフト表、出来た?」
「うん。OK」
だが、誰も唯奈にその『シフト表完成版』を見せることはなかった。