#10‐4
「ぇくちっ」
行きなり鼻がムズムズしてきて私はくしゃみをひとつ。
「―ぇくちっ」
も一つ。
「あれ?ゆーな、風邪?」
「というより、二回だから誰かに噂されてるのかもね」
そんな何気ない会話をしている私たちだけど、実際はかなりの緊張感の中だった。
まあ、主に緊張しているのはこの『悪だくみ』に巻き込まれる形になった白澄さんと結城さんと七瀬くんだけど。
そういう意味では、ちょうどほぐす原因になったくしゃみは少々恥ずかしいけどいいタイミングだった。
「とりあえずは大丈夫。…それじゃあ、確認するよ。」
私は生徒会室に供えられているホワイトボードに簡単な作戦手順を書いていく。
「第一段階として、まず支部長室…この最深部の部屋を占拠。」
簡単に書いた図の一番底に『占拠』の文字を書きいれる。
「次に、この部屋を結界で隔離しておそらくここにいる支部長を捕縛。何をしてでも『隠し場所』を吐かせたら―」
「その場所に突入して奪還後即脱出…でしょ」
私の説明に楓が乗って来る。
「まあ、その前に一暴れしてもいいけどね」
白澄さんにリミッター無しで雷撃を一発撃ってもらえばそれで十分なもするけど。
「…それじゃあ、点呼。」
私は気分を出す為だけにクリップボードを片手に持ち…
「楓」「準備いいわよ」
「遥」「ええ」
「白澄さん」「はい」
「結城さん」「が、頑張るよ」
「七瀬くん」「…あの地獄を超えたんだから大丈夫だ」
よし全員揃って
「吉川信乃」「ま、ひと肌脱ぎますか」
「有沢佐織」「後輩の手前、無様なかっこは見せられないね」
「藤堂誠一」「みんな、手伝ってくれてありがとうな」 「いえいえ」
「藤澤惣一」「頼むぞ、ヒスイ」 「ええ」
―――え?
「ななな、なんでいるんですか!佐伯会長!」
思わず、叫んでしまった
佐伯先輩に、吉川会長、有沢会長。藤堂会長はどういう訳が数柱の精霊と一緒にいる。
そしれ藤澤会長は対魔術防護服に愛用の銃と日本刀、そして傍らにはヒスイの姿。
「今の会長はあなたでしょう。御剣会長。―私たちもちょっと手を貸してあげようと思ってね。」
「元々、生徒会長を戦力には数えないからね」
「指揮系統はちゃんと確保してある。安心しろ」
「まあ、後輩へのいい訓練だな」
と、やる気満々らしい。
「それに、飛び入り参加は私たちだけじゃないわよ」
「え?」
佐伯先輩が指さす方向を見て、顎が外れそうになった。
「お、お母さん!?」
「はぁい」
現れたのは母さん。
マナとツバキを引き連れた姿は堂々たるもので二十年ほど前の生徒会を仕切っていた生徒会長というのも頷ける。
「『魔法使い』である現会長が直々に育てた直属に会長が六人、十分な戦力なんじゃない?」
「むしろ、戦争起こせるレベルなんじゃない?ゆーな一人でも」
「ですね」
『そこまで人間止めてないもん』とは流石に言いきれなかった。
「さて、ゆーなちゃん。総司令官の合図が無いと締まらないわよ」
「…はい。―――それではみなさん、喧嘩を売って来た連中に、どれだけバカな真似をしたのか教えてあげましょう。」
あの憎たらしい支部長の顔を嫌々ながらも想い浮かべながらすっ…と指で宙を切る。
「―――――突入!」
まず最初に飛び込み、それに続いてくる皆。
着地地点は想い浮かべていた支部長の顔面と決めていた。
…待っててよ、『 』
そして、多少距離がある為に完全につなげ切れなかった為に発生した『亜空間』を抜けた先には…
思い描いた通り支部長の顔面があったので思いっきり足蹴にしてやった。
ちょっとすっきりした。
「さて、拷問タイムと行きましょうか」
体重の軽さと手加減の恩恵で鼻血だけで済んでいる支部長ににっこりと笑いかける。
その手には愛用の刀。
幾多の幻魔を斬殺してきた刀だ。切れ味に不足は無い。
そんな私の背後で部屋を隔離すべく結界の多重展開をするツバキの姿が目にとまったのか、支部長の顔色が一気に悪くなった。
支部長が私たちに必要な情報を吐くまで、五分と掛からなかった。
* * *
支部長室の執務机の背後の壁にあった隠し階段から進む事数十分。
随分と長い螺旋階段を下りていくがまだ下が見える様子が無い。
ちなみに、支部長室に各種結界を張った上で扉を無くしておいたので追撃は今しばらく無理だろう。
支部長は密閉された支部長室で放置だ。
まあ放心してるから助けを求めることすら難しいだろうけど。
それに、仮に呼びかけることが出来てもすぐに救援を送れる辺りにある戦力保有組織は私たちの側だから応じないだろう。
根回しに抜かりはない。
「随分と長いわね」
「ええ」
「それにしても、あの地獄の意味って…」
「ああ、アレは正面突破の時の為の保険」
雑談を交わしつつ、階段をただ降りる。
最下部に着いたのはその十分ほど後のことだった。
一番下は扉が一つあるだけの空間だった。
「扉の向こうには?」
「探査してみる―――あんまり大きくない魔力が一つ。あと、ごく小さいのが一つ」
支援・補助型として二週間で育て上げた結城さんの腕は十分信用に足る。
「白澄さん、七瀬くん。何かあったら即援護を。楓、遥、行くよ」
めいめいの了承を確認して…私はドアを蹴り破った。
「なッ!?きs――ふべっ」
その部屋にいた男を問答無用で殴り飛ばす。
そのまま壁の側まで飛ばされた男はぐったりとしている。だが…
「藤堂会長、藤澤会長、拘束お願いします。出来れば、間接も外せるだけ外してください。無理なら両腕と両足の骨を折ってもらえると助かります」
その男は、私にとって『誠』を壊した仇敵なのだ。命を取らないだけ、マシと思ってほしい。
「佐伯先輩、ここの指揮をお願いします。追撃があったらここで食い止めておいてください」
「―了解よ。会長」
それから、楓と遥、それに母さんの三人を連れてさらに奥へ。
予想が正しければ…そこは………
開けた扉の先は、清潔な白い監獄と、それを見張る研究室だった。
「酷い…」
「こんなのって…」
「悪魔の所業ね…」
口ぐちにそんな事を言うのも、無理は無い。
その無菌室であろう白い部屋への扉の横にある棚には幾つもの密閉瓶が置かれていた。
その中には小さな何かが漂っている。
その瓶詰にされている標本は一般に胎児と呼ばれる―――新たな命となるべき存在。
本来、神聖なモノである筈のソレは今やただの研究資料でしか――標本でしかない。
それが、誰のものなのかもその場にいる全員がなんとなくではあるが理解していた。
「…どうやら受精卵を胎盤ごと引き剥がして人工子宮で育てようとしては失敗したみたい」
磨き上げられた硝子に写った私の顔は―――表情が全く無かった。
「なn―――ぐぁっ!?」
無菌室らしき部屋のとなりから出てきた男がいたが速攻で魔力弾を撃ち込んで失神させる。
魔力を全て衝撃波に変換すれば殺さずに気絶で済ませることもできるが一歩間違えば死に兼ねない事には変わりは無い。
私は男が出てきた部屋を覗く。
そこは、部屋の中央になにやらカプセルらしきものがある部屋だった。
「―――楓、遥。二人でこっちの部屋の調査をお願いできる?」
「………わかった。行くよ、遥。」
「うん…」
二人がそっちの部屋に入って行くのを見届けたところで
「唯奈ちゃん」
「はい。行きます」
私と母さんは、その純白の監禁部屋へと足を踏み入れた。
そこには、生命維持装置に繋がれたベッドが一つあるだけだった。
ぴっ…ぴっ…ぴっ…ぴっ…
心電図が定期的な拍動を電子音で追う。
その拍子は生命体としての生存の証拠。
私はようやく表情を思い出せた気がした。
「遅くなって、ゴメン…迎えに、来たよ」
虚ろな瞳は虚空を見つめ、その焦点は全く合っていない。
完全に、心が死んでしまっている。
そう、私には見えた。
「さ、一緒に帰ろう………みんなで、迎えに来たんだよ。―――だから……、だから………」
感情の暴走を止められなくて、ボロボロと涙がこぼれてくる。
『もう、大丈夫だよ』
その言葉は、どうしても口に出せなかった。
「お母さん、このベッドごと『家』に送るから電源のつなぎ直し、お願い」
幸い、ベッドに全ての機能を集約させバッテリー式にもなっているらしいので送る間は大丈夫なはず。
「…ええ。唯奈は?」
「みんなと合流して、学校に送り届けてから帰るから」
「…それじゃあ、待ってるわね。一緒に」
「…うん」
母さんがベッドに寄り添ったのを確認したところで、我が家を想い浮かべて接続。ベッドごと母さんを送り返す。
「ゆーな、隣の部屋…人工子宮の設置場所みたいだったんだけど…」
続きは判る。
『全部だめだった。』
「判った。出入り口の皆の所に合流するよ」
ぐいっ、と袖で涙を拭う。
これから、治療がまってるんだから、こんなところで時間を食ってられない。
「いくよ、楓。遥。」
二人はついて来てくれる。
そう確信して私は歩みを進める。
協力してくれる、皆の待つところへ。
階段を下った扉の前は死屍累々の惨状になっていた。
「へへ、ちょろいちょろい」
「まあ、御剣会長の特訓に比べればねぇ」
「これでも今だに一勝できないんだから、規格外の極みよね」
私が鍛えた三人がほぼ主体で追撃隊が壊滅状態に追い込まれていた。
「いやー、ホントにすさまじい成長だなぁ」
「なんか、指導者としては自信無くすわね」
「まあ、嬉しい事じゃないか。後輩が立派に成長してくれるのは」
会長たちも苦笑を浮かべている。
「みなさん、作戦は終了。目標も無事奪還しました。これから脱出します」
来た時と同じように、いつもの屋上をイメージして空間を切る。
「マナ、ツバキは私と周辺警戒。」
こくり、と頷いた二人と一緒に壁際の空間の裂け目を背中にする。
「先戻るけど…絶対に戻って来なさいよ」
遥と楓も、会長たちに続いて学校へと帰還してゆく。
自分が最後に、と渋るマナとツバキを強引に空間の裂け目に押し込んだ私は、最後の一仕上げをする。
「全て…灰燼に帰せ―――」
研究室になっていた部屋を、完全に吹き飛ばず。
その爆発は威力を逃がしきることが出来ずに地下室を揺らす。
その揺れは地下空洞であるその空間に多量の土砂を流し込み、土砂によって出来たスペースによって生まれた不安定さに地下施設群は晒される。
「今回は、この程度で勘弁してあげる。」
最下部が土砂で埋まる直前、私も裂け目に飛び込んで入り口を閉じる。
『ようやく、取り戻せた』
その思いで、胸がいっぱいだった。
はい、『唯奈、逆襲するの巻』でした。
そして次話からは『あの人』も帰って来る!?
そして柿沼の持つ『秘策』とは?
………なんとなく、フラグで展開読めるかもしれませんけど言わないが華ですからね?