#11‐1
更新です。
それにしても、地震凄かったですね。
ウチはこれと言った被害も無くガラスのグラスが一つと紙粘土製の人形の裾が割れただけで済みましたが…
被災した方にはこの場を借りてお見舞い申し上げます。
『もう、二度と目覚めることなんてある訳ない』
そう思っていた『私』は『意識が覚醒へと向かう』という当たり前のモノながら懐かしさを覚える感覚に驚いた。
『私』の――藤谷誠という人格はあの時、確かに消えた(しんだ)筈なのに。
ふと、手をぎゅっと握られている『感覚』に気付く。
『私』の手を握るその手はとても小さく、絶対に離すまいと言わんばかり。
『身体を動かす』という、誰しも当たり前に出来る…けれども久しくやっていなかった事に四苦八苦しつつも意識が覚醒に向かってゆく。
最初に視界に写る天井は、見慣れた、懐かしい我が家の天井だった。
* * *
「本当ですか!?」
楓は『その知らせ』に思わず携帯電話を取り落としそうになった。
『ええ。本当よ。』
「よかったぁ…」
『救出した彼女が目を覚ました』という知らせに楓は心から喜んでいた。
『まだ本調子じゃないから身動きは取れないみたいだけど、話す分には問題ないみたいよ』
「はい!これから行きます!―――遥!」
「ん――今、こっちケリつけるから」
昨日の夜に襲撃をしたとはいえ、昼間は文化祭の準備に追われる身だが二人は準備を放り出す支度を整える。
『それじゃあ、待ってるわね』
「はいっ!」
それを合図に和葉からの電話は切れ、『つーつー』という通話終了を知らせる音だけが響く。
「終わったよ」
「それじゃ、急ぎましょ」
楓と遥は共に仕事をしていた啓作たちに一声かけて許可を貰ってから、長らく待ち望んでいた瞬間を迎えるべく走り出した。
* * *
「―大分、疲れてたみたいね。」
「そう、みたいですね」
和葉は、目を覚ましたばかりの『彼女』に気さくに話しかけていた。
それに対する反応は、『彼女』の腿を枕に眠る唯奈の頭を撫でる手と同じくどこかぎこちない。
「唯奈から話は聞いてるわ。―『私たちの知ってる誠はもういない』。同一人物だけど別人っだって」
ハッ、とした様子で俯き気味だった顔をあげる『彼女』
「―そこでなんだけど、この子の『お姉ちゃん』になる気はある?」
「―――え?」
その問にぽかん、と呆けたような顔をした。
「存外甘えん坊でね。それに奈緒ちゃんが作った設定のせいで『御剣唯奈の姉』って人物が必要なのよ」
『どう?』と問う和葉だが、『彼女』からすれば一大決心の時だった。
『彼女』には『自分は藤谷誠であった存在で、既に死んだ存在である』という自覚がある。
精神が、人格が死んでも身体が生きている限り『人格が死んだ』という事実は記憶されている故に。
『それを捨てる気はあるか?』と問われているのだから。
自問自答する。
『私』は―――
『彼女』は視線を眠る唯奈へと向ける。
自分を助け出す為にひと騒ぎを起こした元凶は今はあどけない寝顔を晒し、『彼女』にかけられた布団をぎゅっと握りしめている。
『私は、この子の姉になっていいのだろうか』
この、御剣唯奈という少女がどんな存在なのか『彼女』は誰よりも理解している。
『唯奈』が『誠から切り離された異能者であり女である部分』なら『彼女』は『精神崩壊を起こした誠という人格の後に主人格となった存在』なのだから。
「…私なんかで、いいんでしょうか」
「アナタだから、よ」
そう言われて『彼女』はズルイと思った。
そんな言われ方したら、拒絶なんてできないじゃないか。
今の私は『どこかの誰か』でしかないのだから…
「その顔を見れば、答えは聞くまでもなさそうね。」
声に反応して顔をあげたら満足そうな顔の和葉と『彼女』の目が合った。
「アナタと唯奈ちゃんの保護者は私だから、遠慮なく『お母さん』って呼んでね、琴音ちゃん」
実際のところは書類上『御剣唯奈』の保護責任者でしかないが和葉が奈緒に頼めばあっという間だろう。
「ことね?」
聞き覚えのない名詞に、思わず聞き返す。
「御剣唯奈の姉の、アナタの名前よ。」
それは、唯奈に頼まれて和葉が考えた『娘の名前』だった。
「気に入らなければ、自分でつけ直してもいいわ。これから奈緒ちゃんにお願いする訳だから」
「そんなわけじゃ…」
慌てて琴音は手を振る。
「それじゃあ、奈緒ちゃんにお願いしてくるわ。唯奈ちゃんのことしっかりね、琴音ちゃん」
「―はい、お母さん」
和葉は連絡すべく琴音の寝かされている部屋を後にすると、入れ替わりで一匹の黒ネコが入って来た。
その黒ネコ(マナ)は部屋の中に着地するや否や少女の姿に変わる。
じっと、見つめるマナ。
対して琴音は
「えっと………はじめまして?」
その瞬間マナの表情は落胆に彩られ
「それとも…ただいま?」
次の一言で歓喜に彩られた。
涙を流しながら抱きついてきたマナをあやしつつ琴音は言う。
「私はもう『誠』じゃない。―――けど、ちゃんと連れて帰って来たよ」
その返事は、一層大きくなった泣き声で帰って来た。
それは別れを嘆く涙なのか、帰還を喜ぶ涙なのか…
琴音には判らなかった。
ただ、優しく抱いてあげるだけ。
それが、今の彼女に出来る精一杯だった。
* * *
「興奮してるかもしれないけど、ちょっと静かにお願いね」
大急ぎでやってきた楓と遥を迎えた和葉が開口一番に行ったのはそんな注意だった。
訳も判らず二人はとりあえず頷いて、和葉に案内された。
何を言おうか、何から言おうか。
そう思っていた二人だけども、襖を開けて目に飛び込んできた光景に全てが押し流されてしまった。
優しい表情であどけない寝顔の少女の頭を撫でる『彼女』は正に母親の様であった。
ふと、撫でる手が止まり顔をあげた『彼女』と楓たちの視線が交差する。
「あ―――」
「楓、それに遥」
名前を呼ばれた二人はびくっ、と過剰に反応を返す。
彼女―琴音は続ける。
「ただいま。私はもう『誠』じゃないけど…ちゃんと連れて帰って来たよ」
その言葉を聞いて、二人は色々と言おうとしていたことがあったけどどうでもよくなってしまった。
二人の想い人は『彼女』となってしまったけど、ちゃんと帰って来たのだから。
だから、こう言うことにした。
「お帰り」
楓が浮かべた笑顔は涙でちょっと歪んでしまっていた。
「「琴音?」」
数分後、すっかり落ち着いた二人は色々と話をしていた。
そして上がった『新しい名前』が現在の話題になっている。
「ええ、御剣琴音。それが、新しい私の名前」
『琴音』という名前は『誠』から『こと』という音を貰って作られているのだが、それはつけた張本人である和葉と相談に乗った唯奈のみの知ることである。
「付け足すと、楓ちゃんたちの一つ上の学年になる予定よ」
「あ、和葉さん」
用が済んだ和葉が加わり一同、ぐっすりと眠る唯奈に視線を向ける。
「ホント、よく寝てますね」
遥が面白がって頬をつつくが全くと言っていいほど反応を返さない。
時折、むにゃむにゃと言う程度だ。
「学年が一つ上ってことは学校に?」
一方で楓は先ほど言っていた事についての質問を出す
「文化祭が終わった頃に、聖奏学園の二年生として、ね。」
『さっき、設定作りをお願いしてきたわ』とは和葉の談。
「ところで、みんなは文化祭で何をするのかな?」
「えっと、クラスの方ですよね?喫茶店の予定です。」
「割と本格的にやる予定なんですよ」
「へぇ…楽しみね」
楓と遥の答えに和葉は関心した風な声をあげる。
「是非一緒に、来てくださいよ」
「それじゃあ、あの一週間ちょっとで動けるようにならなくちゃね」
「ふふ、そうですね。これは頑張らないと」
『長いこと身動きがとれなかった』
『琴音として身体を動かしたことがない』
『身体が違う』
これらの要因が琴音の自由を奪っていたがリハビリに精を出す理由が出来たのだ。
動き回れるように、人並みになるまでそうは時間は掛からないだろう。
和んでいたら『準備手伝え』というまったくもってありがたくないクラスメイトから送られてきたメールが二人に届き楓と遥は慌てる。
最近、生徒会の方が忙しいからとクラスの方を大分放置してしまっていることに気付いた故に。
おまけに主戦力となる生徒会長殿は御休み中となれば…
「大変ね」
「月並みだけど、頑張ってね」
二人に『楽しみにしてる』と激励なのかハードルをあげているだけなのか判らない声援を背に二人は一路学校に急いだ。
ただ、その速度は行きの半分程度だったけれども。
当然のことながら二人を迎えた第一声は『遅い!』だった。
明日行く予定だったeb!フェスも当然中止になりました。
なので執筆&教習所(但し外出禁止が出なければ)に回す予定です。
バカテスイベント初参加だったんで残念だったんですが、あれだけの天災の後じゃ仕方ないですよね。